第22話 折れたものは仕方ありません
「……料理人、ですか?」
きょとんとした顔で、カグヤは春樹の言葉を復唱した。
意味は勿論わかるが、なにが言いたいのかが一瞬理解できなくて、カグヤは自分を見つめている春樹に問いかける。
「えっと、つまり……料理人のあなたがこの聖剣を引き抜いたと?」
「その通りです」
真剣そのものな春樹の表情に、カグヤはちらりとアイリッシュを見やった。覚えのある顔に、カグヤは「あら」と小さく口を開ける。
「あなたは確か……九尾近衛騎士団の」
「アイリッシュでございます」
深々と頭を下げるアイリッシュに、カグヤは弱ったように眉を寄せた。
彼女のことは知っている。貿易都市で名高い、タマモ領主お抱えの近衛騎士団の団長だ。実力のほども確かで、以前レイが珍しく褒めていた。
「しかし、そうですか。料理人の方が」
あり得なくはないとカグヤは思った。それは料理人が刃物を使うとかそういうことではなく、どんな職業の者であれ聖剣に選ばれる可能性はあるからだ。
しかし、そんな春樹の声を憮然と聞いている男がいた。
「嘘をつけ」
他ならぬレイだ。レイの声に、春樹がぴくりと顔を向ける。
「料理人ごときに、俺の剣が受けられるものか」
偶然などではない。あのとき春樹は、はっきりとレイの太刀筋を見切って受け止めていた。
料理人が聖剣を引き抜くこと自体はよしとして、その後に誤魔化すのが納得できないとレイは春樹を見やる。正直に、剣士として名乗り出ればいいのだ。
しかし、それと同時にレイは春樹が嘘を言っていないことも感じ取る。ああは言ったが、春樹の言葉に偽りがないことはレイは直感で理解していた。
(だとすれば……あの強さはなんだ)
決して、料理人が身につけられる領域ではない。
不可思議そうに見つめてくるレイを、春樹は眉を寄せて睨み返した。
「だから料理人だって言ってるじゃないですか。剣はその、たまたま強いだけです」
「なに?」
春樹の言葉に今度はレイが眉を寄せる。たまたまで剣聖の太刀筋を見切れたら苦労はしない。
そして今度の言葉には、レイはわずかながら嘘の匂いを感じ取った。
「……ともかく、抜けて折れたものは仕方ありません」
にらみ合う二人は置いといて、カグヤが折れた聖剣を握りしめる。柄にも鍔にも問題はなさそうだが、こう根本から折れていてはもはや剣としては使い物にならない。
しかし、抜いたのは事実だ。それは聖剣に認められたということで、だとすれば折れたことにもなにか意味があるかもしれない。
「いいでしょう。あなたが抜き放ったという話、信じましょう」
そう言うと、カグヤは傍らに置いていた物体を手元に寄せた。
白い布で巻き固められたそれを、カグヤは丁寧に解いていく。
「それは……」
差し出されたのは、見るも美しい聖剣の片割れだった。
「これは聖剣の鞘。来るべき担い手が現れたときのため、勇者より我が王家に寄贈された、真の聖剣が納まる場所」
一同はその鞘の輝きに目を奪われた。
物理的な光ではない。その鞘から発せられる威光は、聖剣と同じく見る者すべてを魅了させる。
「ですが、これをただ差し出すわけにはいきません」
あの日、勇者はひとつの条件を提示した。抜いてなお、その者は聖剣の鞘を任せるに相応しい者かどうかを。
剣と鞘。二つが揃い、初めて聖剣は完成する。
「あなたが、この鞘を得るに相応しい者かどうかをお示しください。さすれば聖剣の全て、あなたにお譲りいたしましょう」
カグヤの声に春樹は表情を曇らせた。
貰えるならば貰うのは吝かではないが、そもそも春樹は聖剣を欲していない。それに、春樹は料理人である。証を示せと言われても、剣士として示せるものは貰い物のスキルだけ。聖剣を任されるには不釣り合いだ。
――聖剣、興味がないといえば嘘になるが。
これを受け取れば最後、剣士として生きざるを得なくなる。それは御免だと、春樹は折れた聖剣をカグヤの元へと前に出した。
「お気持ちは嬉しいですが、俺は……」
剣士ではなく料理人だ。きっぱりと断ろうと、春樹が口を開きかけた瞬間――
「まぁ待てハルキ」
聞き慣れた声が、城の広間に響きわたった。
九本の尾が揺れる音がして、その女性は扇を片手に参上する。
「た、タマモさん!?」
驚いた春樹が声をあげた。アイリッシュも目を見開き、居るはずのない上司の登場に目を丸くする。
皆の視線が集まる中、不敵な笑みを浮かべてタマモは春樹の傍らまで歩みを進める。
「姫殿……ハルキが聖剣を持つに相応しい男だと証明できれば、全てを託すとのお言葉。二言はありませぬな?」
突然のタマモの登場に、しかしカグヤは動じずに入り口に目を向けた。扉の向こうでは慌てている側近の顔が見えており、相変わらず面白いお人だとタマモを見やる。
「勿論です。二言もなにも、それが勇者と我が王家との契約なれば」
カグヤは真っ直ぐにタマモを見つめた。たとえどれだけお飾りと言われようと、彼女にも譲れないものがある。
「剣士の格を見定める。それが王家に課せられた天命であり責務。なればこそ剣聖の名は天に轟き、我が国の天明として世を照らす。……このカグヤ、聖剣の担い手を見定めるに相応しい自負がございます」
その言葉を聞いて、タマモは笑った。
彼女自身もまた、信じられるようになったものがある。
「ハルキ、急でなんなんじゃが……妾の頼みを聞いてくれぬか?」
愉快そうに微笑むタマモに、春樹はハッと顔を上げた。
それは、いつか見た美しくも楽しげな彼女のもので。そういえばこういう人だったと春樹も笑った。
――ここまで来たら、しゃーねぇか。
考えがなんとなくだが予想できて、それは無茶だぜとタマモを見やる。
けれど、春樹はこくりと頷いた。
「なんなりと」
「うむ、ではそうさせてもらう!」
証明せよというならば、すればいい。しかしそれは、残念ながら向こうの思い通りにはならない。
タマモは扇を広げると、聖剣と鞘を指し示した。
「剣士としてではなく料理人として、己が聖剣を担うに相応しい証を示してみせよ!」
その言葉に、その場の全員が息を呑む。春樹だけが、ぞくりと背中を震わせた。
タマモを見つめ、心底愉快そうに笑い返す彼女に春樹は頷く。
――貴女でよかった!
どうせ仕えるならば、面白くなくては意味がない。自分が言えなかった言葉を言ってくれたことに感謝して、春樹は九尾の領主に口を開く。
「お任せください」
それを聞き、タマモはにたりと笑みを浮かべた。よい拾いものなんぞでは到底言い表せなかったと、彼女は扇を盛大に振るう。
続くタマモの啖呵に、カグヤは目を見開いた。
「姫殿――証明した暁には、その聖剣! 妾の料理人の包丁として貰い受ける!」




