四十一話 十二月は忙しい(三)
さて、終業式の日までに仕上げないといけないことが一つある。
それは、麗子のクリスマスパーティーに持っていくプレゼントの製作だ。
母親の意見を聞いたりして最終的に考えついたのがヘアターバンだ。布製のヘアバンドの幅広いやつで、お風呂上がりなどに髪をまとめるのに使えたりする。
母親にお金をもらって、さっそく手芸店に材料を買いに行く。
武がおこづかいをねだってもそうそうもらえないが、俺が手芸に使うときは、母親の財布の紐がゆるくなる。手芸に興味を持つのを喜んでいるようだ。
買ったのは、可愛い花柄がついた布と幅広のゴム紐だ。
買った布から五十センチ×二十五センチくらいの布二枚と二十五センチ×十センチくらいの布一枚を切り取った。
大きい方の布二枚はそれぞれ裏側に半分に折り(五十センチ×十二・五センチ)、長辺を足踏みミシンを使って縫い合わせた。その後、裏返して平らにする。
小さい方の布も同様に縫って裏返した。
大きい方の布二枚を交叉させてそれぞれを半分に折った。こうすると交叉したヘアターバンになり、ちょっとおしゃれだ。一方の布の端を重ねたところを寄せてゴム紐の端を縫い留める。
ゴム紐を小さい方の布の中に通し、ゴム紐の反対側の端を同じようにもう一つの大きい布を重ねたところに縫い留めた。小さい方の布を適当に伸ばすと完成だ。
簡単ではあるが、未だにミシンに慣れていないので、それなりに手間取った。
さらに、委員長の誕生日プレゼント用にオレンジ色の刺繍糸でブレスレットを編んでおく。水上先輩の取り巻きから依頼された分も、何とか二学期中に渡せるよう頑張って編んだ。
終業式の前日の朝、教室に入ると俺は三瀬さんのところに行った。
「あら、藤野さん」
今日は声がうわずってなかった。
「この前頼まれたブレスレットをお渡しするわ」
「ありがとう」
「それから、水上先輩のお友だちに頼まれたのを、水上先輩のところに届けてもらえるかしら」
「あ、ありがとう、喜んで」
「十個もあるけど、よろしくお願いするわ」
「まかせてっ!」
三瀬さんは小袋が十個入った紙袋を受け取ると、すぐに教室を飛び出していった。
さすがに今度は水上先輩が礼を言いに来ることはないだろう。
そうたかをくくっていたら、放課後に水上先輩が来ましたよ。暇なのか?
三瀬さんはもう帰っていたので、例の呼び声は聞けなかった。別に聞きたいわけじゃないが。
今回、水上先輩は取り巻きを連れておらず一人だった。
「やあ、美知子くん、今日は僕の友人たちにミサンガを作ってくれてありがとう」
「いえ、どういたしまして。・・・今日はお一人ですか?」
「ああ、先生に呼ばれていると言って、教室で待ってもらっている」
まあ、取り巻きがいない方が少しは気が楽だ。
「で、今日は君にお願いがあってきたんだ」
「お願いですか?ミサンガならもう差し上げましたよ」
「そうじゃないんだ。来年の一月八日にうちで新年会をやる予定なんだが、そのときに僕といっしょに漫才をしてもらえないかと思って」
「マンザイ!?」俺はすっとんきょうな声をあげた。
「私は漫才なんてしたことありませんし、できませんよ!」
「それはこれから練習すればいいさ」
何を言ってるんだ、と俺は思った。漫才をしたいなら、漫才好きの人を捜せよ。
「ほかに人はいないのかって思ってるんだろうが、男でも女でも、僕のそばに立つとぽーっとなっちゃって使い物にならないんだよ。その点君なら大丈夫そうだ」
「あ、ジュリエットさんはどうですか?松葉祭のお芝居で、先輩にツッコンでたじゃないですか?」
「あ、君はツッコミを知ってるんだね。さすがは僕が見込んだ子だ。・・・あのジュリエット役の子はあれで精一杯でね、漫才までさせるのは無理なんだよ」
「なんでそんなに漫才をしたいんですか?」
「こう見えて、僕は漫才が大好きなんだ。・・・もともと大阪生まれだしね」
「大阪?それにしては関西弁のなまりが全然ありませんけど」
「ま、まあね・・・。小さい頃に引っ越したからね。・・・とにかくっ!」
水上先輩は背中のセーラー服の内側から、原稿用紙の束を取り出し、俺に押し付けた。生暖かくて気持ち悪い。
「これが台本なんだ。・・・一度読んでみてもらえないかな?」
「えっ、でも・・・」
「じゃあ、頼んだよ〜」そう言い残して、水上先輩は去っていった。
唖然としている俺のそばに委員長が寄ってきた。
「なんだったの、水上先輩?」
「さ、さあ、・・・知らないよ」
「あの、美知子さん、これ・・・」そう言って委員長は、おなかのセーラー服の内側から原稿用紙の束を取り出した。こちらも生暖かい。
「これは?」
「あの小説の続きなの。明日、私の家に来る前に読んでおいてほしいの」
そう言うと、委員長は顔を赤らめ、
「じゃあ、さようなら」と言って足早に帰っていった。
「どうしたの、それ?」と今度は恵子が寄ってきた。
「何でもない。回覧板みたいなものだよ」俺はそう言って二つの原稿をカバンの中に突っ込んだ。
「じゃあ、帰ろうか」
家に着くと、さっそく二つの原稿を取り出した。
漫才の原稿は気が進まないので、まず、委員長の原稿を読むことにする。
「・・・さち子は、漸くとも子先輩と二人きりになった。
とも子先輩の傍に擦り寄るさち子。
『とも子先輩』さち子はとも子先輩の顔を見上げた。とも子先輩の唇が怪しげに濡れていた。
『さち子。・・・やっと二人きりになれたね』
そう言ってとも子先輩はさち子の肩をつかむと、自分の胸元に抱き寄せた。
『先輩・・・』さち子の目が潤む。
『さち子・・・』
とも子先輩はさち子の顎をあげると、その唇に優しく自分の唇を押し当てた。
そして小一時間が経った頃、とも子先輩は漸く唇を離した。」
ぶぶぶぶぶー!俺は思わず吹き出した。
この前は情景描写だったのに、いきなりラブシーンになっている。
しかも熱烈すぎて、少女小説の範疇を超えていないか?
第一、小一時間も、つまり一時間近くもキスしてられるかっ!まさか、委員長は俺とキスの最長記録に挑むつもりじゃないだろうな?
俺はめまいがして、原稿を閉じた。
気乗りはしないが、次は水上先輩の漫才原稿だ。大阪の漫才は、この時代じゃテレビであまりやっていないが、どうなんだろう?
登場人物は当然ながら二人だ。セリフの前に『杏』と書いてあるのは、水上先輩のボケ・パートだろう。そして『○』と書いてあるのが、ツッコミ・パートと思われた。
「○『どうもー、○でーす!』
杏『三波春夫でございます』」
俺はすぐに原稿を閉じた。どこかで聞いたことがある。パクリじゃないか?
もっとも、この時代なら、パクられた芸人はまだデビューしていないのかもしれない。
自分で考えついたのなら、水上先輩は天才だ。しかし、少なくとも俺は、この原稿で漫才をするのは耐えられない、と思った。
しばらくして落ち着いてきたので、不本意ながらもう一度漫才原稿を開いた。
「○『いやー。今朝もいい天気だねー』
杏『そうだねー』
○『あ、ニワトリが鳴いてる』
杏『コケコッコー』
○『スズメも鳴いてる』
杏『チュンチュン』
○『ツバメも鳴いてる』
杏『・・・・・・ツバツバ』
○『ツバメがそんな風に鳴くか!』杏をたたく。
○『あ、松葉女子高の校門が見えてきたよ』
杏『美人ぞろいの女子高だね〜』
○『私に対する当てつけかー!』杏をたたく。
杏『ごめん、ごめん。でも君にも人より優れているところがあるよ』
○『え、どこかなー?』
杏『足の裏』
○『見えるかー!』杏をたたく。」
俺は頭が痛くなった。確かにこの漫才は受けるだろう、水上先輩の取り巻きたちには。
相手をする俺はいい笑い者だ。そのかわり、取り巻きたちの俺に対するやっかみは軽減するかもしれないが。
我慢して続きを読む。
「杏『ねえ、君はこれを知ってるかい?』○にミサンガを見せる。
○『知ってるよ。自然に切れたら願いが叶うというミサンガだよ。私もつけてるよ』杏にミサンガを見せる。
杏『私の願いを聞きたいかい?』
○『どんな願い?』
杏『美人になりますようにって願いさ』
○『もう叶ってるよー』
杏『だからミサンガは永久に切れないのさ』
○『どひゃっ』
杏『君の願いは何だい?』
○『私も同じで、美人になりますようにって願いだよ』
杏『君のミサンガも、永久に切れないだろうね』
○『もういいわ』杏をたたく。
杏○『ありがとうございましたー』」
俺は頭を抱えた。最後の方はもはやお笑いではなかった。水上先輩を賞賛するだけだ。
翌朝、終業式前に俺は二年三組を訪れた。
「水上先輩、私にはこの漫才はできません」原稿を突き返す。
「どうして?君なら絶対に受けるのに」
「私がいい笑い者になるだけです!」
「芸人なら、笑い者になってでも笑いを取らなくちゃ!」
「私は芸人じゃあありません!」




