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剣聖の称号を持つ料理人  作者: 天那
第一章
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第20話 へぇ、これが聖剣ですか


「えっと、今なんて?」


 春樹の声に、アイリッシュは不思議そうに目を向けた。


「剣聖だ。……なんだ、本当に知らないのか?」


 言葉のあやで聞いてはみたものの。軽く驚いたようなアイリの表情を見て、春樹は自分の鼓動に落ち着けと命じた。


 スキルのことがバレたのかと一瞬思ったが、そんなはずはないと思い直す。


「剣聖というと、あの……剣士とか、そんな感じの」

「そうだ、その剣聖だ。なんというか……お前は料理のこと以外になるとからきしだな」


 意外そうなアイリッシュの声に、春樹はグラスの水を飲んで誤魔化した。どうやら彼女の話している剣聖とは、自分の持つスキルとは別物のようで。余計なことを言わないよう、春樹は黙って続きを促す。


 アイリッシュも、興味深げに春樹を見つめた。この青年は驚くべきほどに博識かと思えば、なぜかはわからないが、子供でも知っていることを知らないことがある。


「……剣聖というのは、今代最も強い剣士に与えられる最高の誉れだ。名乗るのはその時代にただ一人。……お前ならば、その頂にたどり着けるかもしれない」


 アイリッシュは自らの右手を見つめる。剣の道に生きた自慢の手のひらを見つめ、けれど彼女は静かに拳を握った。


 思い出す、初めて竜殺しの話を聞いたときのことを。


「本当に、変わった男だなお前は。それほどの剣の腕を持ちながら、料理人として生きたいという」


 報告を受けたとき、さしものアイリッシュも耳を疑った。騎士団が総出でついぞ退治できなかった怪物を、目の前の料理人は一太刀で斬り伏せたという。


 試合で負けてなお、どこか信じられないでいた。それが真実だと身に染みたのは、切り飛ばされる熊の右手を見たときだ。


 この青年を料理人として生かしていいものか、そんな考えが浮かぶのは罪ではない。


「アイリッシュさんは、料理人が剣士に劣ると?」

「そうは言わないさ。だが、本当に興味はないのか? なんなら、二足の草鞋を狙うという道もある」


 アイリッシュの話を聞いて、春樹はなるほどと頷いた。


――最強、か。


 春樹にも、彼女の気持ちは理解できた。そしてきっと、自分は彼女に非道いことを言っているのだろう。


「お前なら、剣聖の称号に手が届くかもしれない」


 アイリッシュの声に、春樹はゆっくりと首を振った。


 つまりはこの身に宿る【剣聖】、その内の一人にたどり着いたような者たち、そんな人たちだけが名乗ることを許される称号だ。


 ならば、自分に名乗る資格はないと春樹は思った。断じて、貰いものの能力で奪っていい場所ではないだろう。


「俺よりも、名乗るのに相応しい人がいるでしょうから。……俺は俺で、料理人として高みを目指します」


 自分の目指す場所は決まっている。剣聖を目指すというのならば、自分の包丁を彼らの中に加えることこそが目指すべき道だ。


 そしてそれは、料理人として刃を振るった先にあるだろう。


「……そうか。そうだな」


 変わらぬ表情のままの春樹を見て、アイリッシュは拳の力を抜いていく。


 たとえ自分の夢であっても、他人もそれを目指す道理などどこにもない。


「存外、私も修行不足だな」


 こんなことでは剣聖など夢のまた夢。己の未熟さを感じつつ、しかしどこか軽くなった心で、アイリッシュは目の前に座る料理人を見つめるのだった。



 ◆  ◆  ◆



「てことはあれですね、この世界に剣聖って呼ばれてる人がいるってことですよね?」


 気づいたように言う声を聞きながら、アイリッシュはきょとんとした顔で春樹を見やった。


 食事処から出て数分。今更すぎる言葉に、けれどアイリッシュは嬉しそうな声を滲ませる。


「勿論そうだが……なんだ、やっぱり興味出てきたのか?」

「あ、いえ。そういうわけじゃないんですが……どんな人なんです?」


 春樹の問いかけに「そうだなぁ」とアイリッシュは腕を組んだ。一言で表すのは難しいと前置きしながら、言葉を絞る。


「私も数度しか見たことはないが、見た目は柔和なエルフだよ。美男子というか、一見優男にすら見えるほどのな。……だが、強い。少なくとも私は、彼以上に強い戦士を知らないな」


 アイリッシュの話を春樹は「ほえー」と聞いた。自分が言うのもなんだが、アイリッシュも実力的にはだいぶ人間離れはしている。その彼女をして、そう言わしめている男だ。本当に強いのだろう。


――まぁ、当たり前か。


 なにせ剣聖だ。それはつまり、自分のスキルの中に宿る一人に名を連ねていてもおかしくはない存在。人の技はすでに超越している身の上だ。


(だが、お前は彼と比べても……)


 傍らを歩く男をアイリッシュは覗き見る。剣聖の闘いをそう何度も見たことがあるわけではないから言い切れないが、伝え聞く噂を考慮しても、春樹は間違いなく彼の領域に足を踏み入れている。


 それほどまでに、春樹が見せた剣技はアイリッシュの心を縛っていた。


「なぁハルキ……連れて行きたいところがあるんだが」


 これは命令されたからではない。自分の意志で、アイリッシュは春樹に向かって口を開いた。



 ◆  ◆  ◆



「なんですかあれ?」


 中央広場。アイリッシュに連れられてやって来た王都の中心で、春樹は目の前の光景に眉を寄せた。


 広場の真ん中に、ひときわ賑やかな場所がある。そこでは男たちが騒々しい声をあげていて、見るになにかを引っ張っているようだ。


「なんだろ……剣?」


 目を凝らし、春樹は首を傾げる。どうも彼らが必死になって引っ張っているのは剣のようで、次々に挑戦しては楽しそうに首を振っている。


「聖剣だ」


 アイリッシュの声に春樹は振り向いた。漫画やゲームでは聞き慣れた単語に、春樹は聞き返す。


「聖剣って、勇者とかが持ってる?」


 春樹の質問に、アイリッシュがこくりと頷く。それに「まじかよ」と思いつつ、春樹は目線の先の剣を見つめた。


 確かに、言われてみればよくある感じだ。要はあれを引き抜けば勇者だとか、そんな話なのだろう。


「その昔、まだこの大陸に魔物が溢れていた時代。魔王を討った勇者が納めたとされる剣だ。伝説ではそれによって輝きだした地脈の上に、この王都が築かれたとされている。……まぁ、今ではただの観光名所だがな」


 アイリッシュの話に春樹も聞き入った。なんともファンタジーな話で、それでいて気の遠くなる昔話でもある。なにせそれが本当なら、あの剣はこの巨大な都よりも長くあそこにいることになるのだから。


「あれって抜いたらどうなるんです?」


 剣聖に興味はないが、ああいうのは単純に男の子心をくすぐられる。


 春樹の質問に、アイリッシュは目を丸くした。連れてきておいてなんだが、アイリッシュだって本当に引き抜けるだなんて思っちゃいない。


「はは! 抜けるわけはないさ! 歴代の剣聖も全員、あの剣には挑戦してきた。勿論、誰一人として抜けた者はいない。……まぁ、抜けないようになってるんだろうな」


 原理はともかく、それがこの世界の常識だ。


「ちなみにアイリッシュさんってやったことあります?」


 質問にぴくりとアイリッシュの動きが止まった。腕を組んで固まるアイリッシュをおやと見つめて、春樹は動かぬ彼女を覗き込む。


「……ほんの十七回くらいだ」


 珍しく朱色に頬を染めるアイリッシュを、「めっちゃやってるじゃないですか」と春樹は見つめた。


「う、うるさい! そりゃ王都に来たらやるだろ!」


 恥ずかしそうにアイリッシュは声をあげる。


「い、今の剣聖だってな、毎日挑戦するのが日課だと聞くぞ。別に何度だってやっていいんだ、こういうのは」


 彼女からすれば毎回本気で臨んでいるわけで。別に恥ずかしい話ではないはずだが、妙な気恥ずかしさにアイリッシュは横を向いた。


「とにかく! わ、私はいいんだ! お前にあれをやってもらおうと思ってな」

「俺にですか?」


 アイリッシュの提案に、春樹は自分を指さした。少し考えて、どうしようかと思案する。


――本当に抜けちまったら困るよな。


 いや、まぁ観光地になってるくらいなのだからこちらに責任はないのだが、国も抜けるとは思ってやらせていないのは明白で。実際に抜いたら面倒なことにはなりそうだ。


――ま、スキル使わなかったら大丈夫か。


 このところの訓練で、スキルを解除する感覚も身につけた。セリアに感謝だなと思いながら、春樹はよしと腕を回す。


「しょうがないですね。いっちょやったりますか」


 珍しくやる気な春樹を見て、アイリッシュも「おっ」と口を開けるのだった。



 ◆  ◆  ◆



 綺麗な剣だった。


 まるで打ち鍛えられたばかりの新剣のように、半分埋まった刀身はもちろん柄も鍔も見事に輝きを保っている。


 それだけでも、この剣が通常の世界のものではないことが伝わってきていた。


「へぇ、これが聖剣ですか」


 ちょんちょんとつつくが、特に反応はない。十八回目だが未だに感慨に耽っているアイリッシュを見やって、ふむと春樹は袖をめくる。


 周りでは観光客が冷やかしの視線を送っていた。端から見れば女連れの優男で、そりゃそうだよなと春樹は聖剣の前に立つ。


 いざ春樹が構えたのを見て、アイリッシュもどくんと鼓動を強くした。抜けるわけがないと思いつつ、もしが脳裏を何度もよぎる。


――ちゃんとスキルは切りましてっと。


 スキルなしの自分では引き抜けるわけはないと分かっている。ただ、こういうのは男の子としてはやっておきたいところで。よしと春樹は聖剣の柄を握りしめた。


「よしいくぜ! うおおおおおおおッ!」


 全力でいってやる。己の背筋に力を入れて、春樹は全力で聖剣を引っ張った。


 そのときだ、ずるりと聖剣がすっぽ抜ける。あまりにあっけなく抜けたものだから、そのまま春樹は後ろに転んだ。


「って、うわ抜けたああああああああッ!?」


 なんでだと輝く刀身に目を凝らし、アイリッシュもあんぐりと目と口を開きあげる。広場の空気がぽかんと止まり、次の瞬間にすさまじい喧噪に包まれた。


「うわ、うわッ! どうしましょうアイリッシュさん!? 抜け、抜けッ!」

「お、おおお、落ち着けハルキ! 戻そう! とりあえず戻そう!」


 動揺したアイリッシュも、もはや自分がなにを言ってるかわからない。二人して、とりあえず元に戻そうと聖剣を刺されていた場所に押し当てた。


「もど、戻んない!? 戻んないんですけど!?」

「落ち着け、気合い入れろ! お前ならできる!」


 ならなぜ抜こうとしたのか。そんな聖剣の声が聞こえてきそうな中、ハルキは必死に剣を突き刺そうと力を込める。


「う、うそだろ!? もうスキル使ってんだぞ!?」

「よくわからんが頑張れハルキ!」


 既にスキルは全開で、それなのに聖剣はちっとも地面に刺さる気配がない。慌てる春樹を尻目に、聖剣はガツガツと地面をただ打ち鳴らした。



「なんだ、今日はやけに騒がしいな」



 そのとき、広場に清涼な声がひとつ落ちる。


 一瞬止まった喧噪に、春樹は思わずそちらを見やった。


「――なッ!?」


 アイリッシュが驚愕に目を開き、声の主が春樹を見つめる。


 確か、一見優男に見えるエルフと言っていたか。そんなことを春樹が思い出す前に、男は春樹の右手に握られている聖剣を凝視した。


「おい、お前それ――」


 男がなにかを言いかけて、その瞬間、美しい音が広場に響く。



 ぱっきぃいん。



「あっ」


 根本から砕け折れた聖剣を前にして、男は今度こそ、その美しい目と口を唖然とした表情で開くのだった。

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