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剣聖の称号を持つ料理人  作者: 天那
第一章
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第15話 理由なんかいるかよ


「ふふふー、どうですかハルキさん?」


 満面の笑みを浮かべるリンを、春樹は「へぇ」と見下ろした。


「わぁ、可愛いじゃないですか。似合ってますよリンさん」

「へへへ、そうですかね? 嬉しいです」


 言葉通り、リンは身につけたメイド服の裾を嬉しそうに広げる。


 フリルが付いたメイド服は清楚でクラシカルな印象で、機能的ながらも可愛らしくリンによく似合っていた。


「今日から本格的にメイドさんですからね。頑張りますよー!」


 メイドの業務は基本的に掃除やクリーニングだが、食事を運んだりといった厨房の一部手伝いも仕事のひとつだ。


 春樹を見つめ、ふんすとリンが気合いを入れる。


「ハルキさんの料理も運んであげますからね!」

「ふふ、そのときはよろしくお願いしますね。たくさん作りますから」


 言われ、お任せくださいとリンは微笑んだ。この分なら手加減しなくても大丈夫そうだと、春樹は頼れるメイドさんを見やる。


「そういったら、ハルキさんはお仕事順調ですか?」

「そうですね、順調ですよ。今度中央の人たちと晩餐会をすることになりましたし」

「晩餐会?」


 リンに聞き返され春樹はこくりと頷いた。


 ボアードの一件のおかげで、中央の有力な貴族の方を招いての会食が設けられたのだ。どうもボアードが強く推してくれたらしく、春樹としては意外だったが嬉しい限りだ。


「ただ、メインの品をどうするかまだ決めてなくてですね。せっかくですし、インパクトのある料理を出したいんですが」

「はぇー、大変ですね」


 晩餐会となると料理の占めるウェイトは大きい。タマモの顔に泥を塗らないためには、美味しさだけでなく豪華さも必須だろう。


 この世界の食材事情には疎いので、セリアに色々と教えてもらおうと春樹は思っていた。


「今度セリアさんと市場に行くんですよ。いい食材があればいいんですが」


 そう言う春樹の顔をリンはじっと見つめた。春樹が気づき、きょとんと首を傾げる。


「どうしました?」

「……いえ、セリアさんと仲いいなーと思いまして」


 リンの言葉に春樹は苦笑した。出会いを思い出し、よく仲良くなれたものだと自分のことながらに思う。


「そうですね、仲良くなれてよかったですよほんと。最初はどうなることかと思いましたけど」


 正直、嫌われても仕方のない間柄だ。春樹が厨房に受け入れられているのは、間違いなくセリアの人柄のおかげだろう。


「ふーん。まぁ、別にいいですけどねー」


 なぜかぷいと顔を背けたリンを不思議そうに春樹は見つめた。誤魔化すようにリンが視線を外し、ふと窓の外に目をとめる。

 

「……ていうか、さっきから近衛隊の人たち忙しそうですね」


 言われ、春樹も窓の外を見つめた。確かに、先ほどから外の様子が慌ただしい。


「なにかあったんですかね?」


 二人は顔を見合わせて、不安そうな眼差しを窓の外に向けるのだった。



 ◆  ◆  ◆



「討伐命令ですか?」


 数分後、訪ねてきたアイリッシュの話に春樹は思わず聞き返していた。


「そうだ。情報が錯綜していて、猛獣なのか魔物なのか、いまいち要領を得ないがな。ただ、東の村がいくつか襲われたらしい。近衛隊としては見過ごせない事案だ」


 アイリッシュの表情は真剣そのもので、春樹もごくりと息を呑む。完全装備のアイリッシュの腰には、木剣ではない紛うことなき真剣が帯刀されていた。


「そこでだ……ハルキ、お前にも手伝ってもらいたい」

「お、俺にですか!?」


 唐突に言われて春樹は声をあげた。驚く春樹を、アイリッシュは複雑そうな顔で見つめる。


「恥ずかしい話、私たちは北の森のドラゴンに手をこまねいていた。一度だけでなく二度、捕獲任務にも失敗している。……そのドラゴンを単身討った竜殺しがいてくれるなら、これほど心強いことはない。お願いだ、手を貸してくれないか」


 頭を下げるアイリッシュに、春樹は困ってしまった。


――正直いうと、遠慮したい。


 確かに自分は剣聖のスキルを持ってはいるが、中身はただの料理人だ。ドラゴンのときのような感覚にもう一度なれる保証などどこにもないし、危険な任務に身をさらすつもりもない。


 しかし――


「被害が、出てるんですよね?」


 頷くアイリッシュに、春樹はぎゅっと目を瞑った。



 ◆  ◆  ◆



「なんでお前がここにいんだよ!?」


 ぎゃあぎゃあと騒ぐ声を聞きながら、やっぱり来なきゃよかったと春樹はさっそく後悔していた。


「騒ぐなアイゼル。今日ハルキは臨時の近衛隊員だ。標的を前にして、仲違いは許さん」


 アイリッシュに注意され、へいへーいとアイゼルが返事をする。春樹を見やり、得意げに髭をつまみ上げた。


「てことは、今日は俺の部下ってことじゃねぇか。なら、部隊長である俺さまの指示にゃ従ってもらうぜ」


 なんでだよと春樹はアイゼルを睨む。ただ、実際のところ一理はあるのだ。

 総隊長であるアイリッシュはともかく、次に偉いのが部隊長であるこのアイゼルだ。世も末だと思いながら、春樹は人材の不足を嘆いた。


 他にも隊員は十数人ほどが来ているが、仮に標的と戦闘になった場合、まともに戦えるのはこの三人だけだろう。


「……この村だ」


 そして、目の前の光景に一同は目を見開いた。


「こりゃひでぇ。めちゃくちゃじゃねーか」


 アイゼルの言葉に、さしもの春樹も同意した。辺りを見回し、その惨状に胸を痛める。


 村は、ほとんど壊滅していた。


 家屋の壁や屋根は崩れ、倉庫だった建物だろうか……そこは荒らされて中に保存していた食料が道の中央まで引きずり出されていた。


「備蓄の食料を荒らしたのか。死人が出なかったのは幸いだったが、村の再興には時間がかかりそうだな」


 引きずり出された作物をひとつ拾って、アイリッシュは周りを見回す。倉庫の入り口に足跡らしきものが残っているのを確認して、その大きさに「まずいな」とアイリッシュは眉を寄せた。


「お、おいあれ。しゃれになんねーぞ」


 壁に刻まれた爪痕を見つけ、隊員のひとりが指をさす。そこに付けられた爪痕の大きさに、一同が冗談じゃないと息を呑んだ。


「でかいな。手でこれだけとなるとドラゴン並だ」


 アイゼルの呟きを聞いて春樹も森のドラゴンを思い出す。あれも巨大な生き物だったが、しかしこれはそれよりも――


 扉が壊れているのを見て、春樹は倉庫の中を覗き込んだ。


「でもひどいですね。倉庫の中もこんなに……」

「待てハルキ! まだ中にいるかも――ッ!?」


 そのときだ。いきなり倉庫の壁が粉砕され、巨大な黒い爪が扉を突き破って春樹に襲いかかった。


 あまりにも突然の一撃にスキルを展開するのが一瞬遅れる。しかしそれでも、剣聖のスピードは迫り来る爪先をスローモーションのように捉えていた。


 それゆえに、腰の包丁へと手が伸びたと同時に、信じられないものを春樹は目にする。


「危ねぇ新入りッ!!」


 アイゼルが春樹を突き飛ばし、そのまま二人は転がりながら怪物から距離を取る。


 怪物の正体、それは小山かと見間違うほどの巨大な熊だった。


 春樹が解体した雄牛も巨大と呼ぶに相応しかったが、この熊のサイズはそれの5倍を優に越える。


「って、アイゼルさん!?」


 流れ出る血に、春樹は目を見開いた。

 そこには苦悶の表情を浮かべて倒れているアイゼルの姿があり、左腕の辺りが赤い色で染まっていた。


「ちょ、なにしてるんですか! なんで俺なんか!」


 春樹の声にアイゼルが顔を向ける。だらだらと脂汗を額に滲ませながら、アイゼルは当然のように口を開いた。


「なんでって……お前、今日は俺の部下だろうが。上司が部下助けんのに理由なんかいるかよ」


 その言葉を聞いて、春樹は奥歯を噛みしめた。これは自分のミスだ。

 春樹は包丁を握りしめた。その様子を見て、アイリッシュが熊へと切りかかる。


「アイゼル!? くそ、はぁあああッ!!」


 一瞬で4合。春樹ほどではないものの神速と呼んで差し支えないその斬撃は、しかしグレーの毛皮に弾かれる。


「ッう!? なんて硬さだ!?」


 まるで針金を幾本も束ねたような毛だ。アイリッシュの剣を以てして傷を負わせられない強敵を見て、一同に緊張が走る。


 そんな中、春樹は一人、熊の前に躍り出た。


「待てハルキ! そいつは斬撃が効かな――ッ!?」


 包丁を構える。不思議と、しっくりきた。


――悪いが手加減はしねぇ。


 怒り狂った巨熊の爪が春樹に振り下ろされる。指一本が春樹の身体ほどありそうな、直撃すれば死は免れない一撃。


 その一撃は、春樹の一閃によって切り飛ばされた。


「なっ!?」


 熊の右手が宙を舞う。吹き飛ばされた自分の手を、熊は一瞬認識できなかった。


 しかし、待ってやる義理などない。春樹は一歩前に進むと、隻腕の巨熊を睨みつけた。


「どけ。アイゼルさんを治療しないといけないんだ」


 振り上げられた包丁と同時に、熊の身体が左右に弾ける。


 血しぶきが遅れて後方に弾け飛び、熊は自分が切り裂かれたことにすら気づかなかった。



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