一瞬の再会
実に暑い。日差しよけにと思ってかぶっている帽子がもはや役に立たないほどの、何かの攻撃かと想うくらい強烈な日差しである。先ほど暑さに耐えかねて買ったアイスコーヒーの氷は早くも小さくなり、カップは水滴でびしょびしょであった。高架下を通り抜けようとする。パチンコ屋のダクトから煙草のにおいが騒音に混じって 流れ出てくる。この雑然とした汚らしい音は大嫌いであったが、煙草のにおいはそうでも無かった。どこか懐かしい気分にさせてくれるからだ。昔、祖父が好んで吸っていたのを思い出すのだ。自分は一度も吸ったことが無いのだが。
信号を待つ間は高架の陰に入っている。日差し抜きにしてもやはり暑すぎるので僕は鞄から千円で買った黒橡色の扇子を取り出した。扇いで顔にあたる風はなまぬるかったが、なんとなく涼しくなった気がした。
今日は人が多い。スクランブル交差点には四つの角すべてに人が大勢いて青信号になるのを待っていた。ずいぶんと待たされるな。交差点に着くタイミングが悪かったらしい。僕より後に来た、日陰に入りきらない人たちが僕の前にどんどん並んでいった。
人々の前を最後のバスが通り抜けて、歩行者の信号は一斉に青になった。対角に向かって真っ直ぐ歩く。同じ方向に進む人の流れに乗って。向かい側からも人の波が 押し寄せ、交差点の真ん中あたりでごちゃごちゃと入り乱れた。僕は肩を縮めて前から来る人をするすると避けながら進んだ。
すれ違う人たちの中に、ひとり背景から浮き上がったような少女がいた。長い髪の、白いワンピースを着た、現実感の無い少女。それをすれ違いざま視界の端に捉えた僕ははっとして、既に通り過ぎたその少女を振り返った。人混みに飲まれたというより、忽然と消えてしまったかのように、少女の姿は見えなかった。僕は後ろから来る人波に押されて横断歩道を渡りきってしまった。
これによく似た小説を昔書いたことがあるのを思いだした。