名前で呼ばれたいから名字だと思い込ませる
名字は森。木が3つの森。シンメトリ一の森。スーパーカッコイイ森。世帯数でいうと多い方か。まあまあ多いか。真ん中の上の上くらいか。気に入っている。
読みが2文字なところもいい。バランスが素晴らしい。漢字1字ってあまりない。貴重な名字だ。
男の人がいる。たくさんいる。駅前だ。駅から自分の家に戻る。その道のどれにも、二人組の人たちがいる。
どれかの男に、接触しなくてはならない。そうしないと帰れない。
ナンパ怖い。だけど、優しい人は好き。ナンパするタイプの男は、眼中にない。
明らかに、オドオドしている男性がいた。しかも、一番手前だ。隣の男はイケイケだ。指導しているのだろう。
初めての実践というやつか。少しかわいそうな感じがする。ナンパ文化がまだ残っている。そんな数少ない場所。そこで、冴えない男性が格闘している。
「ちょっといいですか? お名前は? 友達からなんて呼ばれてるのですか?」
「ああ」
迷った。今がチャンスだと思った。まあまあ好きなタイプの男性だったから。
今まで、一度も下の名前なんて呼んでもらったことない。頑なに名字呼びする、友達のせいもあって。だから、一度でいいから呼ばせてみたかった。
「アサノちゃんです」
「アサノちゃんですね」
呼んでもらえた。下の名前を呼んでもらえた。浅野という名字だと、思い込ませようとした。それに、まんまと引っ掛かってくれた。
下の名前が、名字っぽくてよかった。亜紗乃と付けてくれた、母に感謝したい。
「なにアサノさんですか?」
「あっ」
しっかりバレてた。