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第二十六話

 結果として、カルラが考えた情報を売る行為───フランチャイズは成功した。

 公に情報を流し、条件を呑んだ上で色々な企業が買っていった。一週間が経った今ではまだ他の店でチョコレートが並ぶことはなかったが、買っていった商会が他に遅れを取られないようなるべく早く展開していくのは間違いない。

 しっかりとサクラと詰めた契約書も各商会と交わしたため、不正が起こることはないだろう。

 加えて、チョコレートの技術を盗もうとする人間もいなくなった。

 それはカルラの予想通り、盗む必要がなくなったのが大きい。あとは盗んだあとのデメリットが膨れ上がってしまったことが起因している。


(まぁ、かといって私の役目が終わりっていうことはないんでしょうけど)


 カルラは支部長に与えられた部屋で一人、書類と睨めっこをしていた。

 自分が提案したことによって始まったフランチャイズの処理、及び支部長としての業務があるため中々席から離れられない。

 しかし、一週間で通常通り仕事ができるカルラも凄いものだ。ここに来てまたしてもカルラの天才っぷりが発揮されている。


(ここから私が如何に利益を上げるかがポイントなのよね……発案するだけならアリス様と同じだし、きっとそれだけだと公爵様も納得はしないでしょう)


 文句を言われず辞職するためにも、ある程度以上の成果を挙げないといけない。

 そのためには改善だけで止まっていても無駄だろう。かといって、改善しただけでも凄いというのは商会にいる皆が思っているのだが、それにカルラは気づかない。


「お嬢、少しは休んだらどうですか?」

「あっ」


 ティーカップをテーブルに置いたアレンがカルラの持っていた紙を取り上げる。


「……休んでるわよ」

「七時間も? ぶっ通しなのに? 昼食もちゃんと食べてないのに?」

「……た、食べたもん」


 そこを突かれてしまえば胸が痛い。

 腹持ちするために軽いサンドイッチは食べたが、その所要時間はなんと五分。食べたのは食べたが、とても昼食を取ったという表現はできないものであった。

 それが心配なアレンは容赦しない。

 アレンはカルラの背後に回ると、いきなりカルラの体を抱えてしまう。


「きゃっ! な、何をするのよ!?」

「お嬢はもう少し自分の体を大切にしてくださいね」


 いきなり抱えられたこと。それがお姫様抱っこだったこと。

 それらが一気に与えられ、カルラはアレンの顔を見上げながら頬が朱に染まる。


「……逆にあなたはどうなのよ? さっきまでお店で働いていたじゃない」


 執事的なポジションで参加しているとはいえ、ずっとカルラのお世話というわけにもいかない。

 アレンは時々カルラの様子を見に来る程度で、それ以外は他の人間と一緒に店で働いていた。


「言っときますけど、俺はお嬢が自分の体を大事にするまで俺の体を大事にするつもりはないんで。そこんとこよろしく」

「何それ、凄く卑怯」

「ははっ! 男っていうのはそういう生き物ですから、お嬢は諦めてくださいね」


 卑怯と言っているが、それだけ自分を大切にしてくれている。

 そのことだけはしっかり伝わってくるので、カルラの心は複雑なものだ。

 胸から込み上げてくる温かさを感じながら、カルラはせめてもの反抗で頬を膨らませた。

 アレンはそんなカルラを見て小さく笑うと、抱えていたカルラをそのままソファーへと下ろす。


「そういえば、職員の人達がお嬢のことを褒めてましたよ」

「へぇ……おかしな話もあるものね。まだ一度も顔を出したことがないっていうのに」

「それだけお嬢の考えたフランチャイズ……でしたっけ? あれがよかったんじゃないですか? 職員の皆も、どうやら他の商会の人間が盗みに来るっていう懸念が大きかったみたいです」


 それだけチョコレートに期待しているのかと、カルラは持ってきてくれた紅茶を啜って思う。

 カルラ自身もチョコレートを食べているので、その期待も充分に分かるものであった。


「それを一度聞いただけで解決したんですから、確かに褒められるのも当然ですよね。中には尊敬している人もいましたよ」

「ちょっと、それは流石に大袈裟じゃないかしら」

「全然大袈裟じゃないと思いますよ」


 しかも、商売の経験もろくにない少女が、だ。

 加えて容姿も整っていることから、羨望の眼差しを受けるのは普通にあり得る。

 同年代の人からしたらちょっとしたヒーローが現れたように感じるだろう。


「というより、まだまだしなきゃいけないことがあるんだから、この程度で満足してもらっちゃ困るわ」

「そんなもんですか」

「そんなものよ」


 仕事の話ばかりしているが、カルラはしっかりと紅茶を飲んで寛いでくれている。

 それが嬉しく思ったアレンであったが、それも唐突に鳴ったドアの音で邪魔されてしまった。


「入って」

「失礼します」


 扉から現れたのは、いくつもの書類を抱えているサクラであった。

 恐らく何かしらの報告なのだろう。カルラはカップをソーサーに置いてサクラに向き直る。


「どうかした?」

「えーっと、フランチャイズの件ですが、新たに三組ほどの商会が契約書を交わしました」

「これで十五組目か、凄いわねチョコレートの力って」


 それを自分と変わらない年齢の女の子が発案したのだから感嘆せずにはいられない。

 流石は公爵様が褒める妹だと、カルラの中でアリスの株が上がっていく。


「ならそろそろこっちも動こうかしら」

「……また仕事ですか、お嬢」

「あまり目くじらを立てないで、アレン。別に書類と睨めっこするわけじゃないんだから」


 カルラは腰を上げると、そのまま入り口に向かって歩き始める。


「ねぇ、サクラ。ここに厨房はあるかしら?」

「へ? は、はいっ、もちろんあります!」

「だったら案内をお願いするわ」


 何をしに? そう聞こうと思ったアレンだが、振り向いて可愛らしく笑うカルラに思わずドキッとしてしまい、喉から言葉が止まる。

 そんなアレンのことに気づかないのか、カルラは楽しそうに言葉を続けた。


「アレン、あなたも来なさい───一緒に料理をするわよ《・・・・・・・》」

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