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剣聖の称号を持つ料理人  作者: 天那
第一章
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第17話 おぬしに決まっておるじゃろう


「ほう、美味い」


 出された飯を食べながら、タマモは小さく口を開いた。


「熊肉のコンソメポッシェ、ポトフ仕立てです」


 言われた皿の名前にタマモは頷く。もう一口運び入れ、興味深げに皿を見つめた。


 熊のモモ肉をスープでじっくりと煮込んだ一品。煮込まれてなお断面から繊維が見て取れる熊の肉は、スジの一切が取り除かれており、口当たりの柔らかさにタマモはほくそ笑む。


「この間の熊の掌は肉の匂いはせなんだが、今回のこれは獣肉らしい独特な風味があるの。うむ、妾はこちらの方も好みじゃ」


 付け合わせの芋も口に入れ、タマモは傍らの春樹に尾を向けた。内臓料理のときといい、どうやらタマモはくせの強い素材が好みのようだ。


「猟師の間では熊肉を水炊きで食す文化があるらしいです。今回はそれをアレンジして、熊のコクにコンソメ……鳥や野菜からとった出汁を合わせました」

「ははは、また面倒なことをしておるの! じゃがまぁ、この間はよくやった」


 ガツガツと平らげて、タマモは愉快そうに皿を置く。


 結果として、先日の晩餐会は大成功ということに終わった。


「おぬしのおかげで中央とのパイプが更に増えたわ。ボアードの件といい、おぬしの言う通り……料理人というのは中々に面白いものなのかも知れぬな」

「そう言っていただけると俺も嬉しいです」


 にこりと微笑む春樹を見て、呆れたようにタマモは笑う。この傍らの男は、あれほどの剣の腕を持ちながら剣士としての生き方に興味はないらしい。


 先日の春樹の言葉を思い出しながら、けれどタマモは諭すように言葉を続けた。


「じゃが、おぬしの剣に価値があるというのもまた事実よ。それほどの強さ、望めばなんだって手に入るじゃろうて」


 春樹は黙ってそれを聞いていた。


 タマモの言うこともわかる。剣士としても、ほどほどに武功を重ねる未来を選べば、この世界で生きていくことに苦労はしないだろう。


 けれど、横たわった熊の躯を思いだし、春樹はひとつの未練もなくそれに首を振った。無言の春樹を見やって、タマモはくすりと笑みを浮かべる。


「まぁよい……それならじゃ、またおぬしの包丁を借りたいと思うのじゃが、構わぬか?」


 タマモの視線に、「勿論です」と春樹は頷くのだった。



 ◆  ◆  ◆



「え!? 中央に行くんですか!?」


 二人の顔を見ながら、春樹は熊肉を噛みしめた。


 我ながら、肉の風味とコンソメのバランスがいい。こくりと頷いて、春樹は遅めの昼食を食べ終える。


「ええ、タマモさんが中央の貴族の方との会食に出席するらしくて。僕もそれに同行することになりました」


 話を聞き、ほえーとリンが春樹を見やる。


「中央ですか……いいですねぇ。私も一度は行ってみたいですぅ」


 羨ましそうな顔のリンにくすりと笑いながら、春樹は傍らのセリアに話しかけた。

 タマモに付いてこいと頼まれたが、中央と言われてもピンとこない。


「俺も行ったことないんですけど、中央って大きいんですか?」

「大きいんですかって……当たり前だろ。この国の王都だぞ」


 呆れたようにセリアは腕を組む。頼りになるかと思えばどこか抜けている春樹のために、セリアは至極簡単に説明した。


「こう言っちゃなんだが、人口はこの街とは比較にならんぞ。料理だけじゃない、いろんな分野で最先端の場所だ」

「この街よりそんなに大きいんですか?」


 当然だと頷くセリアに、今度は春樹がほえーと口を開けた。


 貿易港と隣接するこの街も、人と物の数ならば相当なものだ。正直、活気だけならば地球の地元と比べてもこちらの方がマシである。それ以上となると、それは本当にかなりのものだと春樹は地元のシャッター街を思い出した。


「護衛はともかく、料理人を連れていくなんて普通はありえないことだぞ。タマモ様に相当気に入られているんだな」

「そうなんですかね?」


 だとすると、それは自分の料理に価値を見いだしてくれているということで、素直に嬉しいと春樹は思う。


「まぁ、城の厨房は任せておけ。わたしも行ったのは何年も前だし、いい土産話を期待してるよ」


 腕を組んで笑うセリアに、春樹はお願いしますと頭を下げた。それは春樹としても楽しみで、王都となれば珍しい食材もあるかもしれない。


「ハルキさん、私にもお土産よろしくお願いします」


 じゅるりと目を細めているリンを見やって、春樹は思わず笑いながら、まだ見ぬ王都に思いを馳せるのだった。



 ◆  ◆  ◆



「宝石商人ですか?」


 揺れる馬車の中で春樹はタマモに聞き返した。


「そうじゃ。なんとも小ずるい女じゃがの、手腕自体は大したものよ。落ちぶれていた家を再興させ、今じゃ『宝石王』などと呼ばれておる」


 それはまたすごい話だ。ただ、それよりも春樹は気になって仕方がないと目の前のタマモを見つめた。


 前方の席はタマモの九本の尻尾でぎちぎちに埋まっていて、なんだか黄金色の壁のようになっている。


 傍らに座るアイリッシュをちらりと覗いて、「大変そうだな」と春樹はタマモに目をやった。こちら側は、二人で座ってもまだ余裕があるくらいだ。


「それじゃあ、今回はその宝石王さんと会食を?」

「まぁ、そういうことになるかの。中央の王族にも顔が利く女じゃからな、機嫌をとっておいて損はない。今回は土産もあるしの」


 尾に肘をかけながら、タマモは車窓から外を見つめる。見ると辺りはすでに暗くなってきていて、少し肌寒さを感じるくらいだ。


「へぇ、お土産ですか。なにを持って行ってるんですか?」


 そろそろ腰が痛くなってきたと体勢を変えながら、春樹はタマモに質問する。

 呑気に座る春樹を見つめて、タマモはきょとんと言い放った。


「なにを言っておるんじゃ、おぬしに決まっておるじゃろう」

「え?」


 二人の視線が合わさり、春樹は思わず聞き返してしまった。

 不安そうに顔を作る春樹を見て、タマモが「なにか勘違いしているな」と口を開く。


「おぬしの料理でもてなせという意味じゃ。マリーは食通らしいからの」

「あ、ああ。そういう」


 びっくりした。一瞬売り飛ばされるのかと思ったが、いつも通りに料理を作ればいいらしい。


 焦ったように額を拭う春樹を見やって、「大丈夫じゃろうな?」とタマモは眉を寄せるのだった。



 ◆  ◆  ◆



 派手な女性だった。


 目の前のマリーを眺めて、春樹はそれとなく辺りを見回した。


 装飾が施された大理石の柱に、壁にかけられた絵画の数々。部屋の主たる彼女自身も、煌びやかな宝石を纏って輝いている。


 マリー・ローズゴールド。名前すら華美に溢れた宝石王は、興味深げな瞳でこちらを見つめてきていた。


「へぇ、それが噂の料理人君なんだ。結構可愛い顔してるじゃない」


 赤いドレスに、これでもかと空いた胸元。いやらしく感じないのは、彼女の見た目が整いすぎているからだろう。


 エルフの耳に付けられた無数のピアスは、彼女が慣習というものに縛られていないことを意味していた。


「ハルキを知っておるのか?」

「ふふふ、情報はなんでも知っておくものよ。といっても、わたしもリスポルトの末っ子くんに少し聞いただけだけど」


 マリーはタマモの問いかけに柔和な笑顔で答えた。じっと春樹を見つめ、くすくすと笑みを浮かべる。


「すごい料理を作るって聞いたわ。いいわね、美味しいものは好きよ」


 部屋の明かりをマリーの宝石が反射する。動く度に煌めく大粒のジュエリーたちに、春樹はごくりと息を呑んだ。


 白く細い指を組み、マリーが頷く。


「いいわ、タマモちゃん。そっちの条件のんであげる。ただし、わたしの我が儘を聞いてくれたらね」


 マリーの言葉にタマモは目を細めた。どこまでも上から目線なのは癪だが、それだけ中央の貴族は別格なのだ。


 目の前にいるのは、この国の宝石の採掘権の半分を握る怪物。どんな我が儘だと、タマモは先を促した。


「簡単よ。わたしね、美味しいものも好きだけど、それ以上に綺麗なものが好きなの。男の人は美味しければなんでもいいんだろうけど、これからの時代、料理もちゃんと美しくないと」


 淡々としたマリーの声に、春樹はぞくりと背中を震わせた。タマモとも違う、美しい笑顔の奥の底知れなさに、春樹は思わず身構える。


「わたしにふさわしい一品を作ってちょうだい」


 微笑むマリーを見て、春樹は恭しく頷いた。


「お任せください」


 即答する春樹の声を聞きながら、マリーは愉快そうに笑みを浮かべるのだった。



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