7.クラス冒険者と新たな出会い
迷宮を出たあと、その足で冒険者ギルド向かう。
道中、俺の左手にぶら下がるランスビートル(メス)の死骸を見て、好奇の目を向けられることがしばしばあった。
特段、若い女性から気持ち悪い目で見られるのがキツかった。俺だって好きで持ってるわけじゃないのに。しかも虫の死骸だけじゃなく、それを持つ俺までも気持ち悪がっているのでは、という感覚でひたすら辛い。
少し調子に乗った俺が、1人で2匹のモンスターと戦おうとした行動への罰的なあれで、荷物持ちをしてるだけだというのに……。
散々な目に遭いながら、冒険者ギルドのある中央広場に着く。これでようやく、この視線から解放されると安堵した。
「ふー、ついた。夢みてた冒険者……それに私がなった。はぁ、感慨深いわね」
「全く、気が早すぎる。まずは受付に討伐の証拠を見せにいく。冒険者になるならないはそれからだ」
少々早めに試験達成の喜びを噛みしめ始めたディーネに水を差すように、アルムが口を挟んだ。
その言葉に、気を悪くした彼女は頬を膨らませて反論する。
俺としては、どうでもいいから、早くこの虫とおさらばしたい。
「ちゃんと私達5匹のモンスター倒したんだもん。ちょっとくらい早目に喜んでもいいじゃない」
彼女の言葉にも一理あると思う。ちゃんと自分達が倒したって認識はあるからな。
今はそれよりも優先したい事があった。立ち止まり続けてるので、俺を見る周りの視線が痛くて仕方ない。
俺は虫を持ち続ける事を、精神的に耐えきれなくなり声を上げた。
「いいから早く入ろ? まだギルドの外だぞここ。この姿見られんの地味に辛いんだから、早く」
「モンスターの乱入を伝えなかったお前が悪い。なんなら広場を一周してもいいと、僕は思ってる」
彼の言い分にはぐうの音も出ない。無茶をしたあとの達成感を優先してしまった事には反省している。正直、俺のHPも削られていて、危ないとこだったのは確かだ。
「本当にすみませんでした。次からはちゃんと伝えます……」
「ふん、分かったならいい。ほらディーネもいくぞ」
「はーい」
最終的にアルムとディーネの軽い諍いが、俺の方に飛び火した気もするが、この状態から解放されるならそれくらい受け入れよう。
こうして、やっと俺達は冒険者ギルドに向かって歩き出した。
その際ディーネが、俺のほうに顔を寄せてきて小声で、「さっきは間に入ってくれてありがとね」と礼を言われた。女子に接近されるといった経験が少ない俺は、上手く返せていたかどうか自信がない。というかさっきの事なのに記憶がない。
俺、頬赤くなってないよな……
「あ、試験の方々ですね! 皆さんお疲れ様です。こちらで素材の確認をさせていただきますので、鞄から出して待っててくださいね」
ギルドに入ると職員の人が慣れた様子で、試験帰りの俺達を誘導する。
その対応を行なってくれたのは、つい数時間前に俺が話しかけたオレンジ色の髪の女性。彼女は俺達に素材を出すよう指示を残して、奥に何かを取りに行った。
相変わらず元気いっぱいで、見てるこちらが微笑ましくなる人だ。
いち早くカウンターに向かったアルムは、鞄から素材を取り出し並べていく。
ファットマウスの歯を2つと、ランスビートルの角を2本。そこまで並べて彼は俺の方を振り向く。
そして俺に視線を送る。それも不機嫌そうな顔で。
えっと、おそらく、「ランスビートルの死骸を持って早くこい」と訴えてる。早くしないと怒られそう。
アルムのやつ、自分のことを『僕』と言う割には、口が悪いってもう分かってるからな。
ぐずぐずしてると、後で何言われるか分からない、急ごう。
「よいしょっと」
俺は両手でランスビートル(メス)を持ち上げ、カウンターに乗せる。
片手で持てるほどの重さなのだが、つい力を入れようと声が漏れた。誰も気にした様子はないが、恥ずかしいな。
「ーーお待たせいたしました! えっとファットマウスの歯とランスビートルの角。それと、えっ……?」
カウンターの奥から水晶を抱えて戻ってきた。薄い水色の水晶を脇に置いて、並んでいる素材をまじまじと見る。歯と角は見慣れているという感じだったのだが、虫の死骸を見た途端、彼女は顔色を変えた。
「何か不備でもありました?」
顔色を変え、どうしたらいいものかと、おろおろと両手を動かし慌てる彼女。
それを見て、冒険者試験に不合格になるのかもしれないと、悪い想像を膨らませた俺は、彼女に問いかけた。
「い、いえ、試験自体は合格なのですが……ちょっと待っててください!」
一方的に言い残して、彼女はカウンターの奥に消えてしまう。
とりあえず合格は合格らしいので、俺はほっと胸を撫で下ろした。
ディーネは俺と同じように、安心したという表情を浮かべているが、アルムの方は未だ硬い表情のままだ。
「私達合格だってさ! って、冒険者になれたんだからさ、アルもちょっとは喜ぼうよー」
「いや、喜びよりも疑問の感情が勝っちまってな。悪気はないから許せ」
「お、お待たせしました。こちらギルバートさんです」
職員さんは、どこかで見たことのある渋い感じのおじさんを連れてきた。
ギルバートという名前を聞いて、冒険者試験についてギルド長から説明を任された人だと思い出す。
「試験説明の時に一度聞いたただろうが。ギルバートだ。して、私を呼び出すとは何事かと思えば、メスのランスビートルとは珍しい。これを倒したとはな、君達は運が良い」
「この虫、そんなに珍しいんですか?」
「ああ、このモンスターの素材は滅多に出回らない。最近は出てこなかったからな、銀貨数枚はくだらない。これは報酬を増やさねばならないな」
「これ一匹で銀貨数枚。そこまで貴重なものなのか……」
ギルバートさんの話を聞いていたアルムは銀貨と聞くなり、黙り込んでしまった。それが、このモンスターの額に対するどういう反応なのか、俺にはさっぱりだ。
まず、この世界の金について何も知らない。
「ーーなぁディーネ、銀貨ってどのくらいなんだ?」
アルムに聞かれると、村出身を怪しまれるか蔑まれるかされそうなので、小声でディーネに尋ねてみた。
「え、グレイ。お金知らないの? しょうがないわね、教えてあげる。えっと、一般的なのは銅貨、銀貨、小金貨、大金貨ってところね。その上の硬貨は貴族ぐらいしか使わないから気にしなくて大丈夫。大体、銅貨数枚あれば、ご飯食べれるって覚えとけば平気よ」
そう言って彼女は、懐から銅貨を5枚取り出して見せる。俺は、彼女から銅貨を受け取って眺めてみる。
色味と形は元の世界の10円玉と大差ないが、それよりも大きさと厚みがあって重たい。
それを言い出したら、10円玉を引き合いに出した意味もないのだが、短かな銅製品がそれしかなかったのだから仕方ない。
よく見ると、銅貨には猛々しい男の横顔が刻まれ、裏側には迷宮の塔が刻まれている。
俺が硬貨に刻まれた絵柄をまじまじと眺めていると、ディーネは互いの頭がくっ付くほど顔を寄せ、俺の手にある銅貨を覗き込む。
「その人はね、伝説の勇者パーティーの名無しの剣士。仲間全員が、彼にはものすごい助けられたから、その姿を後世に残そうと彼の顔をお金に刻んだの。けど、本人は目立つのが嫌がったらしくて名前を残さなくって。今では、名無しの剣士って呼ばれてる。けどさ、確かにその姿は残った……。この良さわかる?」
「とってもな。名無しの剣士も言葉にしないだけで、本当は嬉しかったんだろうなとか想像してくとなおいい」
「うんうん、わかる。ほんと私達趣味が合うわね」
彼女にこの世界のお金について教えてもらうはずが、話が脱線して勇者パーティの話になってるあたり、わけわかんないな。
その話の方が面白いと感じてる俺も大概おかしい。
「おい、2人とも話聞いてたか? 僕達の倒したこのモンスターが銀貨3枚だそうだ」
「それって銅貨で何枚?」
「あ? おいグレイ、まさか金を知らないってことじゃないよな」
「ーーーーそんなわけないだろ。お金の種類はちゃんと知ってるって」
「くそ、その間がとてつもなく怪しいが。はぁ……この銀貨1枚で銅貨100枚の価値がある。あとで1枚ずつ分けるつもりだが、絶対に無駄遣いはさせねぇからな」
「ふ、槍使いの君。これからもその2人を引っ張ってやりなさい。では失礼する」
俺達の姿を見てギルバートさんは小さく笑って、アルムに言葉をかけた。
そして、ランスビートル(メス)の死骸を回収し、この場を女性職員に任せてカウンターの奥へと去っていった。
「あ、ギルバートさん、ありがとうございました。皆さんも待たせてしまってすみません。こちらが臨時報酬の銀貨3枚と、試験合格者への報酬の銅貨10枚です!」
「ありがとうございます」
ひとまず代表してアルムが報酬を受け取り鞄に仕舞い込んだ。
「それから、この水晶に触れてください。これを使って皆さんの『ステータス』にあるクラスを書き換えますので、どうぞ!」
職員さんが避けてあった水晶を動かして、俺達に差し出す。
俺達はゆっくりと手を伸ばし、結果示し合わせたわけでもなく同時に水晶に触れた。
すると水晶が一瞬だけ光り輝いて、水色の光が体に流れてくる。
「はい、もう手を離して大丈夫ですよ。一応『ステータス』で確認してみてくださいね」
職員さんに言われた通り、自分の『ステータス』を開いた。
***
【ステータス】
名前: グレイ
レベル:2
クラス: 冒険者
HP:115/115 MP:60/60
***
おお、「なし」って表示されてたクラスの欄がちゃんと冒険者になってる。
冒険者になった事実を噛み締め、隣の2人と顔を見合わせる。ディーネは言わずもがな、アルムまでも歓喜の表情を浮かべていた。
「大丈夫そうですね。それとはい! こちら2人の分の鞄です。迷宮探索での素材入れに使ってくださいね」
さらに追加で報酬があるらしく、彼女はカウンターの下から、アルムの持ってるのと同じ鞄を2つ取り出した。
アルムのも試験前にギルドから渡された物なのだが、まさか全員分貰えるとは。
ギルドからの手厚いサポートに、ホワイト企業さを感じる。いや、ギルドにピンハネされる額によっては福祉国家感かもしれないが、そこに触れるのは闇すぎるので置いておこう。
「「ありがとうございます」」
カウンターに置かれた鞄を受け取り、俺とディーネは感謝を述べる。
「いえいえ。皆さん、これから頑張ってくださいね」
職員さんに見送られて俺達はギルドを出た。
*****
「はぁ……」
広場に出たところで、ディーネがうっとりと何もない所を見つめて、息を漏らす。
多分、『ステータス』に記された冒険者って単語を見て感極まってるんだと思う。
「心ここに在らずなディーネは置いといて。これからどうする?」
「俺に聞かれても答えられないぞ、この街初めてだし」
「だろうな。おいディーネ戻ってこい」
アルムはディーネの体を軽く揺さぶって、彼女を現実に引き戻そうと試みる。
ふらふらと何度か揺らすうち、彼女の目の焦点が合いだして意識が現実に戻ってきた。
「へ? アルどうかした?」
「これからどうするか話してたんだが、ディーネはどうしたい?」
「じゃあご飯いくとか? でもまだ明るいわね。この分じゃ夜ご飯にはちょっと早いね」
時計が見当たらないので正確な時間は分からないが、見た限りまだ夜には遠い。
それに、この世界に来てまだ何も食べてないが、お腹の方は空腹を訴えるほどじゃない。
彼女の言う通り、ご飯にするにはタイミングが悪いと俺も思う。
空腹具合を確かめようと腹に当てていた手を放すと、肋骨あたりにズキッと痛みを覚えた。
「ーーっ、痛」
あざに触れたような軽い痛みだったが、冒険者試験を合格した気の緩みからだろう。つい声が漏れた。
「あ? どうかしたかグレイ?」
突然痛みを訴えた俺を真っ先に気遣ってくれたのは、意外にもアルムだった。
第一印象から田舎者と彼に罵られ、俺はてっきり嫌われていると思ったんだが、迷宮で俺を助けたことといい、よく分からない奴だ。
「そういやお前、モンスターの攻撃をくらってたな。予定決定だ。これから教会にいくぞ」
「教会? 教会で何するんだ?」
「はぁ? お前の傷を治すんだよ! 教会はすぐそこだ黙ってついてこい」
アルムのペースでとんとん拍子に話が進み、教会にいく流れに決まった。
質問しただけで怒られたのは納得いかないのだが。俺はその迫力に気圧されてされるがままに、教会へと連れてかれた。
そういえば、教会を初めて見たときに「荘厳な雰囲気が感じられる真っ白な建物」と評し、綺麗すぎて冒険者ギルドじゃないと判断したのを思い出す。
よくよく見ると、修道服を着たシスターが箒で地面を掃いている。
これはあからさまに教会だろう。
数時間前に、ここを真っ白な建物とあやふやに評したのが恥ずかしくなる。
自分の杜撰な観察を反省して、今度からは周りをもっとよく見ようと思う。
「あら、冒険者の方々。本日はどのような御用ですか?」
教会の入り口付近を掃除していたシスターさんが話しかけてきた。
「今日は彼の治療をしてもらいに来た」
そう答えたアルムは、俺の腕を引っ張ってシスターさんの前に引き摺り出し背中を叩かれた。
引っ張られ叩かれで、よろける俺を見て仲の良いパーティーだと思ったのか、シスターさんは「あら」と口元を押さえて微笑む。
「でしたら中へどうぞ、お連れ様もよろしければ中でお待ち下さって大丈夫ですよ」
「では、お言葉に甘えて」
豹変したようなアルムの紳士的な態度に、耐えきれなくなった俺はディーネに呟く。
「ーーアルムの言葉遣いが急に丁寧になった」
「ーーね、アルってば外面いいから」
アルムと幼なじみで付き合いの長い彼女は、思い当たる節が沢山あるのか、たった一度見た俺とは年季が違うらしい。しみじみとした声音で答えた。
その外面いいは、ある意味悪口だと思うけど。
「聞こえてるわ。くそ、さっさと入るぞ」
案内するシスターについていき、教会に足を踏み入れる。
左右に長椅子が並び、中央の開いた道の先に美しい純白の祭壇が見える。椅子に座って祈りを捧げる人の姿もあって、神聖さを感じる光景だった。
「ぎゃあ!」
どんがらがっしゃんと音と共に、女の子の叫び声が静謐かつ神聖な空間に木霊する。
静かな教会に響く叫び声も大概だが、木の椅子が壊れたような音はあまりにも場違いだった。
「シスターカタリナ! またですか! 教会の壁を登ってはならないと、貴女は何度言えば分かるのですか!」
その後すぐに音のした壁側から、同じくらい大きな怒鳴り声が聞こえてきた。
説教の内容からして、叫び声の相手は常習犯らしい。壁を登るって小学生じゃあるまいしやんちゃすぎるだろ、シスターカタリナ……。
前を行くシスターの向かう先はその騒ぎの起こる方向で、やや不安なのだが。
「いたた、この修道服動きづらいですよ。エーデルさま、裾を少し破ってもいいですか?」
「おやめなさい、そんな破廉恥な事ダメに決まってるでしょう!」
「あの、エーデル様。治療をご希望のお客様ですが、いかがいたしますか?」
シスターと俺達が来たことで、エーデルと呼ばれた女性は息を大きく吐いて気持ちを落ち着かせたのち、冷静に対応を行う。
「ーーお見苦しいところをお見せして申し訳ありません」
「あ、治療ですか? でしたらわたくしがやります! やらせてください! ね、冒険者さんもどうですか?」
頭巾からこぼれるブロンドの髪。それを際立たせるような宝石の翡翠のような目。
壁を登るようなやんちゃの似合わない、あどけない顔の少女が騒ぎの犯人だった。
彼女はつい先程怒られていたばかりだと言うのに、深緑色の目を輝かせ、けろっとした顔で訴えてくる。
「シスターカタリナ、貴女という人は……。皆さま彼女の腕は私が保証しますが、お断りしていただいて構いません」
「腕が確かなら、彼女で構いませんよ」
もちろん不安な部分もあるけど、彼女よりも偉い雰囲気のシスターが腕を保証しているし。
それに、シスターカタリナの可愛さに俺が負けたのもある。
「やったあ、ありがとうございます! じゃあ冒険者さんこちらの部屋へどうぞ」
嬉しいそうにはしゃぐ姿に、自然と頬が緩んでしまう。気持ちよさそうに鼻唄を歌って、部屋の扉を開けた彼女の後を追って部屋に向かう。
と、その前に。俺が治療されてる間、ここに待たせてしまうアルムとディーネに声をかけておこう。
「じゃあ、行ってくるわ」
部屋の中は、先程の大部屋よりは簡素な雰囲気だが、外壁と同じ白い建材で出来た部屋は、それだけで見るものに神聖さを感じさせる。
ここには一人掛けの椅子が2つと、その間にテーブルが置かれていた。他には鏡が1枚壁に飾られているくらい。
部屋の入り口で突っ立っていると、彼女は椅子を引いて座るよう促してきた。
俺はそれに従って椅子に腰掛けると、彼女が口を開く。
「さっきはありがとうございます。おかげでエーデルさまの説教を途中で抜け出せました」
「成り行きでな。けど、エーデルって人の言うことは正しいよ。女の子が壁を登るのは良くないと思う」
「えー、仕方ないですね。ちょうど内壁を登るのじゃダメな事に気づいたのでいいですよ」
「その言い方だと、次は外壁に挑戦しそうだな」
「そ、そんなことしませんよ。……ちなみに冒険者さんって、心を読む魔法を使えます?」
「使えないけど、顔を見れば分かるよ」
俺は、遠回しに考えが顔に出てると指摘した。それを聞いた彼女はばつが悪そうに、顔を背ける。
後ろを向いた彼女は、自分の顔をこねくり回す。
俺から見て丸わかりで、そこが子供っぽくて可愛いらしくもあった。
「えーとカタリナちゃん? 落ち着いてからでいいから、治療してもらえると助かる」
なんて呼ぶか迷ったが、その幼い見た目からしてだいぶ歳下だろうと、ちゃん付けにした。
慣れてないと結構恥ずかしいな。
「すみません。でも、治療はわたくしの数少ない得意分野ですから安心してください」
彼女は自慢げにえっへんと胸を張った。
数少ないと前置きしてるのに、ここまで誇れるのは、ポジティブでいいと思う。
「はーい、では治療しますので傷を見せてください」
「ああ、分かった」
痛みを感じた肋骨周辺を見せるため、服を脱ぐ。自分でも傷の位置を確かめようと視線を落とすと、青アザが出来ていた。
「あー、真っ青になってますね。痛そう……すぐに治しますね」
「お願いします」
「じゃあいきますよー、魔法《リペア》!」
薄緑色の光が彼女の手から溢れて、傷になっていた部分が暖かい魔力に包まれる。
すると、青くなった腹部がみるみる元の肌色を取り戻していく。
『ステータス』の付与とは違った、魔法らしい魔法だと思った。これがこの世界の回復魔法、それが俺の体にかけられている、感動しないわけがない。
「はい、ばっちり治りました!」
「すごいな、元通りだ。カタリナちゃんありがとう」
「いえいえ、わたくし達の仕事ですから。では治療も済んだので、お連れ様のところに戻りましょうか!」
「そうだな」
治療を終え部屋を出ようと立ち上がった時、ふと鏡に自分の姿が映っていたのを見た。
「俺の顔だ……」
ここに来るまで、自分の顔を確かめようとしなかった。
草原で目が覚めた時、健康体に変化していた体を見て、この顔が元の俺のものと同じなのか気にはしていた。
だからといって、街に入ってから意図的に鏡を探すといった行動はとらずに、ずっと後回しにして今に至る。
本当は確かめるのが怖かった。
もし顔が違った時、中身は、魂の部分は俺だとしても側が違えば、それを俺といっていいのか測りかねていた。
急に視界がぼやけて鏡が見えなくなる。それと共に、涙が頬を伝ってむず痒い。
「あれ、大丈夫ですか? もしかしてわたくし失敗しちゃった!? 唯一の得意分野が! ど、どこか痛みますか?」
突然涙を流す俺を見て、カタリナは慌てふためく。
まったく、タイミングが悪すぎるぞ俺。治療後に涙を流されたら、痛みが引いてないのを連想するのは仕方ない。
というか、唯一って……。さっきは数少ないって言い方じゃなかったか?
治療が得意という自信まで奪うわけにはいかないなと。年端も行かない女の子を困らせてしまった俺は、安心させようと虚勢を張る。
「目にゴミが入っただけだから大丈夫。痛くもなんともないから」
まさか、こんな常套句を使う事になるとは、これで本当に誤魔化せるんだろうか。
「よくわかりませんが、冒険者さんちょっとかがんでください」
俺は疑問に思いながら、彼女に従っでしゃがんだ。丁度、彼女の頭ぐらいの高さに俺の頭が来ているだろう。
そっと彼女の手が俺の頭に触れたのを感じる。それから、あやすように頭を撫で始めた。
柔らかくて小さな手の感触が、俺の中で流れ出た安堵の感情を宥めてくれる。
教会という場所のせいか、聖女に救われるかのような、優しい光に包まれる感覚。
「ありがとうカタリナちゃん。お陰様で落ち着いたよ」
「それは良かったです! では気を取り直して戻りましょう」
「ああ」
部屋を出て、アルムとディーネの待つ大部屋に戻った。
2人を見るとアルムは目を閉じ手を重ねて、律儀に祈りを捧げている。ディーネは目を閉じてはいるもののの、微かに緩んでいる口元からして妄想に明け暮れてると思われた。
「ーー2人ともお待たせしました」
2人の座る椅子に近寄って小声で話しかけると、アルムはゆっくりと目を開けて応じる。
「思ったより長かったなグレイ」
「いや、ちょっと話してた」
涙を流してたなんて言えないので、それとなく誤魔化す。実際、治療関係なく彼女とは少し話をしたので嘘じゃない。
「そうか、治ったならいい。おい、ディーネ行くぞ」
「んあ、アルが生きてる」
「妄想だか知らないが勝手に僕を殺すな、縁起が悪い」
「ごめんごめん。あ、グレイ治療終わったんだ。じゃ行きましょ」
いつのまにかディーネ主導になってる事に、アルムが釈然としてない顔を浮かべている。
それを無視して、俺は後ろを振り返りカタリナちゃんを含め、シスターさん達に頭を下げて教会を後にした。
*****
教会を出たときには空は薄暗くなっていた。遠くに残る太陽が橙色に染める光が僅かに街を照らす。
ちらほらと街灯の光がつき始め、刻々と世界に夜が近づいているのを感じる。
そうなると不安なのが、今日の宿だ。
実家は世界の向こうだし、泊まれる宿があったとしてお金は……さっきの報酬で足りるだろうけど、装備とか他に金を使う先がある現状、安い宿が望ましい。
「なあアルムにディーネ。どっか泊まれるとこ知らない? さっき貰ったお金しか手元にないから安いとこ
だと助かるんだけど」
俺の質問に対して、アルムは毎回不機嫌そうな顔をしてくるので、なんだか慣れてきた。
「普通、街に来る時、貯金とか持ってくるもんじゃないのか? そこまで考えなしとか笑えねぇんだが」
また彼に呆れられてしまった。彼の言い分は正しいし、普通はそうなんだろうけど、俺は特殊だから。
「ーー面目ない」
「じゃあ私の家くる?」
女子の家に泊まるのは人生初だけど、今は野宿を回避する事はがりが頭に浮かんでいて記憶から飛んでいる。なので、二つ返事で彼女の提案にのってしまう。
「ほんと? 助かるよ」
「な!? ディーネ正気か? 仲間とは言えこいつは男だぞ!」
もちろん、幼なじみのアルムが黙っていなかった。そりゃ俺も男だけど、会ったばかりの仲間に手を出すほど飢えていない。彼に言っても通じなさそうだが。
「えー、ちょっと前までアルともお泊まりしてたじゃん。それと変わんないわよ」
「あー! くそっ、ーーグレイ! 僕の家に来い。墓地が直ぐ近くにあるし、ここからも遠いけど文句言うなよ、いいな?」
アルムは、人目もあるのに叫び声を上げるほど葛藤した結果、俺を泊まるという結論に至ったらしい。
なんだかんだ面倒見が良くて、いい奴なんだよな。これについても慣れたというか学んだ。
「全然いいよ、助かる。ありがとアルム」
「いいなぁ、私も行きたい!」
「僕の家に、女子が泊まれるような場所はないんだが」
ディーネの言葉をすぐさま否定する。しかし彼女の方も諦めない。それほど仲間とお泊まりというのが魅力に感じたのだろう。
「えー、ケチ。昔はアルの家行ったりしてたじゃない。最近は全然お家に呼んでくれない。それって結構寂しいのよ」
幼なじみの技というか、ディーネは過去の話を持ち出して情に訴えた。
「ーーちっ、分かった、分かったよ。ただし、寝る部屋は別だ、いいな?」
「それはまあ仕方ないわね、妥協します」
話は3人でアルムの家にお泊りすることに纏まった。
その結果、彼の深いため息が街に響く事になったが、野宿を回避出来たこのお礼は、近いうちに果たそうと思う。




