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残りの人生を異世界で  作者: 黒檸檬
1章.異世界で冒険者になろう
14/18

14.即興、詠唱、治癒魔法


「ーー魔法《ホーリー・アロー》」


 声が聞こえた扉の先、そこはボス部屋。

 5層に踏み込んでからの事、まともな戦闘は一度もこなしてない。一直線で声のした先へ向かった。


 ボス部屋の前で顔を見合わせる。覚悟は決まってる。俺たちは誰一人迷うことなく、扉を開け放った。


 ボス部屋に入った瞬間、俺はモンスターの情報を注視した。


***

【モンスター】

 名前: ストレングス・グリズリー

 レベル:9

***


 ボス部屋には異様なほど月明かりが差し込んでいた。

 迷宮の作成者が、闘う場としてあしらった空間。ご丁寧に扉で区切られた事からそれが伺える。


 ストレングス・グリズリーの姿がはっきりとこの目に映る。


 熊だ。それも大きい。立ち上がったその姿は、目測で3メートルはある。分厚い茶色い毛皮に包まれた胴体、丸太のように筋骨隆々な腕、その先には鋭く尖った爪。


 表示された名前もグリズリー。海外に分布している熊の一種で、雑食で獰猛、時に人も食べる。

 剣一本で戦うには心許ない。現代社会で猟銃で仕留めるような相手だ、不安はもっともだろう。


 先に着く名称はストレングス……力、体力、筋力か。いずれにしても力強さをイメージさせる。

 

 次に、周囲を見回す。すぐさま見覚えのある修道女を視界に捉えた。

 距離はあるが顔を見た。間違いない、カタリナだ。


 ーー状況はかなり悪い。


 魔法を放った時点で最後の抵抗だったのだろう、モンスターを挟んで対角線上、その先に蹲って倒れている。


 そして地面の周辺は血溜まりが……


「ーーっ、カタリナ!」


 

「グレイ待て!」


 今回ばかりはアルムの静止を振り切った。俺は駆けながら剣を抜き、カタリナの元へと向かう。


 当然、グリズリーは新たな侵入者に対して敵意を表した。


 奴が振り返ったことで気付いた。

 彼女の放った魔法の矢が未だ、その胸に突き刺さっているのだ。

 即座に判断を下す。すれ違い様、魔法の矢を奥へ突き刺すように剣を叩きつけた。


「グゥォ……」


 これは効いたらしい。モンスターは膝をついた。その隙に俺もカタリナの元へと辿り着く。


 彼女を抱えて距離をとる。負傷者を動かすのは憚れたが、やむを得ない、あのままにしたところで危険なのは変わりなかった。


 扉まで行けたら良かったのだが、モンスターから離れるので精一杯。

 その間に2人は俺のいる場に、駆け付けてくれた。


「無茶しやがる、だがどうする? その傷……治すあてはあるのか?」


「ーー無くはない。ただ時間が欲しい、頼めるか」


 アルムの質問に対し、その方法に懸念がありつつも答えた。

 手持ちの回復薬でどうにかならないのは薄々感じてる。あれはHPを回復するのであって、傷を治す効果は薄い。傷を治すなら教会だ。

 つまりはそこで使われる治癒魔法。

 俺は触りだけだが教わっている。何の因果か目前の彼女から。

 

 だが、成功したことが無い。教わったのも2日前の話だ。練度なんてあったもんじゃ無い。


 ぶっつけ本番での成功、これしか無い。


「しょうがねぇ、やるぞディーネ。お前も無茶はするなよ、絶対だからな」


「ん、無茶しない約束はしないけど。私とアルの力見せてあげましょ!」


「頼んだ。すぐ合流する」


 グリズリーの方は2人に任せて、カタリナの負った傷を見る。

 小さな傷は身体のあちこちに刻まれてるが、特に酷いのは腹部。肉が裂け、今もダラリと血が流れている。

 一番危険なのは腹部からの出血だ。これを止めなければならない。


 鞄から布と回復薬を持ち合わせた分全て取り出す。

 まずは回復薬をぶっかける。少しでも洗い流すのと、少しは治癒の効果があればという希望をのせて。

 布にも回復薬を染み込ませて、腹部を強く押さえる。圧迫止血を試みるが、布に血が滲んで止まってくれる様子はない。


「くそっ、頼む。魔法《リペア》!」


 自分の中から、魔力をかき集め魔法を唱える。


***


HP:120/140 MP:75/85


***

 

 1度目の《リペア》だが、結果は失敗。出血が止まる様子はない。

 何がいけなかったのか……、MPは間違いなく減っている。魔力を引き出すことには成功しているはすだ。


 教わった内容を思い出し、もう一度。次はもっと魔力を足してみよう。


ーーーー「魔法《リペア》は命魔法に他の属性を混ぜる事で《ヒール》以上の治療効果を引き出す、教会由来の魔法です。だから秘密でお願いしますね」ーーーー


ーーーー「まず自分の体の中の魔力……MPを意識します。そこから、MPを変換して命魔法を基本とした他の属性を指に集めて、混ぜ込んで魔法にしていきます。魔力を上手く魔法にするには魔法名を唱えるのが重要ですからね」ーーーー


 属性を混ぜるというのが分からない。俺の中で見つからないというか……

 考えても仕方ない、もう一度試そう。


「次こそ! 魔法《リペア》」


 また、失敗。彼女から教わった事を再度意識して、さらにMPを倍使ってもダメ。


 カタリナの顔を観る。呼吸が浅い、唇が紫色に変色して顔色も良くない。

 ーー時間が無い。


 他人の命がかかったこの状況に、焦りが止まらない。


 だから、突然飛んで来た脅威に、俺は対応することが出来なかった。意識を割く余裕が全くなかったのだ。


 そして向こうの状況も良く無いらしかった。アルムは武器の槍を弾かれ、地に叩きつけられた。

 ディーネはさらに後方に吹き飛ばされて、当のストレングス・グリズリーが自由になってしまっている。


 モンスターも頭が回るようだ。手負いのカタリナを狙うように、こちらへ振り向いた。


「しまっ、グレイ!!」

 

 爪の形をした何かが、こちらに向かって飛んで来る。

 避ければカタリナの命は今度こそ無いのだ、必然次に取る行動は決まっていた。


 僅かに見えたそれを、俺は避けない。


「ーーーーッ」


 属性こそ謎だが、飛んで来た爪は魔法のようだ。背中に刺さって暫くして消えた。

 俺の身体に傷だけを残して。


 痛みに意識をもってかれる中、元の世界での記憶がひとつ思い浮かんだ。


 ナイフなんかで刺された時は、無理に抜かない方が良いらしい。

 ナイフ自体が止血の役割を担っているのだと、話好きの看護師が豆知識として教えてくれた。

 

 魔法が消えたこの状態は、無理にナイフを抜いたのと変わらないってことだ。


 でも構わない。俺の傷よりも、まずはカタリナの傷を治さねばならない。


「はぁ、魔法……《リペア》…………」


「《リペア》……!」


「《リペア》、《リペア》、《リペア》……」


 ことごとく失敗する。

 一瞬傷が塞がったこともあった。けどすぐにパックリと割れて無かったことになる。


 自分の背中も状態は良くない。何の処置もしてない背中からは血が流れ続けている。

 流れる血とともに、俺のHPも減っていく。


 さらに状況の悪化は続いてしまう。


 程なくして、アルムが俺とカタリナの元に吹っ飛んで来たのだ。

 既に気を失っている。力尽きたところを、あの熊は負傷者を一箇所に集めるかの如く、投げ捨てたのだ。


 人の味を覚えた獣め、頭が良い。

 お楽しみを後で取ってるつもりなのだろう。


 待て、ここにアルムがいるという事は……


「ディーネは?」


 振り返るとディーネは1人でモンスターと対峙していた。

 決して深く踏み込まず、振り下ろされる爪を身を翻して避けては、時に剣で受け流し、踊るように立ち回る。


 この場合それだけでは不足となる。逃げ腰の姿勢では、俺たち負傷者側に標的が変わりかねない。


 だが、彼女はそこも織り込み済みらしい。

 意識を自らに向けるために、時にフェイントをかけて挑発をしては、ヘイトを稼いでいる。


 よそ見していると、一瞬ディーネと目が合った。


「ーーまだ大丈夫! グレイは治療に集中して。1人増えちゃったけどアルもお願い」


 よっぽど俺の顔が不安そうだったのだろうか。

 戦いの最中だというのに安心させるような声だった。

  

 彼女の言葉に応えたい。

 そして早く合流するないし、撤退したいところだが……


 自分のステータス、および状態を確認する。


 数えきれない魔法《リペア》の失敗でMPもすっかり空っぽ。

 俺が虫の息なのは、表示を見ても明らかだった。


*****


HP:10/140 MP:0/85


*****


 意識が遠のく。まだモンスターを倒せてないのに、カタリナもついでにアルムも助けられてもいないのに。


 ーーどうすればよかった? どうしてればよかった? 

 ーーどうしたら、彼女を助けて、皆んなと帰ることができる?


 身体が動かない分、残った思考が回る。


*****


HP:4/140 MP:0/85


*****


 それももう終わりか。


 HPはついに1桁。目が霞む……意識が遠のく…………


「ーーーー?」


 死の間際。俺は自分の視界を疑った。


 青白い光がそこかしこに満ちていた。特に俺の周りが濃く、次点でディーネが濃い。

 カタリナには天井からそれらとはまた別の神々しい光が僅かに集まっている。


 煌めく光の世界。眩しくないし、邪魔でもない。


 綺麗だと思った。

 そして、あの光が今必要なものだとも。

 乾いた砂漠で無意識に水を求めるかの如く、身体が自然とあれらを求めていた。


「ーー『寄越せ』」


 周囲の光に向かって、欲深く手を伸ばす。

 

 すると、反応があった。

 ほとんどの光が逃げるように離れていってしまった。

 

 何かを間違えた気がする。欲望に任せた言い草は気に障ったのか……もはや分からない。


 ならばと、全身に力を込めて立ち上がる。正真正銘最後の力。


「この世界の魔法なんて教わってもないし、詠唱なんてものが存在してるのかも怪しい。故にここに、俺は嘯こう」


 息を目一杯吸って、高らかに叫ぶ。もちろん、主人公みたくカッコつけて。


「仮想、【詠唱】開始」


『ーー生きて欲しい、死なないで欲しいーー』


 ーー心の底から祈る。一節目。


『ーー命は大事だ、本当に。簡単に失われていいものじゃないーー』


 この詠唱を聞くものらへの説得。それが二節目。


 一度、死んだからこそ分かる。俺は元の世界での人生を失った。後悔も未練もある、仲違いした友達、病に苦しまない普通の人生、得られなかったあれこれ……。

 彼女に同じ思いはして欲しくない。何より、人の命が失われる瞬間を見たくなかった。


『ーー俺はあなたを助けたいーー』


 欲望じゃない。俺の助けたいという願望を込めた。三節目。


「ーー魔法《リペア》」

 

 きっと足りなかったのは心だ。【詠唱】によって癒し助けたいと世界に、世界を漂う光に誠意を示す。


 それとイメージ。カタリナの肉体の細部に至るまで意識を向け、対象の治癒力を底上げする。

 魔力とそのものの肉体で縫合するように、元通りに形作っていく。

 同じ要領でアルムの傷を一通り治していく。


 ーーここに魔法は成功した。


 傷が開く様子もない。彼女の顔色も少し血色を取り戻した。

 俺は、彼女を救うことが出来た。


 一瞬の安堵感が、緊張の糸を切ってしまう。遠ざけていた痛み、不調、その他諸々がこの身を襲った。


 【詠唱】と魔法の行使、集中した代償か、なんだか手足が冷たい。自分の身体じゃないみたいに重い。


 さらに言えば、詠唱以前の消耗が響いている。治さなきゃならないのは、俺の身体もだ。傷だらけで血を流しすぎて、HPも1桁、魔力も空っぽ。


 正真正銘、俺の全てが0に近づく。残りの脅威に対して立ち向かうことは出来そうにない。


 もうじき、意識を失ってしまう。アルムに引き続いて俺もだ。

 最後に、ただ1人残されてしまう仲間に目を向ける。


「ディーネ……」


 「逃げろ」と口にしそうになった自分に、ふと笑いが込み上げてくる。

 この危機的な状況で、仲間を置いて逃げるような奴じゃない。だから掛ける言葉は決まっている。


「ーーあとは任せる」


「任された! 私がぜーんぶなんとかするから、安心して休んでて!」


 消えゆく意識の中、自信たっぷりな彼女の声が響く。

 ディーネなら必ずなんとかしてくれる、そんな気がしてならない。

 出会ったあの日。ひとりぼっちの俺に声をかけてくれた彼女。それからずっと明るく、頼もしくて、強くて、いつも1番先を歩く。

 俺にとって彼女はまるで、物語の主人公のように輝いていて。そんな彼女を俺は……


 ーーあぁ、これは


 その感情に気付いてしまう前に、意識は途絶えた。


 最後に俺の視界に映っていたのは、春を告げる風。

 暖かく、全ての始まりの風、四季の美しさを奏でる剣戟だった。

詠唱は長ければ長いほど良い……。

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