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「ここって異世界なの!?」
スリはもう答えなかった。日向はリビングに戻り、窓の外を見たが、地吹雪のようになっていて、視界がすぐそこまでしかない。
「マチルダ、ここはなんというところなんだ?」
日向は戻ってマチルダにそう聞いた。
「ここは森の王国です。」
せっかくだから地図を買いてもらうことにした。紙やペンはなかったので、マチルダはリビングの壁に積まれている薪を使って、地図を作ってくれた。それによると森の王国は、王城と城下町、そしてこのモデルハウスを除くと、あとはすべて森だそうだ。ここから王城までは歩いて一日、冬だと二日はかかるという。五十キロといったところか。
「二人はどうしてこんなところに来たの?」
「お城にいたら魔力反応を感知したの。それで来てみればわけのわからないものが建ってるし、魔物は出るし、他の者とははぐれるし、とんだ貧乏クジだわ!」
「まもの!?」
日向はゲームや小説の中でしか聞かない単語に耳を疑った。
「まあ、私とマチルダにかかればイチコロね。」
ニナ様は得意気な顔をしたが、マチルダはなんともいえない、例えるなら無理やり服を着させられる犬のような切ない顔をした。
(きっとマチルダが一人で頑張ったんだ!)
「その、魔物はどこに?」
「あっちよ。」
ニナ様は窓の外を指差した。見ると、みるみる地吹雪が晴れていき、視界がクリアになっていった。窓の外は明らかに、日向のいた街ではなかった。
家の周り二十メートルほどは空き地だが、その半径から先には一面木々が生い茂っていた。鬱蒼とした木々のせいで、森の内部は暗い。
家の玄関から真っ直ぐ突き当たったところに、僅かだが木々の裂け目ができていて、獣道のようになっていた。その脇に、獣のようなものが倒れていた。
「あ、あれ!魔物!?」
日向は情けない声を出した。初めて見る魔物はそれほど大きくなく、人間と同じくらいか、それより小さい。小学生くらいだ。獣は綺麗な紫色の毛皮をしていた。しかし、毛皮の部分は頭部と手足の先のみで、顔、手足、胴体、すべて肌色をしている。
(あれ?なんかあの魔物、人間っぽいぞ?)
日向は目を凝らしてよく顔を見た。
(女の子だ!)
どう見ても、コスプレしている女の子にしか見えなくなってきた。日向はすぐに外に出て、女の子の元に一直線に走っていった。そして女の子を抱き抱えた。
「大丈夫?」
紫の髪の上に耳がついている。柔らかそうだ。手足も同じく紫の毛皮で覆われているが、それ以外の部分は人肌と同じだ。胸も、毛の生えていない下の部分も丸見えだ。
(だが今は人命優先だ。そんな些細なことはどうでもい!)
日向はそのまま女の子をお姫様抱っこして家に入った。
ー ライフポイントガセッテイサレマシタ ー
家に入った瞬間に、例の声が聞こえてきた。
(ポイントが来たぞ!)
日向はリビングに女の子を運んだ。
「あなたね、なに考えているの!?魔物なんか連れてきて!」
ニナ様が怒った顔をした。しかし、日向は唇に人差し指を当ててニナ様を見ただけで、何も言おうとはしなかった。
(よし、ポイントを使うぞ!余計なことは言わない。まずは、暖炉だ!)
「暖炉!」
日向がそう言うと、再び暖炉が現れた。ニナ様もマチルダも、信じられないといった顔で暖炉を見た。例によって暖炉の上にはスープもあった。
「なによこれ。どうなっているの?」
(よし!そして次は……待てよ!さっきは二人分で四~五回使えていたな。この魔物一人なら二~三回ってとこだな。あと一回だけにしておくか。どうする?)
日向はニナ様とマチルダ、それに魔物の娘を順に見た。
(あ!!)
そして日向はある重要なことに気がついたのだった。
「なにかあるなら言いなさいよ。」
ニナ様にそう言われた瞬間に、日向は土下座をした。
「な、なによ。」
ニナ様は引いている。しかし、この後、日向の口から驚きのお願いが出てきて、更にドン引きするのだった。そのお願いとは、
「俺とキスしてください!」
「なに言ってるのよ!あなた、おかしいんじゃないの!?」
ニナ様は顔を真っ赤にしてそう答えた。
「お願いします!」
日向はなおも土下座を続けた。
「ちょっと、やめなさいよ…」
「日向様、私からもお願いします。森の国の女子にとって、キスは好きな人とするもの。ニナ様は将来の国王のためにキスを取っておかねばならないのです。私でよければ、またいたしますか?」
マチルダが気を利かせてそう言った。
「ま、また?マチルダ、あなたこの男とキスをしたのね!」
マチルダは赤くなって下を向いた。
「信じられない!こんなエロい顔した奴とするなんて。私はしないわ!」
ニナ様は怒りのあまりワナワナと震えている。
「マチルダとはまた明日だ。ニナ様、わかりました。じゃあ俺が、この魔物とキスをしても問題はないですね?」
「え?」
二人は顔を見合わせた。
「あなた、今なんて?」
「だから、俺が魔物とキスをします。いいですね?」
「ええー!!駄目よ、絶対に駄目!!魔物とキスしていいわけないでしょ!」
「日向様、それはあんまりです。」
「だったらニナ様お願いします。どうしても必要なんです。」
日向は頭を地面に擦り付けた。
「まるで獣ね。わかったわ。私としなさい。」
「ニナ様!」
「いいわ。どうせあのままだったら私たち二人ともあそこで死んでいたわ。助けてくれたお礼がこれくらいで済むなら安いものよ。」
ニナ様はそう言って、日向の顔を上げて自らキスをした。
(あれ?)
(声が聞こえてこないぞ。)
ニナ様は唇を離した。
「も、もういいでしょ!」
「まだです。」
「あなたね、いい加減にしなさいよ!私はもうしないわ!」
「じゃあ食べ物いらないんですか?」
またしても二人は呆気に取られた表情で日向を見た。
痺れを切らした日向は、もう強引にニナ様の唇を奪った。しかし、どれほど時間が経とうが一向に声は聞こえてこない。
(もう、やけくそだ。声がするまでやってやるぞ!)
日向がそう決意したときだった。
「あれ、お兄ちゃんとお姉ちゃんキスしてる。ミミもするぅ。」
倒れていた魔物が起きあがって日向の方に来た。日向もニナ様も身動きが取れなかった。ミミと名乗った魔物は日向とニナ様の顔をペロペロするようにキスをした。
ー ピ ー デイリーポイントガカサンサレマス
(きた!)
日向はそこでニナ様から顔を離した。ニナ様は真っ赤になって、力なくその場にへたれ込んだ。
(よし、今加算されたポイントを使って、食べ物だ。どうする?日持ちするものか?冷蔵庫のほうがいいか?)
日向が立ち上がると、ミミはニナ様に馬乗りになってキスを迫った。マチルダが追い払おうとしたが、ミミはマチルダの手を掻い潜って、今度はマチルダにキスをした。
「くっ!」
日向は考えた。
(いきなり物が出たり消えたり、そもそもの前提がめちゃくちゃだし、ここはめちゃくちゃな注文をしてみるか。案外いけるかもしれないぞ。)
考えはまとまったようだった。日向は大声で叫んだ。
「食べたいものがなんでも出てくる冷蔵庫をください!」
四人は目を合わせた。キッチンの方で確かに音がした。日向はすぐにキッチンを確認しに行った。
広いシステムキッチンには、今までなかった白い物体が置かれていた。普通の冷蔵庫でないことは明らかだ。日向は恐る恐る冷蔵庫を開けてみた。
(カツカレー、カツカレー、カツカレー)
扉を開けると、大きな鍋が二つ、蓋の閉まったフライパンが一つ入っていた。中を見ると、カレーの鍋、白米の鍋、そしてフライパンにはカツが四枚入っていた。
(イエス!)
日向は思わずガッツポーズをした。