パジャマパーティー
…コンコン。コンコン。
控えめに響くノックの音。
しかし、盛り上がったぴぬ子とルーレには聞こえていない。二人のバラックジャックも佳境に差し掛かっており、熱い激闘が繰り広げられていた。
…コンコン…
先行のぴぬ子が出した数は十九。充分戦える数だが、そこは王族、更にヒットを重ねる。
が、しかし。出たカードはスペードの八。問答無用のバーストに頭を抱えるぴぬ子。
ルーレはここぞとばかりに場のチップをかっさらい、全開のドヤ顔でぴぬ子にチップをひけらかす。
……コンコン。……コン、コン……
さすがに悔しくなったのか、今度はルーレを追いかけ始めるぴぬ子。負けじと逃げるルーレと二人、派手に駆けずり回る。
……のだが、現役冒険者で前衛のルーレには敵うはずも無く。呆気なく捕まり肩で息をするぴぬ子と平然としているルーレが部屋の隅で絡み合う。
楽しそうに笑いながらじゃれ合い、顔だけは良い二人はそれだけで絵になるのだった。
……コンコン……コ……ドンッドンドン、ドン
突然聞こえたノックの音に驚き、二人で飛び上がるぴぬ子とルーレ。
目を合わせて頷き、ルーレが扉を開ける。
「どきどき……。開けますよ、ぴぬ子。……せいやあああぁぁぁ!!!」
豪快に扉が開け放たれ、そこに居たのはーー。
「せいやじゃない、この能天気共!さっきからずっとスノレアがドアを叩いていたのに何故気づかない」
「きゃあああ……って、ミラ?どうしたの、そんな怒って。眉間にシワが寄ってるわ」
「どうしたもこうしたもあるか!少しは周りに気を配れ。スノレアを見てみろ、ずっとドアを叩いていたんだ」
言われてすっとぴぬ子が目を向けると、ミラの体に隠れるようにして涙目のスノレアが縮こまっていた。
ぷるぷるふるえる様は宛ら小動物のようで何とも庇護欲を唆る。
「あ……スノレア、居たの。ごめんなさい、気付かなくって……ってあああ、泣かないで、泣かないで!」
「……ぐすっ……ないて、ない……もん……ぐすっ……」
「そ、そうよね!泣いてなんかないわよね!ご、ごめんなさい、次から気をつけるわ……」
「う……。申し訳無いです、スノレア」
「……ん……いい、の……」
「全く……。次は気をつけろよ?」
少し厳しめに言いくるめるミラ。
言い過ぎかとも思うが、自分がタイミング良く居合わせなければ内気なスノレアは扉の前でずっとオロオロしているだろう。
「スノレアも、もうちょっとコミュニケーションを頑張れ。魔王軍幹部なのだろう?」
「そうですよ。何なら一日中、ぴぬ子を見張ってると良いです。コミュ力おばけですからね」
「……あしたから……」
「えー?私はいつでも大歓迎よ!スノレアとお泊まりしたいもの」
「行ってこれば良いじゃないか。ぴぬ子の部屋は無駄に広いんだから、気にする事はないぞ。かく言う私たちも何度か押し入っている」
「……じゃあ、みんな……で泊まる……」
食い下がる三人にスノレアが押し負け了承する。
……意図せぬパジャマパーティーの開催である。
年頃の少女たちがパジャマパーティーと聞いてはしゃがないはずもなく。次の瞬間には何をするのかで頭がいっぱいになっていた。
総じて幸せな四人なのだった。
そして時刻は午後九時三十分。眠るには早すぎる時間だが、布団に入ってからが本番なので問題無い。
「ふう、準備は整ったわね。それじゃあ何したい?」
「うーん。さっき決めたのは結局恋バナですし、それはもう少し夜が深くなったらにしましょうか」
「……なに、がいい、かな……?」
「そうだな……」
数分後、彼女たちが選択したのは……
「……パンケルキ……」
「キツネキラルド!」
「ド、ドリスラリエ」
……しりとりだった。
「ちょ、ちょっと待った!何だ、そのドリス……なんたらと言うのは!」
「え?ミラ知らないのですか?砂漠によくあるハート型の葉っぱです。水分たっぷりで美味しいんですよ」
「知るか!大体砂漠なんて、どれだけ故郷から離れてると思ってるんだ」
「むう……」
「……キツネキラルド……聞いたこと、ない……」
「ええ?!知らないの?こう……がんもどぅきにすると美味しいのよ」
「……がん……も……?」
「ああああダメだ!常識が違いすぎる」
それも当然のこと、魔王軍から一国の姫と身分は様々でしりとりが成立する程同じ文化を生きてきた訳では無いのだ。
「しりとりはだめね。じゃあ早いけど……恋バナ行きましょう!……好きな人、居る?」
「……わたしは……」
「す、スノレア、居るのか?!」
「……うん。ぴぬ子が来る……少し前、に……」
意外なスノレアの言葉に驚きを見せる三人。当のスノレアはどこか恍惚としていて、在りし日の淡い思い出が伺える。
そしてぽつぽつと語り出したスノレア。
「……え、と。その子は氷属性、の子でね。きれいな青色だった、から。あそぼって……言ったの……」
「綺麗な青色?」
「……でも……その子、日がくれたら消えちゃって……」
「日が暮れたら消える?」
「……また同じとこ、行ったけど……居なくて。また……会えたら良い、なって。そういう……はなし……」
「ねえスノレア?あなたの出会いは良いものだし、侮辱する気は無いわ。でも一つ」
「ーーその子きっと、精霊よ。」
「「「……?!」」」
「……せい、れい……?」
「ええ。精霊は太陽をエネルギーに活動する場合が多いから、日が暮れると居なくなっちゃうのよ」
「……魔族……じゃないの……?」
「全然違うわ」
思わぬ発見に意気消沈する友達に、三人が優しく背中をさする。
……と思い気や。
「ぶふっ……。精霊……勘違い……クスクス」
「せい……嘘だろふふっ」
「ちょっ……ふふ二人とも……笑いすぎよ……っふふっ」
大爆笑一歩手前でくすくす笑い始めた。
これにはスノレアも応えたのか頬を赤らめてぷいっと横を向いてしまった。
むぅ……と唸りながら、傍に置いてあったクキーを平らげる。クキーは魔族の世界にも広まっている定番おやつで、稲を粉状にして繋ぎの卵でまとめて焼く。手軽さとアレンジのし易さから、大人から子供まで手広く愛されている。
今日四人が囲んでいるのは特別製。
何せ、朱雀宮の総料理長手ずから仕上げられた逸品なのだ。
魔王直々に料理の腕だけで選ばれただけあって、彼の作る料理は魔王を筆頭とする朱雀宮の面々に大人気だ。
「……これ、すごくおいしい……」
「どれどれ……ん、これはうまいな。さすが料理長だ」
ぱっと顔を輝かせたスノレアに続いてミラも同じようにクキーを口にする。
二人が食べたのは分厚めに焼かれた記生地にストルベリージャームがたっぷりと塗ってある贅沢な仕様。
思わぬデザートに盛り上がり、少女たちの夜は終わっていく。