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第二十三話

「それで、詳しく話してくれるんでしょうね?」


 ―――公爵家からの書状を渡された翌日。

 カルラはアレンを連れてウルデラ公爵家まで足を運んでいた。


「あれ、この前とはだいぶ態度が違うような……」


 応接室のソファーに座るロイが不思議そうに首を傾げる。

 だがそれは、傍から見ても分かるような白々しいものだった。


「いくら貴族でも、残念ながらハメてくるような男に敬おうとは思えないの」

「それは残念――—まぁ、僕としてもこっちの方がやりやすくて楽だから構わないけどね。堅苦しいのって、正直嫌いなんだ」


 掴めない人間だな、というのがカルラの印象だ。

 腰が低いように見えて、一気にハメてくるような狡猾さもある。権威という盾に縋る貴族が多い中では珍しい部類に入るだろう。

 妹のアリスも平民である自分に対して中々気さくに接していたため、これも血筋なのかと思うカルラだった。


「型苦しいのが嫌いだというのには同意するわ。話すだけで息苦しくなっちゃうし、それだけ心の距離が開いていく気がするもの」

「ということは、僕と距離を縮めたいということかな?」

「さぁ? それはご想像にお任せするわ」

「まったく、掴めない女性だね君は」

「あなたに言われたくないわよ」


 それもそうだ、と。ロイは肩を竦める。


「本題に戻しましょ……とりあえず、いきなり任命されても頭にはてなマークが浮かぶだけだし、ある程度の説明を求めるわ」

「てっきり、カルラ嬢はそこら辺を自分で調べるものだと思っていたけど」

「時間の無駄ね。私は私で調べることがあるし、よく知っている人に聞けるならそっちに聞く方が効率がいいわ。何せ、私は公爵家の商会なんて少しも知らないんだから」

「なるほど……理にかなってるね」


 ロイは背後に控えるメイドに手を差し出すと、彼女は後ろに置いてあった資料を一束手渡した。

 そして、今度はそれをカルラに手渡す。

 後ろにいるアレンはカルラが開いたのと同時に、自分もと覗き込むような形で見始めた。


「うちの商会は基本『なんでも屋』だ。食料から骨董品、雑貨や武器、建物に至るまで幅広く取り揃えている」

「規模は?」

「それなりに大きい自負はあるよ。といっても、王国に住んでいたカルラ嬢が知らないとなればまだまだなんだろうけどね」

「……やっぱり調べてたのね」

「王国も損をしたよね」


 調べあげられているだろうなとは思っていたが、案の定であった。

 加えてそれを隠そうともしない辺り、ロイもカルラが調べられていることを知っていると思ったのだろう。

 腹の探り合いは、すでに終わっているみたいだ。


「競合としてはランタン商会が一番だろうね。それぐらいは君も聞いたことはあるだろう?」

「流石にね。うちにも何度か卸してもらったこともあったし、あそこは世界各国で手を広げているもの」

「逆にうちは基本的に公国を軸に商売をしている。何せ、公国の貴族が運営している商会だからね───手を広げる時にしか他国で商売はしないんだ」

「商人としてはいかがなものなのかしら? 市場を狭めるとそれ以上は大きくならないわよ?」

「正論だね。とはいえ、それでも規模は公国の中でも二番目ぐらいだろう───需要を他国まで広げて、供給を公国のみにすれば人は公国に訪れる。すると、往来が激しくなり領地は潤う……僕はそういう商売をしているものでね」

「なるほど……だからあなたはこんな国境に住んでいるってわけ」


 自分の商会の商品を有名にし、供給場所を公国に限定すれば確かに公国に人は訪れるだろう。

 そうなれば商会だけでなく他の商売も盛り上がり、より一層の活気と経済の循環が行われる。

 有名にするという段階が難しいのは承知だが、成功すれば公国……いや、ウルデラ領は潤う。しかも、人が出入りする国境ともなれば人の行き来は非ではない。

 だからこそ自分の領地であるこの場所で商売の拠点にし、人が多いからこそ住処にして管理をする。

 そのスタンスに、思わずカルラは感心してしまった。


「……もしかしなくても、私が働く支部ってここじゃないわよね?」

「ご明察、君にはここの支部長をしてもらうよ」

「本気?」

「もちろん」


 いい笑顔で言ってみせるロイに、カルラは大きなため息を吐いた。

 商人や客を呼び込むことを目的とし、この国境を拠点にしているのであればここの支部こそが間違いなく一番大きい。

 そんな場所で素人を支部長に据えるなど、どう考えても正気の沙汰ではなかった。

 それほどまでに期待しているのか、それとも囲うことこそを目的にハメたのか。

 どちらにせよ、カルラにとっては最悪この上なかった。


「元はアリスにやらせていたんだけどね、今回の一件で交代させてもらった」

「私が言うことじゃないかもしれないけど、同い歳ぐらいの女の子に与える役職じゃないわよ? もっと女の子らしいものでも与えてあげた方がいいんじゃないかしら」

「そこら辺は心配いらない。アリスは、そういった方面では『天才』なんだ。本人も好きでやっているみたいだし、それぐらいの力があるっていうのはそれを見れば分かるだろうね」


 カルラは渡された書類を一枚捲る。

 そこには、アリスが考案したチョコレートの売上と需要データが載っていた。

 それを見る限りは、同世代の女の子が行ったとは思えないほどの利益が記録されている。


「……もうアリス様にやらせてもいいんじゃない?」

「残念ながらアリスはそれ以上ができなかったみたいでね、この前も言った通り他の商会がチョコレートのレシピを知ろうと躍起になっている。今はまだ未然に防げているけど、それも時間の問題じゃないかな?」

「薄情なお兄様ね。手を貸してあげてもいいと思うけれど」

「僕は領主であって商人じゃない。いつかは手を切らないとずっとおんぶにだっこになってしまうだろう?」


 それには同意しかできなかった。

 領主の本分は領地の経営であって商会の経営ではない。そもそも商会を運営しているだけでも珍しいのに、そこに専念してしまえばいずれ領地を運営する手が回らなくなってしまうだろう。

 だから妹に任せ、手の届く内に経験させることでいずれ自分の負担を減らそうとしたのだと考えられる。


「それが今や赤の他人に任せるっていうのも皮肉な話ね」

「お恥ずかしい話で」


 カルラはしばらく書類を眺め、徐に立ち上がった。


「もう行くのかい?」

「えぇ、これを読めばだいたい把握できそうだし、これ以上用事はないわ」

「それは残念。もっと君とのティータイムを楽しみたかったんだが」

「そういうのは他の令嬢さんにやってあげてちょうだい」

「仕方ないね……となると、この程度じゃ君は買えなかったか《・・・・・・・》」


 ロイはいつもの笑みを浮かべながら、わざとらしく肩を竦める。

 すると、カルラは───


「当然───私はそこまで安い女じゃないわ」


 挑発するような笑みを浮かべて、そのまま部屋をあとにするのであった。

 後ろにいたアレンも、カルラに続くように部屋を出る。

 残されたロイは小さく息を吐くと、手元に置いてあった紅茶を啜った。


「自信満々だったけど……やっぱり、彼女には策があったんじゃないか」


 嘘つき、と。

 ロイは以前口にされた「分からない」という言葉を思い出しながら呟いた。




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