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第8章

「はい、これ」


「え?何これ?」


公美が私が手渡したモノを見てきょとんとした。


「お土産だよ?」


私は休憩室で、公美たちに龍神平のお土産を渡していた。


「ありがとう」「ありがとうございます」


美香と亜美は普通にそう言ってくれた。


「いやいや、ちょっと待って」


「なに?」


「いや、下の温泉饅頭はわかる。でもこのチョコレートは普通のGODI…もが……」


亜美が後ろから公美の口を押さえた。


「そこから先は言っちゃだめです」


「もが……」


「公美、察しなよ」


美香が公美の肩に手を置いた。


亜美に口を押さえられながらも気が付いた感じ。


亜美が手を離すと「ああ……」と呟いた。


私はお茶を用意しながら苦笑した。


「はい、どうぞ」


「ありがと」


美香が包みを開けながらお茶を受け取った。


「あ、珈琲の方が良かったかな?」


「ううん。温泉饅頭の方を食べるから」


美香が見るだけーって感じで蓋を開けていた。


「おおー、美味しそう。これは帰ってゆっくりいただくね」


「どうぞ」


公美の方を見ると、少し落ち込んでいた。


私は公美の後ろに回って、抱きしめた。


「公美ちゃん公美ちゃん、どうしたのかな?」


「結菜……」


公美が振り向き気味に苦笑い。


    

「あたしが結菜に慰められるなんて、さらに落ち込むわ」


「こらこら。私だっていつまでも守られるばっかりじゃないよ」


私は軽く公美の頭に頭をぶつけた、つもりだったが、


ゴツッ


「「痛っ!」」


あまりの痛さに二人で頭を押さえながら座り込んだ。


「結菜!あんたね!何やってんのよ……」


「ごめん……」


私も公美も半べそ。


「あんたらアホだね」


「アホですね」


美香と亜美も呆れていた。


でも……


「ぷっ……」


「ぷっ」「ぷぷっ」「ぷぷぷっ」


公美が吹き出したので、後はみんなで大笑い。


「あははは、お腹痛い……」


「あははは、頭も痛い……」


そんな風にひとしきり笑うと、公美が荒い息を抑えるように胸を押さえて息を整えた。


「あー苦し……でも」


「ん?」


「ありがとね、結菜」


「ううん」


私は溢れる笑顔で首を振った。


「あれ?目が笑ってる?」


公美が私の顔を覗き込んだ。


「え?ほんと?」「ほんとですか?」


美香と亜美も覗き込んできた。


「ちょっとあんたたち!私は見せ物じゃなーい!」


私は両手を挙げて暴れた。



そんな休憩時間になった。


少しは彼女たちに返していこうと思ったけど、やっぱり、まだ支えてもらう方みたい。


でも、ちゃんと前に向けている気がした。



その後、3月初めにもう一回龍神平へ公美たちと行けた。


私はハーフパイプにも挑戦して、とりあえずはクリアできるようになったけど、今シーズンはそこまでだった。


夏もそれなりに楽しめると龍生さんが言ったので、公美が「来ます!」と言っていたから、次に陸たちに会うのも半年経たないくらいかもしれない。


その時、


『早く来たい……』


そんな気持ちが自分の中にあるのに気が付いた。


その時はまだそれは『居場所』としてだと、思っていた。





春になって、街のあちこちが淡いピンクに色付いた。


陽射しも柔らかく、そして暖かくて、それだけで気持ちがふわっとなる。


何もなくても、何かがあるような、新しいことが始まるような……


そんな前向きになる季節。


これが普通。


去年までなら、


『それが普通』


って言ってた。


でも、今は、この冬のおかげで、これが普通と言えた。


私の会社へ向かう足取りは、少し軽く感じていた。



そんな日の夕方。


知らない番号からケータイに着信があった。


私はどうしようか悩んだけど、何か緊急の知らせかもしれないし、とりあえずオフィスの外で出た。


「……もしもし」


恐る恐る答えると、


「あ、結菜さん?」


少し低いけど、軽い声。


「え?その声……、陸君?」


「そうそう。陸。久しぶり」


びっくりした。


「どうしたの?番号は?……あ、さやかさんから?」


「うん、ごめん。勝手に聞いちゃったよ」


「ううん、大丈夫。で、どうしたの?」


私は何とか普通に会話しながら、頭の中では何で陸から電話があるのだろう?とパニックだった。


話し方からは、龍生さんたちに何かあったという感じじゃない。


「実はさ、親父が入院してさ」


「え!?」


今外した想定外の答えで慌てた。


「あ、別に大したことないんだよ。腰を痛めて安静のために入院ってことでさ」


「そ、そうなの?」


「うん。でさ、慌ててこっち来たんだけど、お袋に『必要ない』って言われてさ」


「え?こっちって、今、東京?」


「そう。せっかくだから帰る前に、ちょっと結菜さんの顔見とこうかと思ってさ。今夜空いてない?」


「あ、そういうことね。大丈夫だよ」


ということで、会社終わってから待ち合わせた。


公美たちにも伝えたけど、


「一人で行っておいで。私たちは私たちで飲むから」


と、言って、サッサと行ってしまった。


残された私は引きつった笑いで彼女たちを見送ったのだった。



『顔を見とこうかと』


…………


????


あらためて思い出すと、意味不明な言葉だ。


「まあ、いっか」


私は約束の場所に向かった。





うちの会社は丸の内で、陸の実家とか病院とかは吉祥寺の方なので、私たちは新宿で待ち合わせた。


サザンテラスの方に出て右の方の階段を上って遊歩道に出ると左手にカフェが見えてくる。


冬だとイルミネーションが綺麗だけど、今はお店やビルの窓の明かりだけ。


それでも、サザンテラスの夜景と言われるように、かなり光は多い。


カフェの前に歩いて行って、とりあえずどの辺にいるかと外から覗きこんだら、


「あ……」


すぐ目の前のガラス越しでこっちを見ている陸と目が合った。


陸はニコッと笑うと片手を上げた。


私は、慌てたところを誤魔化すように、そそっと片手を上げて笑顔にしたけど、多分、引きつっている。


すぐに目を逸らすと入り口の方に戻って中に入った。


「ごめん、待った?」


「いや。何か注文しておいでよ」


「うん」


とりあえず、そんな会話をしてから注文カウンターに行った。



何か、今の会話って……


ちょっと、顔が火照った気がした。


注文したカフェラテを受け取ってから、陸のところに戻ると、彼は頬杖をついて窓越しに外を見ていた。


その表情が微笑むように柔らかくて、私は見惚れてしまった。


陸がガラスに映った私に気付き、こっちを向いた。


「結菜さん?」


「あ、ううん」


首を軽く振りながら彼の前に座った。


「久しぶりだね」


笑顔で言ったが、なぜか、心臓がバクバクしてる。


「久しぶり。さっきはどうかした?」


「ううん。陸君、何か考え事してるのかな……って思っただけ」


そんな自分を抑えて、平静を装い、そう誤魔化した。


「別に。ただ、この辺も大分変わったなって見てただけ」


「あ、そっか。こっちが、地元だもんね」


あらためてそれを認識した。


私の中では、彼は龍神平でしか会わないはずだった。


「高校出てからずっと向こうだけどさ」


陸は何かを思い出すように視線を遠くにした。


「あ、そうそう。何で龍神平に住むようになったの?」


笑顔が消えそうになったので話題を変えた。


「親父がスキー好きでさ、子供の頃から滑ってはいたんだ。で、高校ではスキー部に入って、あそこには大会で何度か行ったらさ、雪質とか町の雰囲気とか、いろいろ気に入っちゃって。卒業してバイトを始めたのがスノーエッジだったんだ」


「ああ……」


「だから、そのまま」


「そっか……」


話題を変えたつもりが、まずい方へ行き始めたので、


「ほんと、いいところだよね」


あえて、笑顔で言った。


が、


「ぷっ……結菜さんって、目が笑ってないよね」


って、陸が吹き出した。


「ちょっと!陸君、ひどい……」


頬を膨らませて拗ねた。


「あははは、うそうそ」


「もう……、で?今日はほんとは何かあった?」


まだ拗ねながらも聞いた。


「あ、まあ……」


私はカフェラテに口を付けながら、陸が話すのを待った。


「とりあえず、明日帰るんだけどさ」


「うん」


「ほら、結菜さんはさ、茜の墓参りをしてくれたわけじゃない。でさ……」


陸の言いたいことがわかった。


「ああ、そういうことか……」



『顔を見とこうかと』



陸の言ったセリフが、頭の中で淡くなり、輪郭を失っていった。


「あのね」


「ん?」


「私もまだ彼のお墓参りに行ったことがないの」


「え?」


陸が思ったよりびっくりしていた。


「何で?」


「向こうのご両親がダメだって。……もう忘れなさいって」


陸は表情をゆっくりと変えていった。


「……そっか」


少し視線を落として呟くように言った。


「ご両親……、優しいんだな」


そう言うと私を見て、柔らかく、でも、もの悲しげに微笑んだ。


「うん」


私はそれを実感するように、頷いた。


「わかった。この話はなしね」


「うん。でも、ありがとう」


私は自然にそう言えた。


その後も、自然にいろんな話ができていた。


あんな出会い方をしたのに、それに、二人の元々の関係は……


それなのに、この雰囲気が不思議だった。




「ところで、この後どうするの?晩ご飯とか」


私は時計を見た。


「ああ、考えてなかった。実家に帰って食べるよ」


陸はお墓参りのことだけ聞こうと思ってたみたいだった。


「お母さんは帰ってるの?」


「いや、遅くなるから勝手に食べろって言われた」


「じゃあ、せっかくだから何か食べようよ」


前の私だったら言えないセリフ。


「そう?いいよ。何食べる?」


「じゃあ、そこのデパートのレストラン街に行こうよ」


「OK」


私たちはカップを片付けると、鉄道の上の橋を渡った先のデパートへ向かった。




橋を渡りながら陸がその夜景に目を向けていた。


「大分変わった?」


「うん。大分変わった」


「そうだよね。こんな風になるのあっという間だったよ」


私はすぐ横の高層ビルを見上げた。


「すごいね」


陸の本当にただただ感心してる雰囲気に、


「ぷっ」


「え?な、何だよ」


「ううん」


軽く首を振った。


「陸君がさ、私の横で素直に感心してる雰囲気がさ、何となく」


「何で?全然わかんね」


陸は軽く口を尖らせた。


「いいの。気にしないで」


私は可笑しくてまた吹き出しそうになるのを抑えながら、手を振った。


「ちぇっ」


陸はそう言いながらも、また夜景に目を向けていた。


私は、ただ、彼とこんな風に普通でいられることが嬉しかっただけ。


本当はあり得なかった関係。


どうしても、それが心の奥底にあるからだった。


前を向いて行こう。


ただ、そう思った。




デパートの中に入って、エレベーターホールでレストラン街直通の前に並んでいた。


ふと、視線を感じて振り返ったけど、


「結菜さん、エレベーター来たよ?」


「あ、うん」


感じた視線に引きずられながらも、陸とエレベーターに乗った。


奥に入って振り向こうとした時、ガヤガヤとした雰囲気と共におばさん達の集団が乗り込んできた。


おばさん達に潰されかけた時、陸が私の前に向き合って立つと、後ろの壁に手を突いてそれを防いでくれた。


こ、これって壁ドン?


とか思ってると、その圧力は凄くて、片手で支えきれなくなった陸は肘で支える感じになった。


ち、近い……


ちょっと上を向くと、すぐそこに陸の顔があった。


「結菜さん、ごめん。すげーわ、これ」


そう言って陸が私を見ると、ほとんどくっ付いている状態で見つめ合ってしまった。


なぜかすぐには、その視線を外せなかった。


でも、自分の顔が火照ったのがわかったから顔を横に向けた。


陸も同じ感じだった。


チラッと見ると、陸の顔も真っ赤だった。


「ぷっ」


私は少し吹き出すと、顔も隠せるし陸の胸に頭を付けて笑いを堪えた。


「おいおい……」


すぐ上から陸の照れた感じの声。


でも、陸はそのままにしてくれた。


普通ならこんなコトできるわけがなかったけど、すぐ近くで目が合うよりはマシだと思っていた。


そのまま私が視線を外さなかったら、陸の方がこっちを見られずに私の勝ちだったかもしれないけど。


ちょっとそれも無理だった。



こうして陸の胸に頭を付けていると、彼の鼓動が聞こえてくる気がした。


すると、実際には聞こえていないのに、何か心が落ち着いてきた。


顔の火照りも消えていったのがわかった。


私は、この守られた感じに安心感を覚えていた。




「やばい、あれくらい支えられないって……、もっと鍛えなきゃ」


エレベーターを降りると、陸が悔しそうな顔で腕を回していた。


「いやいや、陸君の腕を折るくらいあのオバさま方の圧力が凄かったということだよ」


私は笑った。


「まあ、今回はそういう事にしとくわ。で、何が食べたい?」


陸がお店の案内板を見始めた。


「あのね、ここだと行きたいお店があるんだけど」


少し躊躇しながらも言った。


「ん?どこ?」


私は陸をその店に連れて行った。




「ガレット?」


陸は店の前のメニューを見て少しきょとんとしていた。


「焼き過ぎのクレープ?」


「こらこら……まあ、そんなものかな……」


と、苦笑したところで、ふと気が付くと、お店の店員さんが、少し引きつった笑顔でこちらを見ていた。


彼は軽く深呼吸して表情を整えるとニコッとした。


「すぐにご案内できますが」


プロだ……


陸がガレットでいいのか決めかねているまま、何となく席に案内されることになった。


席に着くまで、店員さんは、この店のそば粉のガレットの事を丁寧に説明してくれていた。



「では、ごゆっくり」


と、彼が去っていく後ろ姿を見送ると、


「何かごめんね」


「いや、元は俺だし……」


二人で頭を下げ合うことになった。


「で、ここで良かった?」


渡されたメニューを広げて陸を見た。


「へえ~、美味しそうじゃない」


陸はメニューを見て舌鼓を打つ感じだった。


「でも、ちょっと高いね」


「あ、ここは私が出すから」


私はメニューから目を離すとニコッとした。


「え?それは悪いよ」


陸が軽く視線を上げた。


「いいよ、わざわざ来てくれたんだし、ここはお姉さんに任せてよ」


私は胸を軽く叩いた。


「いや、結菜さん、確かに年上だけど、女性に奢られるのは男としてはちょっとね」


陸がまたメニューに視線を戻した。


ちょっと驚いた。


「へえー、陸君って古風なんだね」


私は目を点にしながら水を一口。


「古風?なんだそれ?」


陸はさすがにメニューから目を離すと苦笑した。


「いやいや、で、決まった?」


「ああ」


「そっか」


私は手を挙げて店員を呼んだ。


それぞれの注文をして、一息つくと、私は店内を見回した。


「ここ、一度来たかったんだ」


私は呟くように言った。


「え?初めてなの?」


「え?うん」


私は少しきょとんとしながら頷いた。


「そっか、来られてよかったね」


陸が微笑んだ。


今の一瞬の間は……


多分、颯太と来ていた場所だと思っていたらしい。


そのことを流してくれた陸の気遣いに、私はまた微笑むことができたのだった。




結局、陸は自分の分を出した。


少し高いのはわかっていたから、誘った方としては出すべきだとは思っていたけど、彼の気持ちを無視してまで奢っても意味はないと思った。


陸はそば粉のガレットを気に入ったみたい。


「また来ような」


と、彼が言ったけど、社交辞令のはずなのに、『また』っていつなのかな……と、頭の中で考えていた。





私たちは、帰る方向が違うので、新宿駅の改札の中で別れた。


陸は改札からまっすぐ中央線のホームで、私は右端のホーム。


その中央線のホームへの降り口で別れた。



「じゃあ……」


陸がそう言って軽く手を挙げた。


「うん。……またね」


私は、そう言った。


今度の冬も会うし、下手すると夏も会うかもしれないし。


手を振ってそれぞれの方向に歩き出したけど、私はもう一度軽く振り返ると、陸が階段を降りて行くのをそのまま見ていた。


陸の背中をそのまま見送るつもりだった。


なぜか、お祭りの後のような名残惜しさを感じていたから、ただ、この時間を少しでも伸ばそうとしていただけかもしれない。


でも、陸は下に降りると、そのまま立ち止まった。



あれ?


私は心の中の思いから陸に意識が移った。


そのまま見ていると、陸がこっちを振り向いた。


わわわ!


目が合って、私は慌てたけど、陸の表情もだった。


私は誤魔化すようにまた手を振って、陸もそんな感じで手を振って、階段の屋根の部分でお互いが見えなくなるまでそれは続いた。



「あ~びっくりした」


陸の姿が見えなくなって、胸に手を当て溜め息を吐いた。


まだ胸はドキドキしている。


でも、何か急に可笑しくなって、私は一人で吹き出しながら、ホームの方へ歩いて行った。






数日後、太一からSNSで連絡があった。


休みの日に会わないかということだった。


別に予定がなかったので、次の土曜日に会う約束をした。



「よお」


待ち合わせ場所の新宿御苑の千駄ヶ谷門に行くと、太一が先に来ていて、軽く手を挙げた。


「やあ」


私も同じように手を挙げた。


「良い天気でよかったねー」


私は雲一つない青空を見上げた。


陽射しもぽかぽかで、心をふわふわとさせる。


「そうだな」


太一も笑顔で見上げた。


ここは太一と何回も来ている。


颯太を失ってからだけど。


今までは、その日に天気が良いと呼び出されたものだった。


だから、ここに来る時は天気の良い時しか知らない。


だから、そういうコト。



「天気悪かったらどうしようかと思ったよ」


太一がチケットを差し出した。


「そうだよ。どうしようと思ってたの?」


それを受け取りながら、少し口を尖らせた。


「ごめんって言って途方に暮れようかと思ってた」


「なんだそれー!」


太一をど突いた。


そしてはしゃぎながら、二人で改札を抜けて中に入った。



中に入ると変わる空気感。


柔らかな木陰と、ぽかぽかの日向。


どちらも心地良さしか感じない。


ど突いてる手を下ろすと、私は無言になった。


太一が私の方を見た。


「やっぱり、ここ好き」


「そっか」


太一が笑った。



あの頃は、太一も私を笑顔にするために一生懸命だった。


天気の良い時にここに私を連れて来ることは、その中で見つけた方法の一つだった。


それは、確かに効果があった。


この雰囲気に、思考が止まるし、心地良さは否定できないし、傍に誰か居たわけだし。


そういう意味でここに来る時は、悟史は来ない。


はっきり聞いたことはないけど、多分、他にもう一人居ると、その二人で話して……と、なるからだと思う。


二人きりなら、お互いぼーっとしてもいいし、話そうとすれば話せる。


目的を考えれば、二人の方がいいと思う。


まあ、今は悟史が居ても大丈夫だけどね。



私たちはフサフサと揺れる暖かそうな芝生に誘われた。


もちろん、ほぼそれが目的なので、太一が下に敷くシートを持ってきてくれている。


ビニールシートだと、ガサガサと気持ち悪いから、わざわざ布製のやつ。


二人がくっ付き過ぎないように、少し大きめ。


少し重いと思う。


いつもありがとうと思いながら、太一が敷いたシートにゴロンと横になる。


「はえーよ」


「いいじゃん」


私は大きく手を挙げたまま、視界一杯の青色を見ていた。


「しょうがねえなぁ」


太一もゴロンと横に寝た。





風が優しく頬を撫でている。


全身に陽射しを浴びて、ぽかぽかと暖かい。


視界が青空だけで占められているから、逆に周りの音が存在感を増す。


さわさわと、風が撫でている草の音とか、木々の方から鳥の鳴き声とかが聞こえる。


心がゆっくりと暖められて柔らかくなっていく。


気を抜けばすぐに寝てしまいそうだった。



「気持ちいいね」


「ああ」


太一も同じように感じてるような声だった。


しばらく言葉はいらなかった。


少しして、


「なあ、結菜」


太一が上を向いたまま呼んだ。


「なに?」


私もそのまま答えた。


「この間さ、見たんだ」


「何を?」


顔を太一に向けた。


「あいつと居るとこ」


「え?……あ、エレベーターの前?」


あの時の見られている感覚に思い当たった。


「ああ。声を掛ける前にお前たちが行っちゃったからさ」


「そっか、あの時か」


私はまた空を見上げた。


太一は少し何かを言いあぐねている感じだったけど、


「なあ、結菜」


やっぱり上を向いたまま言った。


「うん」


「あいつを……好き、なのか?」


「はあ!?」


私はガバッと起き上がると太一の顔を見た。


多分、私なりに目が点になってる。


太一は寝たまま私の視線から逃げた。


本当に言いにくいことを聞いて戸惑っているのはわかるけど、


「何でそうなるのかなあ!?」


私は思いもよらない質問に少し怒っていた。


「あの日はね、彼から呼び出されて会ったんだけどさ、私が茜さんのお墓参りに行ったから、彼もそうしたいという話だったの!」


「え?そうなのか?」


太一が起き上がって、少し情けない顔で私を見た。


「そうだよお」


私はあらためて最初からの状況を説明した。




「そっか、すまん。勘違いした」


太一が頭を下げた。


「まあ、食事に行ったのは余計かもしれないけどさ、時間も時間だし、わざわざ来てくれたのにお礼のつもりもあったし、あそこのガレット食べたかったし……」


最後は少し恥ずかしげな言い方に……


「わかったわかった、すまん!」


太一がもう一度私の前で手を合わせて頭を下げた。


「わかってくれたのならいいよ」


私は少しむくれた感じで口を尖らせた。


「そっかぁ、そういうことかぁ」


太一はそう言いながら頭の上で手を組んでまたゴロンと寝転んだ。


「なんかさ、すごく二人の雰囲気がいい感じだったから、勘違いしちゃったよ」


太一はホッとしたように息を大きく吸い込んで、目を瞑りながら言った。


雰囲気がいい感じ?


「ほんと、バッカじゃないの」


私も同じようにゴロンと寝転んだ。



でも、口ではそう言いながら、ふとあの時の雰囲気を思い出していた。


陸との会話、出来事、お互いの表情。


客観的にどうだったか……


確かに、太一が勘違いしてもおかしくないかもしれない。


思い出しているうちに、その風景は陸の顔ばかりになった。



風景を見つめていた時の顔。


恥ずかしそうに赤らめた顔。


悔しそうな顔。


美味しそうに食べる顔。


慌てた顔……



「どうした?」


太一の言葉に、慌てて記憶の風景から青空の風景へ意識を切り替えた。


「ただ、この視界が気持ちいいなーって」


そう、誤魔化した。


「そうだな」


太一はそのまま受け取っていた。


でも、


『陸って、私にとって何なんだろう……』


頭の中ではそのコトが浮かんで、それが離れなくなってしまった。


私にとって……


そんなコトを考えたって、意味がないことだし、答えも出るわけもなく、


太一のばか……


そう思ったけど、とりあえず、ど突くのはやめた。


変なことを考えるより、今のこの陽気の中にいるコトを考えるようにした私だった。




日向ぼっこや森っぽいところを散策したり、のんびり過ごした後、夕方の柔らかい光の中でそろそろ帰ろうかとなった。


「太一、今日ものんびりできたよ。誘ってくれてありがとね」


私は大きく伸びをした後、太一の肩をポンと叩いた。


「いいさ」


太一は、その叩いた肩の方に視線を向けたまま言った。


「あ、ごめん。痛かった?」


「……いや、そうじゃない」


「え?」


太一が真面目な顔になっていた。


「な、何よ。どうしたの?」


その表情に戸惑ってしまった。


「あのさ……」


何か言いにくそうなので、とりあえず、待った。


「俺じゃ、ダメかな……」


「何が?」


「だから、……傍にいるのがだよ」


太一は視線を外して言った。


「……え?」


太一の言いたいことの意味が分かるまで、少し時間が掛かった。


「え?ちょっと待ってよ、太一……」


「俺は、本当は、お前のことずっと……」


太一はその先を言えなかった。


でも、それはもちろん分かった。


私は頭の中が真っ白になった。


太一とは、ずっと友達で、仲間で、颯太を失ってからは、ただ支えてくれているんだと思っていた。


そんな風に思われているなんて、夢にも……



「……太一、ごめん」



私は太一に背を向け、歩き出してしまった。


「結菜!」


呼び止められても、私は振り向けなかった。


太一は追って来なかった。


私は足早に、その場を去った。


私は逃げてしまった。


最悪だ……




気が付いたら、家に帰っていた。


カーテンも閉めていない。


明かりも付けていない。


私はソファーから立ち上がると、カーテンを閉めて明かりを付けた。


その眩しさに目を細めた。


またソファーに座ると、横のクッションを抱きかかえた。


何だろう……この喪失感。


いつも傍にあって、安心できて温かかったものが、急に無くなってしまったみたい。


「やっぱり、言葉って怖いよ」


そう、たった一言で、こんな気持ちに……


私は思い出すと、居ても立っても居られなくなった。


テーブルの上のケータイを取った。


誰に……


私は履歴の中から一つの名前に目が留まった。


私はその名前を押してケータイを耳に当てた。


呼び出し音が2回鳴って、相手が出た。


『もしもし、結菜さん?』


「…………陸君」


『え?どうした?』


私の元気のない声にすぐ反応してくれた。


すごく嬉しかったけど、ハッとした。


「あ、ごめん……」


『何かあった?』


何かを察したのか、あえて優しく言ってくれた。


そんな陸の対応が温かくて戸惑ったけど、思い直した。


「えっと、着信履歴、間違って押しちゃった」


『え?ほんとに?』


「ほんと、ほんと」


明るい声にして苦笑気味に言った。


「ほら、一度掛かったらさ、ちゃんと間違いって伝えないと何かと思うでしょ?」


『そうだな。何かあったと思った』


「だよねー。ごめ~ん」


さらに戯け気味に言った。


『そっか』


「うん、ごめんね。じゃあ切るね」


『あ、結菜さん』


「ん?なに?」


耳を離し掛けてまた当てた。


『本当に、いいの?』


「え?何を?」


私は惚けた。


『……わかった』


陸のそう言った声は真面目で優しかった。


『何かあったら、いつでも架けてきて』


「…………ありがとう」


『声を聞けてよかった』


「え?」


陸のその言葉は思いも寄らなくて、かなり動揺した。


そして、


「うん、私も」


そう言った自分にさらに驚いた。


「じゃあ、切るね」


『ああ、またね』


「うん、じゃあ」


『……また、間違い電話待ってるよ』


「え?」


そこで切れた。


私はしばらく呆然としてたけど、軽く溜め息を吐くと、


「陸、ありがとう」


と、呟いた。


そして、今自分の中にあるものにどう接していいか、分からずにいた。



ただ、もう少し気持ちが落ち着いたら、太一とちゃんと向き合わなくちゃ……


陸との電話で、そう思えた。





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