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残りの人生を異世界で  作者: 黒檸檬
1章.異世界で冒険者になろう
5/18

5.紡織樹林シルク2層へ

※モンスターを倒す描写がある都合上、流血表現がございます。


 【第一階層 紡織樹林シルク】


 迷宮に入った途端、目の前に表示された文字。

 ーー『シルク』。つまりは絹だ。

 これは日本人なら義務教育課程で習った人もいるであろう。蚕という虫の繭から作り出される糸である。

 かくいう俺も習ったのを覚えているし、なんなら繭をもらった事がある。


 そこまで詳しく習わないとしても、歴史の教科書にはシルクロードと。絹の取引から名付けられた有名な交易路が載っているはずだ。


 しかし、異世界の迷宮との繋がりはさっぱり分からない。

 見た限りでは、桑の葉もそれを食べる蚕も見当たらず、迷宮の名前と実際の光景との齟齬を感じざるを得なかった。


 そもそも俺はこの迷宮について、ほとんど何も知らないのだ。俺を異世界に送り出した神からは、最上階に到達した者の願いが叶う迷宮と教えられている。

 実際のところこの迷宮が何層なのかさえ知らない現状。

 

 迷宮周りの広場の成り立ちを簡単に教えてくれた実績のある、なんだかんだ面倒見の良さそうなアルムに聞いてみることにした。


「なあ、アルム。迷宮ってどういうところなんだ?」


「はあ? お前、迷宮探索を生業にしている冒険者になろうって、今まさにギルドの試験まで受けに来て、今さらそんな話を僕に聞くのか……」


 信じられないものを見るような目で、俺の方を見る。


 実際、神に迷宮のある塔を目指せと言われ、偶然出会(でくわ)した冒険者に冒険者ギルドに行くことを勧められ、門番さんにギルドの場所を教えてもらって、その足でギルドに直行。

 異世界に来た当日中に、この試験に参加している。


 別にタイムアタックをしているわけじゃない。そう文句を言いたくもなる。この世界じゃ誰にも伝わらないだろうけど。


 というわけで事前に情報収集する暇さえなかった。

 (正しくは異世界に来たことに浮かれて、深く考えていなかったとも言えるが。)


 けど、田舎から上京して来る時は、目に映る全てが新鮮で誰だって浮かれるだろう。それと似たようなものだから許してほしい。


「街に来るのは初めてって言っただろ。迷宮の事もよく知らないんだよ」


「ふっふっふ、ここは私の出番のようね! 迷宮の事なら任せなさい、何度も本で読んだから」


「じゃあディーネに頼も、説明お願い」


「任されました! では、けど今日は迷宮なので端折り気味で! さぁ始まり始まりー、『ーーむかしむかし、あるところに、1人の少年がいました。彼は夢の中で神様からのお告げを聞きます。「あの塔、100層ある迷宮の頂上を目指しなさい。さすればどんな願いも叶う。」と。少年は迷いませんでした。次の日には塔に向かい、迷宮へ挑みます。来る日も来る日も足を運んで、時にはモンスターにやられ傷だらけになりながら。その果てに、少年は100層に辿り着きます。彼の願いは何だったのか、それを知る者はいません。けれど彼の迷宮は今も存在して、新たな挑戦者を今も待ち続けています……。』」


 説明に乗じて、彼女による唐突な語りが始まった。ストーリーの概要が抜き出されて、本来なら100層にわたって繰り広げられる戦闘シーンがあるのだろう。

 語る彼女の表情からも、それが口惜しいというのが伝わってくる。


 それにしても、彼女には語り手の才能があるように思えた。細やかな抑揚をつける話し方から、神の声を演じる際の声音の変化、何よりこの物語を好きだって感情が話し手から聞き手に流れ込んでくる。


 と同時に、物語の景色が頭に流れ込み映像となる。それこそ、本を読んでその世界に没入する感覚。それも鮮明すぎるくらいに。

 まるで彼女が語ることで、元々の想像力を底上げされているみたいだった。


「その程度の話じゃない。主人公の少年の姿も、凶暴なモンスターの姿も、俺の知らない彼の仲間達も、自分のいる世界を間違えるくらい、はっきりと見えたんだが……」


 特殊な体験に驚いたままでいる俺に、アルムが答え合わせを買って出る。

 最初は俺の事を田舎者と邪険に扱ってたくせに、面倒見の良さを隠し切れてない。さてはいいやつだなこいつ。


「ディーネの才能だ。限定的にだけど、人の心に作用する固有魔法? みたいなものらしい。はぁ、これならこの道でも十分食って行けそうなのにな、今からでも考え直してくれないものか」


 いきなり固有魔法とか言われても、ついて行けない。まだ魔法の仕組みさえ学んでないのに、固有のものまで出てきてはお手上げだ。

 とりあえず、実際に魔法を受けた感じから、彼女の固有魔法は催眠術に似た何か、と理解しておこう。


 今いる迷宮と同一である、物語に出てきた迷宮の話をまとめるようにして彼女は言う。


「ーーようするに、迷宮を探索し、その頂上にたどり着いた者の願いが叶うの。けど肝心の頂上に行った人はいないわ、さっきのは作り話だからね。だから、願いが叶うって話が本当か嘘かもわかんないわ。それでも、そんなあるかないかの冒険を求める者こそ、冒険者って言われるのよ。もーほんと、かっこいいわ……」


 かっこよく決めるのかと思いきや、彼女は自分の言葉に酔いしれてしまったらしい。


 それを見る俺は理解半分、困惑半分という気分だ。隣のアルムは、彼女との付き合いが長いにもかかわらず呆れ100%の引きつった顔をしてる。

 幼なじみでも慣れないって、どういうことなんだか。


 話している内に1層の半分くらいまで来ていた。

 入り口から階段までの長い一本道を進んでいるのだが、1度もモンスターと遭遇していない。試験の討伐対象となるのは2層のモンスター5匹であるが、一度くらい戦闘経験が欲しいところだ。

 

 モンスターと会わない代わりに、何の装備も持たない子供とすれ違うことが多い。

 迷宮の1層で難易度は最低なのかもしれないけど、ここまで平和だと不安にもなる。

 

「この層平和すぎないか?」


「それはねー、1層丸々安全区域だからよ。せっかくの迷宮なのに、何も起こらないのは物足りないけれどね」


「そこは賛成しかねるけど。確か、僕が小さい頃は1層の半分程度だったはずだが、今や1層丸々。随分と広がったな」


 2人揃って懐古的な気分に浸っているが、何も知らない俺は首を傾げるしかない。


「えーと、ところで安全区域ってなに?」


「お前には説明しなきゃいけないことが多いな」


「すまない」


「田舎者と分かっててパーティーに入れたんだ、サポートくらいはする」


 アルムの申し出はありがたく感じる。けど、出会った時は悪態をつかれてたのを思うと、どこを境に対応が変化したのか。


「安全区域は、ギルド、教会、その他諸々の手によって施された魔法で造られた、モンスターの出現しない場所だ。どんな魔法かは分からないけど、1層以外じゃ効果がかなり薄いらしい。ま、その結果、誰でも自由に迷宮の素材を採取できる空間の出来上がりだ。それこそ子供のおつかい感覚でな」


「ちなみに、1層はハーブとか岩塩が取れるわよ。お料理の必需品ね」


 ディーネの言う通り料理に使う調味料が無料で、それも安全に手に入るとなれば、手の空いた子供におつかいを頼むのは普通か。


「ハーブに塩ね、なるほど。で、これまでイレギュらーとかはあったりする?」


「ただの一度もない。それだけ完璧な魔法だ」


 迷宮について聞きながら、2層に続く階段までたどり着いた。

 ここから先は、件の安全区域を作り出す魔法はない。

 つまり迷宮が本来の姿を表す。当然モンスターもいる、それに同業者も多くいるはずだ。


 自然と剣を握る手に力が入る。

 実を言うと、少し怖い。

 虫を斬ることになるのか、動物を斬ることになるのか、そのどちらにしても経験がない。


 異世界に行く事を決心した。

 迷宮の頂上を目指すことも誓った。

 俺には叶えたい願いもある。

 そのための体は、神が用意してくれた。

 幸いなことに、仲間と呼べる者も出来た。

 なら大丈夫、俺は戦える。


 自分の置かれた状態を再確認して、心を落ち着かせる。それに、恐怖を仕舞い込むのは慣れている。望んでもないのに、散々病室で鍛えさせられた。

 

 いくらか平常心を取り戻した俺は、迷宮の2層に続く階段を登った。


*****


 目前に広がる2層の光景は、1層と大して変わらない。が、入り口から階段まで一本道だった1層と違って道がいくつか見え、いかにも入り組んだ迷宮らしい雰囲気を感じる。


 あと一目で分かるのは、この場にいる人の違いくらいだ。当然のことながら1層のように子供はいない。ここから、いくつかのパーティーが確認できるが、俺達と同じ試験組が多い。

 1パーティーだけ一般の冒険者が混じっているが、装いからして雰囲気が異なり、話しかけづらい印象だ。


「アル、グレイ、いきましょ。早く戦ってみたくて私、うずうずしてるのよ」


 なんだかバトルジャンキー感が強めになってきた彼女だったが、俺もその気持ちは分かる。

 階段の前では恐怖の感情が強かったが、いざ2層に上がって、戦闘が近い事を認識すると胸の高鳴りが強まってきた。

 断然、俺の方がバトルジャンキーかもなと思う。


「そうだな、俺も早くこの剣を振るってみたい」

 

 ギルドで並べられた武器の中から、俺が選んだのは剣だ。その中でも、鉄の片手剣というシンプルなものを手に取った。


 空いた片手に盾を持つかどうかも悩みはした。だが、ただでさえ剣を握るのも初めてなのに、盾まで持ってたら頭が混乱してしまうのは目に見えていた。

 ともかく、盾云々の話は剣に慣れてから考えようと思う。


「頼むから、2人とも前に出過ぎないでくれよ。じゃないと僕が槍を選んだ意味がなくなる……」


 俺とディーネが剣を選んだのに対して、アルムは槍を選んだ。彼が言うには剣よりリーチがあっていいらしい。

 要するに俺達が不用意に前に出ると、槍で先制できないからとの忠言だ。


「ディーネとグレイ、返事は?」


「はーい、りょうかい!」


「ああ。気をつけるよ」

 

 返事をしない2人に痺れを切らしたアルムは、念入りに釘を刺してきた。

 その際、彼の俺を見る目が酷いものになってるのに気づく。すっかりディーネと同類に見られてしまってるようで、まるで聞き分けのない子供を見る目に近い。


「しっ、なんか音がしたわ」


 彼女の言うように、少し遠くで茂みを掻き分ける音が聞こえる。音の発生源が段々と俺達のいる通路に近づいている。


「まず僕が攻撃する。そしたら、一旦下がるからディーネが前衛、そのサポートにグレイ、チャンスがあれば僕も槍を突き刺す、これで行こう」

 

 モンスターとの遭遇前に、アルムが簡単に作戦を説明する。

 『ステータス』を考慮しての役割分担だ。HPも多いうえ、木製の盾も装備しているディーネが先頭、平凡なステータスの俺はその補助に回る。補助と言っても、基本的には前衛と同じ動きをすればいいらしい。

 作戦内容を軽く噛み砕いた俺は頷いて、それに賛同した。


 がさがさと通路の先の方で茂みが揺れ、モンスターが飛び出す。

 現れたのは、茶色い毛の太ったネズミだ。鋭く尖った前歯を輝かせ、こちらを睨んでいる。


 臨戦態勢を保ったままのネズミに対して、はじめに動いたのはアルムだ。素早く距離を詰め、手に持った槍を伸ばす。

 遭遇したタイミングで既に気付かれて、モンスターの隙をつけなかったとはいえ、槍のリーチが上手く生かされた一撃。

 

 ネズミは突き出された槍を躱そうとその身を翻す。けれど、太った体が邪魔をして完全に避けきることは叶わず、槍が肉厚な腹を掠める。


「ーーーー」


 ネズミは腹を切られた痛みから小さな悲鳴を上げる。薄く切られた場所の茶色い毛を赤く染めながら、こちらを威嚇した。


「やー!」


 打ち合わせ通り、ディーネがすかさず前に飛び出す。彼女は声を上げて自分を鼓舞しながら、ネズミに向かって剣を振り抜いた。


 向かってくる剣を恐れずに、ネズミは鋭い歯の生える口を大きく開けてディーネに飛び掛かる。

 ディーネは剣の動きを中断させ、左手に持った盾でネズミの攻撃を迎え撃つ。


 歯と盾がぶつかりあって、鈍い音が響く。ネズミの攻撃は、ディーネが持つ木の盾で受けても問題ないようだ。

 

 俺は盾に弾かれるネズミが地面に着く前に、斬りかかろうと動く。

 

 ーー体が軽い。

 

 自分が想像する以上に、この体は動いてくれる。元の世界では寝返りをするだけでも苦しかったのに、モンスター目掛けて全速力で駆け寄っても何ともない。


 駆け寄る速度を剣に乗せ、ネズミに向かって放つ。

 

 ネズミに迫る剣の速度は申し分ない。速度の話だけならモンスターを仕留めるのに足りていただろう。


 けれど、俺の振るった剣は当たらなかった。


 答えは簡単。どんなに高性能の乗り物に乗ろうとも、運転手の技量が未熟なら、その性能を発揮する事は叶わない、それと同じ。


 いくら、体が動けるものになっていても中身は剣も握ったことのない俺のまま。

 だから、この剣でモンスターを倒そうというレベルの考えしか浮かび得ない。例えば剣をどれくらいの力で握り、どんな振り方で、どういう剣筋を描いて、敵のどこをどう斬り裂くのか、剣を振るう上で考え得るであろうものの全てを知らない。

 

 その結果、ネズミは迫りくる剣を悠々と躱して着地する。

 そして着地と同時に地面を踏み込み、剣を振り切って隙のできた俺に向かって飛び掛かる。

 

「避けろグレイ!」


 背後からアルムの声に従って、思いっきり横に跳んだ。単純な回避行動なら、新しい体の身体能力に任せてしまえばいいだけなので簡単なことだった。

 

 こちらに向かって飛び掛かっていたネズミは、唐突に向けられた槍に対して、避けることが出来ない。ネズミの身体に槍が突き刺さって、血を流しながら絶命した。


***

【ファットマウスを討伐しました。経験値を2入手しました。】

***


 ネズミを討伐した瞬間、視界の端に細々と経験値入手の表示がなされた。


「おつかれさまー」


 ディーネは盾を持ってた方の手をグーパーして、調子を確認しながら歩み寄る。


「2人とも悪い、外した」


「剣使うの初めてなんだろ、なら仕方ない。だから次はどうにかしろ」


 一見優しい言葉をかけてるように感じるが、剣を握って2度目の戦闘で慣れろという注文だ。


「ああ、次までに慣れるとするよ」


 俺は了承を示す。体は動いてくれる、あとは意識が体の動きに合えば問題なく剣を振れるはずだ。


「じゃあ、素材を取るぞ」


「血だらけだけど、どこを取ればいいんだ?」


「はぁ、このモンスターなら歯だ」


 ため息をつきながらアルムはナイフを取り出した。そして、手際良くネズミの顔を切りつけ、丁寧に歯を抜き取っていく。


 彼が言うには、この歯の状態がいいほど買い取り額も良くなるそうだ。

 これは、ほとんどの素材でも同じことが言えるらしく、低層のモンスターの素材採取については事前に学んでいたとのことだ。

 先程俺を助けてくれた時の槍の扱いもそうだが、とても頼りになる。

 

 アルムは手に入れたネズミの歯についた血を軽く払って、鞄に入れる。

 彼の持っている鞄はギルドから貸し出された物だ。探索の邪魔にならない程度の小さい鞄であるが、特殊な魔法がかけられていて、物を10個まで容量も重さも気にせずに持ち運ぶ事が可能だそうだ。もちろん、これも彼の言である。


 今、鞄にはギルドから渡された道具の回復薬も入っていて。これは文字通り減ってしまったHPを回復する事ができるものだ。

 つまり1つずつ渡された回復薬、計3つ。そして今倒したネズミの歯が1つ。あと6つの物が入れられる。

 今回の試験だけを考えたら十分な代物であるが、こんな便利な物、いつかはもっと高性能の鞄を手に入れたい。


「さあ、次いきましょ」


 迷宮の通路を歩きながら、自分の『ステータス』を確認する。手順としては、『ステータス』を見たいと思うこと、それを強く意識することで視界に文字が映し出される。


***

【ステータス】

 名前: グレイ

 レベル:1

 クラス: なし

 HP:100/100 MP:50/50

***


 先の戦闘で攻撃を外しはしたものの、モンスターの反撃を受けた訳ではないので、当然HPに変化はない。


 モンスターを倒した際、経験値入手の表示があったがレベルに変化はなかった。そもそも経験値の欄が存在していないので、内部でちゃんと溜まっているのか怪しいところだ。


 それよりも、経験値入手の表示の中で気になっていた部分がある。それはモンスターの名前だ。

 俺は今まで一度たりとも、あのネズミのモンスターを見たことはないし、誰かから聞いたということもない。

 なのに当たり前のように『ファットマウス』という個体名が、俺の目の前に表示されていた。


 ギルド長が使った魔法は、ただ『ステータス』を授ける魔法というより、正しくは『ステータスシステム』を授ける魔法なのではないか。

 これが正しければ、あることが可能だろう。


「さっきの太ったネズミだ」


 アルムの指差す先に、先程倒したのと同じネズミがいる。ネズミはこちらに背を向けて何かを食べているようで、まだ俺達に気付いていない。


 ネズミが茂みから飛び出した結果、突然の戦闘であったこと、そも初めての戦闘に集中していたこともあり、それを1匹目の時は試そうとも思わなかった。

 けど、今回はネズミが油断しきっている。早速、ステータス周りのシステムについて、自分の仮説を試すチャンスに違いなかった。


 自分の『ステータス』を表示させる時の感覚を思い出す。要は、『ステータス』を見たいと思うことがトリガーとなっている。


 あのネズミを見たいと、あのモンスターの情報全てを明らかにしたいと願う。


***

【モンスター】

名前: ファットマウス

レベル:2

***


 自分の『ステータス』を表示させる時と似た文字列が、あのネズミを指して表示されている。


 いい、この仕様すごくいい。

 名前とレベルしか表記されていないけど、モンスターのレベルが分かれば勝てるかどうか判断しようがある。それだけで、冒険者の死亡率が下がるのは間違いないだろう。

 有用だという点は置いといても、このゲーム的な仕様は俺の好みにあっていた。


「敵の『ステータス』を見れるのな。便利だ」


 なんとなく溢した俺の一言にアルムが反応する。


「なんだ、知らなかったのか」


「えっ、私も知らなかったんだけど」


「くそ、揃いも揃って何も調べてないって……ありえねぇ」


 俺はともかく、前々から冒険者を目指してたことを知る幼なじみまでもが知らなかったという事実は、彼にとって耐えられないものだったようだ。迷宮で、それもモンスターを前にした状況で、文句を垂れた。


 彼の声が想定外に大きかったようで、ファットマウスが俺達に気付いて振り向いた。


「あー、アルのせいで気づかれちゃったじゃない」


「僕のせいか……いや僕のせいなんだけど、釈然としない」


「じゃ、次は私がやるわ。さっきは結局攻撃出来てないしね」


「さっき戦った感じ、あのネズミは大して強くなさそうだから、僕は構わない。後で小言を言われるのも嫌だしな」


 アルムから許可を貰えた彼女はその喜びのまま、俺にも確認をとろうと顔を向ける。振り向き様に、彼女の長い緑色の髪がふわりと揺れた。


「やた! グレイもいいわよね?」


「ああ、サポートは任せろ。次は当てる」


 こう答えたが、決して虚勢じゃない。歩いている最中も何度か剣を振って、自分の意識と実際の動きとの間にあるズレを自覚して、多少学習した。

 今なら、剣が当たらないという事は無いと思う。


「いいねその台詞、凄い頼もしいわ。よーし、行きます」


 ディーネは、臨戦態勢を保ち続けるファットマウスに向かって疾走する。剣に加えて盾も持っているというのに、何も持ってないかのような身軽さを感じる。


 ファットマウスも負けずに彼女へ向かって飛び掛かる。それを盾で迎え撃つ。

 けれど先の戦いとは違って、今回は攻撃的な盾の動かし方だった。彼女の使う盾がネズミの頭にぶつかる。

 脳を揺らされ意識の薄れたファットマウスに向かって、剣を振り抜く。


 彼女の剣はファットマウスの腹を綺麗に切り裂いた。

 腹に感じる痛みに、自らの死を感じとったファットマウスは、意識を取り戻してしまう。そして、すぐさま踵を返し逃げようと試みる。

 

 俺は深手を追って逃げ出そうとするファットマウスに向けて剣を振るう。

 命からがら背を向けて逃げるファットマウスの動きは遅い。振り下ろす剣はファットマウスの背中に吸い寄せられるような軌道を描く。


***

【ファットマウスを討伐しました。経験値を2入手しました】

***


 腹と背中に傷を負ったファットマウスはその場に倒れ込むと同時に、討伐完了のメッセージが視界に表示される。


 表示でモンスターの死を確認したアルムが、ファットマウスの亡骸に寄って、鋭い歯を回収していく。


 それを後ろで眺めていると、経験値とは違った何かが、俺の中に流れ込んできたのを感じる。


 1匹目の戦いでは感じなかった感覚。多分、俺自身がとどめを刺したことに起因していることから、一つ心当たりがあった。

 

 原因はこの体。それを用意した神による調整。

 この体はモンスターの命を奪うことで、その命を自分の命に変換させている。

 命の神の力でも変えられない死ぬという運命を、モンスターの命を補充することで先送りにしている。

 この体はそう調整されていた。


 つまり、迷宮に挑み続ける限り俺は死なない、止めれば死ぬということに他ならない。


「む、見せ場持ってかれちゃった」


 結果として、ファットマウスのとどめを奪ってしまった俺に対する不平だろうか。そうは言っても、彼女の作った傷がなければ、当たっていたかどうか定かじゃない。


「ディーネのおかげで当てられたようなもんだよ、ありがと」


「ならいいや。さっ、あと3匹ぱっぱと倒しちゃいましょ!」


「ここまでやる気を出されると、何かやらかさないか不安に感じてくる。おいグレイ、せめてお前はおとなしくしてろよ」


 ファットマウスの歯を回収し終えたアルムが、不安そうな表情でディーネを見る。

 加えて、もう何度目か分からない釘を刺し、彼の中で、もう1人の厄介者疑惑がある俺の行動を事前に抑制する。


「善処します」


 ディーネの行動によっては俺もノリを合わせかねないので、こう答えるしかなかった。


「善処かよ……くそ。期待しないでおく」


 俺が言うのもなんだけど、俺や彼女に振り回されて、彼の胃に穴が空いたりしないか心配である……。


 ーー試験合格に必要なモンスター討伐数、残り3匹。


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