第三十四話
―――遡ること六日前。
「ちょうど近くに部屋があってよかったわ」
カルラは商会の所有する大きな空き会場の前へとやって来ていた。
室内は丸テーブルがいくつかと、それを囲うように置かれてある椅子。中はざっと百人ぐらいは入れるだろうか?
ここは商会が開くパーティー用にわざと空けてある会場らしく、しばらく使っていないのにもかかわらず内装は綺麗に行き届いていた。
更に部屋の奥にはもう一つ部屋があり、見た目以上に敷地面積のある会場とのことだ。
「ねぇ、サクラ。ここは本当に使ってしまって構わないのよね?」
「は、はいっ、新しくパーティー会場を設営する関係でここはもう使わないことが決定したので……しかし、ここで何をされるつもりなのですか?」
カルラに言われてついて来ただけのサクラは首を傾げる。
それはサクラだけでなく、同じように連れてこさされた商会のメンバーも同様であった。
「そうね……アレン、準備はしてある?」
カルラは皆の疑問を一身に受けながら、横にいるアレンに尋ねた。
するとアレンはニコリと笑みを浮かべ、小さく首を縦に振る。
「もちろんですよ、お嬢。昨日言われた通り準備してきました」
「昨日の今日で流石ね、アレン」
「といっても、手伝ってくれた人間もいるのでそのお褒めは素直に受け取れないですけどね。まぁ、俺としてはお嬢の無茶ぶりにはなれているので、これしきどうってことないですよ」
「……一言多いわよ、ばかっ」
余計な口を叩く元執事の脇腹を抓ると、アレンは「痛いっす」と言いながらそそくさとその場を離れる。
奥へと向かい、用意してあったのか扉から一台の台車を引いてやって来た。
台車の上に乗っているのはいくつもの切り分けられた果物と、大皿いっぱいに入っている溶かしたあとのチョコレートであった。
「ありがと」
「いえいえ」
台車が自分の目の前で止まると、カルラは再び皆に向き直った。
「改めて、あなた達を呼んだのは他でもないわ―――ウル商会とやらに先手を打たれたことにより、私達はチョコレートの優位性を失った。このままいけば、恐らくウル商会はチョコレートというお菓子で優位性を確立する。そこで、私は新しい案を考えたわ」
カルラの言葉に、皆は耳を傾ける。
ウルデラ商会の人間であれば、誰しも今の現状の危うさを理解している。
何かしなければならない、でも思いつかない。そんな不安が胸の内を占めている。
けど、カルラは「考えた」と言った―――今までフランチャイズというやり方で度肝を抜いてきた少女なのだからもしかして、と期待してしまう。
「……って言っても、所詮は素人の思いつきの発想から考えついたものよ。ダメなこともあるし、期待はしないで」
「お嬢が思いつきだけで何かすることってないのに」
「アレン、うるさい」
短くも濃い時間を過ごしたアレンは、これが思いつきだとは思っていない。
確かに始まりは思いつきだったかもしれない……でも、必ずどこかしらに彼女なりの根拠があって、確証があるはずだ。
今回、アレンはカルラに言われた通りに台車の上のものを用意しただけで、何がという話は一切聞かされていなかった。
それでも断言はできた。まぁ、本人に怒られてしまったが。
「とりあえず、皆……この中から好きな果物を選んでちょうだい」
期待から疑問へと変わる。
何も言われず急に「果物を選べ」と言われたらそう思うのも当たり前だ。
サクラ達は不思議に思いながらも、カルラに言われた通り果物を選んでいく。
切られた果物には小さな串が刺さっており、突き刺された果物と持ち手までは長かった。
食べるだけなら短い方がいいのでは? そんな疑問も浮かび上がってくる。
「じゃあ、それをこのチョコレートに浸けて食べてみて」
しかし、次の一言で納得がいった。
自分達にさせようとしていることの意味が。
(なるほど……支部長はお菓子と組み合わせることじゃなくて、素材そのものとチョコレートを一緒にしようとしているんだ)
果物はお菓子作りには欠かせない材料と言ってもいい。
ケーキといった完成させたお菓子とでも組み合わすことができるのであれば、お菓子の材料である果物でも可能。
果物は単体だけでも「美味しい」と思わせる味があるため、上手く合わさればチョコレートとの相乗効果が狙えるかもしれない。
サクラは恐る恐る自分の手にした果物を溶かしたチョコレートに浸け、口へと頬張る。
すると―――
「んっ! 美味しいっ!」
ケーキの時と同じ、未知でありながらも間違いなく「美味しい」と思える味に驚いてしまう。
『おい、こっちも美味しいぞ!?』
『菓子の時もそうだったが、チョコレートってなんでも合うよな』
『ねぇ、こっちも食べてみてよ!』
それは他の果物を選んだ従業員も一緒だったのか、皆サクラと同じような反応を見せた。
新しい発見。またしても自分達の想像していないものを見つけたカルラに、サクラは尊敬の念を送ってしまう。
だけど―――
「お嬢」
「何かしら?」
「確かに美味しいですけど……これ、このまま行くんですか? なんか味気ないっていうか、この状態だとウル商会と同じって思われませんかね?」
アレンの言う通り、これだけだとどうにも味気ない。
ただチョコレートと組み合わせたのが果物だっただけ。それだと、お菓子と組み合わせるのとあまり差異がないように思える。
加えて、お菓子のように完成されたようなものではなくただ切り揃えた果物を用意しただけなので、客からしてみればお菓子の劣化版だと感じられてしまうかもしれない。
だからこそ、アレンは少し不安になってしまう。
でも、そこはやはりアレンの知るカルラなのか、目の前の元主人は笑みを浮かべた。
「安心して。私はこれを商品にするつもりはないわ―――」
そして、カルラは皆に向かって言い放った。
「私が考えたのは……チョコレートビュッフェ《・・・・・・・・・・・》よ」




