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残りの人生を異世界で  作者: 黒檸檬
1章.異世界で冒険者になろう
9/18

9.だから彼女は壁を登る


 俺は歩きながら、手に持った銀貨を眺めていた。

 これは昨日、珍しいモンスターの素材をギルドに持ってった報酬の銀貨である。


 俺が家を出る直前、アルムが「くれぐれも無駄遣いはするなよ」と言って、投げ渡してきたものなのだが。

 丸い形に加工された銀色の硬貨。これで銅貨100枚の価値があるらしい。


 その裏面には銅貨と同じく迷宮である塔が刻まれている。表面は顔の前で手を組み祈りを捧げている聖女が刻まれている。


 たしか、銅貨に刻まられていた剣士は勇者パーティーの1人だったから、この女性もその1人なのだろう。


 ひととおり眺めた後、銀貨を鞄にしまう。無駄遣いはもちろん、盗まれでもしたらアルムは絶対に怒る。


 説教シーンを想像して肝が冷えた俺は、鞄から地図を取り出す。


「ーー気持ち悪いぐらいわかりやすい地図だな」


 つい、率直な感想が口から出てしまった。

 

 簡単なイラストで建物や木々が描かれ、街で生活するのに大事そうな場所には色の違うペンで丸く囲まれている。

 さらに目印になる建物の詳細、その周囲の雰囲気に至るまで様々な情報がメモ書きされている。それでいて文字が邪魔にならないよう空いたスペースに収められていた。

 この分かりやすい地図を描いたのが、アルムなのだから驚く。俺にはもったいないくらい優秀すぎる奴だ。


 アルムお手製の地図を片手に、ギルドのある広場を目指し歩みを進める。


*****


「いい買い物をした気がする。これならアルムの奴も文句も言わないだろ」


 俺は貰ったばかりの銀貨を使って、ギルド内の鍛冶屋で装備品を買った。ベテラン風の鍛治師のおじさんにあれこれ聞いて教えてもらいながら選んだ品だ。


 ギルド内の鍛冶屋と言うことで値段も安いらしく、銅貨60枚が残った。これで何が買えるか俺自身、まだよく分かってないが、チーズたっぷりドリア20個分はある。


 そして今は、広場にあったベンチで一休みしている。 


 暇すぎて、手元の布の袋から買ったばかりの品を取り出して眺める。皮製の胸当てと、一部金属補強がなされて頑丈そうな籠手の2つ。

 どちらも量産品らしくパッとしない見た目ではあるが、それが良い。


 気分は新しい本を手に入れた帰り道のような。読みもしないのに袋から取り出し、表紙だけ見て満足しかける的な。伝わりづらいか……。

 もっと分かりやすいのだと、新しいゲーム機を買った時とか、充電がないから遊べないのに箱だけで楽しいみたいな。


 ゲームよりも先に本が浮かんだのは、元の世界での病弱が原因だ。

 考えてもみてほしい。病気で学校も休みがちな奴が寝込んで本を読んでいるのと、ゲームをしているの、どちらが外聞がいいか……答えは明らかだろう。

  

 けど、異世界に行く機会があるって知ってたらもっとゲームをやっとけばよかった。


 そんな事、もはや取り返しがつかないから置いとこう。ああ、早くこれを着て迷宮に挑みたい。

 ま、今日は2人とも用事があって、無理なのだが……


 失くさないよう胸当てと籠手を袋にしまって、広場の時計をチラリと見る。


 これはアルムが教えてくれたのだが、ここ中央広場や迷宮前の広場など、開けた場所には大抵時計があるらしく、「〇〇広場の時計の近くな」と、待ち合わせのスポットによく使われるらしい。


「まだ10時か……」


 紹介したばかりの時計を確認した。俺の目に映っているのは、元の世界の物と変わらない1から12までの数字が振られた馴染みのある時計。


 時間の基準が同じ、あるいは似てるというのは、はっきり言って、違和感しかない。時間の進み方は同じであってもいいかもしれない、けど時間の基準が同じというのはあり得るのか……。

 この辺の違和感は、図書館に行けば少しは分かるのだろうか。

 

 ややこしい話は置いておくにしても、昼食にはまだ余裕がある時間。


 1番行きたかった図書館はご飯を食べた後じっくり見ようと午後にする予定だったが、変更も視野に入れた方がいいかもしれない。


「ーー? あれはなんだ……」


 ぼんやりと街並みを眺めていたら、教会の外壁、それも結構高い所に張り付く黒色の人影が視界に入った。


 教会に忍びこもうとする盗人か? と、俺は咄嗟に身構える。

 しかしその正体は、盗人よりもある意味危険な人物だった。誰が壁を登っているのかを感づいてしまい、俺は思わず頭を抱えてしまった。


「まじか……、まじで外壁を登ったのかシスターカタリナ…………」


 あの黒色は修道服によるもので、盗人ではなくシスター。それもそうだ、白を基調とした教会に、白昼堂々黒服で盗みに入るバカはいないだろう。そもそも、あそこまでの高さから盗みに入る必要がない。


 それともう一つ、陽の光に照らされて煌めくブロンドの髪には見覚えしかない。

 言質自体は取れていないが、次は外壁を登るという素振りはあった。


 よって、あれはシスターカタリナだ。間違いない。


「ーーなっ!?」


 壁を登っていた彼女は、更に高い位置へ到達しようと伸ばした手を、滑らせた。


 彼女が手を滑らせたその瞬間、俺の体は勝手に走り出していた。

 教会に向かって全力疾走しながら、顔を上げて彼女の状態を確認する。


 壁の出っ張りに片手だけで掴まって、今にも落下しそうな状態。まだまだ危険は去ってないが、俺が辿り着くまでの猶予はある。


 向かう教会に門や囲いはない。このまま一直線で彼女の真下へと向かう。

 

「ハァ……、まだ遠いってのに、限界か」


 壁にしがみつく彼女の片手が震え出し、限界を迎えてしまう。


 およそ三階建ての建物と同じくらいの高さから、シスターカタリナは地面に向かって落ちていく。


 落下する彼女は祈るように手を握っている……。

 もしもの時、神に委ねるしかないってなら初めから登るなって話だ。くそ、俺が昨日もっと強く止めてれば……今更遅いか。


「ーー間に合った!」


 今も落下を続ける彼女の真下にたどり着く。あとは俺が受け止められるかだ。

 

 飛び降りて落下してる人を受け止めるのはかなりの衝撃があり死ぬ事もあると聞いたことがある。

 ーーだからどうした。ここは教会、治療魔法を使えるシスターが大勢いる。

 だから死ななければ平気だ、と虚勢を張る。

 

 考えてる時間も落下地点を整える余裕もない。

 チャンスは一度きり。落としたらそれで終わり。

 魔法による死者蘇生を期待するには、俺はこの異世界を知らなすぎる、望みは薄いだろう。


 緊張で体が強張る。

 顔を上げ、落下地点に合わせて立ち位置を僅かに調整する。

 そして、俺は落下する彼女を自らの腕で受け止めた。


 ーーバキッ


 煎餅が割れるような音がした。


 外部から加えられた衝撃で頑丈な骨が、無慈悲に壊される。その音が、体の外と中で響いて耳まで届く。

  

 俺の腕はもちろん心配だ。けど、まだ落下の勢いを殺しきれていない。これでは俺も彼女も地面に激突してしまう。


 彼女をキャッチしたとほぼ同時に、俺はその場でくるくると数度回転して、可能な限り力を外に逃す。

 何度か回転した後、教会の白い壁に体がぶつかった。俺はそのまま壁にもたれかかって、ずるずると倒れ込んだ。


 まだ痛みは脳に到達していない。理性が保てている内に腕の中の彼女を見る。目を瞑って祈ったままの姿のシスターカタリナ。

 身体が小さく震えてるものの、呼吸は正常で外傷もない。

 無事を確認したところで、彼女をそっと壁に寄りかからせる。


 いくら治療の魔法があるからって、結構な無茶はしたが、結果的に俺も彼女も無事で良かった。


 たった一度会っただけの彼女にそこまでするのはきっと、死に急ぐかのように危険を犯す彼女をほっとけないから。


 元の世界で死に近づきすぎた俺は、誰よりも死が怖いものだと知ってる。

 それに入院することの多かった俺は、病院で何度も人が死んでくのを見た、嫌と言うほど。


 少なくとも、俺の目の前で誰かに死んで欲しくない。その死が俺に止められるものなら止める。


 これはディーネにも言える話だが、あれにはアルムがいるから。

 だからって安心して彼女と一緒になって楽しんでしまってるから、説得力は足りないかもしれないが。

 

「うぅ、あれ? わたくし生きてる? よ、よかったぁ……」


 シスターカタリナは今にも泣き出しそうな震えた声で呟いた。

 声を聞いたことで俺は一安心する。彼女が無事で良かったけど、ズキズキと腕が痛み出してきた。

 

「とりあえずカタリナちゃん、俺の腕を治してくれると助かるかな」

 

 彼女をキャッチした時に聞こえた嫌な音からして、腕にヒビが入ってるか、酷ければ骨折の可能性がある。


「あ、危ないところを助けてもらったのにすみません。すぐ治しますね、魔法《リペア》!」


 徐々に青ざめていく俺の顔を見て、彼女は慌てた様子で治療を行う。

 

 彼女の手から溢れ出た薄緑色の光が、患部を包み込んで癒す。

 その効き目は抜群で、みるみる腕の痛みが引いていく。


 昨日に引き続き、今日もお世話になった《リペア》の魔法。

 異世界に来て1日1回ペースか、間違いなくこれからもお世話になるに違いない。これは、《リペア》の考案者には足を向けて寝られないな。


「そう言えばお名前聞いていませんでしたね、冒険者さん」


 治療を終えた彼女は魔法を止めて、俺の名前を尋ねる。


「名乗ってはなかったな。俺はグレイだ」


「グレイさん! カッコいいお名前ですね」


 この世界で一冒険者でしかない、俺なんかの名前を聞いて、シスターカタリナは顔を明るくした。


 グレイというのは異世界に来るにあたって、俺が名付けた名前。それをそんな顔して褒められるのはどこか照れ臭い。

 こんな名前が褒められるようなものなら、彼女の名前の方がよっぽど綺麗で良いものだろうと思う。


「それを言うなら、カタリナもかわいい名前だろ」


「昔の凄い聖職者の名前ですよ、エーデルさまがつけてくださいました」


 シスターカタリナは照れ臭そうに、頭巾からはみ出るブロンドの髪をいじる。


 名付けの親、それとも教会と言う場所からして、洗礼名のようなものだろうか。

 いけない、可愛い見た目に魅了されて忘れそうになったが、彼女に聞きたいことがある。昨日今日と続けている奇行の理由を。


「あのさ、カタリナちゃんはどうして壁を登ろうとするんだ?」


「それはですね、迷宮の頂上に行くためです」


 彼女はキッパリと答えた。その声音に迷いや嘘は感じない。強い意志を感じる。

 けれど、俺がそれを理解できるかどうかは別だった。


「ーーどうして壁を登るんだ?」


「おかしいですね、わたくしの声が聞こえてませんでしたか。では、もう一度言いますね! 迷宮の頂上に行くためです!」


 理解出来なかったのを声が原因だったと考えたカタリナは、先程よりも大きく元気な声で言い放った。


「ーーさっぱり分からん」


 同じことを二回言われたが、いまいち要領を得ない。まさかとは思うが迷宮を登って攻略するつもりじゃないよな……

 

「仕方ないですね。順序を追って説明しますから。まず、グレイさんは教会のことどこまで知ってますか?」


 未だ壁を登る理由についての答えを飲み込めていない俺は、気を取り直して彼女の話を聞くことにした。


「傷を治してくれる所、神に祈る所」


 前者は経験したこと、後者は教会のイメージからの予想を織り混ぜた俺の答え。

 それに、カタリナは正しい答えを付け足す。


「それと迷宮の頂上を目指すため、聖職者が研鑽を重ねる所です」


「教会の人も迷宮の攻略をするのか?」


「はい、しますよ。冒険者パーティーに混ざったりもすれば、教会による聖職者だけのパーティーなんかもあります」


 リペアの魔法を使えるシスターは回復役として1人は欲しい人材だろうけど、教会主体のパーティーも存在するという。

 それはつまり、教会側も迷宮の頂上を目指す理由があるということ。


「そうか、なら教会の人にも叶えたい願いってのがあるのか?」


「いいえ、そこは違います。教会はあの迷宮の頂上……塔の先に主がおられるのだと教えられています。わたくしたちは主、えっと神様に出会うために日々ここで研鑽をしてます」


「神様か……」


 神と聞いて、思い出すのは俺をこの異世界に送ってくれた命の神。

 その神によって、俺の体はモンスターの命を奪って自らの命の強度を上げ、死の運命を先延ばす。という調整がされている。おかげで当分の間死ぬことはない。


「冒険者さんはこの話を耳にすると大抵驚かれると聞いてたのですが、グレイさんは驚かれないんですね」


「いや、頂上に行った人はいないんだから、神がいるってのも有り得ない話じゃないって思っただけだよ」


 彼女には最もらしい言い訳をしたが、つい最近、神様に会ったことがあるから驚かなかったとは言えなかった。


「そんな考え方もあるのですね」


 俺の言葉に対して、彼女はふむふむと頷いていた。壁を登り続けるのをやめない姿から、他人の話を聞けない所があるのかと思いきや、別にそんな事はないらしい。その姿は多様な考えを学ぼうとする真面目な子供といった風……


「教会については分かった。だけどそれがどうしたら壁を登る事に繋がる?」


「ーーわたくしが問題児って自覚はあるのです。こんな子を仲間にしてくれるパーティーは無いですし、そもそもエーデルさまが許可をくれません。かといって、教会主体の探索にも入れてもらえない。だから塔の中からではなく外から攻めようと思いまして、教会の壁を登るのはその練習です!」


 ここでようやく彼女の言ってた事を理解する。塔を迷宮になってる内側ではなく、外側から攻略か。

 それなら迷宮の頂上を行くため、壁を登るのも練習にならなくはないのか……? 


「だとしても頑張る方向が残念すぎる……。カタリナちゃんが良ければ、あとでアルム……えっと、俺のパーティーのまとめ役みたいな奴に、君を仲間に入れないか話してみてもいいけど」


 彼女が迷宮の頂上を目指していて、その為に危ない練習を始めるほど強い気持ちがあるのを知った。短すぎる付き合いではあるが、パーティーの2人を除けば最長だ。


 だから、少しでも彼女の力になりたいと誘ってしまう。多少なりとも情が移ってしまったらしい。


「ーーまだダメだと思います。グレイさんって冒険者になりたてですよね。少なくとも5層に行ける実力じゃないと許可が出ないんですよ」


 ほんの一瞬、彼女は喜色を浮かべる。けれどすぐに思考を巡らせて現実的な答えを口にする。


「ああ、冒険者になったのは昨日の話だな」


「ならダメですね……『ぐぅぅ〜』」


 ほんの少し暗い雰囲気になったタイミングで、隣に座るカタリナからお腹のなる音が聞こえてきた。


 転落死を免れ気が抜けてたのもあるだろう。それに時間的にも、もうすぐご飯時なのだから無理もない。


「ーーじゃあそろそろお邪魔しようかな。もうあんな危険な真似はしないようにな」


 俺は立ち上がって彼女に告げる。年頃の女の子が出してしまったお腹の音に触れるのは無粋だろう。

 ここを出て、どこか食事処に行こうかと、教会に背を向けた俺をカタリナは呼び止める。


「あの! 待ってください。じ、実は昨日の件で昼食抜きの罰を与えれてて……、本当は今も反省室に入ってないと行けないんです。わたくし、このままだと、お腹空いて死んじゃいます。助けてくれませんか?」


 立ち上がる彼女は、俺より頭二つ分低い。当然、自分よりも背の高い俺と会話をするには顔を上げなくてはならない。

 すると、修道服を着て上目遣いで助けを求める少女が出来上がる。


 正直、その顔をされると断れない。ただでさえ見た目の良い彼女が、目に涙を浮かべる姿は、人の庇護欲というのを倍増させる。

 

 これから行こうと思っていた食事処に彼女を誘うか。防具を買った残金もそこそこはある。1人増えたところで問題はないだろう。


「なら、レストランに行こうか? 昨日仲間の2人に良い店を教えてもらったんだ。と言ってもカタリナちゃんが良ければだけど……」


「行きます!」


 カタリナは二つ返事で俺の誘いに乗った。

 

*****


 俺はカタリナちゃんを連れ、昨日訪れたレストランにやってきた。幼いシスター1人を連れて歩く俺を誘拐現場と誤解されないか不安だったが、教会からここまで何事も起こらなかった。


 そもそも、街中で修道服姿をした人を一定数見かけられることから、シスターがいること自体は普通の光景らしかった。


「わぁ、綺麗なお店ですね」


 真っ先に店内へと足を踏み入れたカタリナは、感嘆の声を上げる。

 白っぽい木材を基調とした素朴な内装は、彼女の目には綺麗に映ったようだ。

 

「いらっしゃいませ! 何名様ですか?」


「2名です」


「かしこまりました。こちらへどうぞ!」


 店員さんに案内されて窓際の2人掛けの席に腰掛ける。

 周囲を見渡すと、レストラン内は昼時もあって賑わいを見せていた。ほとんど待たずに入れたのは運が良かったようだ。


 席について、少しソワソワしているカタリナにテーブルに置かれていたメニューを差し出し声をかける。


「俺から誘ったんだ。カタリナちゃんの好きな物、食べたい物好きなだけ頼んでいいからね」


「ほんとですか……、グレイさん凄く良い人ですね、ありがとうございます!」


 ご飯食べさせてくれる人を良い人認定してしまうのは、この先やらかさないか不安だが。説教やら文句を言う場でもないかと、口をつぐむ。


 カタリナはメニューに書かれた文字と睨めっこしている。これは時間がかかりそうだと、急かしてるようにしてはいけない。俺は窓の外でも見ていよう。


 ーーにしても不思議な街だ。

 異世界から来た俺は黒髪黒目で、目立ったりしてしまうかと危惧していたが、そんな心配は杞憂であった。

 黒髪黒目の人なんて普通に街にいた。それだけじゃなく、ピンクに緑に赤に茶色に……多種多様な見た目をしている者が見受けられる。肌の色も同様であった。まるで人種の垣根が存在しないかのような……前提となる人種の概念が存在しないのか?


「……さん、グレイさん決まりました!」


 外を眺めていた俺な思考は、元気な彼女の声で現実に引き戻された。


「ごめん、ぼっとしてた。じゃあ店員さん呼ぼうか」


 近くのテーブルに料理を運び終えた店員さんを呼び止めた。


「ハンバーグとライスを。あとポテトをお願いします」

 

 俺は昨日来た時にドリアと悩んで、お腹の具合で断念したハンバーグを頼んだ。時間的にお腹も空いているのでボリュームのある物を食べたかった。

 追加したポテトは2人でシェア出来る事を考えてのものだ。


「えっと、わたくしは生ハムのピザと……このグラタン、飲み物にオレンジジュースをお願いします」


 カタリナはメニューの文字列を指差しながら注文をしていく。その慣れてない感じと、ジュースを頼む子供っぽい所が微笑ましかった。


「かしこまりました。料理が出来上がりましたらお運びしますのでお待ち下さい」


 注文をメモし終えた店員さんは足早に調理場へと戻って行った。やはりこの時間は忙しいようだ。広げていたメニューをテーブルの隅に片付ける。

 その後、用意に時間のかからないオレンジジュースと水がすぐに運ばれて来て、俺達はそれを受け取った。


「ほんとにいっぱい頼んじゃって大丈夫でした?」


 彼女はオレンジジュースをちびちび飲みながら、初めてのレストランへの興奮が収まってきたのか不安げに尋ねてきた。


「ああ、お金はある。なんなら食後にデザートを頼んでも良いよ」


 俺の言葉を聞いて、カタリナの顔が明らかに歓喜に染まっていた。そういう無邪気な可愛さに、癒されるを通り越して見惚れそうになる。


 それは流石にまずいと、一旦心を落ち着かせようと話を変えてみる。魔法について聞いてみるのが良いかもしれない。


「魔法に興味があってさ。あの治療魔法……リペアってどういう仕組みなのか聞いても平気?」


 カタリナは俺の質問に少し悩んだあと、「ま、良いですよね」と自分を納得させるように呟いてから、周りには聞こえないよう小声で話し始める。


「ーー魔法《リペア》は命魔法に他の属性を混ぜる事で《ヒール》以上の治療効果を引き出す、教会由来の魔法です。だから秘密でお願いしますね」

 

 彼女の語る言葉を噛み砕いていく。異世界だから魔法やその属性、《ヒール》という俺の知らない魔法もあるだろうとか、大雑把に理解していく。

 どれも実感のない、出来ない話なのだから、考えるだけ無駄というのもある。


「ようは、命属性? ってのと他属性の複合属性、というか複合魔法のような感じか……。難しいってのは分かったよ。カタリナちゃん、ありがとう」


「よかったら試してみます?」


「秘密って言ってたがいいのか?」


「はい、多分ですけど大丈夫です。むしろ、これで治療魔法の魅力に気付いて聖職者を目指してくれてもいいんですよ。カタリナに紹介されてって言えば私も褒められるはずですし。て、もしかして名案なんじゃないですか?」


 カタリナはハッと何かに気づいた顔を浮かべ、自分の発想に対して同意を求める。

 俺は初めて見る彼女の黒っぽい部分に新たな魅力を感じつつ、申し訳なさげに断った。


「流石に冒険者になったばかりだから、難しいかな」


「そこは冗談ですよ。じゃあ料理が来るまでの間、治療魔法の基礎を教えてあげますね」


 カタリナはえっへんと聞こえてきそうな得意げな顔で、魔法の指南役になるのを喜んでいるようでもあった。


 彼女に出会ってから1番頼もしい雰囲気を感じる。

 異世界ファンタジー要素の極みである魔法を使える彼女は、実際のところ土下座してでも教えを乞いたい人物であった。

 

「こちらこそ、お願いします」


「まずは、このテーブルの傷を治してみましょう。あまり知られたませんが、木も生きてますから、治療魔法の対象なんですよ。わたくし達も最初は木の人形で練習しました」


 彼女が《リペア》と唱えると、人差し指に薄緑色の光が灯る。その指でテーブルにあった傷をそっと撫でた。

 すると、指が通り抜けた部分の傷が消えてなくなっていた。


「こんな感じですね。まず自分の体の中の魔力……MPを意識します。そこから、MPを変換して命魔法を基本とした他の属性を指に集めて、混ぜ込んで魔法にしていきます。魔力を上手く魔法にするには魔法名を唱えるのが重要ですからね」


 話だけ聞いても難しい。MPを流す意識はシャワーで経験済みだが、属性の部分はやったことがない。

 

 元の世界出身では外で遊べない代わりに、俺の生活は本と共にあった。

 ある時にはハイファンタジー作品を読み漁った事もある。また時には魔法の登場するローファンタジーも読んだ事もある。呪術、魔法、魔術、多岐にわたる魔法観を俺は学んでいると言っても過言じゃない。


 故に魔法に関するイメージだけは十分。

 あとは勘と曖昧な理解でもって魔法を完成させる。

 

 本当は詠唱も加えられたら好ましいのだが、この世界で意味のある行為なのかは未知。なのでご愛嬌と言う事で……

 俺は口惜しい気持ちを抑えて、魔法名を唱える。


「ーー魔法《リペア》」


 魔法の宣言と共にMPが抜けていくのを感じる。

 自分の属性から命属性らしきものを選びとろうと試みるが、属性の違いが感じられない。仕方なく自分の中にある魔力の属性だけで、魔法を成立させようと試みる。


 すると不完全ながらも治療魔法が完成する。


 指先に彼女が使う魔法よりも淡い薄緑色の光が集まっていく。今にも消えてしまいそうな不安定な状態。完全に消える前に成功を確かめようと、テーブルの傷に触れた。

 やはり不完全は不完全、僅かに傷が塞がっただけで治ってる感覚はない。指が掠るだけでテーブルの傷は戻ってしまう。


「初めてで魔法になるなんて……。グレイさん凄いですね!」


 落ち込む俺に対して、カタリナは驚きと称賛の声をかけてくれる。


「治ってないから失敗だと思うよ。でも褒めてくれてありがと」


「いえいえ、練習すれば絶対出来ますよ! 時間を見つけて練習してくださいね」


「お待たせ致しました、こちら生ハムのピザとグラタン、ハンバーグとライスにポテトでございます。ごゆっくりどうぞ」


 一度に5皿も持った店員さんがやってきて、テーブルに食事を並べていく。その先程と同じ店員さんは誰が何を注文したかまで記憶しているようで、2人の前にそれぞれが頼んだ物が置かれていった。


 準備が整ったところで、手を合わせる。俺が口を開くのとちょうど同時になるように合わせたのか、彼女も口を開き、


「「いただきます」」


 と食事を始めた。


 手始めにナイフとフォークを使って、皿に盛られたハンバーグを切る。切った側から、じゅわと肉汁が溢れ出す様を見て、味への期待が膨らむ。

 一口大に切ったハンバーグを、小さい容器に入れられたデミグラスソースをつけて、口に運ぶ。


 口の中いっぱいに、肉汁と一緒にお肉の旨味が広がる。そして肉の味を引き立てるソースの味も同時にやってきて、体が米を求めてフォークがライスの皿に伸びる。しかし、俺はその手を止めた。まずはハンバーグだけの味を楽しみたいと思った。


 もう一度ハンバーグを切り分けて、口に入れる。次は米も一緒に口に入れて、主食とおかずとの調和を作り出す。

 とても幸せな味がする。


 美味しいご飯を味わいながらカタリナの方をちらりと見ると、多幸感に満ちた顔であった。

 ついでに言うと右手で食べかけのピザを持ちながら、左手でほっぺたを抑えている。ほっぺたが落ちる状況とはこう言う事なのだろう。


「満足そうで良かったよ」


「はい、とても美味しいです。教会のご飯とはまた違った美味しさで……今まで出会った事ない味わいです……」




 定期的にポテトの皿へ手を伸ばしながら、俺もカタリナも食事を続けて全ての皿が空になった。

 

「どうする? デザート食べれそう?」


 ビザにドリアにポテトと食べお腹いっぱいといった様子のカタリナに尋ねた。

 彼女は自分のお腹と相談してから残念そうに話す。


「とても残念ですけど、無理そうです」


「あはは、機会があったらまた誘うよ。その時に食べよ」


 カタリナの落ち込む姿に耐えられず、次の約束をしてしまった。俺はどうやら彼女に弱いらしい。


「今日の行動がエーデル様に怒られなかったらですね……」


「そういえばあの人に無断で出てきたんだった。俺も悪いよな……一緒に謝るよ」


「それは心強いです!」


「じゃあ出ようか。忘れ物しないようにちゃんと確認してね。俺は支払い済ませてくる」


 店員さんの置いていった注文票を持ってレジらしき場所に向かうと、今日の値段が告げられる。

 銅貨15枚だそうだ。今持ってる銅貨は60枚、余裕で払える金額だ。一見高いようにも見えるが、これで2人分なのだから安いと思う。

 ま、この世界の相場は知らないけども。銅貨が45枚とそこそこ残ったのだから安い気がする。


 支払いも終えてカタリナとレストランを後にする。今日一番の目的である図書館に向かう前に、彼女を教会に送り届けよう。

 

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