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剣聖の称号を持つ料理人  作者: 天那
第一章
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第19話 売るなり焼くなり、好きにしてくれ


「どうしたんですかこれ?」


 タマモから渡されたものをつまみ上げ、春樹はきょとんとそれを眺めた。


 綺麗な宝石だ。うっすらと青みがかったダイアモンドのような、美しい宝石がネックレスの先に取り付けられていた。


 大きさはかなりのもので、春樹の親指の先くらいある。これでなんカラットくらいだろう?と思いながら、春樹は渡してきたタマモに目を向けた。


「マリーのやつがな、『料理人君に渡してくれ』だそうじゃ」

「俺にですか?」


 頷くタマモに春樹は驚いて、指先の石をじっと見つめた。


 宝石になんて詳しくないが、高そうくらいは自分にもわかる。しかも相手はあの宝石王だ。


「いえ、でも。俺は仕事で行っただけですし」

「あー、貰っとけ貰っとけ。マリーの奴に気に入られるなんてよっぽどのことじゃぞ? こういうときは素直に受け取るのがマナーというものじゃ」


 タマモに言われ、春樹は今一度ネックレスを見やる。確かに、断るのもそれはそれで失礼な話だ。


「はぁ、じゃあお言葉に甘えて」


 一瞬ポケットに入れようとして、少し考えて春樹はネックレスを首にかけた。先の石を首もとから中に入れ、端からは見えないようにする。


「売るなり焼くなり、好きにしてくれじゃと」

「や、焼きませんよ」


 ケタケタ笑うタマモに苦笑しつつ、春樹はネックレスを整えた。


「しかし……こう連日、会食続きじゃとさすがに疲れたな」

「大丈夫ですか?」


 ぐてーとソファに体重を預けるタマモを、春樹は心配そうに覗き込む。


 中央に来て一週間、一日もかかさず誰かと会っては会議をしているわけで、さすがのタマモも疲れを隠しきれていない。


「おぬしも、ご苦労じゃったな。ほんと連れてきてよかったわ」

「そういってもらえると嬉しいです」


 春樹の噂が多少広まっているのか、行く先々で料理をねだられてしまった。そのおかげか会食は基本スムーズに進んだので、タマモは優秀な自分の料理人を上機嫌で見やる。


「おぬしもタフよな。連日調理で疲れぬのか?」

「料理自体はお城でも毎日作ってますし……そうですね、マリーさん以外は特に」


 初っぱなの苦い経験を忘れはしないが、あの後は比較的イージーな仕事内容だった。なにせ頼まれるものは「美味い品」で、マリーがどれだけくせ者だったか痛感する。


「みなさんに喜んでいただけたようでなによりでした」

「くく、ほんに料理馬鹿よな。……ま、そういうところにも慣れてきたが」


 笑いながら、タマモはちらりと時計を見やる。ホテルの一室に置かれた柱時計はそろそろ昼時を指していて、可愛い部下にタマモは少しの褒美をやることにする。


「今日は特に予定はない。妾も休むから、おぬしにも暇をやろう。中央に来たんじゃ、王都でも見て回ったらどうじゃ?」

「お休みですか?」


 言われてみれば、ここ数ヶ月休みなんてなかったなと思い出す。別に苦ではなかったが、貰えるならばこれこそ貰っておけばいいだろう。


「そうですね……じゃあ、せっかくですし王都の食事処にでも」

「ははは! 休みも料理か! まぁ、好きにするといい」


 この世界の料理も、それはそれで面白いのだ。知らない素材や料理との出会いは常に素晴らしいと、春樹は笑うタマモに会釈する。


「アイリ、おぬしにも暇じゃ。好きにしろ」

「私もですか?」


 扉の横に立っていたアイリッシュにもタマモは顔を向けた。いつも無言で控えているアイリッシュだが、タマモに向かって眉を寄せる。


「私には暇など……」

「いいから」


 ちょいちょいとタマモがアイリッシュを手招きする。近づいたアイリッシュの耳元でなにかを囁くと、アイリッシュの表情がぴくりと動いた。


「承知しました」


 頷くアイリッシュに笑いながら、タマモは扇を優雅に広げる。


「タマモさんはどうするんですか?」

「寝る」


 即答するタマモの声を聞きながら、敬虔な部下二人は邪魔しないでおこうと顔を見合わせるのだった。



 ◆  ◆  ◆



「そういえばアイリッシュさんと二人で出かけるのって初めてですね」


 王都の街を散策しながら、春樹は傍らを歩くアイリッシュに話しかけた。


「ん? ああ、言われてみればそうだな。お前はずっと厨房に篭もりきりだし」


 それは仕方がないと春樹は笑う。なにせあの領主さまの三度の食事に、兵士たちのための食堂も任されている。正直いって、セリアがいなければ回っていないだろう。


 春樹が出払っている現在、食堂はセリアがひとり指揮をとっているわけで、自分もまだまだだなと春樹はアイリッシュの話を聞いていた。


「本当はな、今でもお前を近衛隊に勧誘したいんだ」

「へ?」


 突然言われ、春樹はアイリッシュに顔を向けた。真剣そのものな表情で、アイリッシュは言葉を続ける。


「お前の料理人に対する想いは知っている。……仕事を見ていて、素直にすごいとも思っている。だが、お前の剣の才能を私はどうしても諦められん」


 春樹よりも、数センチほど高い目線。銀色の髪をたなびかせる美剣士に言われ、春樹はむず痒しさで頬を掻いた。


 アイリッシュが認めてくれている力は、自分自身のものではない。


 けれど、貰い物とはいえ、その力で多くの人を助けられるのもまた事実で……。


――わがまま言ってんのかな、俺。


 春樹はどう答えたものかと言葉を詰まらせた。

 それを見て、アイリッシュもあまり無理に押しつけはしない。


「そう困った顔をするな。いつでも歓迎すると言っているんだ。遠慮せず、気が変わったときは言ってくれ」

「す、すみません」


 つい謝ってしまう春樹をアイリッシュは見やった。優しくはあるが、どう見ても戦士とはほど遠い青年だ。けれど、この青年の腕には自分などは及びもしない才能が宿っていることを彼女は知っている。


「まぁ、せっかく王都に来たんだ。美味いものでも食おうじゃないか! 私が奢ってやろう!」

「え? いいんですか?」


 ばしばしと背中を叩いて、アイリッシュは勿論だと歯を見せる。


 剣に生きる自分よりも強い料理人。


(私も、嫌な女だな……)


 そんなことを思いながら、アイリッシュはにこりと春樹に微笑むのだった。



 ◆  ◆  ◆



「美味しいですね!」


 ひとくち食べた瞬間に、春樹はうむと頷いた。


「ああ、美味いな」


 目の前のアイリッシュも、串の先に付いた肉を見つめる。


 春樹たちのテーブルの上には、火にかけられた小鍋がぐつぐつと音を立てていた。

 その中に広がるチーズの香りに、春樹はにこにこと口を開く。


 地球にもあるチーズフォンデュに似た料理だが、かなり独特な香辛料が入っていて新しい。具材の肉は少々臭みが残っているが、それをスパイスが上手く消してくれている感じだ。


「塩気がきいてて美味しいですね。チーズも風味豊かですし、香辛料が面白いです」

「そうなのか? 私はどうにも料理のことは……」


 春樹の説明にアイリッシュは首を傾げた。美味いのは分かるが、具体的になにが違うかなどは気にしたことすらない。


 飯など腹にたまればいいと思っている彼女だが、さすがにそれを言っては春樹が悲しみそうなので黙っておくことにする。


「しかし、チーズフォンデュか。王都の人ってチーズ好きなんですかね。街でもよく見ましたけど」

「ああ、この辺りは農耕地帯だからな。畜産業も盛んだし、うちの辺りよりは肉も乳もよく食べる」


 アイリッシュの言葉になるほどと春樹は頷いた。タマモの領地はどちらかというと海が近いのが特徴で、シーフードに明るい代わりに畜産は王都に比べると一歩劣る。


「逆に魚は塩漬けとかですもんね。……面白いなぁ」


 領主のもとなどには献上品が毎日届くものだから失念しかけるが、庶民の暮らしには土地の立地がダイレクトに影響するということだ。


 ここ数日の会食の仕事では海鮮に困ることなどなかったので、それだけでもマリーをはじめとする貴族たちの権力のほどがうかがえる。


「……しかし、本当にハルキは料理が好きなんだな。こうして一緒に食事をしていると、勧誘する気がすたれていかん」

「はは、俺としてはありがたいですけど」


 パンをチーズに付けながら、春樹はちらりとアイリッシュを見やった。


「あの……なんでアイリッシュさんって、俺のことそんなに剣士にしたいんですか?」


 そして、ずっと気になっていたことを聞いてみる。


 アイリッシュは才能がなどと言っているが、春樹からするとよく分からない。なにせアイリッシュは近衛騎士団の団長で、不本意ながら自分はその彼女よりも強いのだ。


 穿った見方をすれば、春樹さえいなければ彼女の地位は安泰ともいえる。


「……そうだな。領民のためといえば聞こえはいいが、要は私のわがままだ」

「アイリッシュさんの?」


 串を止めどこか遠くに視線を向けるアイリッシュに、春樹は聞き返した。春樹から見れば、我が儘という言葉からはほど遠い人に思える。


 そして、アイリッシュの口から出てきた言葉に、春樹は耳を疑った。


「ハルキは、剣聖というものを知っているか?」


 その声に、春樹はごくりとチーズを飲み込む。



「……え?」


 見つめてくるアイリッシュの眼差しに、思わず春樹は聞き返した。

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