08
店員の視線を感じたので、ひとまず麦わら帽の代金を支払い、それを正式に吉蔵へプレゼントしたその後のこと。
試着室前の椅子に腰をかけてカニ子の着替えを待っていた俺たちであったが、カニ子のヤツが一向に出てこない。
まぁ女子にも色々あるのだろう。
そう思いなおして吉蔵と指相撲で遊んでいると、一つだけカーテンの引かれた試着室――カニ子の部屋から声が聞こえてくる。
――えっ……この服どうなって……? ここに腕を通して、ん? この穴は……?
――あ、ちょっと……痛い痛い痛い! 絶対違いますねこれ! 頭が入る大きさじゃない!
――ちょ、ちょっとこれ、ほとんど肩出ちゃってるじゃないですか……!
――ううん……? お、おしゃ、おしゃれ……? よく分からなくなってきた……
どうやら大苦戦しているようだが、まぁ女子にも色々あるのだろうな。
なんてしみじみ思っていたらまた負けた。これで五連敗である。
吉蔵は頭がいい上に、指相撲も強い。
「たまには俺にも勝たせてくれないかな」
これ見よがしに麦わら帽をかぶりなおしてドヤ顔を晒す吉蔵を睨みつけていると、不意に「しゃああっ!」と音が鳴って、試着室のカーテンが開かれた。
そこにはセーラー服から装いを新たにしたカニ子が立っているわけだが……
「……何か、言ってくださいよ」
無言で見上げていたら、とうとうカニ子が震える声でコメントを催促してきた。
細い肩をぷるぷると震わせ、こちらを睨みつけてくるカニ子。
何か、何かと言われても俺はファッションに疎い、気の利いたコメントなんて望むべくもないが、しいて言うなら……
「……運動会の見学に来たお母さん」
「っ……!?」
カニ子の顔面が見る見る紅潮していくのが分かった。
彼女は、ぎゅっと下唇を噛み締め、頬を膨らまし、何か言いたげにしばらく震えた挙句。
「不愉快です!」
再び「しゃああっ!」と音が鳴って勢いよくカーテンが引かれた。
それから待つこと数分、再び「しゃああっ!」とカーテンが開け放たれて、装いを新たにしたカニ子が姿を現す。
「うーん……」
慎重に言葉を選んで、コメント。
「女子中学生、初めての都会へ……って感じ?」
「不愉快です!」
カーテンが引かれる、しばし待つ、再びカーテンが開かれる。
「こ、今度はどうですか……」
「……色々言いたいことはあるけどさ、今、夏だぞ」
オシャレかどうかはともかく、上下で季節感がめちゃくちゃである。
ハイセンスすぎて理解が追い付かない。
そしてそれは彼女とて自覚していたらしく顔を真っ赤にして「ううう」と低く唸ると、
「――そこまで言うならあなたのこーでも見せてくださいよ! 私が審査しますから!」
「え、いいよ俺はこのシャツとジーンズで間に合ってるし……」
「私ばっかり、不公平でしょう!?」
「いや、そういう趣旨じゃ」
「不公平でしょう!?」
真っ赤な顔で詰められる。
奇天烈なファッションも相まってすごい迫力だ。
「わ、分かったよ、ちょっと待っててくれ……」
カニ子と、あと吉蔵を試着室前に残し、俺は逃げるようにメンズ衣料コーナーへと向かった。