適当短編 優先席
昼下がりのかたす駅でからに乗ったのは、私と大学生らしい若者の2人だけだった。外のうだるような暑さから解放され、一息ついて周りを見渡す。こんな時間のローカル線だけあって、電車に乗っているのは今乗ったばかりの私達以外はスマホゲームに熱中している少年だけだ。さっきの若者は優先席に座っている。
ーきさらぎ駅、きさらぎ駅です。お降りの方は…
アナウンスとともに扉が開き、生暖かい風が吹き込んでくる。車両の端の扉から1人のお年寄りが乗り込んできた。そのまま座るかにみえた老人は、こちらを見ると突然鬼の形相になり、ものすごい勢いで迫ってきた。ずっと眺めていたのが気にでも触ったのかと、身を縮こまらせる。しかし、老人は私の前を素通りし、若者の前に立った。
ーおい!ここは優先席だ。お前みたいな若造が座る席じゃないんだよ!
どうも老人の怒りターゲットは私ではなく、優先席に座っている若者に向けられたもののようである。ホッとしつつスマホを取り出し、こっそりとその様子の撮影を始める。ただならぬ雰囲気を感じ取った少年がチラチラと横目で2人を見ている。
ー優先席に我が物顔で座るなんてなんて盗人猛々しい!今すぐ土下座して電車から降りろ!おい、聞いてるのか⁉︎
黙っている若者に対し、老人の発言はどんどんエスカレートしていく。確かに若者が優先席に座っているのは怒られて当然だけれど、そこまで言う必要はあるのだろうか。と、そのとき、
ーガンッ…
車両に鈍い音が響いた。一瞬遅れて老人が若者の足を蹴った音だと分かった。思いの外大きな音が出たことにたじろいだのか、老人が一瞬黙った。いくらご老人でも蹴っちゃったら傷害罪にでも問われかねないというのに…。ここで若者が初めて口を開いた。
ー先程から私がまるで健康体の若者であると仰っていますが、何の根拠があって私が健康体であると?
ーこんな元気な病人がいるかい!
老人も負けじと言い返す。若者が立ち上がった。
ーでは教えてあげましょう。私は過性意識消失発作持ちの人間です。要は突然失神する病気なわけですよ。最悪の場合救急搬送なんてこともある重病なんですよね。それでも私が健康体であると?
老人は返す言葉もなく黙ってしまった。電車が間もなく次の駅に到着するとアナウンスが入る。
ーあなたのように、障害者や病人に理解がなく、外見だけで判断するような人が沢山いるから、バリアフリーだ何だって言っても全く進展がないんですよ。まして病人に手を挙げるとはもってのほかですね。
電車が減速し、若者がドアの前に移動する。
ーまぁ嘘ですけどね。
・・・はぁ?
ー私の持病の本当の名前は虚言病。要は大嘘つきってことですよ。まぁ…
電車の扉が開く。若者がカメラ目線を寄越してくる。
ー嘘ついてお年寄り騙くらかして嘲ってんだから、そーゆー障害者ってことですよ。
言うなり若者は扉から走り出した。一拍遅れて老人が追いかける。まあ追いつかれることはまずないだろう。向かいの少年は必死にスマホに何か打ち込んでいる。大方今の出来事をMINEか何かで拡散しているのであろう。涼しい電車内に後ろ髪を引かれつつも、取り敢えず電車から降りる。私はここから一仕事しなくてはならないのだ。
スマホの動画をYUUTUBEにアップする。タイトルは・・・「きさらぎで害児VS老害バトル勃発www」とでもしておくか。相方が体を張ってくれたのだから、私はここから広告料をどこまで取れるかの勝負に専念するとしよう。
初投稿です
期末試験からの逃避作品