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「おー、変わるもんだねぇ」


 葛西リコは試着室から出てきた俺を見るなり、感嘆の声をあげた。

 同じく椅子に貼りついていた吉蔵も触手をくるくる丸めて……驚いているのだろうか? まぁ悪い反応ではないということだけは分かる。

 一方で俺は、慣れない服の着心地に顔をしかめるばかりである。


「……このズボン、ちょっと細身すぎないか? 若作りしてると思われないかな?」


 それに下半身を上から吊られてるみたいで歩きづらい。

 後ろ頭を掻きながらその旨を伝えると、葛西リコは耐え切れなくなったように「ぷっ」と噴きだした。


「おにーさんさあ、マジでおじさんみたいなこと言うね、しわくちゃジーンズの100倍はマシだよ? あとズボンじゃなくてパンツ、スキニーね」


「もう二十六だからなぁ」


「私と六つしか違わないじゃん、そんなに急がなくたってどーせ皆いずれはどうしようもなくおじさんになるんだからさー、若い時間を楽しもうよ」


 いずれはどうしようもなくおじさんになる。

 そんな残酷な言い回しに俺は少しだけ返す言葉に困ってしまったが、ややあって自嘲混じりに言った。


「そうだな、うん、その通りだ……ところで似合ってるかな?」


「そりゃもうバッチリ!」


 ぐっ、と親指を立てて向日葵のように笑う葛西リコ。

 その屈託のない笑みにかかれば、こちらもすっかりその気になってしまう。

 まったく優秀な店員だ。


「ほら、カニ子ちゃんも早く出てきなよ~」


「――カニ子じゃありません!」


 試着室から声が返ってくる。

 しかし、なかなか出てくる気配がない。


 不思議に思って見つめていると、やがてゆっくりとカーテンが開かれて、中から顔を赤くしたカニ子がおずおずと姿を現した。

 俺は彼女の新たな装いを見て「へえー」と感嘆の声をもらす。


「なるほど、服一つで変わるもんだ」


「だしょ~?」


「な、なんですかその反応……」


 素直に感心する俺とニマニマ笑う葛西リコ。

 二つの視線を同時に受け、カニ子は所在なさげに視線を泳がせた。


 若草色のノースリーブブラウスに、白のロングスカートである。

 シンプルながらも夏らしく爽やかで、なおかつ大人の余裕さえ感じさせる服装。

 ブラウスから覗いた白く細い肩が妙に色っぽく、一見すれば中学生にさえ見えた彼女が、今では「女子高生の中でも比較的大人びた子」に早変わりだ。


 もちろん元が良いというのは大前提としてあるのだろうが、それにしたってすさまじい変貌じゃないか。

 あとは茹でガニみたいな“赤ら顔”さえなんとかなれば、テレビに出ていたっておかしくはない、そんな美少女である。


「……黙ってないで、なんとか言ってくださいよ」


「文句なし、完璧、似合ってる」


「そ、そうですか……?」


 照れ隠しなのか、髪先を指でいじりながらちらちらと鏡を覗き見るカニ子。

 どうやら満更でもないらしい。

 なら迷うこともないな。


「これ買うよ、カニ子のも、そのまま着てくから値札とか切ってくれると嬉しい」


「お、いーね即決、じゃあ残りの服は返しとくね」


「いや、それも全部買うよ、ちょっと手間だけど値札取ってもらってもいいかな?」


「えっ?」


 葛西リコが驚いたように俺を見返した。

 見ると、カニ子もまた目を丸くしている。


「えっ、これ全部? マジで? こっちとしてはありがたいけど、カニ子ちゃんのも合わせたら4万ぐらいいっちゃうよ?」


「思ったより安いな、せっかくだし下着も買っとくか」


「え、え、ホントに? 試着とかしないでいーの? タグ切ったら返品無理だけど……」


「大丈夫」


 俺は訝る彼女の言葉を遮り、そして言った。


「そこは現役のアパレル店員さんを信じるよ、ありがとうな、わざわざ服選んでくれて」


「お、おー……」


 素直に感謝の気持ちを伝えたつもりなのだが、返ってきたのはなんだかよく分からない微妙な返事である。

 葛西リコは、しばらくの間言葉に詰まって「あー」とか「うー」とか意味のない言葉を繰り返し口にすると、おもむろに俺の背中をばしんと叩いた。


「な、なーんだ! 思ったより気前いーじゃん! もちろん私のセンスに間違いはなし! じゃ早速レジ行こうか!」


「分かった、カニ子も一緒に来てくれ」


「え、ええ……」


 困惑気味に、しかしこちらの言う通り、少し距離を置いて後ろからついてくるカニ子。

 そんな風にしてレジへ向かう最中のこと、隣を歩く葛西リコはぼそりと、俺にだけ聞こえる声量で、


「……あの子は、おにーさんの彼女?」


 そう尋ねかけてきた。

 あの子、というのは十中八九カニ子のことであろう。


「いや違うけど、どうしてそんなことを?」


「純粋に興味があってさ、兄妹って距離感じゃないし、親子って年でもないでしょ?」


 言われてみればそうだ。

 では彼女と自分の関係性についてどう答えたものかと思案していると、葛西リコは「答えたくないなら答えなくていいよ」とこの話題を自ら中断させ、代わりに別の質問を投げかけてきた。


「これからどこかにお出かけ?」


「海央道」


 これはすぐに答えることができた。

 葛西リコは「うっそ」と両目を見開く。


「海央道、って……飛行機で行くの?」


「いや車だよ、旅行なんだ」


「マジ!? チャレンジャーだね!? 会社は? 長期休暇とか?」


「辞めてきたよ、この旅のために」


 さらりと答える。

 しかししばらく待っても反応が返ってこなかったので、不思議に思って横目をやれば、葛西リコはこちらを見上げたままあんぐりと口を開けている。

 それはなんの顔だ? と尋ねようとしたところ、彼女はぼそりと一言。


「かっけー……」


「……かっこよくはないだろ」


「いや、かっけー、だよ、ホントに、うん……そういえばおにーさんの名前聞いてなかった、なんて言うの?」


「三鷹ナツキだよ」


「三鷹さんにカニ子ちゃん、ね……なんだか二人とはまた近いうちに逢いそうな気がするよアパレル店員の勘」


「俺たちしばらくはこのウニクロ……というか重沼には戻って来ないと思うぞ」


「心配ないよ!」


 葛西リコは、やはり向日葵のような笑みを浮かべながら、言った。


「――地球は丸いんだもん! いつか逢えるよ! 旅の無事を祈ってるからね、おにーさん!」


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