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02


 5億円。

 それは平均的な日本人が一生遊んで暮らせる額だという。

 つまり宝くじで10億当てた俺は、一瞬にして人生二回分の大金を突然手に入れてしまったというわけだ!

 以前から「ああ神様とはなんと気まぐれなのだろう」と天に向けて呪詛を吐き散らしていた俺であったが……まったく気まぐれが過ぎる!

 まさか50億いる人類の中から、よりにもよってこの俺にそんなプレゼントを寄越すとは!


 ……などと喜んでいられたのも束の間である。


『――もしもし私よ、覚えてる? 従兄妹の船橋、あはは久しぶりー、いきなりで悪いけどお金貸してくれない? うん、とりあえず2000万ぐらいかな』


 と、スマホの向こうの彼女はこちらの返事も待たずに極めて早口でまくし立ててくる。


「……ごめん覚えてない」


 俺は早々に電話を切った。

 フナバシという名に聞き覚えはないし、そもそも俺に従兄妹なんていない、もはやホラーである。


 またある朝は、インターホンが鳴らされたかと思えば、


「――三鷹(みたか)さんですよね? なんでも高額当選をなさったとか! そこで耳寄りな情報がありまして……マンションの投資なんですけどもね? 驚くなかれ、なにをせずともお金が増えて……」


「じゃあアンタがそれで稼げばいいじゃないか」


 髪をジェルか何かでべっとり撫でつけた、いかにも胡散臭そうな男の話は途中で打ち切って、有無を言わさずに玄関のドアを閉めた。


 そしてまたある朝、コンビニにでも行こうかと玄関のドアを開けると、待ち構えていたかのように……


「――こんにちは、私“鉄ガザミ教団”の者なんですが」


「は? て、鉄? なに?」


「鉄ガザミ教団です」


 そう言って、バケットハットのおばさんはにっこり笑うと、両手でピースを作った。

 カニのハサミのつもりなのか、ちょきちょきと二本の指を開閉している。


 彼女の隣で所在なさげにしているのは――あまり似ていないが娘だろうか?

 ともかく、女子高生であった。


 栗色の髪の毛は肩口のあたりで切り揃えられており、内側にカールしてふんわりと膨らんでいる。

 それも相まってか顔は驚くほど小さく見えるし、華奢な体つきのせいで中学生と言われても信じてしまいそうだが、身に纏うセーラー服と女性らしい胸のふくらみがかろうじて彼女が女子高生であることを証明していた。

 そしてそんな彼女は、おばさんの隣で俯きがちに指をちょきちょきやっている。

 年頃の娘がカニの真似というのはさぞや恥ずかしいのだろう、僅かに頬が赤らんでいた。


 バケットハットのおばさんが言う。


「古来より蟹が神の遣いとされているということは三鷹さんもご存知のことでしょうが、我々の教団はこの鉄ガザミ様を崇め……」


「……時間がないので端的にお願いできますか」


「お布施を」


 にこりと微笑み、両手を差し出してくるおばさん。

 俺はぼりぼりと後ろ頭を掻いて、しばらく迷ったのちに……


「……頑張ってください」


 と一言、ジーンズの尻ポケットにしまってあったしわくちゃの千円札を広げて、彼女の手の上に置いた。

 おばさんはにっこりと微笑んだまま、それを折りたたんで懐にしまうと、再度両手を差し出して、


「お気持ちだけで構いませんので」


「いやさっき渡したでしょ、気持ち」


「古来より蟹が神の遣いとされているということは……」


「その説明二回目だよ、もういいよ」


「ああ、なるほど分かりました分かりました」


 おばさんは「はいはいなるほど」と一人何かを納得したように何度も頷きながら、手提げ鞄の中からある物を取り出してきた。

 それは金属でできたワタリガニのオブジェ?である。


「……なんですかそれ」


「鉄ガザミ様のご神体です、どうぞ甲羅を撫でてみてください」


「え、いいです別に」


「遠慮なさらず」


「本当にいらない」


「一撫でたったの10万円ですから」


「たけえよ! 誰が撫でるかそんなもん!」


「10億もあるんだから問題ないでしょ!? この守銭奴!」


「とうとう正体表しやがったな業突(ごうつ)くババア!」


 なんとしてでも彼女らを閉め出したい俺と、ドアの隙間に身体をねじ込んでまで蟹のオブジェを触らせたいババアの激しい攻防戦である。

 こんなにも醜い争いが未だかつてあっただろうか。

 ……ってかこのババアやたら力が強い! 警察! 警察を呼ぶしか……!


 と、そんな時である。


「――おっ、お母さんもうやめてよ!」


 それまで無言を貫いていた彼女の娘らしき人物が、いきなり飛び出してきてババアを後ろから羽交い絞めにしてしまったではないか。

 予期せぬ味方の裏切りに、さすがのババアも驚いた様子である。


「ちょ、ちょっとヒマリ……!?」


「今だ!」


「あっ!」


 ババアが怯んだ一瞬の隙を突いてドアを閉め、念入りに鍵をかける。

 しばらくは殴るようなノックにピンポン連打とドアの前が騒がしかったが、やがて静かになって、人の気配も消えた。

 ……どうやら諦めてくれたらしい。


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