六話 テレビ事情
銭湯での恵子の態度を、俺はあまり気にとめなかった。
この時代に順応するのに、けっこう時間がかかったからだ。
銭湯を出た俺に、外で待っていた武は「遅い!」と文句を言ってきたが、俺はただ武の頭を撫でるだけだった。
「何すんだよ!」
「もちろん、ちゃんと頭を洗ったか確認するためよ」
武の頭はくしゃくしゃになっていたが、まだ湿っていて、砂はついていないようだった。
「もちろん洗ったぜ」
「そのようね、感心、感心」
「それよりもっ!早く帰ってテレビを見ようぜ!」
テレビか・・・。今やっている娯楽番組や、ニュースなどから、社会の状況がわかるな。
「何見るの?アニメ?」
俺の言葉を聞いて、武がきょとんとした。
「姉ちゃん、『アニメ』って何?」
俺は一瞬戸惑った。そうか、アニメという和製英語はまだ広まってないんだ。
「え〜っとね、テレビでしてるマンガのことよ」
「ん、マンガはあまり見ない。・・・父ちゃんに叱られるから。もう五年生だからって」
そういう時代なのか。・・・五十年後には大学生も社会人も、深夜にアニメを見てるのに。
「でも見たいんじゃない?」
「同じ組で、しょっちゅうマンガを見てるやつもいる。・・・『鉄人二十八号』とか、『おそ松くん』とかやってるんだって。・・・マンガ雑誌に載ってるやつだから、見てみたい気がするけど」
『鉄人二十八号』に『おそ松くん』か。・・・俺が小さい頃にリメイクされたアニメを放映していたはず。・・・再放送だったかな?
「じゃあ、何見るの?」
「ん〜、テレビをつけたらやってるやつ。・・・野球かプロレスやってればいいけど、今日はしてない」
「そう・・・」
何となく興味を失って、俺は生返事を返した。
まもなく自宅に着いた。
「ただいま」「ただいま〜」
「おかえりなさい」
出迎える母親。玄関先に父親の靴も揃えておいてあったので、父親も帰宅したようだ。
「お父さん、ただいま」
父親にも声をかける。
「うむ」
「お父さんたちはお風呂に行かないの?」
「夕飯の後で行くわ。・・・美知子、夕飯の準備を手伝って」
「は〜い」
台所からお茶の間のちゃぶ台の上へ、お茶碗やおかずを運ぶのを手伝う俺。今夜のおかずは、塩焼きサバに大根とニンジンの煮物、トウフのみそ汁に漬け物だった。
「げ、おれニンジンやだー!」
「好き嫌い言わないの、武」
はしやお茶碗を並べると母親がご飯をよそう。俺はいつも美知子がしているように、ご飯が盛られたお茶碗を受けとって父親や武の前に置いた。
「父ちゃん、テレビつけていい?」
「食事が終わるまで待て」
「ちぇーっ」
美知子の記憶では、食事中のテレビやラジオはこの家では禁止されていた。
俺が子どもの頃はいつもテレビを見ながら飯を食っていたが、昭和の家庭は厳しいな。・・・よその家は知らないけど。
食事の準備が終わると、俺は朝と同じように、あぐらをかかないように気をつけて座った。
一家四人での夕飯が始まる。食事中によく喋るのは武。それを母親が時々口をはさんだり、たしなめたりしている。父親は無言だったが、食事中の会話は許されているようだ。
「今日、お風呂でケイちゃんちのおばさんに会ったけど、変なことを言ってたわ」
俺も食事中に母親に話しかけた。
「変なことって?」
「ケイちゃんに、体をよく磨けって言えって」
それを聞いて母親はふふふっと笑った。
「そろそろ結婚することを考えて、身ぎれいにしろってことじゃないの?」
「結婚って・・・。まだ高校生になったばかりだよ」
確か日本では女は法律上十六歳以上で結婚できたはず。恵子も今年中に十六歳になるだろう。・・・でも、淫行条例に引っかからないか?
「まだまだと思っているうちに三年過ぎて、もう卒業かって思うときがすぐに来るわよ」
「でも身ぎれいにしろったって、お化粧するわけにもいかないし」
「ケーちゃん、体が汚れてたんじゃないか?」口をはさむ武。
「あんたじゃあるまいし。・・・でもまだ結婚なんて考えられないわよ、ケイちゃんだって」
「人ごとじゃないわよ、美知子。あなたもお嫁に行くことを考えとかなきゃ」
「美知子はまだ嫁には出さん」
無言だった父親が突然口をはさんだ。俺も母親もびっくりした。
「やだ、お父さん、今すぐって話じゃないわよ」
俺も男との結婚なんてごめんだなと思って、
「私は結婚しないわ」とつい言ってしまった。
「そう思うのは今だけよ」と母親はあきれていたが、父親はうんうんとうなずいていた。
夕飯が終わると俺と母親が食器を片付けた。父親と武は座ったままである。
男尊女卑だ・・・。
「ねえ、父ちゃん、テレビつけていい?」
「ああ、いいぞ」
スイッチを入れる武。電源ランプがオレンジ色に点灯し、やがて音声が聞こえてくるが、ちっちゃな丸っこい画面になかなか映像が映らなかった。
「テレビ映らないじゃない」俺は片づけをしながら武に言った。
「何言ってんだよ、姉ちゃん。ブラウン管があったまらないと映らないよ」
そうなんだ。急いで番組を見たいときは不便だな。
そう思いながら食器を台所に運ぶと、母親が手際よく洗っていった。
片づけが終わると俺もお茶の間に座ってテレビを見た。
既に画像が映っているが、白黒で、しかもぼやけていた。
この時代のテレビの解像度はこんなものか。
アメリカ製のドラマをしていたようだが、映像が悪く、どうにも頭に入らなかった。
「それじゃ、私たち、お風呂に行ってくるから」
母親がそう声をかけて、銭湯の準備をすませた両親が立ち上がった。
「武、テレビばっかり見てないで、宿題をちゃんと済ませるのよ」
「は〜い」母親の言葉を聞いているのか、生返事を返す武。
俺は両親を玄関まで見送ると、お茶の間に戻ってまたテレビ画面を見た。
「お風呂からの帰りにアニ・・・テレビマンガのことを聞いたけど、特撮番組ってないの?」
「とくさつって?」
「人間の役者が演技している子ども向けの番組のことよ」
「ん〜と、『ウルトラQ』とか『サンダーバード』とか」
『ウルトラQ』は『ウルトラマン』の前番組のことだな。『サンダーバード』は俺の時代にCGの映画が作られてた。・・・すごいな、こんな昔からあったのか。
「『サンダーバード』に出てくる役者が、目が大きくて、ひょこひょこ変な歩き方をしてるけど、あれって人形なんだってさ。知ってた?」
「知ってるわよ、さすがに」見たことないけどね。
この時代に放映されているテレビアニメや特撮番組について、美知子はほとんど知らないようだった。ドラマは『逃亡者』とかは見てたようだ。
「それから『コンバット!』も時々見てる」
戦争ドラマだっけ。これも見たことはない。
今見ていたドラマが終わると、武は自分でテレビのスイッチを切った。
感心、感心と思っていると、武は大あくびをして言った。
「もう寝る。・・・姉ちゃん、布団敷いて」
一瞬、「自分で敷け」と言い返そうと思ったが、前に布団を武に敷かせたところ、美知子と武の部屋の真ん中に敷いて、美知子の布団が敷けなかったことを思い出した。
「宿題は?・・・すんだの?」
押し入れから武の布団を出しながら、俺は武に聞いた。
「明日、学校でやる」
武はパジャマに着替えると、そのまま布団に潜り込んでいった。
武も優等生じゃなさそうだな。
そう思って俺もパジャマに着替えると、ちょうど両親が銭湯から帰ってきた。
「おかえりなさい」
俺は両親を出迎え、もう寝ると告げて部屋に戻った。
夜の九時過ぎに、俺はもう布団に入った。そして、しみじみと考える。
美知子になって最初の一日が過ぎた。驚くことや慣れないことが多かったが、美知子の記憶を頼りに何とかやり切った。
疲れた。・・・パソコンかスマホが見たいけど、手元にあったとしてもすぐに眠ってしまいそうだ。
この経験はやはり長い夢ではないかという思いが頭の中をよぎった。
明日の朝、目覚めたら、元の俺に戻っているかもしれない。
この世界にはパソコンもスマホもネットもない。家は木造で、風呂はないし、トイレは汲取式だし、道路は未舗装だし、ミシンは人力だし、テレビは映りが悪いし、食事に肉はあまり出ないようだし・・・。そう考えると、俺の時代の社会の方がいろいろと便利だった。
しかしこの時代の人たちは、それらを不自由と感じることなく生き生きと生活していた。一人部屋にこもって動画作りしている生活とどっちがいいかと問われると・・・?
明日の朝、元の部屋で目覚めたら、この経験を動画作りに生かしてみよう。・・・そのとき、恵子たちのことを懐かしく思い出すだろうな。
俺はもう睡魔に勝てなくなっていた。目を閉じると、あっという間に寝入ってしまった。
そして次の朝、目覚めるとまだ美知子のままだった。
TVアニメ情報
フジテレビ系列/鉄人28号(1963年10月〜1966年5月)
日本テレビ系列/鉄人28号(太陽の使者 鉄人28号)(1980年10月〜1981年9月)
日本テレビ系列/超電動ロボ 鉄人28号FX(1992年4月〜1993年3月)
テレビ東京ほか/鉄人28号(2004年4月〜9月)
フジテレビ系列/鉄人28号ガオ!(2013年4月〜2016年3月)
NETテレビ系列/おそ松くん(1966年2月〜1967年3月)
フジテレビ系列/おそ松くん(1988年2月〜1989年12月)
テレビ東京ほか/おそ松さん(2015年10月〜2016年3月、2017年10月〜2018年3月)
TV番組情報(日本国内)
TBS系列/ウルトラQ(1966年1月〜7月)
NHK総合テレビ/サンダーバード(1966年4月〜1967年4月)
TBS系列/逃亡者(1964年5月〜1967年9月)
TBS系列/コンバット!(1962年11月〜1967年9月)




