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異世界人観察日記  作者: ミチコ
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懐かしい声2


いつものトールからの電話かと思って横で聞いていれば、リョーイチは悲しそうに鼻を啜り、そして寂しそうに笑いながら、話している。

途中あまりにも悲しそうな顔をするから、そっと近くに寄って電話を持っていない方の手をぎゅっと握り締めた。

リョーイチはこちらを見ることはなかったけど、悲しさを我慢するように、力強く握り返した。


聞こえる会話の端々に、ハヤカワ、という名前が含まれている。

(俺がこちらに来ると同時に消えた人だ)

電話が出来るということは、見つかったのだろうか。


(ハヤカワて人が、見つかったということは...)


俺も、リョーイチの手を強く握った。




しばらく会話を続けていたリョーイチだったが、

「代わるか?早川だ」

そう言って俺に電話を差し出した。


「...はじめまして、レイジと言います」

緊張しながら挨拶すると、

『日本語頑張って覚えたんですね。とてもお上手です』

と、懐かしい向こうの言葉で返事が返ってきた。

途端に、忘れかけていた砂埃の舞う風景が思い起こされた。

『俺はどちらの言葉も分かります。話しやすい方で話してくれて構いません』

ハヤカワの穏やかな口調とは裏腹に、その言語に紐付けられたイメージはとても乾いたものだった。

肌を焦がす日差し、足裏を擦る砂の感触、飢えと乾きと身体の痛みと。

確かに経験したことのはずなのに、遠く昔の記憶のように、懐かしささえ伴って思い起こされる。


「ハヤカワ、さん。...俺は今から勝手なことを言います」

突然違う言葉で話し出した俺にリョーイチは驚いた様子だったけど、電話を取り上げたりはしないで黙って好きなようにさせてくれた。


「俺は、ここに飛ばされて良かったと、思っています。

何の因果でハヤカワさんと入れ替わったのか分かりませんが、飛ばされたのがリョーイチの隣でよかった。

ハヤカワさんがリョーイチと仲良くしてくれていて、隣に居てくれて、良かった。

リョーイチはとても優しいです。親切です。そしてこの国はとても安全で便利で、生きやすい。

ヤギ数頭分の価値しかなかった俺が、こんなに人間らしく生きられるなんて思い描いたこともなかったんです。


まるで夢みたいな、幸せな時間でした。

ありがとうございました。

でも、本当は、リョーイチの隣は、貴方の場所です。

俺は文句は言いません。充分良い思いはさせて頂きました。それだけでこれからも生きていけます。


俺はいつ戻っても、大丈夫です」


覚悟を決めていたつもりだったけど、語尾は少し震えてしまった。



『おいおいおいちょっと待ってちょっと待って、変な覚悟決めてもらってるとこ悪いんだけど、俺帰る気ないからね?』

急に砕けた話し方に変わり、向こうが動揺しているのが伝わってきた。

その動揺が伝播したかのように、俺も、言っている内容を理解するまでに数秒を要した。

それでも

「はい...?」

としか言葉は出てこなかった。


『ごめん、ちゃんと言ってなかったね。

俺は、もう戻る気はないんだ。こちらにちゃんと居場所を見つけられたから。

でも、レイジさんがもし故郷に帰りたいと思っているなら、なんとか戻せそうな方法を考えようと思って。


でもその様子だと、戻らなくてもよさそうだね』


電話越しに穏やかに笑っている気配がした。



多分、どこかでずっと、意識しないくらいの端の端の、頭の片隅に、(わだかま)っていた、

いつかここを離れなければならないという不安が、

ふいに取り除かれたせいだろうか。

それが思ったよりも衝撃だったのだろうか。

言葉が出てこない、言うべき言葉が何も思い浮かばなかった。

頭は真っ白だったけど、深い安堵が占めていることはわかった。

安心すると気が緩むからだろうか、何かの栓が抜けたかのように、涙が溢れ出した。

ついには嗚咽まで出てくる始末だ。

呼吸をしようとすると今度はそれは泣き声に変わった。

隣でリョーイチが動揺しているが、怒り責めることなんてしない、むしろ優しくあやしてくれる人だと知っている。だから余計に涙は止まらず、声もずっと大きくなった。

こんなに思い切り泣いたのはきっと生まれて初めてだ。


ようやく、自分で自分をこの世界(ここ)に居ていい存在だと認められた気がした。




リョーイチとハヤカワさんとの間でやりとりを終えたのだろう。

通話を切ったリョーイチが、呼吸の整わない俺の背を優しく撫で続けてくれた。


(そういえば、最初こちらに来たときも、リョーイチは背中を摩ってくれたな)


そんなことをぼんやりと考えながら、ただただリョーイチと出会えた喜びを噛み締めた。




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