16:実の無い報告会のやる気のない人身御供
詰め所の外で待っていた迎えに案内されて王宮へと向かう。
だが同じ敷地内なので距離も無く、そもそも場所を知っているので迎えなんて必要ない。末端騎士ゆえ頻繁にとは言わないがキャンディスも王宮に入った事はあるし、部屋さえ事前に教えてもらえれば自分で行くことは出来る。
それでも律儀に迎えを寄越すあたり、よっぽどキャンディスを頼りにしているのだろう。
……レベッカ対策の人身御供という頼られ方なので嬉しくもなんともないが。
そうしてさほども掛からず辿り着いた建物前でバロックと合流する。
背が高く体躯も恵まれたいかにも騎士といった風貌。騎士隊の制服を彼以上に着こなせる者は居ないだろう。
整ってはいるが威圧感を与える顔付き、それでいて貴族の家の出だけありふとした時に品の良さと優雅な所作を見せる。
そのギャップこそが女性からの人気の秘訣なのだと以前に同僚が話していたのを聞いた。
「バロック様、お待たせして申し訳ありません」
「構わない。むしろ仕事もあっただろうに急に呼び出してすまないな。支障があれば俺の名前を出してくれ」
「仕事なんてあってないようなもので……、いえ、なんでもありません。私の仕事はロブ上官と同僚が分担してくれていますのでご心配なく」
バロックは近衛騎士隊長だ。平時でも仕事が多く、今はミモア・ミルネア捜索の指揮を執っているため多忙を極めている。
末端騎士がゆるゆると仕事をして、一人二人抜けたところで微塵も支障が無く通常運転を続けている等とは思いもしないのだろう。――ゆるゆる仕事はしているが、キャンディスもロブも、同僚達も、やるべき仕事はこなしているし有事の際にはきちんと騎士として働いている――
「聞いていると思うが、ミモア・ミルネア捜索についての報告だ。今回も同席を頼みたい」
「頼むぞ」と改めて頼んでくるバロックの言葉には言い知れぬ重さがあり、キャンディスは肩を竦めることで了承を示して中へと入った。
屋内は濃紺の絨毯とカーテンが威厳を感じさせ、細部に施された金と銀の装飾が格調高い空気を醸し出している。だがその重苦しさを絵画や生花が適度に緩和させており、センスの良さが窺える。
いかにも重要な施設といった内装で、この空気に当てられたか、もしくはこれからの報告内容を考えると気が重いのか、バロックも彼の部下も一言も発せず強張った表情をしていた。
彼等の気持ちは分からなくもない。
なにせミモア・ミルネアの足取りはいまだ一つとして掴めておらず、つまりこれからするのは報告とは名ばかりの「まったく消息が分かりません」という謝罪とせめてもの言い訳なのだ。
あの婚約破棄騒動でミモアが逃げてから四ヶ月が経つが、いまだこの有様である。
捜索の指揮を執るバロックの胸中は相当複雑だろう。せめてレベッカの怒りだけでも逸らしたいとキャンディスを人身御供に使うのも致し方ない。
もっとも人身御供ことキャンディスはここまで来てもまだ他人事で、脳内でこの通路を歩くユベールの姿を想像してうんざりする気持ちを落ち着かせていた。
美しい中庭が見える窓、濃紺のカーテン、美しい装飾品が並ぶ通路を颯爽と歩むユベールはさぞや美しいだろう。
壁に掛けられている絵画が有名な画家の作品であっても、生け花を飾る花瓶がどれだけ高価なものであろうと、ユベールの美しさを引き立てるための品でしかない。世のどんな装飾品であろうとも彼の麗しさをより映えさせるか霞むかの二択だ。
だけど、とふとキャンディスはこの通路を歩くユベールの姿を想像して思った。
その光景は、彼が王族から除名されるまでは日常的なものだったのだろう。
そう考えるとなんとも言えない気分になり、脳裏に思い描く光景は早々に打ち切った。
「着いたぞ。報告は俺がする。お前達は後ろに控えて居ろ。キャンディスはレベッカ様側に立っていてくれ」
「かしこまりました」
「……出来れば定期的にレベッカ様に視線を向けて貰えると助かる」
バロックの声色は随分と渋い。見れば整った顔も今は分かりやすく険しくなっている。
成果が一つも無いという報告、それも捜索に関与していない末端騎士のキャンディスをレベッカのご機嫌取りに使うのだから、バロックの胸中は複雑どころではないだろう。色々なものが渦巻いて、渦巻きすぎるあまりに顔に出てしまっている。
それでも報告しなければならないし対策としてキャンディスは必須なのだ。
身分のある人は大変だ、と労いの気持ちを込め、キャンディスは素直に了承の言葉を口にした。
そうして通された一室には既に面々が揃っていた。
両陛下と第二王子ソエル、王宮関係の重役達、それに公爵夫妻と娘のレベッカ。錚々たる顔触れとはまさにこの事、並みの貴族でもこの部屋に入るのには緊張してしまうだろう。
更には今回の報告内容は既に把握しているようで誰もが渋い表情をしており、これがまた威圧感をより重くさせる。
だがレベッカだけはキャンディスが入ってくるのを見ると厳しい表情を和らげた。試しにチラと視線をやれば労いと歓迎の微笑みさえ浮かべるではないか。
我ながら人身御供としては効果抜群と思えてしまう。別に嬉しくは無いが。
「お待たせして申し訳ありません」
代表して話すバロックの声には緊張の色がありありと出ている。
これだけの面々を前に、それも成果が無い事を報告せねばならないのだから、さすがの近衛騎士隊長と言えども緊張を隠せずにいるのだろう。
「ミモア・ミルネア捜索について、ご報告させていただきます」
重苦しい声色でバロックが話し出す。
成果が無いという報告。話す方も聞く方も何一つ嬉しいことなんて無い、心労だけが溜まる時間。
キャンディスもまた聞いていて良い気分ではなく、頭の中で今頃長閑に本を読んでいるであろうユベールの姿と顔を思い描きながら過ごした。
深緑色の瞳が真剣味を帯びて手元の本に注がれる。癖なのか難解な箇所を読む時は僅かに眉根を寄せ、そしていち段落着くと表情をふっと和らげて深く息を吐く。
たまに熱が入りすぎると疲れるのか、読み終えたあとに軽く背伸びをしたり肩や腕を動かしたりもする。その所作もまた輝かしいほどに魅力的なのだ。
本を閉じてこちらを見て「本を読む俺の顔はどうだ?」と悪戯っぽく笑う時もある。
あぁ、記憶の中でも麗しい。
そんな事をキャンディスは考えていた。
その間のバロックの話はもちろん右から左である。むしろ右から入ってるかも定かではない。