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残りの人生を異世界で  作者: 黒檸檬
1章.異世界で冒険者になろう
12/18

12.迷宮探索


 俺、アルム、ディーネによる3人パーティーは、前日交わした約束通り午前から迷宮に挑んでおり、現在3層を攻略している最中だ。


「てりゃあ!」


 緑髪の少女が、威勢の良い声を上げながら、腰に差した剣を引き抜いて走り出す。

 彼女がディーネ。誰よりも早くモンスターに斬りかかり、その片手に持った盾で攻撃を受け流しながら華麗に立ち回っている。


 彼女が振り下ろした剣は、ハリセンボンのように腹を膨らませた狸のモンスターを切り裂いた。

 ハリセンボンを例に挙げたとはいえ、相対した狸のお腹に針は生えていない。


 とすればフグの方が例えとして上等だろうか……。でも毒は吐いてこないし、持ってなさそうだし。


 どっちでもいいか、膨らむなら。


 このモンスターが膨らむのはあくまで、自らの体を大きく見せ相手を脅かす。そうした威嚇行動の一つに過ぎなかった。

 そんな隙だらけのモンスターを相手に、ディーネが遅れをとることはなく、膨らみ切った瞬間、瞬時に距離を詰め一撃の下に倒してしまった。

 ただそれでも経験値は入るようで。


 デフォルメされた狸の見た目をしているのが、なんとも不気味だった。平成にぽんぽこと合戦していそうな狸を、さらに可愛らしく作り上げたデザインのモンスター。


 これまでのモンスターと違って、実在の動物と異なる姿には驚かされた。

 まるで、ゲーム。


***


【丸狸を討伐しました。経験値を3入手しました。】


【経験値が溜まりました。レベルが1上がりました。】


***


 この表示もまた、ゲームすぎる。


 かれこれ4匹目の『丸狸』との戦闘を終え、視界には経験値獲得を伝えるアナウンスとともに、レベルアップを告げる文字列が表示された。

 

 迷宮の3層に足を踏み入れて暫く歩いているのだが、出会うモンスターはこの狸のモンスターばかり。


 しかも、こいつらの特徴というのが大きく膨らむくらい。むしろ的が大きくなって攻撃が当たりやすい。


 さして強い訳でもないこの丸狸というモンスターは、レベル上げに向いているのかもしれない。狸の見た目がゲームすぎる点に目を瞑ればだが。



 ただ、この世界においてレベルがどこまで重要か定かじゃないのが現状の認識だ。『ステータス』システムそのものが広まったのもつい最近らしく、図書館の本には『ステータス』に関する記述がほとんど無かった。


 変なのはそれだけじゃない。この世界に住む人の認識もまた曖昧なものだ。

 例えば街での身分証や、自分とモンスターとの強さを測る指針程度でしか『ステータス』というものが浸透していない。


 実際にレベルが上がった感触としては、ほんの少し筋力やらが向上しているのか、あるいは剣速が上がっている気がする。

 例を挙げると、1レベル前よりもモンスターを倒しやすくなっている程度。だから上げて損する事はないはずだ……多分。


「この層、たぬきちゃんばっかりで飽きちゃうわね。なんだか疲れたわ」


「お前は飽き性なところがあるからな……そうだな、もう少し進んだ所に安全な場所があったはず。そこで休憩にしよう」



 朝の時点では、新調したスカートを着て張り切っていた彼女だが、進めど進めど同じモンスターばかり現れることについては、流石に退屈だと呟き始めた。


 だが、アルムから「休憩」という魅力的な返事が帰ってきたことで、ディーネはその可憐な顔をパアッと明るくさせた。


 それから、一刻も早く休みたい気持ちを抑えられなかったのか、俺達を置きざりにして駆けていった。


 びっくりするくらい速かった。


 走り出していった彼女は、その先の曲がり角を曲がって見えなくなってしまった。疲れたという言葉はなんだったのか、元気いっぱいの全力疾走だ。


 その彼女が、いつも前衛として先陣を切ってモンスターに斬り込んでくれるのだから頼もしい。



「ーーな、ディーネ待て! くそ、勝手に進みやがって……。グレイ追うぞ」


 俺はディーネが走り去る姿を見て、ひとり感心していた。けど、よくよく考えると、彼女の行動は「迷宮内で仲間を置き去りに1人先に突っ走っていく」となる。


 良くない事だけど、どこか奔放なディーネらしい。


 ともあれ、彼女を追いかける事には大いに賛成だ。1人になったところを、モンスターに襲われでもしたら大変だ……。とはいえ剣の得意な彼女なら、なんとかしてしまう気もするが。


「ああ、急ごう」


 ディーネを追って、俺たち2人は先へ進む。ちょうど彼女が見えなくなった角を曲がった先にたどり着くも、そこには既にディーネの姿はなかった。


 幸いモンスターの気配は無いが、未だ彼女を見失ったまま。そんな状況に、アルムは険しい顔を浮かべて立ち止まる。


「くそ……」


 彼のこぼした悪態に対し、アルムとの間に存在する、迷子への認識の齟齬を感じざるを得なかった。


 それもそのはず、彼は俺と違って異世界の住人。

 アルムの人生には幼い頃から迷宮というものが街にあって、それと共に生きてきた。

 なら、そこではぐれる危険性を身にしみて理解しているのだろう。


 対する俺は迷宮の恐ろしさを知らない。

 もし、ここが石造りで薄暗い空間で、そこかしこに罠だらけで、一歩足を進めるにも死の危険がつきまとうダンジョン。だったらのなら違っただろう。


 しかし、この世界の迷宮はモンスターこそ出るが、迷宮全体が自然豊かな森のようで、さらに道は木の根が浮き上がったりしてないので非常に歩きやすい、そして罠らしい罠にも今のところ遭遇していない。



 だから「すぐに見つかるだろう」と、こう楽観的な考えを俺は捨てきれない。



 それにアルムの言った安全な場所は、この道を真っ直ぐ行った途中にある小さい空間だという。


 彼女がその場所に気付いて、あるいは初めから知っていて駆け出したのなら、もう既に先に休んでるかもしれない。



「アルム落ち着こう。まずはその安全な場所って所に向かおう、何事も無く着いてるかもしれない」



「そう、だな。僕としたことが冷静さを欠いた。ディーネが寄り道せずそこにいりゃ良いが……、いや、どの道あいつには説教をする。グレイ、その時は逃げられないように手伝ってくれ」


 アルムは緊張感を解いて、ほんの少し落ち着きを取り戻した。


「もちろん。さっきは不意の出来事だったから対応出来なかったけど、説教するって時は全力で止める。約束するよ」



 俺はアルムに力強く返事を返した。

 自分が怒られるわけじゃないから気楽なものだ。その時は全力で協力するとも約束した。

 次、俺が説教される時にディーネが敵に回ってしまう可能性はあるけど、怒られるような事をしなければいい。


 俺とアルムが立ち止まって話をしていると、道の先、安全な場所に続く曲がり道から件の心配事を引き起こしている人物が、ひょっこりと整った顔を覗かせ、淡い赤紫色の目でこちらを不思議そうに眺めている。


 まるで「そんなとこで立ち止まって……なんでこないの?」とでも言いたげな表情だ。

 それを見たアルムは、握り拳をぷるぷると震わせている。このまま心労がたたって彼の胃に穴が開いてしまわないか心配だ。


 そうだ、カタリナに教わった治癒魔法を覚えた暁には、こまめに掛けてやろう。


 と言ったが、治癒魔法練習の成果は芳しくない。


 教わった日から数日間、毎晩MPが0になるまで練習しているのだが、どうしても上手くいかない。


 カタリナ曰く、命の属性に他の属性を複数混ぜることで回復の効果が高まり、傷を元通り治せるというのだが……その属性? とやらの区別がつかない。

 練習が足りてないのか、単に俺の才能が無いだけなのか……、今はまだはっきりしないけど。もし後者だったらと思うと、どうしようもない不安感が湧き出てくる。


 あらかじめ、特別な能力や才能が与えられないことには了承したが、せめて、本当せめてもの情けで魔法は何不自由なく使える体であって欲しいと思う。


 異世界と言ったら魔法、それくらいには重要な要素だろう。


 ディーネの単独行動に感情が乱れに乱れ、未だ動けずにいるアルム。そして、物思いにふけっている俺。

 突っ立ったままの男2人に痺れを切らしたのか、ディーネは早く早くと、こちらに向けて手招きをしていらっしゃる。



「良かった。何事もなく無事だったみたいだな」


 俺は苦笑いをしつつ、横にいるアルムに声をかける。



「ーーーー」



 頭を押さえていた手を取り払ったものの、無言のままのアルム。いつ怒りが頂点に達してもおかしくない今、木々の枝葉が揺れる音だけがこの場に流れる。


 人間、本気で怒っている時は、これくらい静かになるものなんだろう。


「ーー、ここは迷宮、ここは迷宮。今日一日耐えるってのは少々くそすぎるが……あいつに説教するのは帰ってからっ!! よし落ち着いた」



 アルムは息を大きく吸ってから、身体に取り込んだ分の空気を、全部使い切る勢いで言い放った。


 これがアルムのストレス軽減法だろうか? 彼も苦労してるんだな……。

 今後は俺も何かしでかさないよう気をつけたいと思うが、どうあがいても異世界人特有の知識不足云々の問題は避けられそうにない。


「なあアルム、何かしたわけじゃないけど先に謝っとくよ。ごめん」


「――そこでグレイが謝る意味がわからねぇんだが」


 アルムは悩みの種を新しく見つけたかのような表情をしているが、こんなところで詳しい説明が出来ないのだから仕方ない。その話はまたの機会にである。


 それより、1人遠くで仲間はずれにされていたーーというより孤立したのは彼女自身の行動によるものなのだがーーそのディーネは待ちかねて俺とアルムの元まで走り寄り手を取る。


「何騒いでるのよ……。はやく休んで、もっと凄いモンスターを探しましょ!」


 自由すぎる彼女の言い分に、不意に笑みがこぼれてしまう。

 彼女は、それでこそ彼女だと思った。初めて会ったときから変わらない、この世界に住みながら異世界に憧れる俺と同じくらい……


 あるいはそれ以上の冒険心を抱えた女の子。だからこそ、彼女から仲間に誘われたとき心の底から嬉しかった。


 ディーネの奔放さは俺にとって惹かれる部分であったとしても、彼女と長い付き合いのアルムからしてみれば心穏やかじゃないだろう。

 つい先ほどまで、はぐれて迷惑をかけていた者の身勝手な言葉にいよいよ堪忍袋の緒が切れても不思議じゃない。


 俺は恐る恐るアルムの顔を覗いてみた。


 一周回って怒りを感じさせない。曇り一つない清々しい顔であった。



 一見すっきりしたかのような、波一つない水面みたいな感じが非常に恐ろしい。

 そして彼はというと、無言でディーネの方に歩き出した。俺はそれに続いて、安全な空間というのを目指す。

 


*****



 そこは、迷宮の通路の延長でありながら、一切の危機感さえ感じさせない穏やかな空間だった。空から差し込む太陽の明かり、爽やかな森の香りに、思わずここが室内であることを忘れそうになる。

 地面を見てみると、この空間を囲うように、うっすらと淡い虹色の線が輝いて見えた。その光を見ているだけで何故か心穏やかになって、自然と落ち着く。


「綺麗な光だ……心が洗われるみたいだ」


「うんうん、その気持ちわかるわ。この綺麗な虹色の線がね、ここは安全だよって目印になってるのよ」


 口をついて出た純粋な感想に、傍で伸びをしていたディーネが教えてくれた。

 ただ、説明不足が否めないその内容を聞いていたアルムが口を開く。


「この線に囲まれた空間にはモンスターは近づかないんだ。付け加えると、この技術が応用されたのが1層を丸々覆ってる結界だな」


 1層と言われて、年端のいかない子供が何の武器も持たずに走り回っていた光景が思い出される。

 

 既に人間の手で応用できている技術があるなら、もっと手軽に出来ないだろうか。


「持ち歩けたら便利そうだな。ほら、いつでもどこでも|《簡易結界》! モンスターはここには入れません……みたいな感じで」


「……いい! すごくいいわね、グレイ! そういうの作りましょ、ついでにカッコよく光らせたりしてもいいんじゃない? 帰ったら私の部屋でどうすれば出来るか考えましょ」


「やっぱり気が合うなぁディーネ、参考用にちょっと虹色に光ってるところを掘って持って帰ろう」


 意見が合致したのも早々に、二人して立ち上がって光っている部分を掘ってみようと動き出す。


 が、そこは生真面目なアルムが待ったをかける


「待て、お前ら。あれは冒険者ギルド、教会、領主様達の合作の結界で、ようやく1層だけに再現できた代物だ。そんな大事なものを壊そうなんて馬鹿する気なら全力で止める!」


 雷を落とされた俺たちは、2人して背筋を伸ばして動きを止める。さしずめ親に叱られた子供のようだった。


 早速、アルムを困らせてしまったらしい。

 つい先刻、何かをやらかす前にと謝ったばかりなのに、さっそく怒られている状況に、申し訳なく思う。


 どうにか話を逸らせないかと考え、そういえば、さっきモンスターを倒したときにレベルが上がっていたのを思い出す。


 俺はアルムの説教を聞き流しつつ、『ステータス』を表示させようと意識する。

 視界にいくつもの文字が羅列される感覚にも、いよいよ慣れてきたものだ。


***


【ステータス】

 名前:グレイ

 レベル:4

 クラス:冒険者

 HP:140/140 MP:65/85


***


 この世界に来て、4日目だが順調にレベルを上げ成長している。数値としてレベル3の時と比べると、HPは130→140へ、MPは75→85へと増加の一途をたどっている。特にMPの増加は嬉しい。


 夜ごと、カタリナに教わった治癒魔法を練習していたのだが、小さな傷の表面を、外見上塞ぐことしかできず、行き詰まっていたところだ。


 次は増えたMPを一気に使用して、治癒効果を高められないか試したい。

 よく見ると、今朝こっそり練習したぶんのMPが減ったままだ。ということはつまり、レベルアップによるHP、MPの完全回復はないらしいな。



 ただ、俺の数値は2人と比べて、いかがなものか。実は足を引っ張っているのではないかと不安になる。


 見ず知らずの俺とパーティーを組んでもらっている身で、さらに迷惑をかけているのなら、身の振り方を考えなければならない。パーティーを抜けるとか、荷物持ちに徹するとか……。

 

 『ステータス』を表示させたまま顔を上げて、2人の顔を見る。


 アルムの説教を聞き流しながらそんなことを考えていると、いつの間にか説教は終わっていて、アルムは武器の槍や防具と持ち物を整理している。


 ディーネの方はというと地面に生えていた草と花で、器用に飾りを作っている。アルムの休憩風景は想像通りだが、ディーネは意外だった。

 それはひとえに戦闘で剣を振るっている姿とのギャップ故だろう。


 彼女の繰り出す剣は美しい。それこそただ剣を右から左に降っただけの動きが、洗練された一つの技に見えるほどに。しかし、美しいだけの剣というわけでは決してない。

 その美しさと同じくらいに、荒々しい剣気が込められているのを感じるのだ。

 秘められた荒々しさこそ、彼女の本質なのではないかと感じるほどに。


 花冠を作る姿というのは、年相応といった感想を抱いた。

 不意に目が合ってしまった俺に対して、完成した花の冠を持って「ふふん」と自慢げに見せる。

 その姿を見て、俺の中に生じていた疑念は一瞬で吹き飛んだ。


「聞きたいんだけど、2人の『ステータス』ってどんなもんなの?」

 

 2人の作業がきりの良いところを見計らって尋ねた。というのも、この世界の『ステータスシステム』において、他人の『ステータス』を閲覧するには、専用の道具が必要とのこと。


 その道具は街の入り口やギルドといった相応の施設にしかなく、一個人が気軽に使えるものじゃない。


 だから本人に直接聞かない事には、正確な数字が分からないのだ。


 それじゃ、嘘を吐き放題じゃないかと思うのだが……。

 実際、ステータスシステムに穴が多すぎやしないかとは思う。そう感じるのは、俺が別の世界出身だからで、普通の人からしたらそんな事ないのだろうが。


「さっきの戦闘でレベルが4に上がったからな、僕は125、100。MPのほうが伸びがいいってところか」


「俺のはHPが140、MPは85。アルムと違ってHPのほうが伸びがいいみたいだ」


「ふーん、さてディーネは。あ? 珍しく黙り込みやがって……、おまえはステータスどんなだ?」 


「えっと、言い難いんだけど……。HPが250でMPが200……、レ、レベルはちゃんと一緒よ、こっそり上げたりしてないわ。ねえ、これって私だけ変よね?」


 普段の明るさはなりをひそめ、不安そうな様子で彼女は言った。


「確かに高い……、1人だけ成長速度が桁違いだな。ま、だからって変ってわけじゃないさ。仲間に強い奴がいて頼もしい、そんなもんだろ?」


 仮に素質パラメータでもあれば、説明がつく。

 才能というか、生まれながらの違い、そういう要素が隠しパラメータとしてあるのかもしれない。


 ーー悲しい話だけど。

 だってそうだ。素質によってどう頑張っても埋められない差があるなら、全ての努力に意味がなくなる。報われない。


「ーーーー」


「黙り込んでどうした、アルム。何か心当たりがあるのか?」


 俺がまだ踏み入ってはならない、ディーネに関わる何かがあるのか。

 どこか気まずい雰囲気が、穏やかだった空間に流れた。


「いや、何でもない。別の事を考えてただけだ。そろそろ先へ行こう。」


 俺にはどこか話を逸らしたようにみえた。そのアルムのかけ声で休憩を終えた、俺たちは迷宮のさらに奥へと進んでいく。



 ***


 【丸狸を3体討伐しました。経験値を9入手しました。】


 ***


 迷宮の中だというのに、日が傾き始めてるのが目についた。オレンジがかった光が、空の端を染め始めている。


 数時間探索を続けたが相変わらず、出てくるモンスターは丸狸ばかり。

 つい先刻、この狸のモンスターばかりで飽き飽きして休憩をとったばかりである。一番滅入っていたディーネの機嫌は良いとはいえない。


 普段から感情豊かな彼女は、上機嫌も不機嫌も同じくらい分かりやすい。

 かくいう俺も、狸ばかり相手していると嫌になる。それに動物型のモンスターを殺める瞬間には、少し心に来るものがある。生きるため、強くなるためとはいえ、まだ慣れない。

 慣れてはいけないとも思う。この良心を失った時、俺は俺ではなくなる気がする。


 迷宮を進んでいると道の先に、この自然に満ちた空間には不釣り合いな扉があるのが見えた。

 その奥から重いプレッシャーを感じて、反射的に体が竦む。


「ねえアルー、あれってさ! あれって、もしかしなくてもボスの部屋?」


 ディーネは当然というべきか、興味津々だった。

 

「ちっ、あぁそうだけど。絶対に、絶対(ぜーったい)に行かないからな?」


「――フリよね?」


「断じて違う。それより、探索を切り上げるぞ。日が沈んできた。帰る頃には夜だ」


「もう? 今まさにお預けくらって、物足りなさを感じてるところなんだけどー!」


「夜の探索ってのはめんどくせぇんだ。暗いから常に明かりがいるし、見通しも悪い。お前にとっては朗報だろうが、夜の方が敵も強い……おい、そんなワクワクした顔したって、ダメだからな。ほら帰るぞ」



 ボス部屋に後ろ髪を引かれつつ、探索を切り上げた。



*****


 迷宮内で感じた夕暮れと同じく、外の空も紅く染まっている。暗くなるのも時間の問題といった様子だ。


 街の広場まで戻ってきたところで、こっちに駆け寄る人影があった。


 それは見覚えのある人物で、教会の前を箒で掃いていた修道服のシスターさんだ。数度、立ち寄った際に軽い挨拶をしたから、互いに面識はあるけど何の用だろう。


「グレイさん! ーーはぁ、はぁ、カタリナを……シスターカタリナを知りませんか?」


 彼女はひどく息を切らしながら、真剣な表情でカタリナ……、俺が仲良くなった修道女の行方を尋ねる。


「いや、今日は会ってないですけど、彼女に何かありましたか?」


「ーーそれが、はぁ、朝から行方知らずで、教会の中、外壁からなにまで隅々まで探したのですが見つからなくてーーはぁ、はぁ、もしやと思いまして、グレイさんを探していました」


 前に俺が彼女をレストランに連れて行ったからか。だが、迷宮探索に出かけた今日は姿を見てすらない。


「それは……お力になれず、すみません」


「いえ、構いません。あの子が悪いのですから。もし見かけたら、教会に戻るようお伝えください。それでは失礼致します」


 そう告げて去ろうとするシスターに俺は声をかける。どうしても聞きたいことがあったから。


「あの! 一つ聞きたいことが。ーーカタリナは、彼女1人なら迷宮のどの層まで通用すると思いますか?」


「そうですね、4層……、仮にパーティーを組めば7層までは……。ですが、まさかそんな無謀な真似を……」


 あの迷宮への異常なほどの執着。

 迷宮の頂上にたどり着きたいと願い。探索パーティーに入れてもらえないからと、迷宮を塔の外側から攻略しようと、壁登りを練習するような奴だ。


 ふと思い立って、1人で迷宮に挑戦してみようと教会を抜け出そうと思い至る可能性はあり得る。

 そこまで、考えなしであって欲しくないが。


 人混みに消えていくシスターを見送り、俺も動き出す。

 

 ーー嫌な予感がする。

 

 急いで俺は店仕舞いをする店舗に押しかけ、今持っている全財産をテーブルに叩きつける。


「これで買えるだけの包帯と回復薬をください、多少割り増しでもかまいません、急ぎでお願いします」


「いいけどよ、そんな慌ててどうした? 夜の探索は危険だぞ」


「まってくれ、おじさん、これで《ライト》の魔石も追加してくれ」


 アルムが銀貨をスッと出して、店のおじさんに向かって告げた。

 それを聞いて、おじさんは積まれていた木箱から、灰色の魔石を取り出して回復薬、包帯と一緒に並べる。

 

「どうしてだ?」


 俺は1人で行くつもりだった。いるはずもない、何の確証もない、ただの予感。だから、2人を付き合わせるつもりはなかった。

 だから、アルムの行動に疑問を覚えた。


「仕方ねぇ、迷宮から出たばっかだが行くか」


 アルムは疑問を払拭してはくれない。いつも見たく呆れながら、それでも行くに決まってるのだと告げる。


「なぁ、本当にいいのか? カタリナがいる確信はないんだぞ。いったところで無駄足に終わる可能性の方が高い。わざわざ日が沈んだ夜に迷宮探索しないのにも、何か理由があるんだろ? 満足いくまで探したら戻るつもりだし、俺一人でもいける……」


「うるせぇ、おまえの面倒を見るのも僕の役割だ。あの日、ギルドで田舎者面して世間知らずそうなおまえとパーティーを組んだ瞬間から、僕の中でそう決まっている」


「い、意味がわからない。パーティーを組んだから何だっていうんだ……? 暴走して和を乱す奴についてく理由には……」


「はっ! 暴走なんてディーネ(こいつ)で慣れっこだ」


「じゃあ止めるべきじゃないのか? 「いるわけない」って、「無謀はよせ」って。いつものディーネの無茶を止めるみたいに」


「止めるべき時は止めるさ、けど今じゃない。今はお前の推測が、何よりその気持ちが正しいと思った。それだけだ」


 涙が出そうになる。心のどこかで感じている、異世界にただ1人という感覚。

 もしもの時は、1人だと思っていたから。アルムの助けが本当に嬉しかった。


「ありがとう、本当は1人じゃ不安だったから助かる」


「ああ。じゃあ行くぞ。ディーネは当然くるんだろ?」


「もちろん! 迷宮探索に私だけ仲間はずれなんてあり得ないから!」


「あれだけかっこいい事言ってなんだが……、こいつは何がなんでも行こうとする。こういう時は止めたって無駄だから僕も行くんだ」


「ははっ。合点がいった。2人ともありがとう」


 俺はこの心強い2人と、出てきたばかりの迷宮へと戻っていくのだった。夜の迷宮探索、否捜索へと駆り出した。


 カタリナ……彼女が迷宮にいなければいいと思う。


 数年振りの投稿です。私生活(就活・就職)で筆を折ってました。怖いですね、一種の精神病でしょう。書き出そうとすると気持ちと手が止まるんです……

 頻度は分かりませんが、続けていきます。よろしくお願いします。

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