第二十五話
「───特に前日分売り上げも問題なく、今月も同等のペースを維持できるかと思います」
右から順に商会の人間が報告を始める。
それも真ん中を越え、数十分経つ頃には最後の一人を残すまでとなっていた。流石はエリートだというところか、簡潔に要点を纏めているので聞いている方もスムーズに頭に入ってくる。
カルラは話を聞きながら内心感嘆としていた。
「私からはアリス様の発案したチョコレートに関してです」
最後の一人———サクラが一枚の紙を片手に報告を始める。
「売り上げは好調。貴族を中心に画期的なお菓子として広まっているようです。ただ、他の商会からの手が早いというのが問題に挙がっています」
やはりというべきか。
ロイから聞いた話がいよいよこの場で挙がってきた。
「今のところは原材料含めチョコレートの情報は流れておりません……しかし、それも時間の問題かと思われます。警備を厳重にしておりますが、毎度他の商会の者が現れるので、いつか手を抜けられる恐れがあります」
この話は他のメンバーも何回も聞いた話だ。
その数だけ解決策を挙げているが、どれも目立った成果が出せていない。警備を厳重にしても、ウルデラ商会の者に手を回してスパイを作ったり、夜間を狙ったりと日が経てば経つほど巧妙になりつつある。
かといって工場を別に移すか? とも考えたが、それだと移動の時間と費用がかさんで現実的ではない。
今は波に乗っている状態。ここで一旦引いてしまえば持ち直すのには時間がかかってしまう。
この場にいるウルデラ商会の面々は危機感を覚えている。
だからこそ毎回議題に挙げているのだが―――それも停滞状態だ。
「ふぅーん……」
一方、カルラは頬杖をつきながら同じ資料を片手に眺めていた。
どうしてそんな態度なのか? 皆は危機感がないのかと少し苛立ちを覚える。
そして―――
「とりあえず、チョコレートに関する情報は全て公認で流しなさい《・・・・・・・・》」
「はいっ!?」
「だから、そんなに知りたければ教えてあげろって言っているの」
頭でも狂ったか。暴挙とも言える発言を口にされ、サクラは思わず変な声を出してしまう。
話を聞いていたセオは我慢ならないと、自分の番でもないのに声を上げた。
「何を考えているんですか支部長!? チョコレートは我が商会の一大商品ですよ!? これを他に流してしまえばうちの利益がダダ下がりじゃないですか!」
「でも結局解決策が思い浮かばないのよね? だったら、その損益もいつか被るだけね」
「それはそうですが……ッ!」
「まぁ、話を聞きなさい」
カルラはサクラではなくセオを真っ直ぐに見つめる。
セオは凛と鋭い瞳を向けられ、胸の内から込み上げていた怒りが喉元で止まった。
「別にタダで渡せって言っているわけじゃないのよ。情報の独占なんて、この世の技術じゃ無理っていうのは分かり切っているわ。何せ、行っているのは一人二人の話じゃないもの……この商会で運営している以上、隙も大きくなる」
一人二人であれば、二人が黙っていればおいそれと情報は流れない。
でもそれが多くの人、遠い距離にあればあるほどつけ入れられる隙が生まれてしまう。こっちが黙っていても、他の何人かは黙らないかもしれない。
結局、商売として大きくしているのなら避けては通れない道なのだ。
「だから、盗みたい人には堂々と教えてあげればいいわ―――その代わり、条件は提示させてもらう」
「条件、ですか……?」
「えぇ、もちろん。そうね、条件は『チョコレートを発売する際には商品名に『ウルデラ』という名前を使用する』、『チョコレートで発生した利益の二割をウルデラ商会に収める』とかね」
カルラは皆に向かって笑みを向けた。
「うちの名前を使用すれば客は「ウルデラ商会のもの」だと認識してブランド力は維持できるわ。そして、利益を提供させることで独占分した時の利益を補填する。どう? これなら文句はないでしょ?」
ウルデラ商会の名前が入っていることでウルデラ商会の名前を広げられるのと同時に「チョコレートはウルデラ商会のもの」とアピールすることができる。もちろん、他の商会にも売らせるのだから客はばらけて本来足を運んでくれる客が減るが、その分の利益は成功報酬でもらう利益で補填する。
情報を提供する分のデメリットは、これだけの条件で十分に抑えることができるだろう。
「で、ですが、そんな条件を他の商会が呑むでしょうか?」
「呑むわよ、絶対に。何せ、これを公に提示してあげればもう盗むことなんてできなくなるんだもの―――ウルデラ商会の名前が入っていない商品として売り出せば「技術を盗みました」って言っているのも同義になるわけだし、苦労しても中々手に入らないのであれば、金を払ってでも簡単に手に入れる方を選ぶのは自然な流れだわ。そして「出遅れる」という焦りが、余計にも他の商人を食いつかせるわ───私の見た限り、チョコレートはそれだけの力を持っている」
更に、情報提供した商会の名前を記録しておくことによって「ウルデラ商会の名前を使っているが利益を献上していない」人間も洗い出すことができる。
売り上げの虚偽や、利益率はまだまだ調整して精査する必要はあるが、盗まれることに神経を使い、いつか盗まれて手を施せない状況になるよりかは先手を取って有利な立場にいた方がいい。
これはそういう話だ。カルラは、それを目的としていた。
「……もしかしてお嬢、あの時すでにこれ全部思いついていたんですか?」
「まぁ、そうね」
「……流石っす、お嬢」
薄々分かっていたが、まさかここまでを全て公爵家の食事会の時点で思いついていたとは……恐るべきカルラ・ルルミア。
後ろで話を聞いていただけのアレンは舌を巻いてしまう。
だが、それはアレンだけではなかった―――
(な、なんだよこの人……!?)
反発していたセオは内心で驚愕する。
聞けば穴はあれど、間違いなく有効的な案だと理解した。詰める場所をしっかり詰めることができれば、それこそ今まで抱えていた問題が解消される。
懸念点は全て補填———それを、たった一人の商売すら経験したことのない少女が思いついてみせた。
驚かずにいられるだろうか? 長い間商売に身を投げてきた面々ですら思いつかなかったのに、さも簡単に解決策を見出してきたのに。
(これが新しい支部長……)
独占という言葉に縛られていた自分達の気持ちを一気にひっくり返してきた彼女の底知れなさを垣間見たような気がして、セオは思わず息を飲んでしまう。
「意見は……なさそうね。じゃあ、あとでサクラは私と一緒にこの話を練りましょう。それと───今日も一日頑張ってちょうだい。至らない部分もあるけれど、これからよろしくね」
「「「「「はいっ!!!!!」」」」」
この時、この場にいる者の中にカルラを「不相応だ」と思う人間は誰一人としていなかった。




