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残りの人生を異世界で  作者: 黒檸檬
1章.異世界で冒険者になろう
10/18

10.出来損ないの本


 本とは知識と感情の結晶である。

 自己の為、あるいは誰かの為を思って書き記したものが広がって後世まで残り続ける本は、それを読む者に思想を、哲学を、科学を、歴史を、地理を、生物を、言語を、語りきれない程多くの知識を与えてくれる。


 また、本は時間を超える。人の寿命はせいぜい100年程度、個人が生きている間で口伝できる範囲は限られてしまう。本の寿命は紙の寿命であり、質はピンキリではあるが、その内容は違う。新たな紙に書き写すことで本の中身は生き続ける。

 朽ちる肉体から新しい肉体へとその魂を移す、いわば擬似的な不死を、本という物は軽々やってのける。


 単純な知識だけではない。

 物語、小説、ライトノベルといった本も存在している。これらは著者が描く世界へと旅立つことが出来る。

 それを読む者に、感動を、興奮を、悲しさを、面白さを、笑いを、分類しきれない様々な感情を読み手に与えてくれる。


 つまり、本は読み手の中に世界を作り出す。

 想像力を用いて、本に書かれた文字を読み行ったこともない場所を訪れ、見たことのない物に触れ、自分の知らない人と出会える。


 そんな本が俺は好きだった。病室でする事のない俺にとって変わり映えしない世界から旅することが出来る本は救いでもあった。


 俺が何を言いたいのかというと、誰かに検閲され都合の悪い部分を抹消したかのような、あの空白だらけの本を「本」とは認めないという話だ。


*****


 レストランに連れ出したシスターカタリナを、教会に送り届けた俺は、その場を後にした。


 その際、シスター達の中でも位の高いエーデルに、反省室から抜け出したカタリナと連れ出した俺も同罪だとこっぴどく怒られた。俺達は地面に正座させられ、延々と小言を言われていた。その時のエーデルの顔が怖かった。美形の顔を氷のように冷たく変貌させる、静かな怒りの表情。

 初めて会った時は、カタリナへの説教に声を荒げていたはず。その時とは怒りの度合いが違う。

 言うことを聞かずに壁を登る以上に、今回の事は彼女の気に触ったようだった。

 

 カタリナを連れて教会の外に出て行く、冒険者らしき後ろ姿を見たというのは彼女の耳に入っていたらしく、誘拐の線は考えなかったらしいが不安だったとの事。

(いや本当に申し訳ありませんでした。)

 無断で女の子を連れ出すなんて、数時間前の俺は何を考えてたのか……。天高くから降ってきたカタリナを助けられたことで、テンションがハイになってたのだろうか。


 説教中もカタリナは何度も俺を庇ってくれた。その懐いてる様子を見てか、次からは声かけをしろとの事で話は終わったので、怒られて辛かった以外は事なきを得た。


 帰り際、カタリナが駆け寄ってきて、外壁を登った件についてエーデルに対して黙ったことを感謝された。その時の顔が大変可愛らしかった。



 さて、今は図書館を目指し地図に従って街の北側へと進んでいるわけだが、少し街並みが変わった気がする。

 アルムの家付近には木材主体の建築ばかりだったが、ここまで来ると石造り、レンガ造りの家がちらほら見受けられた。

 さらに、行き交う人の身なりも良い。花の刺繍があしらわれた服を着たお洒落な女性や、バインダーのような物を持ち歩く長袖を着た小綺麗な男性、誰も彼もこれまで見かけた事のないタイプの人だった。


 それとあれは見回りだろうか、光沢のある鋼鉄の鎧を着た兵士のような者がそこらを歩いている。


 場違い感が凄かった。俺のような普通の服装をした者も見かけはするが数は少ない。


 俺は視線を落として地図を注視した。そこには、アルムが田舎者の俺に必要だろうと思って書いたメモ書きがある。この疑問の答えがあるかもしれない。


「へぇ、なるほど」


 メモによると、北に行くにつれて住民の格が上がるらしい。安価な迷宮産の木材を使うのではなく、家主のこだわりや単なる見栄だったりで、建材を変えて凝ったデザインの家も多いらしい。


 さらに場所によっては貴族もいるとのこと。裕福そうな奴を見かけたら下手に関わったりするな! と、大きく強調して書かれている。


 貴族か……と身分制社会の怖さを感じつつ道の隅の方に寄って歩き出す。

 け、決して怖いわけじゃない。これは仲間のアルム達に迷惑をかけないために、避けられる諍いは避けようという判断だ。


 こそこそと道を行くと小さな広場に出た。

 ここにも時計があって、ついでに「図書館広場」という看板もある。要するに図書館に到着したらしい。


 図書館のはどれかと広場を見回すと、一つだけペンの紋章が刻まれたレリーフのある建物を見つける。

 アルムの地図にも、その紋章が図書館の目印だという記載があったので、あれで正解だろう。


 この世界の図書館がどういう仕組みになっているか分からないが、虎穴に入らずんば虎子を得ずだーー流石に危険はないだろうがーーと、俺は建物内に入っていく。

 

 図書館内の雰囲気は元の世界のものと同じように思えた。

 柱は石材で造られていて、床や書架を含めた殆どの部分は温かみのある木材で造られている。


 目前に広がる木材と石材の調和の取れた広い空間に、目を奪われた。

 真っ白で荘厳な雰囲気のある教会や、木造で暖かい雰囲気のある冒険者ギルドも良いと思ったが、ここはまた違った良さがある。

 

 さらに言えば、図書館特有の静かさというのもここの良さを引き立てているようだった。


 俺は気になる本をいくつか手に取って、書架と一体化した閲覧スペースに向かって、そこに置かれたていたテーブルに腰掛けた。


 持ってきた本を読もうと、パラパラとページを捲って気になる部分を読み進めていく。


 まずはこの街の歴史について読んでみようと思う。『アーク史』と街の名前が書かれている名前を見かけ、日本史みたいなものだろうと手に取ったものだ。


=========================================


 『アーク史』

【この街の始まりは2人の人である。   から難を逃れた  と   はこの地に根を下ろし、子をなした。子らはまた子をなし、その子がまた子をなす。長く長く繰り返す内に、人々の肉体と心に個性が芽生えていく。

 各々が異なる思想を違え離別するかに思えたその時、  の血を強く継いでいた     家の当主はこの場所に塔を建てようと人々に訴えた。何度も何度も声をかけていくうちに     は人々を纏め上げた。

 こうして何代にもわたる建設を続けるうちに、人々は互いを許した。それからも塔の建設は進み、ついに まで届く。その名を     塔と。そして、人は に出会った。 は辿り着いた人類に  として、  を えた】


=========================================


「ーーーーは?」


 あまりに出来の悪い本に呆気にとられて、図書館だと言うのに声を出してしまった。

 

 同じくこのスペースで本を読んでいた数人が顔を上げてこちらを見る。


 他人の読書の邪魔をしてしまったと、申し訳ない気持ち。俺は読んでいた本を置いて、頭を下げて謝罪した。

 それで許されたのか、こちらを見た人達はそれぞれが持つ本に視線を戻した。


 それより、今はこの本の事を考えたい。

 文字自体が読めない訳ではない。

 ただ文中に奇妙な空白が多すぎる。これでは内容を読み解くことが出来ない。


 歴史の授業で、戦後の日本において教科書の内容が不適切とされた箇所に、墨塗りされて真っ黒にされたというのは見たことがある。


 ーーけど、これはもっと悪質な抹消と称するに相応しい有様。何らかの単語があったであろう箇所が、不自然に真っ白になっている。消しゴムや修正液で消されたのとは違う。

 そこにはインクの染みさえ存在せず、あるのはここに文字があったのだろうという事実だけが残されていた。


 まるで、誰かが元からなかったことにしたような……。人類が積み重ねてきた歴史を否定するかのような、そんな最低最悪の行為だ。


 何とか読める部分で推測してみるが、あの塔は人が造ったものらしい。故郷でも634mの電波塔が建ってはいるが、あの迷宮の塔はそれを優に超える高さを誇っている。なにせ地上から頂上が見えないのだ。

 あの高さに至るまで何年かかるか……、考えただけで、この街の歴史の長さを想像できる。だが分かるのはそこまでだ。


 もうこの本から読み取れる事はない。そう結論を出そうとした時、とある思考が脳裏を掠める。

 

 それは元の世界では歴史ですらなく、神話の一部に過ぎないもの。


「ーーバベルの塔」


 小さく呟く。幸い音量を抑えていたので、今度は誰の邪魔にもならなかったようだ。


 話を戻そう。

 バベルの塔、人類が名をあげようと頂上が天まで届く塔の建設を始め、それを神は許さず人の言語をバラバラにして地上に混乱をもたらした。

 終ぞ塔の建設が再開することはなく、夢物語に終わった。 


 もし、本当にバベルの塔が建ったとしたら、あの迷宮に近いだろう。地上からその頂上を確認出来ないくらい高い、雲の先まで伸びる塔に。

 その見た目と天まで届く塔というので繋がりを見出せなくはない。


 だとしたらこの世界は何だ。異世界じゃないのか……。


 わからない、まだわかりたくない。

 俺はこの異世界を楽しみたい…………


 思考に伴う気持ち悪さで、視界がぐにゃりと歪む。俺はすぐに深呼吸して悪い思考を取っ払う。

 そして、心の中で唱える。「ここは異世界、夢幻じゃない。落ち着け」と。


 読んでいて気分の悪くなった歴史の本を閉じて、次の本を開く。

 

 次はこの街の貴族についての本。面倒ごとを避けるうえでも、貴族の役割やを知るうえでも重要そうだと思う。


=========================================


 『五代貴族の歴史』

【この街には始まりとなった五つの名家がある。

  を意味するアーク家。  の直属の血筋でありこの街を約 000年支え続ける名家。

 平原を意味するブレア家。街の外にある村々を支援する役割を担う。

 森を意味するウッド家、迷宮の第一階層、紡織(ぼくしょく)樹林(じゅりん)シルクに木々が群生してることも相まって、迷宮を管轄する役割を担う。

 山を意味するバーグス家、街のはずれにある鉱山を管轄する。

 海を意味するアクロマリン家。   年、街の遥か彼方へと大海の探索に向かった。


 また五代貴族には含まれないものの、貴族の末席に宮するヒストリア家。しかしその者らこそ真に  の  であり最も深く      でいる。司るは   、ゆえに本当の を綴り続けている。

 また貴族は家名を名乗る事が許されている。その他にも、魔法の属性補正に出自が関連してるといった学術も存在している】


=========================================


 主要な貴族が五つあって、それぞれが司るものが異なるということか。

 それに加えて謎のヒストリア家、これに関しては空白が多くて読めないが、歴史に関係がありそうに思える。


 ウッドやマリンなんかは俺でも聞いた事のある単語で、意味まで一緒らしい。

 これまで、言葉が通じる事や文字が読める事を普通に受け入れていたが、やはりおかしい。


 外国で日本語が通じないのと同じように、世界が違えば言葉が通じないのが当然の理であるはず。それこそ、他言語を理解するには学習しなければならないだろう。

 なのに、俺は異世界の言語を勉強せずとも異世界の人と話して、異世界の人が書いた本を読めている。

  

 さらに文字が意味する事まで似通っている。これはおかしい……認めたくないが、もしあの塔が本当にバベルの塔であるのなら。


 共通言語の混乱が世界になかったとしたら、その世界に生きる人の言語は統一されて然るべきだ。という無茶苦茶な結論が導き出させる可能性もあるにはある……。はっ、まさかだろう。

 

 発想が飛びすぎていると自分でも思う。そもそも、あの塔がバベルの塔であるという証明さえなされていない現状。この予想に意味はない。


 ひとまず貴族について知れた俺は次の本へと手を伸ばす。

 『C・    の手記』? 適当に選んだ本だが、題名まで謎の空白が侵食してるとは。

 読まずに元の場所に戻すのもあれだし、とりあえず読んでみよう。


=========================================


 『C・     の手記』

【私が生まれ育った街、「アーク」の他にも街があるはずだ。

 五代貴族の一つアクロマリン家は   年、この街を出て遥か彼方に存在するという大海の探索に出た。

 あれからただの一人も帰ってはきていない。だが、それこそ生存の証だ。

 帰っていないのであれば、どこかで生きているという可能性も確かにあるのだ。だとすれば、どこかで街を築いているという可能性もある。

 それこそ、大海を見つけ、その先で街を開いたのかも知れない。


 私は街を探す旅に出る。希望はある。必ずある。まだ見ぬ街が絶対にある。必ずや新天地がある。劣った  であると好ましい。街一つ……街一つの  達……あぁ! それはきっと素晴らしい未来に違いない!!

 あの塔を私は街一つ分の  で落としてみせる。そのためなら何だってしよう。


=========================================


 執念のこもった手記であった。

 これを書いた誰かが迷宮を攻略しようとしてた事が伝わってくる。

 この人は他の街に辿り着いたのだろうか、迷宮を攻略出来たのだろうか、様々な想像が膨らむ。


 所々空白があって、筆者が想定していた迷宮の攻略方法やら分からない点があるけど、悪くない本だった。書いた人の心が良く表されていたと思う。


 適当に手に取った本であったが思わぬ良作だった。3冊目にしてようやく素直に本を楽しめた気がする。

 ほんの少し、この世界の本への期待を上昇させ次の本を開く。


=========================================


『抜粋、アークの食文化I』


【・サンドイッチ

 ーー広場にあるサンドイッチという店の店主が程よく焼いた2枚のパンにハムを挟んだものを賄いとして食べていたのが発祥。

 出店当初から彼を支えていた妻の提案で商品化。

 片手でも食べられるという手軽さが、平民、貴族、その垣根を越えて親しまれる所以であったーー


 ・ドリア

 ーーおおよそ山の麓に位置していたドリヤ村が発祥。その地域で畜産されていたヤギのミルクを使った主食。

 元は白いソースだけだったものが、街との交易が進むうち、肉食の文化と他地方の野菜で作られた赤いソースとが混じり、今の2種のソースをライスにかけ、それをチーズで覆う形となった。


 ドリヤで生まれた物がドリアとなった経緯は定かではない。一説によるとヤギのミルクが使われなくなり牛乳を用いるようになったことで、ヤギのヤ部分が変化したのが原因と思われる(ただし、アがなにを所以とするのかは不明である)。ーー


=========================================


 食事から街の文化を知れるかもと持ってきた本であったが、割と面白い。元の世界と同じ名前の食事でも由来が全く異なっているのは、これこそ異世界だと実感させてくれる。


 それとこの本にはあの空白が見られなかった。何が基準となっているのか定かではないが、重要そうな本程空白化している傾向がある。

 決して食文化が些末な事柄だとは思わないけど、街の歴史等と比べると劣って見えてしまう。


 歴史、貴族、手記、食文化。俺は閲覧スペースに持ち込んだ本を読み終えたので、その4冊を持って立ち上がる。


 次の本を取りに行こうかとも考えたが、配架作業をしていた係員に声をかける。

 あの空白について係員がどう認識しているか聞いてみたかった。


「作業中すみません。この文字と文字が空いてる部分って何が書かれてたか分かりませんか?」


 俺は最も空白の多かった『アーク史』の本を開いて尋ねた。それを聞く係員の反応は手慣れた様子で、丁寧に対応してくれた。


「それは『アーク史』ですね。そちらの図書は頻繁に文字が消えてしまう物でして……大変申し訳ございません。控えている内容についても同様に消えてしまって、後は文字が戻ってくるのを待つしか手がございません」


「ーーそれで、戻る可能性はどれくらいありますか?」


「何とも言えません。それこそ神のみぞ知るとしか」


 係員は俺の問いかけに申し訳なさそうに答えた。

 また神かと、ここ数日でよく話に出てきていたがここでもか。係員の言う神はあくまで言い回しに過ぎないだろうが。

 実は本当に神の仕業なんじゃないかと疑っている。歴史を抹消するかのような所業は人の手による物だとは思えない。


「そうですか……。ありがとうございます。それと本は普通に棚に戻せばいいですか?」


「はい、それで大丈夫ですよ」


 俺は仕事を邪魔してしまった係員にお礼を言って、本を元あった場所に戻した。


 それから俺は読書を続け、可能な限り多くの知識を貪欲に集めていく。


 時には数頁にわたって真っ白にされていた本もあって、やらせない気持ちに苛まれもした。

 それでもこの街の文化を、歴史を、迷宮を、残った文字から読み取っていった。

 

 日が傾き始め、図書館内の明かりが徐々に自然光から白色の魔石の放つ光に入れ替わる頃、俺は本を読む手を止めた。


 いくつか「本」とは呼びたくない物もあったが、久しぶりの読書に心が踊らされていた。

 座りながら伸びをして時計を見ると、図書館に入った時刻からかなりの時間が過ぎているのに気づく。かれこれ4時間も読み耽っていたようだ。


 あっ、着替えを買おうと予定していたのを忘れていた。今後もアルムのお父さんの服を借り続けるのは申し訳ない。

 テーブルに広げていた本を抱えて書架に戻してから足早に立ち去った。


*****


 地図を頼りに服屋を訪れ、下着、普段着、パジャマと最低限必要だと思う物を複数買った。

 午前中ギルドの鍛冶屋で買った装備と2人分のご飯代とを含めて、そこそこの出費になってしまった気もする。


 もしアルムに無駄遣いだとか言われたら全部必要経費だと言い張ろう。

 (カタリナにご馳走した分に関しては怪しいので、そこを突かれないよう気をつけないと)


 両手に荷物を抱えてアルムの家に向かっていると、大量の荷物を抱え同じく帰路についていた緑色の髪を揺らして歩くディーネの姿を見かけ、声をかける。


「ディーネ。今帰るとこか?」


 自分の名前を呼ばれた彼女は、両手で荷物を抱えたまま首だけをこちらに向ける。


「グレイ、お帰り。私も帰るところよ」


「凄い荷物だな、少し待とうか?」


「ほんとっ! グレイありがとー、すっごく助かるわ」


 俺の申し出に顔を明るくして、腕にかけていた荷物をいくつかこちらに差し出した。それでも彼女の持つ荷物の量は多いままであるけど。

 何か買ったにしては不自然な量に疑問を覚えて、彼女に尋ねる。


「にしても、こんなに大量の荷物どうしたんだ?」

 

「それはね、まだ秘密よ。家に着いたら貴方とアルに教えてあげるわ」


 下手に詮索しても気分は良くないと思い、深くは聞かなかった。家に着けばその答えを聞けるのだから聞き流すのが得策。


「そっか。ま、楽しみにしてるよ」


 薄暗くなる街を歩いてると、複数の子供達が寄り集まって1人を囲んでいるのを見かける。


 俺は異世界特有の遊びかと思って気に留めなかったが、隣の彼女には違って映っていたようだ。

 彼女は両手に抱えていた荷物を無造作に地面へ投げ捨て、子供の集団に向かって駆け出す。


「こら! やめなさい!」

 

 周りを囲んでいた子供達に声を荒げて遊び?をやめさせる。そこには怒りの感情が込もってるように聞こえた。

 

 「やべ、逃げろ」とリーダー格の子供が声を掛けたのを皮切りに一斉に逃げ出した。

 多分というか確実にいじめの現場といった所だろう。異世界にもいじめという闇は変わらず存在しているらしい。


 彼女は子供がいじめられている現場を見て、真っ先に駆け出せる人間だと気付いて、途端に彼女が輝いて見えた。

 同時に動かなかった俺が醜く思えてくる……。


 自己嫌悪に襲われつつ、俺は置き去りにされた荷物を抱え、遅れつつも彼女の元へと駆け寄った。


「ねぇ、大丈夫? 痛いところはない?」


 近づくと、ディーネは倒れていた黒髪の少年に優しく声を掛けている場面だった。


 幼い少年の身体には所々に擦り傷や青あざが見られる。まだ治りかけの傷もいくつかあって、定期的にいじめを受けている様子が見て取れる。


「ーー助けていただいて、ありがとうございます。僕は大丈夫ですから、その、失礼します」


 黒髪の少年はふらふらと立ち上がる。そしてディーネによそよそしく礼を告げると、まだ痛むはずの体を無理やり動かして走り去ってしまった。


「行っちゃった……、けど気付けて良かったわ。あ、荷物ありがと」


 助けた相手が逃げるように居なくなってしまったものの、助けられた事にディーネは安堵していた。

 荷物を持った俺に気づくと、僅かに怒りの残る表情を完全に緩めた。


「いや、こっちこそありがとな。俺だけなら見過ごしてたと思う」


 気付いても助けに行けたか定かじゃない。もしかしたら知らないふりをして家まで帰ったかもしれない。

 だから、咄嗟に動けた彼女が眩しく映っていた。


「グレイが荷物を少し持っててくれなかったら、それに気を取られて気付けなかったわ。だから、お互いさまね」


 俺の言葉を受けた彼女は尚も眩しい。


 いじめられている子供を助かる力と勇気と優しさがあって、俺を気遣う余裕まであって……。

 ーー『勇者』というのは彼女のような人を指すのだろうと思わされる。

 決して、異世界から来たことしか能のない俺ではない。



 その後は何事もなくアルムの家まで辿り着く。

 家の明かりがついていて、一足先に彼が帰っているらしかった。

 

 先に俺が扉を開けて家に入る。扉を開けっ放しにしたまま、まずは自分の荷物を玄関の奥へ置いていく。

 彼女の大荷物を置けるだけのスペースを準備した後、手伝って家に運び込む。


 物音に気づいたアルムが玄関に現れ、散らばった大量の荷物を見ると直ぐに嫌そうな顔を浮かべた。


「なんだよこの量は……、さてはお前ら散財したんじゃないだろうな。おい、僕に説明しろ」


「俺の荷物は少ないぞ、殆どがディーネのだ。説明ならディーネに頼む」


 一度聞いた時は秘密と受け流されたが、ようやく彼女の真意が聞けそうだ。


「ふふ、私、ディーネは今日からアルの家に泊まります!」


 昨日は食事からの流れで泊まる事に決まったディーネであったが、今日から正式に泊まるらしい。そう言われるとこの大荷物にも合点がいく。

 旅行とかをするにしても、女子の荷物は多いと聞くしな。


「は? 本気で言ってんのか……、はぁ、付き合い長いからな、それ本気で言ってんだよな知ってるよ」


「仲間と一つ屋根の下で過ごしながら迷宮攻略をしていくなんて、物語での定番をこの私がやらないわけないでしょ?」


 命を預けるパーティーメンバーは言ってしまえば家族よりも強い絆で結ばれているべきである。だとしたら、同居なんて序の口である。

 それに、クエストや迷宮攻略をしてない時は一つ屋根の下で、ゲームをしたり作戦会議したり、憧れる場面は数多くあるのも事実。

 

 彼女の考えを静かに肯きながら同意していると、アルムが俺に話を振ってきた。


「はぁ、どうせ言っても聞かないんだろ。だから僕はいい。けど、グレイはどうだ? お前にも文句を言う権利はあるからな」


「俺は構わないな。そっちの方が面白そうだし」


「お前もそっち側だよな、くそ。だったら仕方ねぇが……、ディーネ! 次からは行動に移す前にひとこと言え。いいな?」


 どちらかと言えば、俺はディーネと同じ楽しさを優先してきたのを学んだのか、前より納得が早くなった気がする。

 アルムは最後に、ディーネに釘を刺すように言った。朝もひとこと言えみたいな話をしていてこれだから、治るかは怪しい。

 というか、ディーネは彼に釘を刺されすぎて覚えてない可能性が高い。

 

「はーい、分かったわよ。次は気をつけます」


「はぁ、さっさとこれ片付けるぞ。お前らも手伝え」


 アルムは俺まで巻き添えにして、片付けを進めるつもりらしい。俺もディーネが泊まる事に賛成したから同罪だという事だろう。


 ディーネ的に例えると、仲間と片付けイベントってのも悪くない。

 今日は本当に色々とあったが、最後に和気藹々と過ごして終わるのもまた悪くないと思った。

 

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