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残りの人生を異世界で  作者: 黒檸檬
1章.異世界で冒険者になろう
4/18

4.初めての迷宮探索


 この世界の『ステータス』はとても簡素だった。


 『ステータス』が存在すると聞いてから想像していたのは、力や速さ、防御力、魔防、スキルに至るまであらゆる数値が羅列されたものだ。


 それがどうだ、


***

【ステータス】

 名前: グレイ

 レベル:1

 クラス: なし

 HP:100/100 MP:50/50

***


 網膜上に表示された文字列を何度読み返しても、ここから増える様子はない。

 数値に現れているのはHPとMPのみ。MPがあるという事から魔法が存在しているという点は喜べはするが。


 いかんせん、スキル表記がないのが悲しい。

 成長と共にスキルが増える楽しみ、スキルを組み合わせ、時に工夫して身の程に合わない強敵を倒す楽しみ、その全てが奪われてしまった。


 この事実に落胆を隠せないでいると、側にいたディーネが心配そうに話しかける。


「大丈夫、グレイ? そんな落ち込むくらい『ステータス』、低かった……?」


 俺の落ち込む姿を見てか、まるで聞いちゃいけないものを、仕方なく聞いてあげてるような空気を感じる。気を遣わせちゃって申し訳ない。


 というのも、俺が彼女達のパーティーに入れるか否か。それが俺の『ステータス』によって決まるという話になったからだ。


 しかし、肝心の『ステータス』の数値が、高いか低いかは未だ判断出来ないでいる。

 まず、この世界の平均がさっぱり分からない。

 ここは勇気を出して、自分の数値を言ってみようと思う。


「HPが100で、MPの方は50だったよ。つってもこの『ステータス』はどうなんだ?」


「なんだぁ、いいじゃない! それなら前衛でも後衛でも幅広い役割をこなせるわね。ちなみに! 私の方はHPが125、MPが30。前衛向きかなあって感じ。アルは?」

 

 ディーネは自慢げに自らの『ステータス』を言い放った。

 この一瞬だけでも、俺を褒める顔、自分を自慢している顔、幼なじみにだけ見せる顔、コロコロ変わってく表情が見てる俺は、密かに癒しを感じていた。

 

 そして、彼女の幼なじみであるアルムに話を振る。


「ああ、僕は90、60」


 こっちは、俺をパーティーに入れるか入れないかの話と比べると、その言葉から勢いが感じられない。

 何か気になる点があるのだろうか。


「アル、昔から体弱いもんねえ。納得だあ……」


「勝手に納得してくれるな。僕のHPはここから伸びるんだよ」


 何かと思えば、彼は『ステータス』のHPが低い事を気にしていたらしい。

 

 ここらで一旦、話を整理するとHPが高い=前衛らしい。

 そりゃHPが低くてすぐ死んでしまうような奴を前に出すよりは、合理的だろうよ。

 けど適当すぎないか、それ。そいつが紙装甲だったらどうするつもりだろう。


 人の防御力等々が一律であるという仮説、まだ『ステータス』技術が発展途中であるという仮説……、俺は角度を変えいくつか推測を行なっていく。


 しかし、どれも推測の域を出ない。

 多分、ここは俺の思ってるような異世界ではない。それだけは胸に刻んでおこう。


 思考を広げながらも、2人の会話に相槌を入れつつ、機をうかがう。

 適切なタイミングで、パーティー加入の話をしないと、アルムに誤魔化されそうな気がするから慎重にと思う。


 ま、ディーネとアルム、2人の『ステータス』が出揃ったこのタイミングで問題ないだろうな。

 

 こうして俺は、アルムが俺の『ステータス』に満足したか確かめるべく尋ねた。


「数値的には2人の間くらいか。で、どうだ? アルムのお眼鏡にはかなってるか?」


「ーーディーネはどうせ前衛をやるって言って聞かないのは目に見えてるし、そういう僕も100を切る数値で前に出すぎるのは不安……。くそ! 認めるよ、認めりゃいいんだろ。実際、お前ぐらいの『ステータス』が丁度いいさ! ーーグレイとか言ったな。もし、お前が使えないってなったらすぐ切り捨てるからな、覚悟しろよ」


 文句を言いながらも、俺をパーティーに入れてくれるようだ。


「捨てられないよう頑張るとするよ。一応言っとく、ありがとなアルム」


「ーーふん」


 素直に感謝されるのが照れくさいのか、アルムは顔を背けた。

 だが生憎、向いた先はディーネがいる方向で、ニマニマと笑う彼女に気づいてしまい、そこで言い合いが始まる。


 俺も混ざりたい……。そんな、ふと湧いてしまった欲を抑える。

 なんとか、2人のパーティーに入れてもらえる事になったが、まだそこまでの仲でもないかなと、俺は一歩引いた。


「あー、おい! お前まで何笑ってんだ」


 だがアルムに不備を指摘される。

 抑えたはずの感情がはみ出ていた。結果、俺の顔は笑みを浮かべていたらしい。


 実際、この場にいられる事を、どこか楽しいと感じ始めてたのは事実。それを抑えていたつもりが、抑えきれなくなって溢れてしまって。

 

 ーーそうだな、いますごく楽しい。

 なんだかんだ俺を受け入れてくれるアルム、最初に俺を仲間に誘ってくれて、趣味も合うディーネ。

 その2人が俺を仲間として、和の中にいれてくれた。


 例えるなら、友達とワイワイ騒ぐのを楽しいと思う感覚に近い。

 たったそれだけのことを、俺は元の世界で経験してこなかった。この異世界にきてようやく普通で当たり前の生き方ってのができている。そんな気がした。


「悪かった、悪かった。気をつけるよ」


 簡単に謝りつつも、笑顔が抑えられない。それに気を悪くしたアルムがさらに声を荒げるが、ディーネがそれを制する。

 幼なじみのディーネには頭が上がらないらしい。


「ーーみな、確認は済んだな。それでは試験内容の説明に入る。といっても簡単な内容だ。君らには2層のモンスターを計5匹倒してもらいたい。その際、討伐を証明できる素材を持ち帰ること、以上だ」


 ギルド長にギルバートと紹介されたおじさんが壇上で声を上げる。渋い見た目に相応しい年季の入った重低音の声が響く。


 試験内容は普通のものなのか、文句や愚痴をこぼすものは1人もいなかった。

 ギルバートはこの場にいた全員を見渡して頷いた後、試験の説明を続ける。

 

「では、これより武器と道具を支給する。パーティーが成立したものから取りに来るように」


「はいはい、2人とも行くわよ!」


 武器を配ると聞くや否や、ディーネはいの一番に前へと歩み出る。

 それも俺とアルムの腕を掴みながらだから、よっぽど気が逸っているらしい。 


 ほんの少しでも、彼の中で俺に対する仲間意識が芽生えただろうか。

 彼女に振り回されている俺達は顔を見合わせ、互いに苦笑いを浮かべる。そして、なされるがまま前へと歩み出た、というか連れ出された。

 

「さぁーて、武器武器! 私はもちろん剣、きみに決めた!」

 

 並べられていたのは、剣、槍、斧、短剣、メイスといった近接装備と形の異なる盾が数個。

 武器のどれもが金属製だったが、盾の方は木製のものも用意されている。

 

 その中から、ディーネは剣を選び取った。見てすぐ手を伸ばした様子から、前々から決めていたのかもしれない。


 武器の良し悪しがわからない俺は、少しでも参考にできればと彼女に問いかける。


「ディーネはどうして剣を選んだんだ?」


 悩むまでもなくといった様子で、すぐさまディーネは答えた。


「それはもちろん、剣こそ主役の証だからよ。特に私の好きな勇者の物語。主人公はその剣で数多の敵を切り裂き、その盾で自らと仲間を守る……その姿が憧れなのよね。あ、盾も取ってこなくちゃ」


 理由を話しながら、勇者には盾も必要なことに気付いて取りに行ってしまった。どこか抜けてる彼女に、思わず笑みがこぼれる。


 ディーネみたく主役を目指しているわけじゃないが、剣への憧れは俺にもある。


 極まった剣術の美しさを俺は知っている。それは物語で読んだに過ぎず、実際は違うのかもしれない。

 それでも、美しい剣の世界とやらを見てみたい。


 あるかないかも分からない不確かな存在への執心。その無謀な想いこそが、俺に剣を握りたいと思わせる。


「そうか、だったら俺も剣にしよう」


 そう決心した俺の言を聞いて、不満をもらす者が側にいた。パーティの2人が剣を選択し、1人残されたアルムである。


「どう考えてもリーチがあって、先制しやすい槍が無難なんだけどな……。くそ、こいつもディーネの同類なのか? 今からでもパーティー解散は遅くはない……か、いや、けど一度認めた事を覆すのもそれはそれで……」


 なにやら俺の冒険者人生が終わろうとしている。このタイミングで捨てられて、他のパーティーに入れてもらえる気はしないので、彼に俺はパーティーを抜けつもりはない、と釘をさしておこう。


「男がうじうじするなよ、使えないってなるまでは意地でもパーティーに居座るからな」


「ーーほんとお前、弱かったらただじゃおかないぞ」


「ま、剣とか一度も握った事ないが頑張るさ」


「くそ、幼なじみのせいで、はずれを引いてしまったらしいぞ僕は。あーもう試験だめだ、絶対落ちた」


 今度ばかりは怒りを通り越して呆れている。というよりも諦めが強く、それで落ち込んでいるといったところだ。

 盾を持って戻ってきたディーネは自分の武器を眺めるのを中断して、アルムを慰めようと話しかける。


「まあまあ、私がいるから平気よ。ま、私も剣は触った事ないけど、イメトレは完璧だから」


「ーーディーネもかよ……、僕の冒険者人生はまだまだ始まらないみたいだ、くそっ」


 彼女が慰めようと声をかけたように見えたのだが、内容から何から間違っていて、逆効果だった。


 先程よりも落胆する彼になんて声をかければいいだろうか。俺の中から適切な言葉を探していく。

 

「そんな悲観しなくても、命懸けでやれば何とかなるだろ。俺はやってもいい」


 真剣な面持ちで彼を見据えて言ったのは、この騒がしい場所にそぐわない重たい言葉。

 突然浴びせられた言葉の内容に、呆気にとられている。

 たかだか冒険者になるための試験に、命を掛けるとまで言われたのが、それほどおかしかったのだろう。


 俺は末期の病に蝕まられていたところを神に救われて異世界に来た。それはつい最近の話で。時間で言えば1日も経っていないだろう。


 せっかく拾った命。

 それは、この短時間に賭けていいものじゃないのはわかってる。

 でも、既に俺は2人にも救われている。この異世界で仲間に入れてもらえた、それだけで俺は十分救われた。

 だから命を捨てる覚悟でもって、2人に報いることができる事があるのなら、俺はそうする。


「ーーいくらなんでも、そこまでしろとは言ってないし言わない。冒険者にはなりたいが、そのために命をかけるってのは違う」


「そうよ、命をかけなきゃって場面になったら、その役目は私のよ!」


「そんな話をしてるんじゃないんだけどな!」


 思ってもみなかった賛同に、俺は目を見張った。


 はは、おかしい、とってもおかしい。自分で命をかけるとまで言ったが、そんな奴と一緒になって命をかけようとする彼女がおかしくって仕方ない。


 彼女を見て笑いながら、体の奥底から湧き上がってくる歓喜が止められない。

 喝采だ、俺を理解して、俺の行動を肯定してくれる彼女へ喝采を送りたい。


「あはは! だよなあ、ディーネ! 命かける場面なら迷わず自分の命をかけるよな、大いに分かる!」


「さすがグレイ! 良き理解者たるあなたならそう言うと思ったわ。命懸けでアルを冒険者にしてあげましょ!」


「おー!」


「なんだよこれ、僕がおかしいのか……」


 俺とディーネのノリについてこれてないアルムの小さな嘆きが聞こえた。俺だけじゃなく彼女にもそれは聞こえたはずだが、あえて気遣ったりはしなかった。


*****


 場所は変わり、ここは迷宮を内包する塔が聳え(そびえ)立つ広場。街の外れにあるにもかかわらず、ギルドがあった街の中央の広場に負けない広さを有していた。


 さらに、ここには多くの店舗が軒を連ねているのも印象的だ。

 店に並ぶのは大人や少年少女だけでなく、元の世界でなら小学生ぐらいに当たる年齢の子供も、ちらほらと見かけられた。お小遣いを握りしめて迷宮産の何かを買いに来てるのだろうかと、密かに微笑ましい気持ちになった。


 いつか俺にも子供が出来るのだろうか……。今見た光景から突飛すぎる妄想を膨らませる。

 まずはこの体をどうにかしないと、俺に未来はないんだがな。


「どうかした?」


 真面目な顔つきになっていた俺を心配して、ディーネが言う。

 この体が遠くないうちに死ぬなんて言えるはずもなく、俺は誤魔化そうと、この賑わう広場を初めて見る田舎者を装った。


「いいや、賑わってるなって思って」


「そりゃそうよ、なんてったって迷宮があるんだもの」


 ディーネの適当な説明を側で聞いていたアルムが、仕方なさそうにため息を漏らしながらも補足を買って出た。


「はぁ、それじゃ説明不足がすぎる。元は、迷宮探索に必要な物、特に鮮度を気にする食料や水とかから増えたな。次に、簡単な装備品、ギルドや自宅に帰るのはもったいないとかで一定数需要もあった。で、派生して普通の装備品も売られてく。そもそも迷宮に人が集まるなら自然と商機を見た商人が集まって、賑わうものだろ」


「おお、すごくわかりやすい」


「冒険者志したら、理由はどうあれ多少は勉強する」


 話している俺の方を向かずに、どこか遠くを見ながらアルムは言う。幼さ残る横顔に、数えきれない苦労が滲み出ていて実年齢よりも老けて見えた。


 いや。よくよく観察すると、彼の向いた先にはディーネがいる。

 そうなると、その顔が何も学んでいない幼なじみへの苦悩を浮かべているだけにも思えてきて、彼女に振り回されてる彼が少し気の毒に感じた。


「そんなもんか」


「そんなものだ」


 雑談はここまでで切り上げて、迷宮の入り口へと向かう。

 迷宮である塔には大きな扉があって、そこから中に入るようだ。しかし扉の先が見えない。

 視界が悪いとかそういう意味じゃなく。これは扉の先を認識することが出来ないから見えていない。


 あの先からは空間が違う。そんな気がした。


「あー、我慢できない! 早く行きましょ」


「いいけど、慌てて怪我するなよ」


「ん、気をつけるわ」


 少しの不安を感じながら、2人に倣って真っ暗な扉の先へ足を踏み出した。

 何が待ち受けているか分からない恐れから、反射的に目を閉じてしまう。

 

 閉ざしてしまった視界をゆっくりと開いていくと、視線に広がる大自然に圧倒された。


 街の外の草原とは比べ物にならない、多くの木々や草花が生い茂る。

 目に映る景色に加えて、ここには当然それらの香りが充満している。室内だというのに森林そのものに訪れたと認識してしまうほどに、この空間は自然で満ちていた。


 都会では触れられない自然に圧倒された俺は、思わずその場に立ち止まってしまう。


 背後から、迷宮に入る後続の人たちの話し声が聞こえてきて我に帰る。俺は2人に遅れないように止まっていた足を動かして、前に進む。


 この瞬間に、俺は本当の意味で迷宮に足を踏み入れたんだと思う。

 突然、『ステータス』を見ようと意識していないにも関わらず、網膜上の表示が勝手に作動して俺の視界に文字が綴られていった。


 そして、表示されたのはこの場所を示す一文。


 【第一階層 紡織樹林シルク】


 それはまるで、迷宮が挑戦者の来訪を歓迎するかのようだった。


迷宮のイメージとしては、『世界樹の迷宮』シリーズを参考にしてます。階層ごとのモチーフを設定して、◯層〜◯層を第一階層、◯層〜◯層を第二階層……といった感じで。階層と層でちゃんと意味を分けられているのか怪しいですが……、良いアイデアがあれば教えてください

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