07
ウニクロは全国にチェーン展開する業界最大手のカジュアル衣料品店である。
お手頃価格で高品質、機能性に優れた衣料がよりどりみどりと、幅広い年代に支持されている。
一時はあまりにもウニクロ服が普及しすぎたせいで「ウニクロはダサい」とのマイナスイメージを持たれたこともあった、それぐらい知名度の高い企業なのである。
かくいう俺も、この店舗は初めてだが、ウニクロのヘビーユーザーであることに間違いはない。
まぁ普段はスーツで働いているので買うのはもっぱらインナーとか下着、あとは簡単な部屋着だけだが……
ともかく、ファッションにまるきり疎い俺ですら日常的に利用するのが「ウニクロ」なのだ。
だからこそ彼女の反応は新鮮を通り越して、不可解である。
「……」
入店するや否や、俺の側にぴったりとくっついて、きょろきょろと辺りを見回すセーラー服姿のJK。
その大きな丸い瞳も相まって、巣穴から顔を出して周囲の様子を窺うリスのようである。
「カニ子、好きな服選んでこいよ」
「わ、分かってますよ……」
と、言いつつきょろきょろはやめないし、依然雛鳥か何かのようにぴったりと俺の後についてきて離れない。
カニ子という呼び名に一切ツッコミのないのが、彼女の余裕のなさのなによりの証明であった。
「……カニ子、さ」
「な、なんですか」
「もしかしてウニクロ初めて?」
「そっ……!? そんなわけないじゃないですか!?」
……いきなりでかい声を出すものだから耳がきーんとなる。
カニ子は茹でガニみたく顔を真っ赤にしながらも「本当ですよ!」と、食い気味に言った。
「ウニクロ……ウニクロですよ!? ウニクロ行ったことのない女子高生なんているわけないじゃないですか!」
「俺もそう思う、いつも通りに買い物してくれ」
「……っ!」
カニ子は全身をぷるぷると震わせながら、何か言いたげにこちらをしばらく睨みつけたのち……
「不愉快です!」
すっかりムキになってしまった彼女は、肩を怒らせながらレディース衣料コーナーへと突入。
それから一度きょろきょろとあたりを見渡し、豪快にも目についた服を手当たり次第にカゴの中へと放り込んでしまったではないか。
挙動不審なこともあって、大胆な手口の万引き犯のようである。
そして彼女は山盛りの買い物かごをひっさげて、何を思ったのかそのままトイレへ……
「カニ子、試着室はあっちだぞ、そっちはトイレ」
「~~~っ!! カニ子じゃないですっ!」
綺麗な「回れ右」を繰り出したカニ子は、そのまま試着室の中へと消えていってしまった。
本当に頭にきているらしく、試着室のカーテンを引く「しゃああっ!」という甲高い音がこちらにまで聞こえてきたほどだ。
「女子高生って怒りっぽいなぁ、吉蔵はしっかりカルシウムとって落ち着いたタコでいてくれよ……って、あれ? 吉蔵?」
ふいに、肩の上から吉蔵が消えていることに気付く。
はて、どこに行ったのかと辺りを見渡して、思わず「ああっ!?」と悲鳴をあげてしまった。
何故ならば――少し目を離した隙に吉蔵のヤツ! 陳列棚の一つに取り付き、子ども用の麦わら帽子をかぶって、いかにもご満悦といった様子で鏡を覗き込んでいるじゃないか!
「ちょっ……吉蔵!? それ商品だって!」
俺は慌てて吉蔵の下へ走り寄り、麦わら帽を取り上げようとする。
しかし一方で吉蔵はこれがたいそう気に入ったらしく、八本の触手をくるんと丸めて麦わら帽を目深にかぶりなおし、断固抗議の姿勢だ。
ああもう、どうするんだよこれ……さすがに買い取りだろ……
と、そこまで考えたところで、はたと思い直した。
「……あそっか、別に買い取りでもいいのか、5億もあるんだし」
ぺこん、と吸盤が鳴った。
自分は最初から分かっていましたけどね? とでも言うつもりだろうか。
「そうだよな、吉蔵もオシャレの一つもしたいもんな」
犬だって服を着る時代だ、帽子の一つでケチケチ言うまい。
俺が麦わら帽ごしに吉蔵の頭(というか胴体)を撫ぜてやると、吉蔵は嬉しそうに帽子をかぶり直した。