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シャフト1:決起、胃の中に飛び込む勇

その暑中見舞いに送り名はなかった。

だから分かった。宛名は私。だから分かる。彼からのものだってことが。牛乳を冷蔵庫から出してストローを差し、飲み始める。送り名はないが、住所はある。私の名前が書いてある。私の家の住所を知っている。これはーーどういうことか。


つまり。


彼から別れを切り出したのに、わざわざ手紙を送って来るということは、彼は誰かに頼らざるを得ない状況ということ。この手紙は、暑中見舞いに隠した、彼からのSOSメッセージだっていうこと。


ということなら。


私は準備を始める。

持ち物は最小限。手提げに入るものだけ。長持ちする中型の懐中ライト、携帯電話の充電器、小さめの化粧ポーチ、大好きな甘い飴。携帯食料小の三箱。これに途中で飲みものを買って……あとは!


あとは……。


財布に小銭入れ、予備のモバイルバッテリー……こんなものか!? これでいい!


最後に手紙を。これは内に向けた手紙で、私の家族に充てる手紙だ。内容はこれからあいつの家に行ってくるということ。暫くか、いつになるかは分からないが、必ず帰るということ。心配をかけるかもしれないが、大丈夫だと思ってほしいということ。これだけ書けば大丈夫。


今現在、午後二時三五分。


送り先の住所は、長至野県馬子廻郡猪鹿町○○○○○○○。ここに行けば、あいつに会える。あいつなんて、もうあいつでいい。大体、自分で引っ越して離れるなんて言っておきながら救難信号送ってくるなんて、都合が良すぎる。良すぎるよ! だから、あいつはあいつでいい。


長至野まではターミナル駅に行って直通で主要駅に繋がる特急があるので、その手順で行けばいいことを携帯で調べて分かった。お金は、お小遣いの残りで、まだ余裕はある。往復分ぐらいはあるはず。


私はあいつに会って確かめる。

……本当は、確かめることなんかないのかもしれない。だって、牛乳だけの縁だし……でもねえ、勝手に居なくなっていい理由なんかないんだから。私とたまたま同じ小学校で。中学も高校も一緒に進んで。そこで途中でハイ終わりですさようなら〜、では私は困るんですよ。あいつのためにボコられたようなもんだし。


私は会って確かめたい。牛乳、その意図を。あいつの考えを。思ってることを。


牛乳の小パックを空にして握りしめ捨てると俄然やる気が湧いてきた。行こう!


家の玄関に鍵を掛けて、出発する。


それから私は手順通りにターミナル駅に行って特急に乗り換えて、夕日が沈む頃には長至野県に入った。主要駅からはバスで移動手段がある所を通り、猪鹿町の彼の居る家の住所までやってきた。


「ありがとうございます。それじゃ」


「悪いねーー夜に来るもんじゃないな。引き返せなくなったよ、あんた……」


え……。今、なんて言ったんだろう。

呼び止める暇もなく、タクシーは降りたそばから行ってしまった。一体、何?疑問に思う所もありながら、私は彼の家に向き直った。


家と言っても玄関に門があり、行く手を阻んでいる。堅く閉ざされた門の奥には雑木林があってとても暗く、来るものを拒んでいるようで、なんだか……怖い。


どうしよう。私は様々なことを考えた結果、どうしようと思うほかに無い。


「…………あっ」


よく見たら、押しベルのようなものが備え付けられていた。なんだよう、と思いつつベルを押す。長いピーーン、ポーーンという音が鳴り、間も無く誰かが出た。


『はい。どなた様でありましょう?』


「あの私、この家の若い人と知り合いでして……暑中見舞いを戴いたので、挨拶に参りました。もう、お休みですか?」


『…………いえ。どうぞ。係の者が行きますので、暫くお待ち下さい』


長いような短いような沈黙。その間が何か……見られている、品定めされているような気がして、ちょっと気に掛かる。


「ーーお待たせしました。どうぞ」


礼をして入った途端、ここが、いわゆる怪物の腹の内の、食道に当たる場所なんだな、と直感的に感じて、一瞬、寒気が身体を通り過ぎていった。

ーーこの時、私はこれから起こる常識を逸した出来事の数々を全く知らずに、当然ながらいた。知っていたら、入らずに帰ったか。いや、多分進んだだろう。


この、私を動かすものがなんなのか、この時はまだ知る由もなかった。これは、私の御話でもまたある。私の、生きることへの向き合い方を問う、尊きの御話。あの人に再び会うまでの、私の御話。




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