第08話 なんですかその男は
「ここが城の調理場じゃ」
タマモに案内された場所を見て、俺はなるほどと辺りを見回した。
城の本丸とは少し離れて建てられた煉瓦造りの厨房だ。中々に広く、ここで城の食事を賄っていると聞く。
――竈はともかく、石窯のオーブンまで。
外から見えていた煙突はそのためのものらしい。期待はしていたが、予想以上だと春樹は胸躍らせる。ここならば調理器具もそれなりのものが揃っているはずだ。
「た、タマモ様!?」
「なんでここに!?」
当然というか、現れたタマモに調理場にいた住人たちがどよめきだす。それもそのはずで、普通領主がこんなところに気はしない。
皆にちらちらと見られて、春樹はどうしたもんかと頬を掻いた。
「タマモ様、どうされました? なんですその男は」
そのとき、雑踏をかき分けて凛とした声が響きわたる。見ると、一人の女性がタマモに向かって話しかけていた。
「おお、セリアか。ちょうどよい、話がある」
どうやら彼女がここの調理場の代表らしい。ちらりと見やって、目があったので春樹はとりあえず頭を下げた。
あれは、なんの亜人だろうか。耳の辺りにエラのようなものが付いていて、イルカの尾のようなものが生えている。
とはいえ顔や身体は美人のお姉さんといった風貌で、会釈され返したので春樹は笑ってみた。
「話……とは? なにかありましたか?」
「いやの、賭けに負けてな。ここの厨房こやつにくれてやることになったから、すまんがおぬし出て行ってくれぬか」
セリアの目が見開き、突然のタマモの言葉にぎょっと春樹も顔を向ける。
どよめきが起こる厨房の中で、春樹はたまらず声をあげた。
「ちょ、ちょっとタマモさん!? 俺は別になにもそこまでは!」
「そうなのか? じゃが、おぬしを料理頭にしてやると言ってしもうたしの。二人もおったら皆も混乱するじゃろうて」
あっけらかんと笑うタマモを見て、春樹は唾を飲み込んだ。
そりゃあ掛け金をつり上げたのは春樹の方だが、まさかこのようなことになるとは。予想してしかるべきだったと、春樹はセリアを見やる。
案の定、セリアは物凄い形相でこちらを睨みつけていた。
「納得できかねます。だいたい、なんですかその冴えない優男は。台所を預かる身として、そのような得体の知れない男に城の食を任せるわけにはいきません」
至極もっともな正論である。なにせ食事とは命と同義だ。出て行けと言われて、はいそうですかと出て行く料理長などいない。
「タマモさん、俺としては自由に厨房が使えれば十分なので。セリアさんを辞めさせる必要は……」
「そうかえ? おぬしも欲のない奴よのう」
ああは言ったが、春樹としては厨房や食材が使えるだけでも十分だ。揉め事は起こしたくないと告げると、タマモはつまらなそうに唇を尖らせた。
「しかし、却下じゃ。そんなの面白うない」
「お、面白くないって言われても」
どうもタマモはこの手のいざこざが大好きなようで、ふむと思案すると扇を口に当てた。
「料理頭より上となると、なにがあるかえ?」
「え? そ、そうですね……」
聞かれて春樹も困ってしまった。そして、ひとつの単語に思い至る。
その響きがあまりにも照れくさいものだから、春樹は「でもなぁ」と腕を組んだ。
「なんじゃ。あるなら早う言え」
悩んでいる春樹をタマモが急かす。致し方ないと、春樹はその職業を口にした。
「その……総料理長とか?」
言ってて恥ずかしい。なにを言ってるんだお前はと、ホテルにいたころの自分が眉をしかめた。
しかし響きをタマモは気に入ったようで、嬉しそうに扇を広げる。
「決まりじゃ! 総料理長! はは! 愉快愉快! セリア、今日からここの総料理長はここのハルキじゃから、おぬしは料理頭として補佐に当たれ」
これで文句ないだろうと、タマモは扇で風を送る。けれど、そう容易く運ぶはずがないと春樹は前髪を揺らすセリアを見つめた。
ふるふると震え、セリアの拳が握られる。
「愉快愉快では……ございませぬ」
当然というか、二人のやり取りを聞いていたセリアは、憤怒の形相で春樹を見つめる。相手がタマモでなければ怒鳴りつけていただろう。
「このセリアにも、料理人としての意地がございます。どうしてもと言うなら、その男がわたし以上の料理人である証を示していただきたい」
その言葉に、満面の笑みでタマモは笑った。どうも始めからこうするのが目的だったらしく、隣の春樹は「この女狐め」とタマモを睨む。
その視線に気がついて、心底楽しそうにタマモは目を細めた。
「どうするハルキ? 妾は別に無理やり据えてもよいのじゃが、おぬしにも料理人としての矜持があるというなら……」
「わかりました。セリアさんを納得させればいいんですね」
この勝負、避けられるわけもない。
そもそも春樹がタマモに見せたのは、貰い物の剣聖のスキルだ。アイリッシュとの試合は剣士としての立ち会いで、タマモはまだ料理人としての腕前は見ていない。
「くく、即答かえ。男子はそうでなければの……して、勝負の方法じゃが」
タマモはそう言うと調理場を見回した。どうやら夕飯の仕度中だったようで、好都合だとタマモはセリアに口を開く。
「セリア、夕飯のメインを出せ。ふふ、心して作れよ」
微笑むタマモに、セリアは「お任せください」と頷いた。
◆ ◆ ◆
数十分後、目の前に出された皿に俺は息を呑んだ。
「ソラウオの焼きものです」
自信に裏付けされた声に、タマモが嬉しそうに声をあげる。
「ほう! 焼き魚か! よいぞよいぞ! 妾の好物じゃ!」
ケタケタと笑いながら扇を開くタマモは、愉快げに皿を見つめる。
隣で春樹も覗き込み、なるほどと思案した。
シンプルだがよい品だ。魚の焼き上がりが完璧であることが食べずとも焼き色と香りから伝わってきて、セリアの技量の高さが窺える。
添え物として付けられた野菜と茸の焼きものも見事で、旬と色彩を意識した上品ながらハイレベルな皿だ。
この大一番、これほどシンプルに勝負してきたということは、予定していた夕飯のメニューをそのまま出してきたということだろう。そこの度胸の強さも併せて、さすがは城を任されている料理頭といったところだ。
「よいのか? おぬしの進退がかかった皿じゃぞ」
「構いません。完璧な焼き上がりで調理された焼き魚。ここに手を加える必要などありませんから」
セリアは言い切った。その言葉には春樹も概ね同意だ。謂わばこれは、春樹がアイゼルに見せたステーキと同等の威力を備えている。
相手にとって不足はなしと、春樹は袖をまくり上げた。
「この品以上のものを作ればいいんですね。お任せください」
春樹の言葉に、ぴくりとセリアの眉間が動く。睨みつけてくる視線は痛いものだが、ここまでくれば春樹も腹をくくるしかない。
とりあえず、どんな食材があるか備蓄を見てみなければ。そう思い、聞こうとした春樹をタマモが微笑みながら制した。
「ふふ、まぁ待て。どこに行こうとしておる」
「え? どこって……材料を見せてもらえないことにはメニューも」
当たり前の話だ。セリアもそのつもりだったのか、食料庫の鍵を懐から取り出そうとするところだった。
二人を眺め、タマモは扇を焼き魚に向ける。
「セリア、この皿に手を加えぬことはできぬと、そう申したな?」
「え? は、はい。完璧な仕上がりです」
言質をとったりと、タマモはくすりと扇を開く。
それを傍らの春樹に向け、タマモは楽しそうに口を開いた。
「この皿に手を加え、超えてみせよ。ただし、夕飯の素材以外は使うな」
不敵に笑うタマモに、セリアの目が見開かれた。
春樹もその指示を聞き、なるほどとタマモを見つめる。
「お任せください」
春樹の返事に、面白くなってきたとタマモは満足そうに微笑むのだった。




