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異世界人観察日記  作者: ミチコ
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懐かしい声


忘れた訳ではない。

けれど、前みたいに落ち込むくらい考え込むことはなくなっていた。

だいたい早川から拝借したものをレイジに使わせている中で早川の存在を認識している程度だった。



だから、スマホの画面に早川の名前が映し出された時は、正直目を疑った。



「もしもし」


こんな恐る恐る友人からの電話に出たことが今まで生きていた中であっただろうか。

幽霊にでも会った気分と表するのは不謹慎だろうか、と思い、俺は早川は生きていると信じながらもどこかで亡くなっていてもショックを受けないよう心構えをしていたのだと自覚した。


通話の先は電波が悪いのか、風の音なのか、ざざざ、と砂嵐のような音がした。


『もしもし』


少し高めの余所行きの声。

でも決して聞き間違えることのない、早川の声だった。


人間感極まると言葉が出なくなるのだと初めて知った。


驚きと、喜びと、安堵と。様々な感情のどれが前面に出てこようかとせめぎ合って喉元で渋滞を起こしているようだ。


「っ、お前.....」

言葉が続かない。俺の動揺が納まるのも待たずに、

『よかった、繋がった!』

早川は嬉しそうに、そして心底ほっとしたように言った。

『ごめん、実験的にやってはみたんだけど、出来るか分かんなくて。上手く繋がって本当に良かったと思って』

こちらとのテンションの差を申し訳なく思って苦笑している気配がした。


『まずは心配掛けてごめん。一番に謝りたかった。

遼一のことだからすごく心配しただろうし、沢山迷惑掛けたと思う。

でもこの通り、俺は生きてるよ』


熱を帯びてきた喉から無理矢理出した声は、そうか、の一言だけで、その先が続かない。

代わりに垂れてきた鼻水を啜る音で返事をした。


『なに?感動しちゃった?』

恥ずかしくなると茶化してくるところも変わっていない。

「...心配した」

『うん、だからごめんって』

「........よかった」

また鼻水が垂れた。


早川は、俺が落ち着いて聞ける状態になるのを待って、これまでの経緯を説明してくれた。

と言っても、早川自身も理解の及ばないことが多く、俺の解釈では、という注釈を付けてはいたが。


自分が今何処にいるのか、正確な場所は分かっていないこと。

景観は中東辺りの砂漠地帯に似ており、日常的な文化レベルは低いがその代わりに魔法と呼ばれる科学が存在するということ。それらからここが地球ではないという仮説を立てたということ。

最初に会った人物がその地域での有力者だった為に生活にはあまり苦労していないということ。

しかし異文化の中に身を置くのは慣れないことが多くて困ったということ。

幸いにも魔法の適性があったので、周りの人の役に立てるよう活用したいと思っているということ。

それと並行して戻る方法を探した結果、今こうやってこちらとコンタクトを取れるようになったということ。


しかし、今現在戻る術は見つかっていない、ということ。



早川の口調はどこまでも穏やかだった。

そこには俺への気遣いこそあれ、郷愁の想いも、現状を打開出来ない苦悩も、感じられない。


「お前、もう、戻ってこないのか?」


『っ、さすが、遼一にはお見通しか』

はは、と笑って、こともなさげに続けた。

『確かに戻る方法が見つからなくて諦めるしかないっていう現実もある。けど、その前に、俺はもう戻れなくてもいいって思い始めちゃったんだ』


『俺、こっちに来て色々考えたんだ。

確かに日本は生活しやすかった。周りの人も良くしてくれた。いい奴らばかりだ。

とても楽だったよ。楽を、していたんだ。

でも、俺はそんな中で、ずっと自分のことが嫌いだった。

遼一はそんな俺を許してくれていたから、隣にいてすごく気楽だった。甘えてたんだな。

でもここに来て、ここで、自分で、自分の居場所を作ることが出来て、今まで一番嫌いだった自分のことを、ようやく許せた気がするんだ。

自分で自分を許せたんだ。

だから、俺は自分を許せたこの場所で生きていきたいって思ったんだ』


こんなに熱を持って話すような奴だっただろうか。

決して軽薄な人間ではなかったが、いつも一歩引いたくらいの熱量で周囲を俯瞰しているところがあった。

それは気配りや気遣いと言われる類のもので表現されていたが、早川は臆病なだけだと言って謙遜していた。

だというのに。

全く知らない世界で生きていきたいなんて、臆病とは対極にあるはずの言葉だ。


(変わったんだ...)


傍で親友の変化を見守れなかったことは口惜しく思うが、でもきっと喜ぶべき変化だ。

だから、俺の身勝手で、帰って来いなんて言ってはいけない。

「そうか.....それは、寂しくなるな...」

言葉にしてしまえば更に身に染みて寂しく思えて、どうしても沈んだ声になる。


『俺は遼一のこと家族だと思ってる。

遠く離れても、思って、支えてくれる、家族』


早川の言葉は温かかった。

俺は必要不可欠な存在だったと、そう言って慰めてくれる。


「そうか。

俺も家のことがあって、早川に弟妹を投影してた部分があったけど、

でもな、そうだな、俺たち、もう家族だったんだな」


寂しさは拭えないが、それでも早川の今後を応援したい前向きな気持ちでいられる。



それからは早川にこちらの状況を話した。

早川はもう戻らないと決意しているからか、終始穏やかな調子で聞いていた。

ただ、レイジの話題になると、早川は至極真面目な声色で質問を幾つか投げかけては黙り込むということを繰り返した。


『遼一、レイジさんに代われる?』




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