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夕陽は昇らない、朝陽が照らした分だけだ。
これは俺の死んだ爺さんの口癖で、要するに「一日の善し悪しは朝の過ごし方で決まる」という意味である。
それを踏まえると、今日の俺の運勢は最悪となるはずであった。
……いや、今日も、だ。
上司に怒鳴られる夢を見て、悲鳴とともにベッドから跳ね起き。
出勤前に寝覚めのコーヒーでも飲もうと思ったらカップの取っ手が壊れて、結果ワイシャツを一枚駄目にしてしまった。
極めつけは朝のニュースだ。
『今、海央道の女子高生に、クロガザミのカニミソをふんだんに使用したカニミソパフェが大人気です! 見てください! 開店前からこんな行列が……』
やけに甲高くうるさい女子アナの声も相まって、もともと低空飛行だったテンションは急転直下、墜落のち炎上である。
『では、食べてみましょう!』
女子アナが興奮気味に言ったので、俺は慌ててテレビの電源を落とした。
「……朝から気色悪いもの見せんな」
そもそも、海央道なんて車で何時間かかると思っている。
どうせ全て関係のないこと。
カニミソパフェだかエビミソプリンだか知らないが、そういう楽しげなことは全て俺に関係のないところで起こる仕組みになっているんだ。
そんな俺のささやかな楽しみと言えば……
「ホント、たまには当たってくれよなぁ」
俺は財布に忍ばせておいた一枚の宝くじに声をかけながら、スマホのブックマーク機能から「当選番号案内ページ」を呼び出した。
一週間に一度、仕事帰りに一枚だけ宝くじを買い、月曜の朝にそのくじが当たっているかどうか確認する。
それが俺の社畜生活の中での唯一の楽しみだ。
ちなみに、そのくじが当たるかも? だなんてことは毛ほども思っていない。
おまじないというか心の保険というか、社畜人生に対するせめてもの抵抗というか。
分かりやすく言えば「退屈な日常にひとつまみのスパイスを」かな?
まぁともかくそんな感じで、一週間のはじまりの儀礼じみたソレを、今日も淡々と消化するつもりだったのだが……
ごどん! と鈍い音がして、テーブルの上をマグカップが跳ね、二枚目のワイシャツが犠牲になる。
その際、少しだけ火傷をしてしまったような気がするが、それどころではなかった。
血走った眼が何度も何度も数字をなぞる。
嘘だ、錯覚だ、いや間違いない、これは――
「一等、10億円……っ?!」
思わず椅子から転げ落ちる。
さかさまになった俺を、燦々と輝く初夏の太陽が見下ろしていた。