第30話 こんなところに呼び出して
おかげさまで月間ランキングが7位になってました。ここまでこれると思ってなかったのでびっくりです。本当にありがとうございます。これからも頑張ります。
「ほう、それがこの包丁かえ?」
タマモは興味深げに、聖剣と化した包丁を見つめた。
ぐっと鞘と柄を持って引き抜こうとするが、聖剣は一向に引き抜かれる気配はない。
「なるほど……おぬし以外には引き抜けぬというわけか。まさに聖剣じゃな」
包丁を春樹へ戻しながら、タマモは愉快そうに笑みを浮かべた。
「しかし、本当に聖剣を包丁にしてくるとは。妾が言うのもなんじゃが、まことおぬしは変わり者よな」
「そうですかね? 俺からするとこれ以上の使い道はありませんけど」
一度眺め、春樹は聖剣を腰に仕舞う。嬉しそうに頬が緩んでいる春樹を見て、意外そうにタマモは口を開いた。
「嬉しそうじゃな」
「そりゃあ新しい相棒ですから。気合いも入るってなもんですよ」
春樹の声を聞きながら、タマモは「そんなもんかの」と肘をついた。
楊枝を摘み、ひょいと出された小皿にそれを突き刺す。小皿に盛られた三時のおやつを見て、少々残念そうにタマモは唇を尖らせた。
「じゃから今日はカットフルーツなのかえ?」
「いけませんでしたか?」
呑気に聞き返す春樹にタマモは息を吐いた。
「別に悪いとは言わんが、せっかくおぬしを雇っておるんじゃから……って、美味っ!?」
噛みしめた瞬間、タマモは仰天して声を出した。
口一杯に広がる果実の風味。そして滑らかな舌触り。口当たりの良さと染み出す風味が、明らかにただのカットフルーツではない。
「聖剣の出来映えを確かめてもらおうと思いまして。気合い入れて切ったんですけど、いかがです?」
「いや、そりゃあ美味いが。……おぬし性格悪くなったの」
もぐもぐとフルーツを口に運ぶタマモを見て、春樹はくすりと笑みを浮かべるのだった。
◆
「聖剣武踏祭……ですか?」
空になった皿を片づけながら、春樹はタマモの話に顔を向けた。
なんとも仰々しい名前の祭りだが、字面からどんな祭りかは想像がつく。
「そうじゃ。年に一度、王都で行われる武闘の祭典なんじゃが……今年も無事に行われることが確定しての。先ほど連絡があったわ」
「無事にって……なにかあったんですか?」
きょとんと聞いてくる春樹の顔を、タマモは呆れたように睨んだ。尾の先で、春樹の腰をちょいちょいとつつく。
「たわけ。聖剣の御前で剣士たちが覇を競い合う大会じゃぞ? 今年はその聖剣を、どこかのアホたれが引き抜いてしもうたじゃろが」
「あっ」
言われ、ようやく春樹も理解する。確かにそれは色々とまずい。
事態を飲み込んだ張本人に、タマモは当然のように言って聞かせた。
「もちろんおぬしにも出場してもらうぞ。空気なんぞ読まずともよい。優勝してこい」
「え、俺が出るんですか?」
驚いたような春樹の声に、タマモは再び眉を寄せる。予想はしていたが、この男はどうにも剣士としての出世に興味がない。
「おぬし以外に誰が出るんじゃ誰が」
「アイリッシュさんとかいるじゃないですか」
春樹の口から出た名前に、タマモはぴたりと表情を止めた。一瞬逡巡した後、小さく息を吐く。
「アイリか。……そうじゃの、例年はあやつに出てもらっておる」
「だったら今年もそれでいいじゃないですか。剣士の祭典なんですよね? 俺が出るわけにもいけませんよ」
料理人の自分が参加するよりは絶対にいい。実力云々の話ではなく、目指している人が出るべきだ。
至って真剣な春樹の顔を見つめながら、タマモは仕方ないかと頷いた。
「わかった。アイリに相談しておこう。……やつが辞退したときは、大人しく出るんじゃぞ?」
「まぁ、そのときは」
そんなことにはならないだろう。春樹は、当然出場したがるだろうと高をくくった。
そんな春樹を見て、タマモは「まぁよいか」と前を向く。
なんだかんだで若造の春樹に、タマモはにやりと気づかれぬように笑うのだった。
◆ ◆ ◆
「今年の武踏祭はハルキを出場させることにした」
呼び出された広間に落ちた声に、アイリッシュは静かに耳を傾けた。
他ならぬ領主がそう言っているのだ。自分が口を挟める領域ではないとアイリッシュは無言で膝を突く。
「……アイリよ。おぬし、武踏祭には何度出た?」
「七度です」
短いアイリッシュの返事をタマモは聞く。
その続きは、聞かずともお互いに分かっている。剣聖への登竜門とされる武踏大会。その大会で、アイリッシュは準決勝以上に進んだことはない。
「最も強い剣士が、出るべきです。わたしもハルキで異存ありません」
顔を上げたアイリッシュの表情を見やって、タマモは頬を掻いた。
なんともまぁ、澄んだ目で見てくることだ。その言葉の意味を一番知っているのは、彼女だろうに。
「ハルキは料理人じゃぞ?」
「同時に剣士です。そして……わたしよりも強い」
はっきりと言い切ったアイリッシュの声を聞いて、タマモは窓の外に顔を向けた。
(まぁ、そう言うと思っておったが……)
今回ばかりはそれで終わりというわけにはいかない。上司として、最低限のケアはしてしかるべきだ。
偶然か、必然か。窓の外に浮かぶ丸い月を見やってタマモは唇を震わせた。
「今宵は満月じゃな」
ぴくりと、アイリッシュの肩が動く。
扇を静かに広げ、タマモはゆっくりと顔を扇いだ。
「アイリよ。おぬしのそういうところは好きじゃがな。……やり残したことがあるならやっておけ。妾が許す」
その言葉を、アイリッシュは染み入るように聞いていた。
無言で立ち上がると、そのまま広間を後にする。彼女にしては珍しく忘れた一礼に、タマモはくすりと微笑んだ。
「タマモさま……感謝します」
去り際に呟かれた声を聞き、城の主は夜空を見つめる。
どうなるものか。仕上げを御覧じろ。待つほかないと、タマモは煌めく尾を月光に揺らして見つめ続けた。
◆ ◆ ◆
「お、おい! なんか切れ味悪いぞ!?」
「あー、やっぱり俺以外だとそうなっちゃうんですね」
城の台所で、楽しそうな声が響いていた。
聖剣を持ちながら、セリアが頭に「?」を浮かべて果物を切っている。
どんな切れ味だろうと期待していたが、なまくらもいいところな切り心地に、セリアは残念そうに切っ先を見つめた。
「わたしでは力不足ということか……」
しょんぼりと肩を落とすセリアを申し訳なさそうに春樹は見下ろす。
鞘からさえ自分が抜けばなんとかなるのではと思いセリアに渡してみたが、どうやら聖剣は担い手にしか真価を発揮しない代物らしい。
「す、すみません。なんか期待させて」
「いや、大丈夫だ。聖剣に触らせて貰えるだけでも栄誉なことだからな。礼を言うぞハルキ」
戻された聖剣を受け取り、春樹はセリアの前で包丁を振るう。見事に一瞬でカットされたビワの実に、セリアが「おおー」と拍手をした。
「しかし、聖剣の担い手とはな。しかも包丁にするとか。本当、お前はわたしの想像を斜め上に越えてくるな」
「まぁ正直、聖剣は俺もびっくりしました」
丁寧に拭き取りつつ、春樹は刀身を見つめる。実のところ聖剣に手入れは必要ないのだが、ついいつも通りに洗ってしまう春樹である。
「隣で見てる身にもなって欲しいが。ま、お前はそのままでいいような気がするな」
カットフルーツを口に運び、セリアはその味にやれやれと首を振った。隣できょとんとしている朴念仁を、一発小突きたくなってくる。
そのときだ、こんこんと裏口がノックされ、二人は顔を見合わせた。
「ハルキはいるか?」
こんな時間に誰だろう。そう思っていた矢先、聞き慣れた声に春樹は再びセリアの方を見つめるのだった。
◆ ◆ ◆
「どうしたんですか? こんなところに呼び出して」
連れ出された城の訓練場で、春樹はアイリッシュに口を開いた。
この場所はよく覚えている。初めて春樹がアイリッシュと模擬戦を行った、あの訓練場だ。
上座に座っていたタマモは今宵は居らず、じっと月夜を見上げているアイリッシュを春樹は見やる。
「綺麗な満月だな」
ようやく呟かれたアイリッシュの声に、春樹も夜空を見上げた。
「え? あ……そうですね」
確かに美しい満月だ。どこかいつもよりも近く感じる月に、けれど春樹は首を傾げる。
その瞬間、春樹の足下に一本の長剣が投げ刺された。
つま先の間に綺麗に突き刺さった剣に、驚いた春樹が顔を向ける。
「包丁は、料理にしか使わんだろう? 使え、わたしと同じ剣だ」
「へ?」
訳が分からず、春樹は間抜けな声をあげる。
月明かりに照らされた銀色の毛並みが、今宵の彼女を輝かせていた。
アイリッシュが剣を握り、煌めく刀身を抜き放つ。
「ハルキ、わたしと死合え」




