11.クエストを受けよう
「2人とも、今日はクエストを受けるぞ」
朝からアルムに叩き起こされ、眠い目を擦りながら食事を終えたところで、彼は今日の予定を告げた。
アルムは早起きに慣れてるのか一際元気が良い。
彼ほどではないにしても俺も朝は得意な方で、既に調子が出始めている。
しかしディーネは違うようでテーブルに突っ伏してる様子を見るに、朝が苦手らしい。
アルムの家に住む限りこの朝方の生活を送ることになりそうだが、昨日からこの家に住むこととなったディーネがこの先耐えられるのか心配に思う。
早寝早起きの健康的な生活で、少しは病が治ればいいのだが、そうもいかないだろうな。俺の運命に深く刻まれた死の病を治すのに、迷宮の頂上を避けては通れない。
朝から悲観的な話をするのは良くないな、話を戻そう。
アルムの考えでは、俺たちパーティーが冒険者として初めてする事はクエストらしい。
クエストと言うと、ギルドの掲示板に貼り出された依頼を達成して素材や報酬を貰うあれのことだろうか。
「クエスト?」
横で聞いてきたディーネが全く分からないといった表情で聞き返す。
それを受けたアルムが心底呆れた顔を浮かべるが、ため息の後ちゃんと懇切丁寧に教えてくれるのは、もうお決まりの流れだ。
「クエストってのは、ギルドや街の人からの依頼のことだ。主に素材採取やらモンスター討伐やらの依頼が多いな。ギルドの壁に張り出された依頼書から好きなのを選んで、クエストを受注する。達成すれば報酬金が出る。冒険者として生活してくなら欠かせないものなんだが、どうしてディーネはそんな初歩的な事も調べでないんだ……?」
俺の認識とそれほど違いはないようだ。
それにしてもクエストか。いかにも冒険者らしくなってきたなと胸の高鳴りを感じる。
「だって、そういう細かいのはアルが調べてくれてそうだし。私は剣の練習だけしてればいいかなぁって」
「くそ、冒険者になりたいって言い出したのはディーネだったはずなんだが、ちょっとくらい調べやがれ……。はぁ、僕を頼るのは一向に構わないが、冒険者生活に困らない程度には勉強してくれ、頼むから」
眉を寄せて諭す彼の言葉にはディーネへの強い心配が込められていた。
彼女の知識に偏りがあったのは、幼馴染のアルムに丸投げしていたかららしい。
それを聞いてアルムが少し不憫に感じてきたが、強く言わないあたり、彼女に頼られるのは満更でも無いのだろう。
アルムが彼女に好意の感情を抱いてるのは、初日の夜に気付いた。それを指摘した際、彼には忘れろと言われたが幸か不幸かまだ覚えてる。
「おい、グレイ。一体何考えてんだ? まさかとは思うが……」
俺の顔を見て、あのやり取りを思い浮かべたアルムは台所から木の槍を取り出してこちらに迫る。
側から見ればふざけあいの一環に見えるだろうが、その実、目の奥が笑ってない所が怖い。
本気で俺の命を取りにきている様子……
槍を持ったまま近づいてくる彼を見て、俺は慌てて立ち上がり後退る。
こうして対面すると、リーチのある槍の厄介さが際立って見える。それこそ素手じゃ勝ち目が無い、せめて剣が欲しいところ。
このままでは抵抗も虚しく、槍で滅多打ちにされる未来が容易に想像出来る。
「ちょっと待って……。よし、もう忘れたぞ。忘れたからその槍をしまってくれって」
万が一の場合には逃げ出せるようにとドアの方に後退りながら、彼の説得を試みる。
「ーーーー」
「無視はやめてくれよ……」
アルムは無言のまま、槍を俺の体目掛けて突き出す。俺はそれを躱そうと右へ向かって体を移動させる。
躱そうとした俺を目視した瞬間、アルムは槍の軌道を変更させる。俺の頭部目掛けて上から迫ってくる槍に、この狭い室内では避けられないと感じ、痛みを覚悟で身構える。
刻々と迫ってくる木の槍に、反射的に目を閉じてしまいそうになる。
ーー直撃する。そう思った瞬間、アルムの手の動きが止まった。
それこそ目と鼻の先、或いは紙一重、ほんの少しでもズレていたら直撃は免れなかった……、そんな距離で停止した槍。
よく分からないが俺は許されたのかと思い、緊張を解いて胸を撫で下ろしたのも束の間。
「ーーいたっ」
コツン、と額を叩かれる。手加減はしてるのだろうが、これがなかなか痛い。硬い木の棒で何の防御も無い素肌を攻撃されたら、そりゃ痛いのも当然だ。
ひりひりと痛む額を手で抑える俺を見て、一人で満足そうな顔を浮かべるアルムが憎らしい。
「今ので記憶が飛んだと信じよう。グレイもいいな?」
頭を強く打つと記憶喪失になるというのは、実際にあるらしいが、相当の衝撃が必要なはず。
手加減を加えられた今の一撃で記憶が消えるとは到底思えないし、消えては無いけど、ここは彼の言葉に乗ろう。じゃないと洒落にならない。
でも、俺何もしてないんだよな。ちょっと想像しただけなのに木の槍で叩かれるって酷い。
「ーー俺の扱い酷くないか……」
木の槍を片付けに台所へ向かう彼の背中を見ながら、聞こえないくらい小さな声で呟いた。
すると、今のやり取りを黙って見ていたディーネが嬉しそうに顔を綻ばせていた。
「ふふ、いつの間にそんな仲良しになったの?」
「さぁな、寝る前の世間話のおかげかな。あとはアルムの性根が優しいからか」
「アルは昔から面倒見が良いからね。でもいいなぁ、やっぱり私も一緒の部屋で寝ようかしら」
「断固拒否する」
戻ってきたアルムが即座に彼女の言葉を否定する。
「えー、私だけ1人部屋で寂しい」
「そのうちグレイには別の部屋に移ってもらうから、時間の問題だ気にするな。そんな事はいいから、2人ともさっさと着替えて準備しろ」
その話は初耳なのだが、兎にも角にも暫くこの家にお世話になっていいらしい。
「そう言うアルムはもう着替えてんのな。準備が早い事で」
「お前らよりも早く起きてるからな。僕の事はいい。さっさとしろ」
「あぁ」
「はーい」
アルムに促されて俺とディーネは各々部屋に戻った。
昨日買った服の中から紺色のシャツと、ジーンズ生地に似た丈夫そうなズボンを選び取った。
選択の理由としては、長袖長ズボンによって肌の露出を控え、虫刺されや木の枝等の擦り傷を避けるためである。
そして、もう一つの布の袋から皮製の胸当てと籠手を取り出す。昨日からこの新装備を試したくてうずうずしていた。
服の上から胸当てを付けて、一部に金属があしらわれた籠手を両手に装着していく。
着慣れていないため装備に苦戦したが、どうにか着替え終えた自分の服に視線を下げて、その場で右へ左へ体を回してみる。
ーーこれは良い。
防具を見につけたせいか、心なしか冒険者らしさが増している。さらに服装も流行遅れの物から今時の物に変わり、今の俺はどこから見ても異世界の人だろう。
防御力という点で機能性もあり、冒険者になった実感を味わえて精神的にも良い。
防具でこれなのだから、武器を新調する時の興奮は計り知れない。
今は鉄の剣だが、ゆくゆくは自分で狩った魔物の素材で造る展開も……考えただけで胸が躍る。
新装備に浸るのもここまでにして、アルムの元まで行こう。待たせすぎると機嫌が悪くなりそうだ。
そうして部屋を出ると、ちょうど着替えを終えたディーネと出会した。
初めて出会った時は、シンプルなベージュ色のズボンを履いて、迷宮探索に向いた動きやすそうな格好だったが、今日は少し毛色が違う。
裾の短いスカートを履いていらっしゃった。
病気がちでまともな学校生活を送ってなかった俺は、女子に対するあれこれの耐性が少ない。そのせいで、思わず言葉遣いが狂った。
スカートから下、太もも辺りから曝け出された脚部。その姿は目のやり場に困るぐらいには惹かれるものがある。
装いに惹かれたのなら、褒めてやるのが男として正解だと信じたい。
「その服可愛いな。よく似合ってる」
「でしょ? カッコいいのもいいけど、女子だから可愛いくありたいかなぁって。でもね、これズボンみたいになってて意外に動きやすくて良いの」
スカートの裾を持ち上げ、股下部分が繋がっていて半ズボンのようになっているのをチラリとだけ見せてくる。
いや、それは男子には少し刺激が強いんじゃないかと思います。元の世界で言えば高校生なんだよ俺。
彼女の言う事を理解するために、刹那の瞬間視認した後、視線を逸らした。
一瞬の間で脳味噌をフル回転させ、元の世界の知識と照らし合わせて分かった。彼女が着ていたのは、俺の世界で言うキュロットスカートに近い物らしい。
だとしても女の子が自分からスカートをめくるなんていけないと思います。正確にはスカートじゃないから良いのか……?
頭が混乱し始めた俺を他所に、機嫌良さそうにふふんと、自分の服を揺らしながら見つめている彼女。
それを見て、俺は彼女が楽しそうなら問題ない。と完全に思考を放棄した。
「でも、アルに怒られちゃうかな。足怪我するぞって」
「なら、女性のファッションに口出しする男はモテないよ、とでも言ってやれ」
「良い案ね。そんなんだから彼女出来ないのよ、も追加しちゃおー! グレイ、ありがと」
「こちらこそどう致しまして」
リビングに戻ると、もうアルムはいなかった。もう外出たのかなと、ディーネと顔を見合わせて玄関に向かう。
玄関で待ってる訳でもなく、扉を開け外へ出ると槍を持ったアルムが突っ立っているのが見えた。
「遅せぇ。なんだその服は……」
「可愛いでしょ?」
「ーーーー知らないが、それでお前が怪我しないならどんな格好をしようが、僕は別に良い」
アルムの反応が予想してたのとだいぶ違うな。ディーネの格好を見て少し照れてる様子。話し始めるまで僅かに間があった。
それに触れて、今度は戦闘用の槍で叩かれては洒落にならないので大人しくしていようと決意した。
*****
「ドラゴン倒したいね、カッコいい」
もうすぐ冒険者ギルドに着くという所で、ディーネが呟いた。なるほど、竜殺しか。ドラゴンスレイヤーと言い換えてもカッコいい。
けど、まだドラゴンは無謀だろう。
「流石にドラゴンは早くないか? ワイバーンとかリザードマンとかもう少しお手頃なとこからにしようぜ」
「ワイバーンかぁ、確か鉱山地帯に多く生息してたはずね。迷宮もいいけど、街の外に行くクエストも楽しそうね」
「どっちも論外だ。お前ら自分を何だと思ってるんだよ、冒険者成り立てだろ?」
話を聞いていたアルムが止めに入る。対するディーネと俺は心底決まりが悪そうな顔をしている事だろう。
「それくらい分かってるわよ」
「理解してるなら尚悪い……」
彼はディーネの言葉を聞いて、何かを決断した様子だった。
「お前ら、ここで待ってろ。俺がクエストを選んでくる」
そんなこんなでギルドまで着いて、建物の中に入ると、アルムは俺たちに向かって待機命令を告げた。先程のやり取りを見ての判断だろう。
事、冒険者稼業において、俺とディーネに対する信頼が駄々下がりしているようだ。
大人しく待っていると、アルムは紙切れ一枚を持って戻ってきた。
「3層に生えてるビートってのを採取するクエストを受けてきた。ま、本当は2層のクエストが良かったが、お前らが魔法、魔法、5層早く早くと不満を蓄積されても困るからな。精一杯譲歩して3層だ。異論はないな?」
「やった3層! この調子なら5層なんて意外とすぐなんじゃない?」
「いや、慎重に行くからな。ゆっくりと2層を攻略して迷宮に体を慣らしてくぞ」
「でも今日中に3層まで行くんでしょ? それで十分よ」
何層がどうとか、数字が連発していて分り難いな。一度整理しておこう。
冒険者になるためのテストで踏み込んだのが2層。
これからクエストで行くのが3層。
その攻略が魔法を教えてもらえる基準となるのが5層。
こんなところだろうと、1人の世界に浸っていた俺を見てアルムは不自然そうな顔を浮かべる。
「どうしたグレイ、あまり嬉しくなさそうだな」
「いや、新しい層に挑めるのは嬉しいよ。けど、昨日ちょっと魔法を教わって、一旦満足しちゃったと言うか……」
シスターカタリナに昼食をご馳走した際、俺は治療魔法の基礎を教えてもらった上に、その場で実際に試していた。
木材も生き物だったのだから効果があるとの事で、実は寝る前に木片で練習を始めている。
「え、何それずるいわ!」
俺の言葉を聞いたディーネは堪らず不満を口にする。俺と同じで、彼女も魔法に対しワクワクした感情を抱いていたから気持ちは分かる。
しかし、カタリナに「ここだけの秘密」と約束しな内容を話すのも悪いと思い黙っていた。
「ディーネ……その、悪い。教えて貰った時に秘密にしてと頼まれたから。
「むぅ、その人との約束なら仕方ない……けど! 可及的速やかに5層へ行く協力をすること、いいわね、グレイ!」
彼女は強く念を押して、こちらを指差しながら言う。その姿が何故か、かっこいいと思った。
俺はもちろん協力する。しないわけがない。初めて会った時から、趣味嗜好が似ているからこそ、魔法を使いたい気持ちが痛く分かるから。
「もちろん。全力を尽くすよ」
「グレイが魔法を教わってた話は後で適切に処理するとして、話は纏まったな。じゃあ行くぞ」
アルムが話に一区切りつけて、ギルドを後に俺達は迷宮へ向かった。
*****
クエストを受注して、冒険者になって初めての迷宮探索が始まる。実質2度目の挑戦だが、1度目とは心持ちが異なる。
あの時は右も左も分からず、新しい仲間、知らない迷宮、数々の不安入り混じるものであったが、今は高揚が勝つ。というよりも恐怖が無いと言ってもいい。
なんと言っても気の知れた仲間達というのがあまりにも心強い。2人となら100層にだって行ける。それへ流石に気が早いかな、まずはクエストである3層だ。
モンスターの出現しない1層を早々に通り抜け、2層への階段を上り終える。
ここ【第一階層 紡織樹林シルク】はその名の示す通り緑が多い。木々が道を避けて植えられていている辺り、整備された公園のように見える。
「私が前に行くから、アルとグレイは離れないようについてきてよ」
一面草が生えて緑に染まる道をディーネを先頭に、俺、アルムと迷宮の道を進んでいく。
「なあ、ディーネは3層への道が分かるのか?」
暫く歩いた所で、ふと疑問が浮かぶ。『ステータス』周りに地図機能は無かったと思うが、マッピングはどうしてるのだろうと。
「ううん、分かんないよ。地図はアルが持ってるから、曲がり角になったら指示してくれるはずよ」
「流石、アルム。1パーティーに1人は欲しい存在だな」
「おい、人をいたら便利な奴みたいにするのはやめろ。はぁ。ディーネも、先頭を歩くなら少しくらい頭に入れておいて欲しい。やっぱり僕が先頭を行くべきか……」
「いくらアルでも拒否するわ。1番初めに接敵するのは私でありたいの」
談笑を交わしていると、聞き覚えのある羽音が近づいてくるのに気付く。
間違いない。この音はランスビートルのもの。あれだけ出番があったのにまだ出てくるとは。
「2人とも、ここにモンスターが近づいてるっぽい。多分虫系の」
俺の言葉にアルムとディーネが頷いて、周囲の警戒を始める。
沈黙した空間にモンスターの羽音だけが響く。木々を掻い潜って、黒光りする体に槍のような角を持ったランスビートルが現れる。
そして、空を飛んだままこちらに向かって突進する。
「えい!」
いち早くディーネが前に出て、敵の攻撃を弾く。金属同士がぶつかり合ったかのような甲高い音の中に、微かな異音を感じ取る。まるで何かがひび割れたような音だ。
心なしか、攻撃を止められたランスビートルの動きが鈍い。
もしやと思い、俺はその隙を狙って踏み込む。
そしてランスビートルの角目掛けて、持てる全力で剣を振るう。
すると、バキッと鈍い音が迷宮の通路に響くと同時に敵の角がへし折れた。前は全く通用しなかった俺の剣が、敵の防御力に勝った。
ディーネの剣で皹が入っていたというのも要因の一つだろう。だけど、ほんの少し、本当に僅かにだが『力』が上がったような感覚。
***
【ステータス】
名前: グレイ
レベル:2
クラス: 冒険者
HP:115/115 MP:60/60
***
前回はレベル1でこのランスビートルと戦った。相変わらずパラメータ関連の記載は無い。しかし、実感として多少の成長が感じられる。
(見えない部分でパラメータが設定されてる? 経験値にしても、記載自体は無いのだから存在きてない数値もどこかで計算されているのは間違いない……)
『ステータス』については図書館でも扱いがなく、結局のところ謎が多い。
角を失ったランスビートルはというと、平衡感覚が狂ってそのまま地面に落下する。
地面で暴れ回る姿を見て、俺は哀れに思いとどめを刺す。
***
【ランスビートルを1体討伐しました。経験値を3入手しました。】
***
討伐メッセージの裏で、経験値とは別にモンスターの命が流れ込んでくる感覚。
例えるならドロリとした液体が、体の奥にある器に落ちていくような。この気持ちの悪さにはまだ慣れない。
「2層序盤の敵なら平気そうだな。もっと綺麗に角を切れたら完璧だが、それは求め過ぎか。剣を持って数日にしてはグレイの動きも良くなってやがる。この調子で進むぞ」
「どうした、アルム。もしや戦闘で出番が無かったから、批評しかする事がないのか……」
褒められるとは想像していなかった俺は、ついつい茶化してしまった。
「うるせぇ、褒めてんだから素直に受け取ってろ」
「悪い悪い。戦闘後の息抜きってやつだ」
「その息抜きに僕を使うんじゃねぇ」
アルムは尚も茶化し続ける俺に腹を立てて、いつもの口調が戻ってきた。やはり、彼は口が悪いくらいが丁度いい。もうそれに慣れてしまっている。
「いいじゃない。仲良しって感じで私は嬉しいわよ」
俺とアルムの友達のようなやり取りを黙って眺めていたディーネが、嬉しそうに話しかける。
「はぁ。ディーネがそう言うならいいか」
幼馴染だからって絆されすぎじゃないですか……。心の中で悪態をつく。
「何か言ったか?」
「ーー言ってないし思ってもない」
テレパシーでも使えるのかってぐらい、朝から心の中を読まれている。
魔法もある異世界だからそう言う魔法もあるんだろうけども、アルムは魔法が使えるなんて言ってないし……くそ、腑に落ちない。
「じゃあ、先に進もっか」
アルムが何度か進む先の指示を出しながら、順調に迷宮の2層を攻略していく。
***
【ランスビートルを1体討伐しました。経験値を3入手しました。】
【ファットマウスを3体討伐しました。経験値を6入手しました。】
***
道中、先程と同じモンスターに加えて、太って動きの鈍いファットマウスと遭遇したが難なく倒すことが出来た。
レベル2になって溜まった経験値がどの程度か分からないが、まだまだレベルは上がらない。
至って順調に進んでいた迷宮攻略であったが、3層に続く階段まであと少しの所で事態が変わる事となる。
曲がり角を通れば階段だという所で、いかにも強そうな雰囲気のモンスターに遭遇してしまう。
「あれは、ノーマウルフ……」
灰色の毛に覆われ、およそ2メートルはあるだろう狼を見てアルムは顔を顰めて言った。
***
【モンスター】
名前: ノーマウルフ
レベル:3
***
俺も『ステータス』を確かめてみると、その名前は一致した。レベル3、これまで遭遇したモンスターよりもレベルが高い。つまり今の俺よりもレベルが1個上の敵だ。
「知ってるのかアルム。流石、1パーティーに1人は欲しい人材はモンスターにも詳しいと……。であいつの弱点は分かるか?」
「また変な事言いやがって……。はぁ、ノーマウルフに弱点らしい弱点はない。その代わり、攻撃、防御、スピード、何をとっても秀でている点もない。つまりは実力さえ有れば容易に倒せる相手だ」
「実力ね……。冒険者成り立ての俺達にそれがあるとお思いで?」
ネズミや虫と比べて戦闘力の高そうな狼という生物を前にして、心なしか弱気になっている自分がいた。弱点を尋ねたのもそれが理由だろう。
「はっ、珍しく弱気か、グレイ? ここに来るまで何体もモンスターを倒したんだ。そんなのあるに決まってるだろうが。そもそも勝てない相手なら、真っ先に撤退の指示を出してる」
どこか叱責するようなアルムの言葉は、俺を奮い立たせる燃料へと変わる。
さらに、それを聞いていたディーネが付け加える。
「そうよ。あんな狼、私がいれば大丈夫よ」
彼女はどこからか溢れ出る自信を込め、胸を張って言った。いつだって彼女は強い。単純な力の話では無い、精神が、心が強い。
いじめられている子供を助ける時だって、何の躊躇いもなく助けに入れる人だ。今だってあの狼を見て、恐怖一つ感じてない。
「なるほど、それは心強い」
「でしょ? ここは私が先陣を切るわ。あ、それともアルが槍で攻撃する?」
そう言えば、槍を持ったアルムが先制攻撃する作戦とかあったな。俺も忘れていた事を、彼女は提案した。
「いや、あいつは僕らに気づいてるみたいだから、この状態で確実に命中させられるかは怪しい。だから任せる」
「了解。じゃいくわ!」
アルムからその答えを聞いた彼女は、狼に走り寄る。しかし一気に距離を詰められたノーマウルフの方は、全くと言って動じていなかった。
横薙ぎに振るわれた彼女の剣を、狼は後方に飛び退いて回避する。そして着地するとすぐに、剣を振いきった彼女に向かって飛び掛かった。
このままでは、狼に襲われたディーネが怪我をしてしまう。そんなのは許さない。
俺はその間に割り込んで、敵の攻撃を剣で防ぐ。
対するノーマウルフは口を大きく開き、目の前に現れた剣を自らの牙でもって迎え撃つ。
剣を伝って、狼の体、その2メートル分の重量が腕にのしかかる。すぐに片腕では耐えきれないと判断して、空いた片手を剣身に添える。
だが、所詮人間の両手。狼の全体重を支え切るには不十分であった。
ノーマウルフは剣を咥えたまま、俺の体にのしかかる。さらに、前足で体を踏みつけ、鋭く伸びた爪を肩に食い込ませてくる。
「ーーっ、これは」
まずい。このまま爪を突き立てられ、肩を抉られると外傷を負う。それでは、剣を振るうのに支障をきたしてしまう。
分かりやすいピンチだ。だが、俺がディーネのピンチを助けたように、2人は仲間の危機を救おうと迅速に動く。
俺から見て右からアルムの槍が伸びる。
俺から見て左からディーネの剣が伸びる。
剣先と槍先は、狼が接近に気づくまでほとんど同時に迫っていた。
剣と槍という武器の違い、『ステータス』の違い、そこからズレが生まれる。
左右両方から攻撃を受けた狼は、身体を捩って回避を試みる。だが、唐突に生まれた攻撃のズレに気付かず、完全に避けきるには至らなかった。
後脚と胴体に傷を負ったノーマウルフの目が怒り一色に染まる。
ノーマウルフから解放された俺も立ち上がり、相対する。
「大丈夫?」
ディーネは剣を振るって、付着した血を飛ばしながら俺に聞いた。
アルムの方は戦闘に集中してるらしく、声を掛けてくる様子は無い。
「ああ、助かった。それより……来るぞ」
「みたいね、けど勝ちましょ」
負傷したノーマウルフの足取りは重い。だが一歩、また一歩とこちらに歩み寄る。
その目には未だ闘志が燃え盛り、この身に傷を付けたお前らを絶対に殺してやると、奴が言葉を持たない狼だろうともそれは伝わってきた。
モンスターと人、元より殺し合う仲である。
ならば、その殺意にこちらも殺意で迎え撃とう。
相手が一歩、歩を進めるごとに、それに応えるように俺もまた一歩、距離を詰める。横の2人も同様に、狼を注視したまま近づく。
そうして互いに攻撃が届く距離まで接近した瞬間、いち早く動いたのはアルムだ。
手負いのノーマウルフに向かって槍の振り下ろしが迫る。ノーマウルフは頭上からの攻撃に対して、地面を蹴って横へ跳ぶことで回避に成功する。
しかし、傷を負った後脚では自らの重さを支えきれず、着地と同時によろめいた。すかさず俺は、敵の頭部目掛けて剣を振るう。
避けきるのは不可能だと直感で判断したノーマウルフはその牙で対抗を試みる。俺の剣がその牙にぶつかり合う前に、横合からディーネの攻撃がノーマウルフを襲う。
彼女の剣は敵の胴体を斬り裂き、俺の剣が頭部を斬り裂く。ノーマウルフは二度の攻撃を受けて大きくのけぞった。
そこへ追い討ちを掛けるように、アルムは槍の穂先を急所へ向けて突き刺した。
グサリと胸を貫かれ、夥しい量の血を流出させるノーマウルフ。あまりの出血に迷宮の通路が赤く染まっていく。
「ーーーー」
心臓を失い血を流し続けたノーマウルフは断末魔を上げ、その場に倒れ込む。
***
【ノーマウルフを討伐しました。経験値を5入手しました。】
【経験値が溜まりました。レベルが1上がりました。】
***
討伐完了のメッセージに続き、レベルアップが行われた。敵を倒し、危機を脱した俺は『ステータス』画面を開く。
画面と言うと途端にゲームらしくなってくるなと、この世界がゲームだと言う仮説を否定したがってた、過去の自分を揶揄する。
***
【ステータス】
名前: グレイ
レベル:3
クラス: 冒険者
HP:100/130 MP:75/75
***
相変わらず簡素な表示だが、レベルが上がってMPが増えたのは嬉しい。その分。カタリナに教わった魔法の練習に費やす事が出来る。
それよりも、強敵だと思った狼が少しダメージを負ったとはいえ、こんなにもあっさり倒せるとは。
その事実に実感が持てず、思わず口をついて出たのは客観的に見て明白な内容。
「倒せたな」
「だから言ったろ、そも3層までなら大丈夫だと思ってクエストを受けてんだ。2層のモンスターに負ける訳ないだろうが」
俺の呟きを耳にしたアルムが、俺の間違いを正す。お前が自分で思ってる俺達の力量は間違ってるぞと。
「そうかよ。流石アルム、冷静に考えてるなって気分だよ。で、このモンスターはどうするんだ?」
「持ち帰る」
いつも見たく素材だけ取って迷宮の通路外に放置かと思ったら、持ち帰るだそうで。迷宮産の存在は定期的に迷宮自身が綺麗にしてくれるらしい。
逆を言えば迷宮に由来を持たない物や人の死体は、誰かが見つけてくれるまで残り続ける。それはどこか優しいようで残酷なシステムかもなと、本で読んだ時に記憶している。
迷宮のシステム云々は便利ですねと言う話。それより、モンスターの死体を持ち帰ると聞いて嫌な思い出が頭を過ぎる。
「この巨体を? 本気か? これも素材の一部だけ持ち帰るのじゃ駄目なのか?」
前回は俺が虫の死骸をギルドまで持たされた。あの時の皆の視線ときたら、思い出しただけで気持ちが沈む。
虫でないだけマシだろうが、万が一がある。あれと同じ目に会いたくなかった。
「大方ランスビートルのトラウマがあるとか、そんなところだろ? あれは助けを呼ばなかったお前が悪い。だがまぁ、今回は僕が持ってってやるから安心しろ」
俺の内心が筒抜けな事に驚く。時間にして約3日の付き合いであるが、考えが分かるくらいには親しいと見れば喜ばしいものだ。
しかし、今はばつが悪い。まるで俺の方が押し付けたみたいだ。かと言って運びたいかと問われると気は進まない。
「それは助かるけど、アルムが辛くなったら言ってくれ、俺が代わる」
迷った挙句に、俺は次の番を買って出る。あくまで次だ。我ながらどうかと思う。
「私にも頼ってほしいな!」
持つ持たないの話において名前が上がらなかったディーネが不満を漏らす。
「あ? 持ちたいなら別に持ってもらって構わないが……」
「じゃあ、私が待ってくわ」
「分かった。ディーネ頼む」
ディーネは動かなくなったノーマウルフを背負う。先行するには難のある彼女の状態に、アルムが代わりに前を進む。彼女を挟むように俺が1番後ろについて歩く。
重荷を持つ彼女を気遣って、自然と俺とアルムの歩く速度は落ちる。
彼女が戦闘をし難くなる分、慎重に歩をすすめて、3層への階段を上っていく。
途中、「もっと高性能な鞄が有ればこの狼でも何でも入れられるんだがな」とアルムのぼやきが聞こえた。確かに、何でも質量を気にせず入れられたらさぞ、迷宮探索が捗るであろう。
それこそ熟練の冒険者は皆所持してるだろうと思う。俺達もいつかは手に入れたい。
3層の光景はこれまでと変わらず、木々が広がり自然に溢れていた。もっと上層、10や20と言った区切りの良いラインを超えなければ新しい景色は望めないか。
代わり映えしない景色に少し気を落とす。けど、出現するモンスターは変わってるだろうから、そこを楽しもう。
階段のある小さな空間から、3方向に道が伸びている。クエストに要求されているビートが生える場所へはどの道かと、アルムに尋ねる。
「どっちに進むんだ?」
「右だ。おい、ディーネ。もうすぐ採取場所に着くが大丈夫そうか?」
俺の問いかけに即座に答えた後、狼を背負ったディーネに声をかける。
「階段上っただけじゃない、まだ平気よ」
速度自体は落ちているものの、その足取りはしっかりしていて、返す声からも平気だというのが伝わってくる。
「そうだな、お前なら重くなったら文句言うはずか」
「む、そこは否定しきれないわね」
短い仲だが俺もそう思う。まだ幼馴染の2人の中には入りづらいけれど。
アルムの案内に従って迷宮の通路を進むと、開けた空間に出る。
丸みを帯びた白い根が地中からぽこりと顔を出し、そこから葉が伸びた植物がいくつも生えていた。
ちょうどカブのようだと思ったところで気づく、クエスト対象のビートとはテンサイであり、砂糖の原料となる植物だったと。
察しが良ければ名前からすぐに導き出せるのだろうが、深く考えていなかった。ひとえにアルムに任せすぎだったのが原因と思う。反省しよう。
「グレイ、幾つか採取するぞ」
ビートが生えてる様を眺めていると、アルムに声をかけられた。彼が言うのだから、これがクエストの目標で間違いないらしい。
既に採取を始めた彼を見ると、腰を曲げて根に近い葉っぱ部分を掴んで引き抜いていた。
見るに、特段変わった採取方法があるわけじゃないようで、彼に続いて、俺も地面に埋まったビートを抜いては鞄に入れていく。
「拍子抜けするぐらいあっさりだったな」
俺はビートをある程度集めたところで、伸びをしながら呟いた。
「そうね。折角だから3層のモンスターとも戦ってく?」
狼の亡骸を地面に置いて、採取の様子を見ていたディーネがそんな提案をする。
俺としては新しいモンスターと戦うのは賛成しても良いところだが……
「はぁ、今日はやめとけ。狼持って探索とかやってられねぇ」
パーティーのリーダー的存在になりつつあるアルムは、溜め息を交えながら即座に否定する。
ちゃんと冷静に考えている彼が探索をやめようと言うのだから、それは正しいに違いない。
ただ、頭では分かっていても心は楽しい事を求めるものらしい。
知らず知らずの内に俺とディーネが不満そうな表情をしていたらしい。それをを見て、彼は暫し黙り込む。
「ーーはぁ、分かった。明日、3層に挑戦するってので手を打とう。だから帰るぞ」
パーティーの3分の2が嫌がっているのを考えて、アルムの方が折れた。俺はともかくディーネがこっち側ってのが大きいだろうが。
「うーん、そうね、狼さん結構邪魔だから、仕方ないわね。帰りましょ」
狼さん……それはちょっと予想外。ディーネの口から可愛らしい台詞が飛び出る。なかなか良いものがある。アルムに言ったら共感してくれるだろうか。
それで黙っていると、アルムは俺に向けても問うた。
「グレイもいいな?」
「クエスト自体は成功な訳だしな、俺は構わない」
不甲斐ない話だが、俺だけダメージも受けてるわけだしな。第一、迷宮から出るのに反対する理由もなかった。
こうして、俺達は初めてのクエストに成功した。
ギルドにビートを納品するとこれが意外な事で、クエストの報酬が高かった。
銅貨60枚である(3人で分けるので、1人20枚だが)。これだけでちょっとした装備が買える金額だ。
というのも後でアルムに聞いた話だが、ビートというのは砂糖の原料になるとの話で、市場の供給量を安定させる為にも、初心者向けにそこそこ効率の良いクエストとして、常時張り出されているらしい。
一般の人はモンスターの出ない1層までしか基本は足を踏み入れられないこと。砂糖が日常的に欠かせないものであること。等々、理由があるらしい。
それに加えてノーマウルフの毛皮を買い取って貰って、迷宮探索で生計を建てるのは楽なのではと思い始めた今日この頃。今日することと言えば、寝る前に治療魔法、《リペア》の練習。
そして明日は3層の攻略。順調に異世界で冒険者生活を送れてるみたいで、楽しくなってきた。




