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第二十一話

 二人の客人として現れたのは公爵家の遣いであった。

 さぁ、逃げよう! そう思っていた矢先のことなので、カルラは出遅れた感に苛まれてしまう。

 だがここで公爵家の遣いを無視するわけにもいかない。

 気が重たくなりながらも、カルラは遣いの人間に会ったのだが―――


「見るからに開けたくない書状……」


 部屋に戻り、カルラは額に手を当てながらがっつり項垂れる。

 テーブルには一つの封筒。上質な紙と公爵家の紋が押された蝋が絶妙なほどに嫌な予感を駆り立てていた。

 公爵家の紋が押されてある手紙は、紛うことなく正式な書状である。

 そこに悪戯という概念はなく、仮にもし誰かが悪戯でやったのであれば即時に首が飛んでしまう。

 なので、来てしまったからには疑いの余地なしということだ。


「案外感謝のお手紙かもしれないっすよ?」

「……あるわけないって分かっていて言った発言よね?」

「そ、そうっすね」


 カルラに正体を明かしてはいないが、アレンも国を担う貴族の頂点。

 この手紙がどんな意味を持っているのかぐらいは理解できている。

 ちょっとした気休めをさせてあげたかったのだが、どうやらアレンが予想していた以上に気落ちしているようだった。


「はぁ……うじうじしていても仕方ないわね。さっさと用件を知って対処する方向を考えましょう」


 手紙を手に取ると、アレンはすかさず小型のナイフを手渡した。

 カルラはそのナイフで蝋を傷つけないように封を開けていく。

 そして、中から取り出した手紙を見て―――


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」

「うわっ! どうしたんですか、そんな超絶重たいため息をして!? さっきの可愛らしいため息の比じゃなかったですよ!?」


 比べものにならないぐらいのため息を聞いて、アレンは驚く。もしかしなくても、ため息だけでお隣さんに響いているかもしれない。


「ため息だってつきたくなるわよ……まさか、私が二回もハメられる《・・・・・・・・》とは思っていなかったわ」


 ハメられる? その言葉に首を傾げるアレンだったが、カルラは口で言うよりもと、持っていた手紙を手渡した。

 その手紙には―――


『ウルデラ商会で発売しているチョコレートの全権利をカルラに譲渡し、支部長の就任を命ずる』


 ……と、書かれていた。


「……なんですか、これ?」

「……見たまんまよ」


 カルラは頬杖をつき、本日三度目のため息を吐く。


「簡単に言っちゃえばチョコレートとやらに関する権利を与えるから、支部長として成果を挙げろってところね」

「それを命じられたってことですか……」

「恐らく、このチョコレートはこの前言っていたアリス様が考えた新商品だと思うの。聞いたことがないし、話を押し付けてきたっていうことはあの質問の続きをさせたいってことでしょうね。色んな商会から狙われているチョコレートをどうにかする方法ってやつを」


 あの時、確かカルラは「分からない」でやり過ごしていたはずだ。

 それなのにどうして押し付けてきたのか? 新商品ともなれば軌道に乗せたいはずだし、分からないと言っている素人に任せるとは思えない。

 そんな疑問を覚えていると、カルラは説明するかのように言葉を続けた。


「すっとぼけていたことに気づいていたのね、あの公爵様は……どうやら、是が非でも私の意見を聞きたいみたい。それと───」

「……お嬢を抱えようとしている」

「えぇ、そうね。ここまでされたんだもの、そうとしか思えないわ。でも、こんなに手が早いとは思わなかったけど……」


 公爵家が運営する商会ということは、いわば手の届く懐だ。

 そんな場所で新商品を任せ、支部長という役職を与えるとなれば公爵はカルラを期待している……いや、手元に置きたがっているということ。


「逃げられる前に書面を渡して、無理矢理にでも留めようとしたのでしょう……ほんと、社交界でも稀に見るいやらしい人ね」


 ハメられたとしか考えられないが、この手紙を突き返すことなどすでにできない。

 何せ、公爵家からの正式な手紙なのだから。


「……どうするんですか、お嬢? 今から抗議にでも行きます?」

「したいところだけど、恐らく無駄よ。正式な書状として来ているのであれば、他の手回しもすでに済んでいるでしょうし、いち平民には拒否する権利がない」

「だったら───」

「だから……やってやることに決めたわ」


 カルラはアレンから手紙を受け取ると、元の便箋へと丁寧にしまっていく。


「もし、私がこの事業に失敗すれば、私は責任を問われるでしょう。そうなれば、私は相手の思惑通り公爵家から抜け出せなくなる。逆に、成功させてしまえば責任を追うことなく支部長の任を降りることもできるわ」


 一方的に押し付けられたとしても、支部長としての責任がある。もし失敗でもすれば損害を出したとして公爵家から何かしらの責任を問われるだろう。

 そうなれば、いよいよ公爵家に抱えられるかもしれない。

 ここで働け、など。色々と言われてしまうビジョンが見えてしまう。


 逆に成功してしまえば、何も憂いることなく辞任が可能だ。

 何せ、成功した者に対する責務など押し付けられた者であれば存在しないのだから。

 故に、思惑に乗せられないためにも成功するしかない。

 各種方面から狙われているチョコレートを。


「私をハメてくるような人間の下につくなんて冗談じゃないわ───」


 カルラは瞳の奥に闘志を燃やしながら、不遜に笑った。



「簡単に手に入るような安い女じゃないって、あの公爵に思い知らせてやる」

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