第7章
公美たちとの新年の飲み会は、龍神平から帰ってきた翌日にやった。
いろいろ聞かれて、たくさん話をした。
連休明け初日で時間をセーブしたので、話しきれなかった感じだった。
公美たちは、はしゃぐような感じで私の話を聞いてくれていた。
そして、しばらくしてから太一たちと飲み会をした。
同じ様に話したけど、太一と悟史の表情は複雑だった。
私が元気になったことは喜んでくれてるけど、陸や龍生さんたちとのことは、どう受け入れたらいいかわからない感じだった。
「なあ、結菜」
太一がジョッキの取っ手を持つ自分の手を見ながら、言いにくそうに声を出した。
「ん?」
私が少しとろんとした視線で太一を見つめると、彼は一旦合わせた視線を外した。
「いや、何て言うか……、お前がさ、颯太の……何だ、ほら、……償い、をする必要はないんだぜ?」
かなり言いにくそうに、視線を外したまま言った。
悟史も、下を向き気味にゆっくり頷いた。
償い、か……
確かに、太一たちからすれば、陸たちは颯太が死なせてしまった、ある意味被害者の家族。
私が償いをしているように見えるのだろう。
「あのね、それ全然違うの」
「え?」
太一と悟史が私を見た。
「償いとか、全然そんなんじゃないの」
「じゃあ、なぜ彼らと関わるんだ?」
太一の疑問ももっともだ。
「それは、簡単に言えないけど、そうだな……」
私は言葉を探した。
そして、一つの言葉が頭に浮かんだ。
「あのね、あそこは、私にとって居場所の一つになったの」
「居場所?」
二人ともちょっと怪訝そうな表情を浮かべた。
「それは、被害者同士で……何て言うか……」
太一はそこで口籠った。
それは太一の優しいところ。
悟史も太一と視線を交わして黙っていた。
同じことを思ったのだろう。
「傷を舐め合うってことじゃないよ」
「そうなのか?」
悟史が少し目を開いた。
「うん」
私は自分でも実感するように一度頷いた。
「龍生さんたちは、悲しみを深く沈めて、前を向いて歩いてるの。人を責めたりしない。だから、私はそんな彼らに勇気をもらってる」
「前を向いて……」
太一が繰り返した。
「うん。だから私は、お互いの悲しみを共有するとか、そんなことじゃなくて、ただ単純にそこに居たいと思ったの」
「そっか」
悟史が、言いたいことがわかったという感じで言った。
そして、太一の肩を抱き寄せて、ぽんぽんとすると、
「だってよ」
と、太一に言い聞かせるように言った。
「そっか……、それならいいのか。そっか」
太一も何となく理解した感じだった。
太一の方が心の整理が付いていないのかもしれないと思った。
「ほれ、その残ってるの飲んでしまえ。すみませーん!生2つ!」
悟史が自分の残りも飲み干してジョッキを挙げた。
「お、おう」
太一も少し残っていたのを一気に空けた。
私はそんな二人を見ていて、優しいなぁと笑みを零していたのだった。
「で、来月の、ほら……14日はどうするんだ?」
太一がやっぱり聞きにくそうに言った。
「命日?」
「……そう。それ」
そこまで言って太一はごまかすようにジョッキをぐいっといった。
「やっぱりお墓には行けない」
「そっか」
太一も悟史もそうだよなという感じ。
「でも、龍神平には行こうかと思ってる」
「え?」「え?」
二人の声がハモった。
「何度かあそこで手を合わせてるから、それくらいならって」
「そっか」
太一の呟きに、悟史も軽く頷いていた。
「で、平日だよな。一人で行くのか?」
悟史がカマンベールにフォークを刺しながらこっちを見た。
「あ、うん。そのつもり」
「そっか」
悟史は口にそれを放り込んで、ワインに口を付けた。
そして、「やっぱ、美味いわ、これ」と言いながら微笑んだ。
とりあえずは、大丈夫そう。
後は、飲んで食べて、残りの時間を楽しんだ私たちだった。
2月14日。
私は2日休みを取って龍神平へやって来た。
またさやかさんの家に泊まらせてもらえることになったし、ボードとかもそのまま置いてもらっていた。
でも、荷物は少し多かった。
公美たちも、龍生さんたちがいるから、余り心配していなかった。
亜美だけは、
「私も一緒に行きます!」
とか、言っていたけど、公美たちに、
「あんたは結菜の代わりに仕事!」
と、言われ、
「えー?結菜先輩が心配ですー」
と、返していたが、
「あんたが頑張れば、結菜が安心して行けるでしょ?」
と、言われると、
「あ!そうですね!私、結菜先輩が安心して行ける様にがんばります!」
と、やる気を出していた。
ほんと、いいヤツ。
そういうことで、私は安心してここに来られた。
「さやかさん、またお世話になります」
早朝に着いた私は、さやかさんの家の玄関で頭を下げた。
「うん、いいよー。ぜんぜん」
本当にこれくらい何でもないという感じに、私は甘えられた。
「私はお店に行くから、後はモーニング終わるまで自由にしてて。テーブルに朝ごはん用意してるから食べてね」
そう言って玄関で靴を履き始めた。
「ありがとうございます」
「あと、靴はこれね」
横のショートブーツを指差した。
「はい」
「結菜さん」
靴を履いてさやかさんが振り向いた。
「はい」
「わざわざありがとね」
普通の笑顔でそう言った。
「いえ」
私も、目は笑えてないかもしれないけど、そんな笑顔で答えた。
さやかさんは微笑んだまま、手を振りながらドアを閉めた。
私は茜さんのお墓参りに参加したいと龍生さんに伝えていた。
龍生さんは、
「そっか、ありがとう」
と、普通に言ってくれた。
代わって電話に出た陸も、
「……ありがとな」
と、言ってくれた。
頭を掻きながら言った雰囲気だった。
颯太の方は、私一人で、あの場所で手を合わせるつもりだった。
お墓参りはモーニングタイムの後だと聞いた。
私はさやかさんの用意してくれた朝食を食べて、持ってきた喪服に着替えた。
荷物が多かった理由はこれ。
着替え終わると、リビングのソファーに座った。
庭向きのソファーからは、きれいな雪山の景色が見えていた。
天気も快晴。
真っ青な空で、光に溢れていて、そんな柔らかな空気感が、こんな服を着ている私の心をそっと支えてくれていた。
部屋の中を見回して、ここにいることを感じた時、亜美があの時誘ってくれなかったら、一生知らなかった場所なんだと思えた。
だから、亜美に
『ありがとう』
と、一言SNSを送った。
すると、すぐに返事が来て、それに返信するとやり取りが終わらなくて、どうしようかと思った。
でも、中途半端な会話で亜美からの返信が途絶えた後、
『ケータイ取り上げた』
と、公美からのSNSで状況判明。
そして、
『結菜はゆっくりしてね』
と、美香からのSNSで締めくくられた。
私は二人に、
『ありがとう』
と、返信すると、スリープボタンを押した。
暗くなった画面に映る自分の顔は笑顔だった。
でも、
「目が笑ってない……」
そう呟いた後、一人でケラケラと笑ったのだった。
モーニングタイムが終わった頃、スノーエッジに行った。
普通のパンプスだと雪道をまともに歩けないので、さやかさんがショートブーツを用意してくれた。
お店の入り口を見ると「close」の看板が掛けられていた。
ドアを開けると、龍生さんが軽く微笑んだ。
「よく来てくれたね」
「いえ」
私は軽く頭を下げた。
店の中には龍生さん、さやかさん、陸、そして真美さん、店の人だけだった。
陸と目が合った。
「ありがとな」
少し視線を逸らし気味で言った。
「ううん」
首を振りながら、他に言える言葉は思い付かなかった。
「じゃあ、行くか」
龍生さんがそう言ってコートを羽織った。
他のみんなも。
みんな喪服。
少し目立つ集団だったが、途中で会った地元の人らしい人々は、皆何も言わずに頭を下げていた。
みんな知っていることだった。
ただ、私を見ると、その表情は首を傾げる感じだった。
私が誰かは、ここにいる喪服の人たちしか知らないことだった。
お墓は、温泉街から離れているとはいえ、そんなに遠くはなかった。
お寺の山門を抜けて行くと斜面に段々に並ぶお墓が見えた。
少し上の方まで階段で登り、横に歩いていって、黒い墓石の前で龍生さんが足を止めた。
神崎家の墓と彫られていた。
みんなでお墓を綺麗にして、お花とお供え物を置いて、線香を焚いた。
私は、一歩下がって龍生さんたちがお参りするのを見ていた。
横を見ると墓碑に茜さんの名前が彫られていた。
享年22才。
胸が締め付けられた。
若すぎる。
あの日が無ければ、彼女はまだここにいた。
私があんなことを言わなければ、彼女はまだ……
「結菜さん?」
ふと気がつくと、陸が私を見ていた。
龍生さんもさやかさんたちも。
「あ、ごめんなさい」
私はお墓の前に立って、手を合わせた。
その時間は、思ったより長かったかもしれない。
でも、龍生さんたちは急かすことなく、終わるのを待ってくれていた。
目を開けて手を下ろすと、龍生さんがあらためて「ありがとう」と言った。
笑顔だけど、それは……
「いえ」
やっぱりそう言うしかなかった。
陸を見ると、ただじっとお墓を見つめていた。
こんな時、お墓参りって何だろうって思う。
忘れようと押し留めていた悲しみを、嫌でも思い出させる。
龍生さんでさえ、何かの表面をなぞっていた角度を間違えて、中に沈んでいくかもしれないと思えた。
だから、陸は、意識をお墓に囚われ続けている。
龍生さんたちから聞いた話を思い出しかけた。
それを認識したら、また落ちて行く。
私はゆっくり振り返って意識を景色に向けた。
濃い青色と白色のくっきりしたコントラスト。
すぐに取り込まれた。
気が付くと、みんな同じものを見ていた。
気持ちは一緒だった。
スノーエッジに戻って、さやかさんがみんなに珈琲を淹れてくれた。
「温かくて美味しい……」
思ったより冷えていた身体に、その味は沁みた。
それを飲んでいる間はみんな無言になるかと思ったら、
「今日は良い天気で良かったよね」
と言って、さやかさんが私を見た。
「ええ、雲一つない青空が綺麗でした」
「何かさ、結菜さんが来る時ってこんな快晴が多いのよね」
「そうなんですか?」
「そうそう。だって雪が降るんだから曇りも多いのよね」
「私、晴れ女ですね!」
と、二人で楽しい会話になってきたら、
「ぷっ。一回だけ遭難するほどの吹雪だったけどね」
と、陸が噴き出した。
「あ、陸君ひどい!」
そして、みんなで大笑い。
そんな雰囲気が続いて、みんなが珈琲を飲み終えた頃、
「じゃあ、みんな着替えてランチの準備よ」
と、さやかさんが、ニコッとした。
それを合図に、各自動き始めた。
そこでさやかさんと目が合った。
彼女は一呼吸置いて、
「ありがとね」
と、言った。
「いえ、さやかさん、さすがです」
と、私は答えたのだった。
私もさやかさんの家に戻って着替えた。
着替え終えて、ソファーに座ってひと息吐いた。
さっきのことを思い出して、さやかさんがいればみんな大丈夫と、思えた。
そんなさやかさんを誰が支えるのか……
確かに、茜さんのことに関しては、さやかさんが龍生さんを支えている感じだけど、他のことでは、きっと龍生さんが支えているんだろうな。
そう思えた。
午後からゆっくり行くつもりで普段着に着替えたけど、庭の方を見ると、さっきの青空が続いていた。
出ておいでよと、誘われた。
「私も行くか……」
そう呟くと、着替えるために二階に上がった。
私は永坂ゴンドラを降りると、神ノ平ゲレンデを滑って行った。
こうして、危なげなく滑っている自分が不思議だった。
ボードを左右に振ると、その度にパウダースノーが弧を描いた。
掛ける荷重に強弱をつけると、その弧の描き方も変わる。
滑るだけなら、そんなこともできるようになっていた。
でも、失われた時間を悔いても仕方がない。
私はそのままモンツァコースまで滑って行った。
コースへの入り口で、一旦止まったけど、すぐにその急な所を滑り降りた。
もう、怖くない。
そして、あの場所まで一気に滑った。
ジャンプ台を過ぎた所でザザーッと雪を飛ばして止まると、ボードを外した。
オレンジのネットの所まで行ってボードを立てた。
目の前は真っ白なコース。
過去の事はもう想像にも浮かばない。
いや、浮かばせない。
私は大きく深呼吸をすると、頭の中も白くして、手を合わせた。
颯太……
ごめんね、そこで一緒にいてあげられなくて……
私、颯太の代わりにたくさん滑るから。
それで、許して……
そんなことを思っていた。
まだ手を合わせている時に、上から滑り降りて来る音がして、慌てて手を下ろした。
「結菜!」
「え?」
名前を呼ばれて顔を向けると、二人のスノーボーダーがすぐ手前で止まった。
二人はすぐにゴーグルを頭に上げた。
「え!?太一と悟史?」
「おお、お前が行くって行ってたからさ」
「俺たちもと思ってな」
二人は少し真面目な顔を見合わせた。
「びっくりしたよ」
「とりあえず、俺たちもいいか?」
太一がジャンプ台の方を見た。
「うん」
二人はボードを外すと、並んで手を合わせた。
私はその横で、青い空を見ていた。
「真っ白だな……」
太一が呟いた。
「ああ、そうだな」
悟史も呟くように言った。
「あれから3年か……」
「早いな」
「ああ」
そんな風に二人で話していたが、私はそんな二人の時間に寄り添っていた。
「結菜」
「ん?」
会話が途切れて少しして太一が笑顔を向けた。
「今日はこの後どうするんだ?」
「滑るよ。もちろん」
私も笑顔で答える。
「そうだよな」
「滑るよな」
と、悟史。
「もちろん」
三人で顔を見合わせて、にやあとした。
「じゃあ、お前の滑りを見せてもらおうか」
「見せたげるよ。付いといで」
そう言って、私はボードをはめて滑り始めた。
「おい!待てよ!」
「やなこった!」
私ははしゃぐように滑って行った。
後ろの方から「置いてくなー!」と太一の大きな声がした。
悟史は多分横でやれやれと肩をすくめてる。
下に降りると、また神ノ平ゲレンデへ上って、さらにみはらしコースまで上った。
そこから神ノ平ゲレンデの下の方まで3人でロングクルージング。
とりあえずカレー屋さんの近くで止まった。
「結菜!すげーじゃん!」
「マジ、びっくりした」
太一と悟史が本当に驚いたという顔で見た。
太一ならわかるけど、悟史までそんな顔だったので、私は吹き出した。
「お前、ほんとすげー!」
そう言いながら太一が私の腕を叩いた。
「痛いってば」
「いや、ほんとすげー!」
そう言って太一がバンバンと叩いてきた。
「もうやめてよー」
と、二人ではしゃいでいる時だった。
「何やってるんだ!」
「え!?」
「うわっ!」
私と太一の横に赤いツナギのウェアが滑り込んで来た。
太一がバランスを崩して転けた。
私も転けかけたけどその赤いウェアの人に支えられた。
「結菜さん、大丈夫か」
「え!?あ、陸君!?」
「何だよ、お前!!」
太一が悟史に支えられて起き上がると陸に殴り掛かろうとした。
「だめ!太一!」
「え?」
太一は殴ろうと後ろに振り上げた手を止めた。
「陸君、この二人は友達だから」
「え?そうなの?」
陸がきょとんとした。
どうやらナンパされてるか絡まれてるかと思ったらしい。
「結菜、知り合いか」
太一が私を見た。
「うん、ほらあの……」
「ああ……」
その言い方に太一も悟史もわかったみたい。
顔を見合わせて、少しバツの悪そうな感じになった。
その雰囲気で陸も思い当たった。
「あんたら、もしかしてあの時一緒にいた……」
太一と悟史は視線を外したのでそれを肯定していた。
「ふざけんなよ!」
陸がキレた。
私と違って、陸にとって二人は許せる存在じゃなかった。
陸が二人に殴り掛かろうとした。
「だめ!陸君!やめて!」
私は陸に抱きついて止めた。
「結菜さん、離してくれ!こいつらは許せない!」
「陸君、だめ!だめだよ!」
「離してくれ!」
「だめ!」
「結菜さん!」
「だって!!」
私の叫びに私に抱きつかれたまま陸が顔を向けた。
「だって!悪いのは私だもん!!」
「!!」
陸が動きを止めた。
「だって、悪いのは、私があんなことを言ったから……」
「結菜さん……」
陸は力を抜いたけど、私はそのまま抱きついたまま……
そして、その力も抜けて、その場でうずくまった。
「私が悪いんだもん……」
涙が溢れた。
薄れていたあの思いが胸いっぱいに広がり始めていた。
「だから、それは違う……」
陸がそう言いながら、私の横にしゃがんで、手を伸ばそうとしても触れることができず戸惑っていた。
「結菜、彼の言うとおり、それは違う」
哀しそうな目で太一もそう言った。
陸が驚いたように太一を見た。
太一はそれに口元だけで応えながら、私の前に膝をついた。
「結菜、あれはお前の言霊のせいなんかじゃない。俺たちが、颯太を止められなかったのが悪いんだ」
太一が私の肩にそっと手を置いた。
その横で悟史が、
「本当にすまない。あの時、俺たちが颯太を止めていたら、あんな事にはならなかった」
そう言って、陸に頭を下げた。
陸は何も言わず、ただ私を見つめていた。
しばらくして、陸がゆっくり立ち上がった。
そして、
「結菜さん、ごめん」
と言った。
私が彼を見上げると、
「悪かった」
陸は目を合わせないままそう言って、滑って行ってしまった。
「陸君……」
私はその背中をただ黙って見てるしかなかった。
「結菜」
陸の背中に引かれながらも太一の方に振り向いた。
「悪かった。お前を悲しませるつもりじゃなかった」
「太一……」
「俺にはお前が一番大事なんだ。だから……」
「え?」
私は目を丸くした。
「ん?あ……」
太一が私の表情の意味に思い当たって慌てた。
「あ、いや!お前、勘違いするな!こ、告白してるんじゃなくて、ほら、何て言うか、まずはお前を守らなくちゃというか、あ!そうそう!お前は一応女だし、やっぱ守んなくちゃだめだろ?」
「一応……」
私はまだ涙が残ってるけど、ジト目にして太一を睨んだ。
「え?」
「一応?」
「ええ~!?そこ!?」
慌てている太一の横で、悟史が苦笑いしながら肩をすくめていた。
「ぷっ!」
私が吹き出すと、太一と悟史も吹き出した。
その後はしばらく3人で大笑いしていた。
私の涙は笑いに変わった。
ひとしきり笑った後、私は息を落ち着かせて、そして気持ちを落ち着かせた。
私はお尻に付いた雪をパンパンと払いながら立ち上がると太一を見た。
「太一、ありがとう」
「何だよ……」
太一は少し照れて横を向いた。
「悟史もありがとう」
「いや、俺は別に」
私は首を振った。
「私、ほんとにたくさんの人に支えられて、幸せ者だ」
そう呟いた。
「結菜……」
「私もみんなを支えられるように強くならなくちゃね」
飛びっきりの笑顔で二人を見た。
つもりだったけど、
「お前、目が笑ってねえよ」
「何だとー!!」
と、ツッコミを入れてきた太一をど突いた。
その後は、せっかくなので、あちこち滑って過ごした。
夜はどうしようかと思ったけど、太一が、「例の店に行こう」と言った。
「え?でも……」
「いや、お前が彼らと付き合っている以上、俺たちもけじめはつけとかないと。な、悟史」
「ああ」
悟史も頷いた。
「私のため?だったら、二人が嫌な思いする必要ないよ」
「そうじゃない結菜」
悟史が優しい目で私を見ていた。
「憎んだり憎まれたりするより、わかり合えた方がいいだろ」
「え?」
「ああ、そうだな」
太一も同じような表情で頷いた。
「そっか……、わかった」
二人の表情を見ていると、そう言うしかなかった。
一旦別々に帰って、着替えて温泉とかで身綺麗にしてから、太一たちのホテルに迎えに行った。
そして3人でスノーエッジへ向かった。
店に着くと、私が先に入った。
陸はまだ居なかった。
「おお、お疲れ」
龍生さんが軽く手を挙げて私に笑い掛けた。
でも、その後ろの二人に気が付くと、ん?という顔をした。
「あの、龍生さん」
「どした?」
私が言いあぐねて軽く振り返り、二人を一度見た時、その横を太一が前に出た。
「剛田太一と言います」
「楠木悟史です」
悟史も横に並んで頭を下げた。
「ああ……」
龍生さんもわかったみたい。
「君たちか……」
「あの時は身内のことばかりに気が行ってしまい、何も言えずにすみませんでした」
「いや、それは仕方ないだろ……お互いさまだ」
龍生さんは口元だけになったけど笑顔で言った。
「俺は神崎龍生だ。まあ、座って」
龍生さんに促されて、私たちはテーブル席に座った。
太一と悟史だけでなく、私も戸惑っていた。
多分、太一たちは陸との事みたいになると想定していたみたいだけど、そうはならなかった。
だから、二人で顔を見合わせ気味だった。
そんな時に龍生さんが私たちの目の前にグラスを置いた。
「あ、スノーエッジ……」
私の呟きに龍生さんが軽く微笑んだ。
「茜のために献杯してくれるかい?」
「あ、はい」
私たちは頷いてグラスを掲げた。
龍生さんも一つ手に取って、掲げた。
そして私たちの顔をそれぞれ見ると、
「茜に。……そして、彼に」
と言ってグラスを差し出した。
私たちは驚いたけど、それにそっと合わせた。
「「「茜さんに」」」
軽やかな音が鳴って、その響きが収まると、私たちはグラスに口を付けた。
龍生さんは、そのまま私の横に座った。
「ありがとう」
龍生さんに、先に言われてしまった。
こちらからこの状況をぶつけたのに、余裕で対応してくれた。
なんて大人な人なんだろう……
「龍生さんも、ありがとうございます」
私は頭を下げた。
「いや」
龍生さんは軽く首を振った。
「で、今日は楽しめたかい?」
龍生さんがいつもの笑顔で私たちを見た。
「はい。元々ここは大好きなゲレンデだったので」
太一が戸惑っていたので悟史が答えた。
「君は?」
龍生さんは太一を見た。
「あ、はい。もちろんです」
「それは良かった。ここは最高のゲレンデだからね」
「ええ、最高ですよ」
「だろだろ?嬉しいねえ。まあ、飲んで飲んで」
「あ、はい」
太一がスノーエッジをグイッといった。
「美味い!」
「だろー?うちのオリジナルカクテルだ」
「あ、さっきスノーエッジって」
「そうそう」
「確かにそんな感じですね」
悟史も美味しそうに飲んだ。
私はそんな雰囲気を客観的に見ていた。
「どうした?」
気が付くと龍生さんが見ていた。
「あ、いえ……」
私は首を振った。
「お待たせ」
そこへさやかさんがいくつかの料理を持ってきた。
「え?あの、まだ頼んでませんが……」
太一が戸惑っていたが、
「これは龍神平へ来てくれた君たちへ、俺の奢りだ」
龍生さんはそう言って笑った。
「いいんですか?」
私が聞くと、
「いいのいいの」
と手を振った。
そして、
「まあ、俺はね」
と、付け加えた。
「陸君?」
「ああ、そうだな」
龍生さんは少し遠い目をした。
「昼間、既にちょっと……」
私は言いにくそうに口にした。
「え?そうなの?」
「はい」
「で、どうだった?」
「殴り合いになりかけたんですけど、何とか……」
「え?ならなかったの?何で?」
と、龍生さんがびっくりしてる時に、入り口のドアが開いた。
陸が少し固まって立っていた。
「お帰り~」
さやかさんが普通に言った。
「あ、ただいま」
「お腹空いたでしよ」
「あ、うん」
陸は、さやかさんのここ座れジェスチャーでカウンターにそのまま座った。
「あれ?」
龍生さんが、きょとんとしていた。
まあ、私も。
そんな中、太一が立ち上がって陸の方へ歩いて行った。
「さっきは、すまなかった」
太一は頭を下げた。
「あ、いや、俺の方こそ悪かった」
ちらっと太一を見た後、陸が前を向いて言った。
龍生さんが横で本当にきょとんとしていた。
きっと、キレると思ったはず。
でも、陸はある意味普通だった。
太一もそれ以上言う言葉も見つからず、席に戻ってきた。
「まあ、食べて」
龍生さんがみんなに促した。
「あ、はい」
太一は仕方なく料理に手を伸ばした。
悟史と私は顔を見合わせて頷くと、
「いただきます」
と同じく手を伸ばしたのだった。
陸は晩ご飯を食べ終わると、レンタルショップの方に行った。
私は、「ちょっとごめん」と席を立った。
太一が私を見たけど、私がレンタルショップの方を指差すと、分かったというように片手を上げた。
私は陸の後からレンタルショップへのドアを開けた。
後ろで「他に何かご注文は?」と太一たちに話しかける龍生さんの声が聞こえた。
そっとドアを閉めると、陸がレジの所からちょうどこっちを見ていた。
「どうした?」
とりあえず軽く微笑んで、彼の側まで行くと、レジの横の陸と同じ方向を向いている椅子に座った。
陸はレジの精算をしながら、ちらっと私を見た。
私もその視線を感じてちらっと見た。
目が合った。
慌ててまた前を向く。
「ぷっ」
陸が吹き出した。
「ちょ、ちょっと、何よ」
「それはこっちのセリフ。何か用?」
陸が笑いながら打ち出されるレシートをチェックしていた。
その雰囲気に落ち着いた。
「陸君さ、昼間は太一たちにあんな感じだったのに、今はどうして、普通なの?」
私はストレートに聞いた。
陸はレシートから目を離さず、少し真面目な顔になった。
でも口元は笑ってる。
「そりゃ、最初はカッとなったけどさ。……途中で気が付いた」
「何に?」
陸はすぐに答えず、レシートが打ち出されるのを待っていた。
その打ち出しが終わると、レシートを切ってから私を見た。
「あいつら……いや、彼らも、ただ結菜さんを支えようとしてる……ってさ」
「え?」
「言霊のこと」
「ああ……」
「太一さんって人は、あの時、そのことを優先した。だから……」
「そっか」
私は納得したように軽く頷いた。
「確かに、太一たち、コースに入ろうとした颯太を止められなかったことをすごく後悔してた。そもそも無理に休みを取ってまで颯太に付き合ってあの日ここにきたことも」
陸がお札を数える手を止めた。
「だから、あれからは、ずっと私に気を遣ってばかりでさ。もっと自分たちの人生楽しめって思うよ」
「結菜さん、みんなに大切にされてるんだな」
陸がまたお札を数えながらも、今まで見たことがないくらいの優しい笑顔で言った。
「あ、いや……」
私はそれに戸惑って、しどろもどろになった。
「えっと、その……じゃあ!あ、……じゃあ、戻るね。邪魔しちゃ悪いし」
「ああ」
陸はお札から目を離さないまま言った。
私は軽く手を振りながら店の方に戻ろうとした。
でも、ドアを開ける時、最初に陸が「も」と言ったことを思い出していた。
お酒も入って、太一と悟史も龍生さんたちとさらに打ち解けて、普通に楽しく過ごせた。
太一が言ってた『わかり合えたら』は、龍生さんが大人だから合わせてくれてるのは、みんなわかっていた。
でも、きっとそれは今だけじゃなく、ずっとそうしてくれる。
それは私には確信だった。
だから、その内、本当にわかり合えると思った。
「二人とも、また来いよな」
龍生さんが外まで出て来てくれて、そう言った。
「はい、また、来ます」
太一が頭を下げた。
「おいおい、もうそれはいいから」
龍生さんが苦笑した。
悟史はわかっていて、
「また来ます」
と、言っただけだった。
私たちは龍生さんに手を振りながらスノーエッジを後にした。
ホテルまでの道程で、太一が「お前の言っていた『居場所』ってやつ、何となくわかったよ」と、言った。
私はそれに、笑顔で答えた。
一応、龍生さんたちに渡そうかとチョコを買ってきていたけど、それは、やっぱり渡せなかった。
いつか渡せたら……
そんな日が来ればいいと思った。