15.ディーネ・ヒストリアその1
私は、ディーネ・ヒストリア。
普段の私は自信満々の女の子だけど、ほんとは出来損ない。役割を果たせないダメな子でした。
ーー『ヒストリア』
みんなにはない、特別なもの。名前に姓があるのは貴族の特権だった。
私が生まれたのはヒストリア家……、この街に存在する五つの貴族、その末席に位置する家系。
特に何を統べるでも、冠するのでもなく。貴族の中でも地位はとても低い。
私達はただ後世に本を残すこと、ただそれのみを役目にしていて。
絶対に消えない、絶対に無くならない本。それを作る力が、ヒストリアの人間にはある……はずだった。
それが私には無い。もう私の中で整理できている事だけど、ちょっと辛い。
私も本が好きだから、作れるなら作りたかった。でも、悲しいかな才能がなかった……。
ないならないで、凹みすぎないのが私!
本になるような英雄譚を、この身で体現しようとした。否、している最中だ。
ヒストリア家にとって図書館は宝だ。事あるごとに、神様が本を弄くり回していることに、私は苛立ちを覚えている。
この迷宮に挑むのは、その文句を言いたくてってのもある。冒険心や憧れが大半だけどーー
あぁ、迷宮・冒険といえばだ。私の中で2度目の挫折とも言うべき出来事があった。
冒険者になる日。あの日まで私は主人公を目指していた。
だけど彼を見た瞬間、私はこの世界の主人公じゃないと確信した。
世界からの期待が違う。
周囲のマナが彼を中心に集まっていて、色濃く輝いていて……まるで世界が彼を応援しているかのようだった。
だから、真っ先に声をかけた。冒険に誘った。というより、彼の冒険に、その物語に加わりに行ったのが正しい。
それが2度目の挫折だ。けど、1度目ほど悲しくない。
彼の物語にディーネ・ヒストリアがいる。登場人物として、最後まで彼の物語にいたい。それでいい。
*****
「ーー後は頼む、ねぇ」
やっぱり彼は良い。選ぶ言葉のセンスから何まで、私の心を突き動かしてくれる。
自分は主人公のくせして【ディーネ・ヒストリア】こそ主人公だ、という風に扱ってくる。
「悪くない」
無限のやる気が湧き出てくるのだ。格上? ボスモンスターだからなんだ、勝てる、負けるはずがない。
期待に応えるのが、私ってものだ。
それにもう観客はいない。私はとある『残念』な切り札を切ることができる。
それは人の目に触れることができない。誰の記憶にも刻まれてはならない。
過去最高の剣士が編み出した剣術。指南書は、記述ごと神様にこの世から消されている。
現存しているのはヒストリア家にある一冊のみ。
消し去られた剣術。これを見た人の脳に、刻まれてしまった記憶が原因でどんな影響があるか分からない。故に人前で使えない。
ーーだから『残念』
どれだけ強く美しかろうと、見てもらえないならつまらない。私が輝けないから。
私は剣を鞘にしまい、構えを変える。
普段のカッコつけた姿はそこになく、ひたすらに形式ばった剣士の構え。
「これは《和声と創意の試み》第一の太刀、第一章『春が来た』!」
私は声高らかに、技の名を告げる。
観客のいない舞台の上、最大限にカッコつけて、見栄を切る。
腰を落とし、居合の姿勢を取る。左手は鞘に、右手は柄を握りしめる。
一瞬の静寂。夜の闇の中、互いの全てが停止する。
先に動いたのは私。
踏み込みと同時に、剣を引き抜いていく。一直線にモンスターへ肉薄し、剣を振り切った。
すると剣の動線を追いかけるように世界に色が灯っていく。色は薄緑。それは爽やかな風を思わせる。
風魔法と同じ色だ。また発生する効果も同じ、風を纏った剣撃がモンスターの身体を四方八方から切り裂く。
一閃が数多の風を生む、至高の剣術。
その身の剣術のみで、魔法を発生させる。当然、MPの消費もない。
反則も反則、神様が消し去ろうとしてもしょうがない。
本を消し去ったその所業は認めないけど。
完璧に成立した剣術に酔いしれる。
ノリに乗った気分のままにトドメを刺そうと、次の剣術を放とうとした瞬間だった。
「ーーーーっ」
全身を激痛と倦怠感が襲う。目眩が止まらない、動悸で呼吸が整わない。
鼻から水が垂れてくる不快感に対し、反射的に手を当てた。
見ると手には血が付着していた。鼻血だった。頭が熱ってる感覚がある。
この剣術。限界を超えた肉体の稼働には、脳も含まれるらしかった。
立ってるだけで、辛い、苦しい。倒れたい、横になりたい、休みたい、楽になりたい。
あらゆる弱音が溢れて止まらなくなる。
それだけじゃない。
身体以外にも異変が現れている。
手に持つ剣だ。
一振りで、持っていた剣がボロボロになった。安物の剣とはいえ、耐久性や素材に落ち度はない。
初心者が使っても安全・安心と謳うだけの品質はあったはずだ。冒険者になったのも数日前だ、劣化するだけの時間も経ってない。
たった一度、剣術集《和声と創意の試み》の技を使っただけでこれだ。
「はぁー、なにこれ、さいあく。でもさいこう」
気分は最悪だけど、全部ひっくるめたら許せる。
芸術とも評すべき剣術を使う気分は最高。
嫌なのは唯一、観客がいないことくらい。
さぁ、もう一度。次はさらに美しい技を。
いま一度剣の構えを変える。上段に剣を振り上げ、全ての動きを静止する。腹部をガラ空きにした、カウンター狙い。
猪突猛進。隙だらけの私に向かって、モンスターは勢いよく駆り出した。
「《和声と創意の試み》第ニの太刀、第一章『焼けつく太陽』!」
剣の周囲に薄い赤色が生まれる。赤は炎の色……。
その剣を始点にして私の全身と、さらに空間の温度が増す。空気中の水分が蒸発して、ジュッと音を立てて白い煙が上がる。
ーー身体が熱い。1度目の剣術による不調に加えて、茹だるような熱波に倒れそうになる。
「でも、まだまだ。燃え上がれ私、炎になれ」
さらに温度は上昇する。
熱気はさらに増し、体温と気温の境目も曖昧になって、加速度的に上がり続ける。
その果て、ついに剣先に炎が発現させた。
炎魔法の完成だ。その本質は太陽、剣を振るまでもなく、そこにあるだけで全てを燃やし尽くす。
モンスターは突撃をやめない。炎魔法なんて見飽きてるのだろうか。
明らかな脅威を前に、むしろ引くことができないのもあるかな。私だけは倒さなければならないと本能で感じてるのかも。
剣が届くよりも先に、炎がモンスターを襲う。
何者も焼けつく太陽に近づけるものはいない。
その熱は、その炎は、愚かな魔物を焦がす。
この剣技の最後は、炎剣の振り下ろし。生きながら燃える敵への介錯。
「はじめてのボスモンスター。あなたで良かったよ。皆んなと必死になって戦って楽しかった。ありがとう」
裁断されたモンスターは、一気に燃やし尽くしたあと、灰になって消えていく。
残ったのは茶色い魔石が1つと、熱で溶けて壊れてしまった私の剣。
ゆっくり、ゆっくりと歩を進め、落ちた魔石を手に取る。
手にした石を眺める。その中で、命だったものが猛々しく揺らめいてるのを感じる。
遠くから足音が聞こえてきた。音から伝わってくる必死さと人数からして、増援だろう。
あとは任せよう。どのみち私も限界だ。
みんな揃って気絶かぁ、結末は一緒で少し嬉しい。
横たわる3人を見る。誰も彼も傷だらけでボロボロ。私含め、みんな今にも死にそうだ。
唯一意識の残った私は、この戦闘を振り返ってみることにした。
おかしな話だけど、気を失うまでの暇つぶしだ。気を失うことは確定してるのは、それだけの無茶をした自覚があるから。
グレイは文句の付けようがない。剣術は型もなく大雑把だけど、剣をこう振るのが正しいって、感覚で理解出来てる。適切な教えを受ければ伸びると思う。
魔法もびっくりした。ぶっつけ本番で成功させるなんて主人公過ぎる……それにあれは【詠唱】? どこでその知識を得たんだろうか、本当に興味がつきない。
カタリナちゃんは、私以上のトラブルメーカーになってくれるに違いない、楽しみだ。それに実力も申し分ない。
戦闘を避けたにせよ5層のボス部屋まで1人でたどり着き、魔法で傷まで負わせていた。
アルムは……もっと頑張ってもらいたいかな。目立った活躍がない。
知識自体は役に立つものばかりだけど、戦闘において器用貧乏。中衛で私とグレイの足りないところを埋めてくれてるが、私としては物足りない。
一緒に闘ってるとそのサポートがありがたいんだけどね、いつも他人を助けてばかり目立ちたい欲が足りないと思う。
今度お説教しよう、たまには私からしてもいいでしょう。
私も反省点は多い。たった2度、あの剣術を使っただけでこのザマだ。
疲れたぁ……、私も少し休もう。
最後に今日の成果も振り返ってみる。
格上殺し。
その上、カタリナちゃんの救出達成(まぁ、みんなボロボロだけど)。
これこそ私達が歴史に名を刻む、その偉大な一歩だ。そうしよう。みんなお疲れさま。




