六十二話 二年生に進級
宿題のない春休みはあっという間に過ぎ、とうとう二年生一学期の始業式の日になった。
俺はいつものように恵子と登校したが、恵子はいつもより強く俺の手を握った。
学校の昇降口に、新しいクラス割が貼ってあった。これで自分の下駄箱の位置が決まるのだ。
恵子と手を握りながら、自分や友だちの名前を探す。
委員長と河野さんは二年一組だった。俺と淑子が二組、恵子と麗子が三組、頼子と良子が四組だった。ほかには、一色が同じ二組だった。
恵子はその表をみて、泣きださんばかりに落ち込んだ。俺は恵子の肩をそっとたたいて慰めることしかできなかった。しかし、もともと恵子は快活な子で、俺しか友だちがいないわけではなかった。新しい組で新しい友だちができることを信じて疑わなかった。
少し遅れてやって来た委員長と麗子も気落ちしていた。
俺は二人に、「また勉強を教えてもらいに行くから」と言って慰めた。
三人とも俺から離れたくなさそうだったが、そういうわけにもいかないので、しかたなく新しい下駄箱で上靴に履き替えると、それぞれの教室に別れて行った。
二年二組の教室で淑子を見つけ、近寄ってあいさつした。
「トシちゃん、またよろしくね」
「こちらこそよろしくー」
出席番号順の席に座ると、まもなく中村先生が入って来た。「また中村先生が担任か」とほっとしたが、次の瞬間、疑念が俺の心の中にわき起こった。
淑子は中村先生の部屋に下宿しているから、同じクラスの方が都合がいい。そして俺は、先生の部屋の片づけ要員として、わざと自分のクラスに入れたんじゃないだろうな?
しかし、中村先生は俺の方に注意を向けることなく、始業式が始まるので廊下に並んで体育館に行くよう指示した。俺の考えすぎか?
始業式が終わると引き続き入学式があった。新一年生を迎えた後に教室に戻る。教室が二階にあるので、勝手が違ってちょっととまどった。
俺たちに続いて、中村先生も教室に入って来た。
「では改めて、私が担任の中村です。一年生のときに英語を担当していたので、知らない人はいませんね?」
みんなが「はい」と返事をした。
「それではみなさんに自己紹介をしてもらいます。出席番号順でお願いします」
そう指示されて、一色が立ち上がった。
「私は一色千代子です。探偵をしていますので、何か事件か謎があったら、遠慮なく相談してください」
相変わらずの一色だったが、探偵好きなことを知らない生徒もいて、少しざわついた。
その後は普通の自己紹介が続いた。俺も「私は未来から来ました。普通の人間には興味ありません」と言ってみたいという衝動に駆られたが、さすがに無難な自己紹介にとどめた。
「藤野美知子です。何のとりえもない平凡な女ですが、仲良くしてください」
そう言ったとたん、「あれがミチンガを作った人?」という囁き声が聞こえた。ミチンガのうわさはとっくに立ち消えたと思っていたのに、まだ覚えている人がいたのかと逆に驚いた。
「それではまずクラスの委員長を選出します」と中村先生が言った。
「立候補者はいますか?他薦でも構いませんよ」
委員長か。勉強ができる人がいいから一色かな、と思っていたら、突然その一色が立ち上がった。
「私は藤野さんがいいと思います」
「はあっ!?」あまりにも意外な発言だったので驚いた。委員長なんてとんでもない。
「私より、一色さんの方が・・・」そう言おうと思ったら、淑子が俺の発言を遮った。
「私も美知子・・・藤野さんがいいと思います。努力家で、面倒見がとてもいいんです」
中村先生もうなずいていた。
「いえ、一色さんの方が・・・」そう言おうとしたが、クラスがざわついていて、俺の言葉は通らなかった。
「そうね、願いを叶える不思議な力を持ってるし・・・」と誰かが言った。違う、そんな力はない。
「一色さんはあれだし・・・」別の誰かが言った。それは否定できないが。
「ほかに候補者はいませんか?いなければ藤野さんに決めますが」
とたんに教室中に拍手が鳴り響く。「自分がなりたい」と主張する奇特な人はいなかった。
「それでは藤野さん、一年間委員長をよろしくお願いします」先生が宣言して決まってしまった。
「次に副委員長を決めたいと思いますが、藤野さん、どなたかを指名しますか?それともまた候補を募りますか?」
「はあ」新クラスなので知った人が多くない。
「一色さんではいかがでしょうか?」探偵馬鹿だが、頭がいいから頼りにはなるだろう。
「みなさん、一色さんでよろしいですか?」
ぱちぱちと拍手が鳴る。誰も委員長、副委員長になりたくないから、即決だ。
「二人は次の休み時間に職員室に来て、放課後になったら生徒会室に行ってください」
休み時間になると淑子が寄って来た。
「いよっ、委員長!これからもよろしくね」
「やめてよ、その呼び方」
委員長って何の仕事があるんだろう?今までは一年二組の委員長、つまり喜子にまかせっきりで、あまり意識したことがなかった。
確か、授業前と後の号令に、松葉祭の演し物や、体育祭の出場競技を決めるときの司会をしていた。
さらに授業の準備を手伝わされていたので、授業前に先生のところへ顔を出していた。だから、委員長は当初、俺たちと一緒に弁当を食べることがあまりなかった。
生徒会の役員ではないけれど、生徒総会や生徒会長の選挙の手伝いをしていた気がする。今日の放課後に生徒会室に行くのは、顔合わせのためだろう。
副委員長は、委員長が欠席の場合に代理を務める。一年二組の副委員長は、あまり目立たない子で、委員長の補佐で黒板書きをしていただけだった。
時間がないので淑子に断わると、一色を誘って職員室に向かった。
「一色さん、私を推薦するなんてどういうつもりよ?」一応文句を言っておく。
「お互いさまじゃないか。でも、君は適任だと思うけど」
「失礼します」と言って職員室に入り、中村先生を見つけてそばに行った。
「藤野さん、一色さん、一年間、委員長、副委員長をよろしくね」
「は、はい。・・・自信ありませんが」
「はい。藤野さんにお任せください」おい。
「なに、先生と生徒会の手伝いと、クラスを仕切るくらいよ。藤野さん、あなたなら大丈夫」
全然大丈夫じゃありませんが。
「授業の準備とか手伝うんでしょうか?」
「たまにプリントを持っていくのを手伝うくらいかしら。いちいち授業の前に聞きに行くのは大変だから、手伝いが必要な授業がある場合は、担任の私のところに話が来ることになっているの。朝とお昼に私のところに確認に来てちょうだい」
「わかりました」けっこう面倒だな。喜子はこれを一年間していたのか。頭が下がる。
「今日の授業の準備は何かありますか?」
「午前中の授業はないわ。午後の授業の前にもう一度確認に来て」
「はい」
「それから、まもなく生徒会役員の選挙が始まるから、その候補者選びがあるわね」
生徒会長などの役員の選挙。・・・そんなの去年やったっけ?俺が美知子になる前のことだが、美知子自身の記憶もあいまいだ。
ちなみに生徒会長は、三年生から選ばれて、卒業まで務める。進学校なら二年生のときに選ばれるだろうが、松葉女子高は進学校ではない。大学や短大への進学を考えている人が生徒会長になったら大変だろうな。
「職員室に行くのは交代制にしない?」教室に戻る途中で俺は一色に提案した。
「そのくらいならいいよ。君は朝と昼休みとどっちがいい?」
「朝にしようかしら?」
午後は実習が多いので、準備の手伝いやら、クラスメイトへの連絡やら大変そうだ。食休みもしっかり取りたいし。
「いいよ、私は。・・・これからは相棒だね。事件が起こったら一緒に解決しよう」
「そうそう事件は起こらないわよ」多分。
「そうだ。親睦を深めるために、帰りに私の家に寄らないかい?」
「そうね」
放課後、生徒会に寄るから、恵子とは一緒に帰れない。それなら、一色のことをもう少し知っておいた方がいいだろう。
授業が始まり、俺は「き、起立、・・・れ、礼」となれない号令をかけた。今まで意識していなかったが、自分が委員長になったら忘れてはならない仕事だ。
真新しい教科書を開くと、インクの匂いが鼻をついた。委員長としてこれからどうしていくか、考えることがいろいろありすぎて、その日は一日ぼーっとして授業を受けていた。春休みボケもあったかもしれないが。
放課後になると、二年三組のクラスに寄った。
恵子が気づいてすぐに出てきた。
「どう?新しいクラスは?」と恵子に聞く。
「う〜ん、まだわからない。一緒に帰る?」
「それがね、ケイちゃん。私、二組のクラス委員長になっちゃったの」
「ええっ!ほんと?」
「信じられないと思うけど、事実なの。それでね、これから生徒会の集まりに顔を出さないといけないみたいだから、悪いけど先に帰って」
「そんな・・・」新しいクラスで心細くなっていた恵子は、心底がっかりしたようだった。
「でも、委員長になったんならしかたないよね」
「美知子さ〜ん」俺の姿を見つけて麗子も寄って来た。
「麗子さんも、頼子さんや良子さんと離れちゃったわね」
「仲のいい子が、美知子さんを含めて、いなくなっちゃったから寂しいわ」
ここで俺が二組の委員長になってしまったことを話すと、同じように驚いていた。
「すごいわね、美知子さん。・・・でも、適任かも」
そうかな?完全なミスキャストだと思う。
「麗子さん、ケイちゃんと仲良くしてあげてね。そしてまた、一緒に勉強しましょう」
「うん、きっとよ」
俺は二組に戻ると、一色に声をかけて一緒に生徒会室に向かった。
この部屋に入るのは初めてだ。
おそるおそるドアを開けて中に入ると、委員長・・・ややこしいから今後は喜子と呼ぶ・・・が既に来ていて、俺の姿を見つけると嬉しそうに手を振った。
「美知子さん、委員長になったのね?」と喜子が言った。
「ええ、いろいろわからないところがあるから、教えてね」
「一色さんもありがとう。美知子さんを推薦してくれて」
一色は喜子を見てにやっと笑った。
「どういうこと?」




