第四話 転生
「何者だ、って聞かれたら、やっぱり神様としか言えないよね。そりゃあまぁ、いきなりで信じられないようなことかもしれないけれど。」
「というより、信じられる理由が、ひとつもないだろうから、信じろって言う方が難しい話なのかな?」
どうなんだろう、と言ったふうに、自称神様は鈴丸に聞いてくる。
「……そりゃあ、目の前にいきなり神様が現れたとして、それをいきなり信じられるような奴がいるとしたら、そいつは敬虔な信者様か、ただの馬鹿だろ。」
鈴丸は学校を出てはいない。それどころか、今までの人生で一度も、まず実家を出たことは無い。
だから、小学校で習うような内容ですら、鈴丸は知らないし、習ってすらいない。
だから鈴丸が馬鹿なのか?と聞かれたら、それは一切、そんなことはない。
武術をするにも、頭の回転は早くなくてはならないのだから。
そういう意味では、鈴丸は天才的な程に頭の回転が早かった。
どんなことが目の前で起きようと、冷静な頭で考えることが出来るし、鈴丸も自身の頭にそれくらいの信頼はあった。
「むしろ、神様だっつーなら、それに足るだけの何かを見せてもらいてぇもんだ。俺は神様なんて今まで見たこともねぇから、奇跡のひとつも見せてもらわねーと、到底神様の存在自体信じられねぇもんだぜ。」
目の前の自称神様が、例えば羽が生えていたり、後光が指していたりなんかしていたら、鈴丸も少しは最初から、目の前の自称神様の話を真面目に聞くのくらいのことはしていただろう。
だが、目の前の自称神様は、鈴丸の目から見ても"それ"っぽい何かがあるようには見えなかった。
「いやいやいや、奇跡のひとつって言ったら、君の蹴りを透かしたんだから、証明くらいにはなると思うんだけど…まぁ、君はあんまり自分がどれだけ頭のおかしな存在か分かっていないようだから仕方ないのかなぁ?君の攻撃を躱したりどうにかする存在なんて、他の神でも中々いないよ?僕の知ってる中でも、時間の神か、武の神か、それか僕くらいだと思うくらいには。」
「だけどまぁ、そんなに信じられないって言うなら、奇跡のひとつでも起こしといた方がいいのかなぁ。」
そして、なんでもない事のように言いながら、普通に、自称神様が指をパチンと鳴らした。
すると、先程まで何もなかった机の上に、いきなりティーポットとティーカップが、まるで最初からそこにあったかのように出現した。
そしてそのティーポットが、意志を持っているかのようにひとりでに宙に浮き、2つのティーカップに紅茶を注いだ。
「ほら、まぁ飲みなよ。安心していいよ、毒なんか入ってないし。」
鈴丸は、「はい」と差し出されたティーカップに手を出すことすら出来ず、今の現象に困惑していた。
(なんだ今の、手品かなんかか?それにしちゃタネなんて一切わからなかったし、タネがあったとしても意味がわからねぇ)
そしてなるほどと、鈴丸はついに理解することを諦めた。
(これが奇跡か。随分庶民的な奇跡っちゃあ奇跡だが、なるほど確かに理解しようとするのが馬鹿らしい程には奇跡だ)
目の前の現象に一切の説明を付けられないのであれば、最早到底信じ難い言葉であっても、信じる他ないだろうというものだ。
「オーケィ、理解した。理解出来ないことを理解したよ。あんたはどうやら本当に本物の神様らしい。んで、そんな神様が一体、なんの理由があって、俺にどんな用があるってんだよ。」
「そう、それだよ鈴丸君。僕は君に用があってね、わざわざこんな場所を用意させてもらったんだ。僕は所謂、創造主って奴でね、万物を創造した神様なんだけれど、君の存在がちょっと、僕の創造した世界にとって悪影響を及ぼす可能性が高過ぎる存在でさ、どうしようか悩んだ末に、ちょっと死んでもらったんだ。」
最早理解することを諦めた鈴丸だったが、頭の回転が早い鈴丸ではあったが、しかし、理解しないとしても、最早話の範疇が鈴丸の想像を超えすぎていて、最早どう返せばいいかわからなくなっていた。
「鈴鳴流ってのは神の僕からしてもさぁ、ちょっと邪魔だったんだよね。君のお父さんも、まぁ人外っちゃあ人外だったけど、まだ世界に悪影響を及ぼす程の強さじゃ無かったんだよね。世界の均衡が崩れる程じゃなかったってワケ。でも鈴丸君、君はちょっと強過ぎるよね。15歳で、その人外みたいな強さのお父さん殺しちゃうんだもん。均衡がどうこうって話じゃないよねぇ。」
だから、取り敢えず死んでもらうことにしたんだぁ。
と、最早もう話に合理性があるかとか、信じるとか疑うとかの余地を探す気にもなれないような内容の話が起きたところで、鈴丸は額面通りに話を受け取ることにした。
本当の意味で、全てを諦めた。もう、目の前の神様は神様だから、話は全て正しいんだろうなぁとか、それくらいの諦め方、鈴丸は自ら頭を働かせることをやめて、馬鹿になることにした。
「え、ちょっと待ってくれよ。なら、俺ってもう死んだのか?」
「そうだよ、鈴丸君が実家を出たタイミングで、後頭部に隕石でちょっとね。お父さんと殺し合って、疲弊してるあの時ぐらいじゃないと、周りを巻き込まないサイズの隕石じゃ鈴丸君を殺せなかったし、丁度いいかと思ってね。ほら、それ以降の記憶ってないでしょ?」
(確かに、実家を出たと思ったら後頭部になんかが触れて、それ以降の記憶がねぇ。妙に身体が軽かったのも死んでるからか)
「で、死んじゃった以上は魂は輪廻の輪に入って、死の神の精査を受けてから生前の記憶を全て消して、新しい器に転生するんだけど。勝手に殺した以上、鈴丸くんが新しく入る器は用意できてなくってさ、どうしたものかと考えてたんだけど、生前の鈴丸君って外の世界をまるっきり知らないし、可哀想だからって理由で、僕が作った別の世界に転生してもらうことにしたんだ。」
「転生?それって、死の神の精査ってやつを受けなくても大丈夫なのか?」
「えっと、死の神の役割自体が、魂の新しい器の選定と、生前の記憶の削除でね、一応僕も両方できるんだけど、さっき言った新しく入る器ってのは、鈴丸君が今まで生きてきた世界ではって事なんだ。だから、別の世界で、新しく入る器が余ってるとこがあるんだよね。鈴丸君には新しくそっちの世界に転生してもらおうと思ってさ。」
つまり、鈴丸は今まで生きてきた世界とは違う、全く新しい世界で新しく生まれ変わると、そういうことらしい。
(だけど、それなら別にわざわざ俺に話をする必要はないんじゃないか?記憶が消えるってことなら、今ここで話した内容も一緒に消えるはずだし……)
「そう、確かに普通に別の世界に転生させるだけなら鈴丸君に話を通す必要はないんだけどね。ちょっと不憫だと思っちゃってさぁ。」
「不憫ってどういう事だ?ってか、今俺の考えてることが分かったのか?」
「そりゃ、神様だからね。しかも創造主だから、それくらいは造作もないのさ。」
やはりどうやら、目の前にいる神様は、本当に神様で創造主なのだろうと、鈴丸は改めて納得した。
「それで、不憫だってのはね。鈴丸君が15年間も実家から一歩も出させてもらえずに培った技術を、神様の勝手な都合で勝手に殺されて、仕様がないとはいえ存分に振るうことも無く死んじゃった事がさ。」
(確かに、悪影響を及ぼす可能性なんて言われて、勝手に殺されたんだし、不憫っちゃ不憫ではあるかもしれないが、別に培った技術なんてのはどうでもいいし、この15年を辛いなんて思ったことなんてねぇ。ただ俺の生きるってことはそういう事だっただけなんだから)
「そう思って貰えるなら、まぁありがたいんだけどさぁ。やっぱり神様的には申し訳ないわけよ。んで、なら新しく人生を始めるにあたって、その記憶を引き継いだまんま転生させてあげようっていう、優しい神様の優しい考えがあった訳なんだよね。」
「あぁ、だからわざわざこんな所で話をしている訳か。つか考えてることを勝手に読むのはやめろよ、小っ恥ずかしい。」
「そんなこと言われても、勝手に分かるんだからどうしようもないんだけどさぁ。」
ふぅ、と一息つくように、神様は目の前のティーカップを持ち上げ、紅茶を飲む。
ここまでの話を聞いて、神様だということを認めてしまえば、ただそれだけの行為でも鈴丸には神様っぽく見えてきていた。
「まぁ、だからこんな所でわざわざ話をして、鈴丸君には今世の記憶を持ったまま転生してもらおうかなって思ってる訳なんだけど、どう?」
どうと聞かれても、鈴丸には特に拒否しても拒否をしなくても差があることとは思えなかった。
「神様がそうしたいと思うんなら、そうすればいい。ただ、こんな場所で話をした以上、いきなり転生をさせなかった以上はなんか俺に言いたいことがあるんだろ?」
「いやー、特にないかなぁ。まぁ、強いて言うなら自由に、生きたいように生きてもらいたいってことくらいかなぁ。記憶を引き継いでもらう以上、鈴鳴流を使ってもらっても構わないよ。君のいた世界ほど、君が及ぼす悪影響は大きくないと思うから。」
君のいた世界ほど、及ぼす悪影響が大きくないということは、少なくとも鈴丸が今まで生きてきた世界とは、文明の方向性は違うということだ。
神様は、鈴丸にはその悪影響がどのような悪影響かは具体的には言ってはいないが、簡単に言えば鈴丸が及ぼすであろう悪影響とは、個人レベルで持つ武力による影響のことである。
例えば、ボクシングの3階級制覇を成し遂げたボクサーがいるとして、そのボクサー個人としての武力を考える。
1対1の喧嘩なら?相手次第ではあるが、基本的にはなんなくだろう。
なら1対5では?やはり相手次第にはなるが、苦しくも勝てるではあろう。
だが、1対1でも、相手が、銃を構えていたら?相手の銃を扱う腕前が高ければ?恐らく敗北を喫するのはボクサーだ。
当たり前の話ではあるが、人は銃弾を避けることなどできないし、銃を撃つつもりで、銃弾を当てるつもりで構えた人間には勝てない。
鈴丸のいた世界でも、裏世界という話になれば、銃弾に当たらない人間はいるにはいる。
銃を構えた人間に、勝てる人間はいる。
しかしそれは、銃弾を避けているのではなく、構えられた銃口から軌道を予測し、トリガーにかけられた指の動きを見て、予測から避けているのであって、銃弾そのものを避けている訳では無い。
結局、どんな人間ですら、時速1200kmは超える銃弾を、発射されてから避けることなどできないのである。
しかし、鈴鳴流継承者に限っては話が変わってくる。
鈴鳴流の継承者は、銃弾には当たらない。発射された後からでも躱すことができるのである。
そんな人間が、鈴鳴流の継承者である。
では、銃弾では当てることも、殺すことも出来ないのであれば、ミサイルなら?核ミサイルなら?
ほぼ確実に、それが鈴丸に対して放たれるのであれば、死ぬことになるであろう。
しかし、鈴丸がいる場所が、人気の無い場所でなくては、それらの兵器は意味を成さない。
戦争が始まりでもしない限り、一般人が生活する場所にそれらの兵器を落とすことは、あまり現実的ではない。
つまり、ほぼほぼ鈴丸は、今の世界では死の危険はないのである。
尚且つ、その武力。
1対1だろうと、1対100であろうとも変わりなく勝利することが出来る存在。
そんな非科学的な存在が、鈴丸なのである。
そんな鈴丸が、もし街中で何らかのテロを起こしでもしようものなら、止められる存在などおよそ存在しないのである。
だから神様は仕方なく、鈴丸を殺したのだ。
そんな鈴丸が及ぼす悪影響が大きくない世界というのは、つまり個人レベルで保有する武力が今まで世界とは違う世界。
そこまでを、鈴丸が理解しているかはともかくとして。
「人をそんな悪性腫瘍みたいに言うなよ、悲しくなる。まぁ、別に転生した先の世界でなんか起こそうなんて思わねぇよ。」
「まぁ、僕としてもそうしてくれることを願ってるけど。別に何を起こそうと、もう干渉を起こすつもりなんてないさ。本当に、好きに生きてもらって構わない。」
「まぁ、じゃあ転生の準備をするけど、なにか他に望むこととかってある?」
望むこと、記憶を残してもらえる以上、それ以上に望むことなど、鈴丸にはない。
(まぁ、強いて言うなら、ひとつだけかな。今回の人生じゃ叶わなかったこと)
「普通の家庭にでも、生まれたいもんだ。」
「随分と殊勝な望みだね、普通、こういう場合はチート能力とかを要求されたりするんだけど。」
「チート能力?どんな能力なんか知らねぇけど、そんなもんがあって、普通の幸せなんて手に入んのかよ。どんな強大な力があろうと、そりゃ使う奴次第だろ。」
「アハハ!確かに。じゃ、普通の家庭で、普通の幸せを願っているよ。バイバイ!」
突如、鈴丸の周囲を白い光が包む。
(結局は、これから新しく俺の人生が始まるわけだ。住む世界こそ違っても、新しい一歩ってのは変わらねぇ)
そして、鈴丸は、鈴鳴の実家を出た時と同じ気持ちを持って、新しい世界へと転生した。