16.療養生活、退院は重症者の方が早い
「知らない天井だ」
白を基調とした石造りの天井。
ここ数日寝泊まりしてたアルムの家とは明らかに違う。1番近いのは病院のものだ。それはそれで懐かしい。
元の世界では何度となく、寝て起きてを繰り返したものだ。いい思い出は少ないが、面会に来てくれた友人や家族の顔が浮かぶ。
それと、お世話してくれた看護師さん。実を言うと治癒魔法のイメージは、あの人がくれた知識を参考にしていた。
【治癒魔法】。その単語を思い浮かべた瞬間、直前までの記憶が繋がった。
行方不明になったカタリナを探して、夜の迷宮に向かった俺たちは5層のボス部屋で彼女を見つけ……
土壇場で治癒魔法を成功させたものの、誰も彼も重症を負ってそれで……、
慌てて飛び起きた。周りを見渡すと並べられたベッドに3人が眠りについていた。
アルム、ディーネ、カタリナ、みんな無事だ。見た限り大きな傷もなく、すやすやと寝息を立てている。
俺は思わず安堵の溜息をこぼす。
さて、もう一眠りしようかと思ったところで、来訪者が現れた。
扉が開く物音で、寝ていた3人もピクリと少しずつだが目覚め始める。
「起きましたか。この度は、カタリナを救って頂き、大変ありがとうございました。暫くはこちらで療養できるよう手配しましょう」
その人は、他の誰とも違う純白の修道服に身を包んでいた。
真っ白な空間に、更に深い白がより際立つ。200色存在するらしい白から選び抜かれた2色、それらの調和が美しい。
この人は教会の偉い人で、名前はエーデル様。
初めて教会に来た時に会って、数日前には教会を抜け出したカタリナと、それを不可抗力とはいえ連れ出した俺はひどく怒られた。説教されたのは記憶に新しい。
「こちらこそ、ありがとうございます。助けて頂いたみたいで。皆んなの怪我、それとモンスターはどうなりました?」
「怪我については、皆の目が覚めた時にお伝えしますが、大きな後遺症はないでしょう。恐らくですが私の前に治療した者がいるのでしょう?」
「俺です。カタリナに治癒魔法を教えてもらって、なんとか成功したみたいで」
「そうでしたか、道理で……。魔法の術式が少し違いましたので、私達以外の誰か。とは感じましたが、なるほど興味深い」
話の腰を折ってしまうが、どうしても気になる点があった。
「術式が違う?」
「私達のものとは少し。対象の治癒力を助けるような魔法でした。が、今はその話はいいでしょう」
「それもそうですね。すみません」
「いえ構いませんよ。その魔法に救われたのは事実ですから。もう一つの問いについては……私達が着いた時には既にボスモンスターは倒れていましたので、今起きた方に聞くと良いと思います」
エーデル様の物言いに、ふと周囲に意識を向ける。
ディーネが起き出していた。
「んーー、ギャァ」
ディーネは寝起きにグーっと伸びをして、身体の痛みに面白い声で悶えた。
まるで子供の恐竜みたいな。少なくとも女の子が出していい声じゃなかった。
「ディーネ!」
「ありゃ、グレイ? 早起きね」
「それより身体はどうだ? 大丈夫か?」
「大丈夫よ。所々身体がすっごい痛いけど」
「良かった。それであのモンスターはどうなったんだ。最後にディーネが1人立ってたのは覚えてるけど」
あのボス部屋で俺もアルムも気を失ってしまった。
その後の事が気になった。無責任に「あとは任せる」なんて言った手前、その実心配だった。
「ーー倒したわ。死に物狂いであんまり覚えてないけど。私もその後すぐ気を失っちゃって」
ディーネの一言目は妙に歯切れが悪く感じた。
続く言葉もどこか誤魔化すような言い草だったが、今ここで問いただすのは憚られた。
まずは全員が無事であることを喜ぼう。
「そうか、良かった」
安堵してると、バサっと毛布を飛ばしてカタリナと思しき人物が目を覚ます。
見慣れた修道服姿ではなかったから、別人に見える。
その可憐な頭部にベールを被ってないからか、長い金髪がいつも以上に秀麗に映る。
カタリナは周囲も気にせず服を捲り、傷が塞がったお腹を見て無事を確認していた。
その落ち着かない動きに合わせて、金糸のような髪が一本一本遊ぶように宙を泳ぐ。
「わっ! わたくし生きてます。良かった……あ、グレイさんじゃないですか? ここは教会? グレイさんもお怪我ですか?」
「はぁ、うるせぇ。うるせぇが増えてやがる」
カタリナはいつもの元気を。あるいは騒がしさを取り戻した。
その煩さにアルムは寝起き悪そうに身体を起こした。
「アルムも無事だったか。で、カタリナはそうだよな……意識失ってたもんな。そっちも無事で良かったよ」
俺たちがボス部屋に入った時に、カタリナは既に深手を負っていた。その時点で意識もなく、誰にどう助け出されたかを知らないのも無理はない。
当然と言うべきか、エーデルさんはそんな彼女に口を挟む。
「シスター・カタリナ……貴方という人は。度々申し訳ございません。恩知らずの彼女をお許しください」
「いいですよ。無事だったのならそれで」
目を合わすと、アルムとディーネも頷いている。
「グレイさん、皆さまありがとうございます」
エーデルさんは深く頭を下げる。
現在進行形で傷の手当てをして貰ってる身だし、お互い様だろう。
頭を上げたエーデルさんは、ひとつ手をポンと叩くと、次の話を切り出した。
「では、皆さま。起きられたところで早速ですが、診断結果をお伝え致します」
一番手は俺。まだ動けない怪我人たちを気遣って、エーデル様は目の前まで来てくれた。
「貴方は到着時点で背中の傷も癒えきれず、重症でした。それに魔力欠乏症。体に良い食事を出しましょう、食べて安静にしなさい」
次はアルム。
「貴方は全身の打撲、傷に加えて、貧血でしょう。肉体に対して血を流し過ぎです。貴方もここで食事をたっぷり摂りなさい」
次にディーネ。
「ーー貴方は、何でしょう? 原因は分かりませんが中身がぐちゃぐちゃでした。治ってはいますが……、くれぐれも無理な動きはしないように。安静にしなさい」
そして最後はカタリナ。最後に回したのは説教を含んでいるからだろう。
「カタリナ……あなたは、私達が到着した時点で傷は塞がっていましたが、わかっていますね? あなたの行いがどれだけの人を困らせたのか! 治療を終えたのち、私が直々に処罰を下します」
「そんなぁ……! エーデル様どうか寛大な処置をお願いします」
「お黙りなさい」
ピシャリと言い放ち、エーデルさんは目を鋭く細めカタリナを睨みつける。
目があったカタリナはというと、ピシッと姿勢を正し静止した。
「ーーよろしい。それでは失礼します」
教会というこの石造の部屋に、ピッタリと似合う荘厳な雰囲気を作り出したのち、退室していった。
足音が遠のき、聞こえないくらいに離れたところで、各々恐る恐るといった風に口を開く。
「怖っええ人だな、直接言われてないのにこっちが怒られてるみたいだったぞ」
「確かに。いつも騒がしいディーネでさえ大人しくしてた」
「騒がしいってひどい! あたたたたっ……急に起き上がったら痛っ」
「ですよね、怖いですよね。もっと優しくしてもいいと思うんですよ」
「問題さえ起こさなきゃ優しいと思うけど」
話してみた印象として、あの人は善き者に対しては終始優しい。
カタリナ以外に、怒鳴り声を上げてるのを見た事がないしな。よっぽどの馬鹿をしない限り優しい人だろう。
「うぅ……グレイさんが味方してくれない」
「流石に今回は味方出来ないよ。勝手に迷宮まで行って大怪我して、皆んなに心配かけたカタリナが悪い。エーデルさんやみんなに謝りな」
「はい……」
反省してるなら良いだろう。今後は無茶しないことを祈ろう。
だが少し空気が重くなったか。
「ぐぅぅ〜ぐぅー」
静寂をぶち壊す音がどこからか。
誰も犯人を探すような野暮はしなかった。ボス部屋での騒動後、何も口にしてないわけだから無理もないと、皆が思ったからだ。
「つか、もう昼か……」
アルムは時計に目を向けて呟いた。
長針が12を指している。ご飯はなんだろうか。病院食は味が薄かったり、量が少ない印象しかないんだがどうだろうか。
意識が食に向いたせいで、思い出したかのようにお腹の虫も鳴り始めていた。
「失礼します。お食事をお持ちしました」
「「「「ありがとうございます」」」」
数人のシスターが、お盆に乗った食事を持ってやってきた。
それぞれベッド横の机に並べられる。
各自あちこち痛む体をなんとか起き上がらせ、食べ始める。
メニューは予想以上に豪華なものだった。
・刻んだ野菜と豆のスープ⋯⋯塩気が絶妙な塩梅で胃に優しく美味。
・お粥?⋯⋯米ではなく小麦の風味が漂っていた。おそらくパンを牛乳に浸してふやふやにしたもの?パン粥だろう、入院後期、飲み込みも怪しくなってきた時期に食べたものに似てる。
・蒸し鶏⋯⋯プルプルの鶏肉にバジルの効いたソースが抜群に合っている。
・緑色のスムージー⋯⋯複数の果物と野菜が混ざり、言うまでもなく美味い。
ごちそうさまでした。
食事は大変美味しく、食べた直後から身体の調子が上向いてるような気がする。
「ごちそうさまでした」
各自食べ終わったのだが、食後の眠気が怪我人らを襲う。病み上がりの身体にこの眠気は効く。
世間話やアルムとディーネは関わりの少ないカタリナの話で盛り上がったりしてたが、それぞれうとうとしては会話から消えてを繰り返す。
そして真っ先にディーネが寝落ち。残った3人で顔を見合わせ小さく笑う。
起こさぬよう目配せで、会話を切り上げそれぞれ眠りにつくことにした。
より一層静かになったことで、情報を整理しようと頭が動く。
魔法の術式が違うとか、最後1人残ったディーネがどう倒したかとか。
気になることも多いが、答えは出ない。今日はもう休もう……
*****
療養生活もかれこれ5日後……
寝たきり生活から、リハビリメニュー(これもエーデルさんがメニューを作ってくれた)をこなし、身体の調子を確かめていた。
その結果、
「よし、完治!」
「うん! 完璧に元通り、いつでも戦えるよ」
「うるせぇ……ハァ、ハァ、クソ、治らん。この体力お化けらめ」
俺とディーネはリハビリを終えた後も、何事もなく平然と立っているのだが。
アルムだけは仰向けになって、荒い呼吸を整えている。
それを見たエーデルさんが最終診断を告げる。
ちなみに、カタリナはすぐに元気になって、今は罰のお掃除に励んでいる。
「お二人はもういいでしょう。治療終了です。アルムさんはあと2日ほどあれば体力も戻るでしょう」
「「ありがとうございました」!」
リハビリを終えて、3人で部屋へ戻った。どこかアルムは焦ってる様子だったが、ディーネの明るさにそんな感情は吹き飛ばされていた。
ーーついでに物理的にも。体当たりされたアルムの雷が落ちてって一悶着あったが、普段通りの光景。
俺とディーネは荷物をまとめて、5日間お世話になった部屋を出ることとなる。
「じゃあアル、安静にね!」
「悪いな、1人置いてくみたいで」
「仕方ねぇさ、全然体力が戻らない僕のせいだ。だが、頼むから問題だけは起こすなよ。グレイ、後2日こいつの手綱頼んだぞ」
そう言うアルムはディーネを指差していた。
「私の扱いひどいなぁ。何もしませんって」
「日頃の行い」
「はいはい、じゃ行こっか」
*****
〜〜帰り道〜〜
夕日に染まる街を2人で歩く。
アルムの家が見え始めた頃、ディーネが俺の目の前まで寄って、身を屈ませ覗き込むようにこちらを見る。
いつになく悪戯っぽい表情。紫の目は夕日に照らされいっそう艶やかに。
何が始まるのか、見てるこっちは身構えてしまう。
「ねぇ、グレイ。明日、デートしましょ」
「ーーーーまじ?」
ピンチ……人生初デートイベント発生。
いやそんな事より。
ディーネの真意はわからないが、以前の反応からしてアルムはディーネを……
俺はどうしたらいいんだーー




