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「あなたね!これを食べろというの?なによこれ汚ならしい!まるで…、あ、いえ、とにかく!私は結構です!」
目の前に差し出されたカツカレーを見てニナ様はそう言った。マチルダもどこか二の足を踏んでいる感じだ。ニナ様の顔色を窺っている。
「いや、おいしいんだけどな。」
日向はスプーンで掬って一口食べた。
(うん、上手い。辛いけど奥行きのある味付けだ。カツも厚みがあり、まだ揚げたてでサクッとした歯応えがある。)
「ミミも食べるぅ!」
俺の様子を見て、ミミも笑顔でカツにかじりついた。
サクッ♪
その瞬間にミミの笑顔がくしゃくしゃに崩れた。
「ウマー!!」
ミミは立ち上がって、ほっぺたを片手で押さえながら跳び跳ねた。日向とミミは一心不乱に食べた。
「所詮魔物ね。よくあんなものが食べられるわね。」
ニナ様は毒づいた。しかし、二人がもうずいぶんと何も食べていないのは明白だった。五十キロも移動してきたあとだし、マチルダはさっきから暖炉の上のスープばかり見ているからだ。ニナ様の目は、日向の口許に釘付けだった。
「そ、そんなにうまいのですか?」
日向が食べ終わる頃、マチルダが日向に聞いてきた。
「美味しいですよ。揚げ物とカレーですからね。日本人のソウルフードです。」
「マチルダ、私も食べてみたいわ。」
ニナ様がマチルダにそう呟いた。まるで日向に聞こえるように。
「ニナ様、私が身体強化の魔法をかけて食べてみます。それで大丈夫できたらニナ様もお召し上がりください。」
「マチルダ大丈夫なの?」
「身体は丈夫な方です。ご心配には及びません。」
マチルダはそう言ったかと思うと、ぶつぶつと呪文のようなものを唱えた。心なしかマチルダの身体が黄色っぽく光った。
「では。」
マチルダはスプーンを持ち、日向たちと同じように一口食べた。口に入れた瞬間、マチルダの顔は絶頂を迎えたときのそれになった。頬を赤らめ、目を閉じた。ニナ様を振り返ったときの目は、とろとろにとろけていた。
「ほいひいれす」
ニナ様はマチルダの顔を見た途端にスプーンを持った。
マチルダはニヤけながらニナ様に先ほどの呪文をかけた。今度はさっきよりも長い時間光った。そのお陰で、ニナ様は後光を纏ったように光り輝いた。ニナ様が一口食べた。
「なによこれ!美味しい!美味しいわ!身体が、じぃんって、熱くなるみたい」
二人は恍惚とした表情を浮かべた。そして一気にカツカレーを食べた。ミミが日向の服の裾を掴んだ。
「ねえお兄ちゃん、ミミもっと食べたいの。」
「もっと食べたいの?わかった。」
日向は少し自信がなかったが、もう一度冷蔵庫を開けてみることにした。なぜなら、なんでも出てくるとは願ったが、何度でもとは言わなかったからだ。一抹の不安を抱えながら冷蔵庫を開けた。
(カツカレー、カツカレー、カツカレー、カツカレー)
果たしてそこには、先ほどと同様に、カレーの鍋、白米の鍋、そしてフライパンに4枚のカツが入っていた。
「今温めるからちょっと待ってて。」
「おかわりあるの?わーい!」
ミミはそう言って日向にしがみついた。ニナ様とマチルダも、チラッと日向のほうを見た。
「二人ともお代わりありますんで。食べますか?」
「食べるわ!」
ニナ様が立ち上がって、皿を日向のほうに向けた。その瞬間、カレー皿はニナ様の手を離れ、一直線に日向のほうに向かって飛んでいった。身体強化が解除されていなかったのだ。皿は相当の速さで日向に当たり、当たった瞬間に日向は悶絶した。
「ご、ごめんなさい。日向。大丈夫?」
日向は薄れ行く意識の中で、例の声を聞いた。
ー ヒナタ ー
(うーん。眠いな。)
ー ヒナタ ネテハイケマセン ー
(あ、スリか。)
ー ポイントヲマエガリシテフッカツシマスカ? ー
(え? 俺、死んだの?)
ー ヒナタハシニマシタ ポイントヲツカエバフッカツデキマス ポイントヲマエガリシマスカ? ー
(死ぬのか。どうせなら死ぬ前に女の子と……)
ー ポイントヲマエガリシマスカ? ー
(お願いします。前借りさせてください!)
ー トオカニイチワリズツリソクトシテトリマス ー
(トイチかよ!ちくしょうそれでいいよ。)
ー デハ ヒャクポイントノマエガリデス ー
(おい!待て! 100ポイントだったら十日で10ポイントかよ!)
ー ソウデスヨ ー
(何人女を連れ込めばいいんだよ!)
ー ヒトリニポイントナノデゴジュウニンデス ー
(一人2ポイント!50人!?十日で五人連れて来れなければ雪だるま式に膨らんでくだろそれ!)
ー ソンナコトシナクテモ セイコウスレバヒャクポイントタマリマスヨ ー
(成功?どういうこと?)
ー トニカク フッカツシマス ー
(え、ちょっと待って……)
「日向!」
日向はいきなり目を覚ました。目の前にはニナ様の顔があった。泣きそうな目で、いや、既に泣き晴らした目で日向を見つめていた。
「日向ぁ~、良かった!私、あの、ごめんなさあい!わぁぁぁぁん!」
ニナ様はそう言って日向の胸に飛び込んできた。マチルダも心配そうに日向の顔を覗き込んだ。ミミは泣きじゃくるニナ様を見て、もらい泣きをして泣き出してしまった。日向はニナ様とミミを自らの胸に抱きしめた。
「みんな…」
そして日向はニナ様の頭をポンと撫でて、マチルダにこう言った。
「マチルダ、その魔法禁止。」
「くっ、申し訳ありません。」
「あと、女の人連れてきて。」
「え?」
「そのくらいいいだろ。ニナ様とはキスできない、ミミともキスはしたら駄目、じゃあ誰とすればいいんだ!」
「あの、わたしとでは駄目ですか?」
「そう思うならやってみなよ。」
マチルダは訝しげな顔で日向に近づいたが、見えない壁に遮られるかのように、日向の半径一メートル以内には近づけなかった。
「こ、これは、魔法!」
「そうだよ。俺は魔法をかけられてもう二度とマチルダに触れることができないんだ。」
「そんな!これほど強力な魔法とは。一体誰がこんなことを?」
そのとき、巨大な地響きが聞こえ、家の中が僅かに揺れた。
「キャー!」
「何よこれは!」
「大丈夫。揺れが収まるまで動かないで。」
日向はみんなを抱き寄せ、安心するよう言葉をかけた。そのときマチルダの身体が紫色に輝いた。
「ニナ様、魔力通信が復活しました。味方からの通信です。」
マチルダが窓際に移動した。外に向かって誰かと話している。おそらく森の国の人間だろう。魔力通信と言ったが、携帯電話のようなものかもしれない。
「ニナ様、大変です!火の国が森の国に宣戦布告をした模様です。」
「なんですって!じゃあ先ほどの地震は!?」
「火の国の攻撃かと思われます。」
「え!でも、それは変ね。森の国の王城と火の国は正反対よ。火の国はどこに攻撃を仕掛けたのかしら。」
森の国は王城と城下町の他は巨大な森しかない。国土のほぼ全てが森で、その森の南端に王城と城下町がある。火の国は森の国の北側にある小国で、森を抜けたところの渓谷地帯にある。火の国から森の国の王城までは五十キロくらい離れている。その間にあるのは、広大な森だけのはずだったのだが……
「まさか!」
ニナ様とマチルダは顔を見合わせた。
「ここを狙って攻撃を仕掛けているの?」
(は? なに言ってんだこいつら。)
そのとき、マチルダの身体が再び紫色に光った。
「なに!? ふむふむ。わかった!」
マチルダは再び誰かと通信をして、さっとニナ様に耳打ちをした。
「ニナ様、ここにいては危険です。待避しましょう。」
「おい! ちょっと待てよ! 危険ってどういうことだ!?」
再び大きな地鳴りがした。そして今度は大きな揺れが来た。
「日向、世話になったわ。城へ戻ったら褒美を与えるわよ。光栄に思いなさい。じゃあね。」
ニナ様とマチルダは走るようにして玄関から出ていった。
「おい!」
日向は呼び掛けたが、二人はついに戻っては来なかった。