透の電話
着信画面を確認して、おや、と思う。
『もしもし、兄ちゃん?』
(珍しい、透からかけてくるなんて)
「久しぶり、珍しいな。どした?」
電話越しだからだろうか、透の声が前聞いた時より低く聴こえる。
『...うん、あのさ、来年受験だから、高校のこと、聞いておこうと思って』
母さんはどこでもいいって言うから。透はそう付け加えた。
(なるほど)
俺が進学する時は早川と一緒の高校というだけで特に頭を悩ますこともなく早々に決めてしまったが、確かに本来なら迷って然るべき時期だ。
俺に力になれるかわからないぞ、と前置きして、ある程度知っている地元の高校の評判を伝えた。
今は分からないが、どこそこは素行が悪い奴らが多かった。あそこは進学校だが野球部が強い。サッカー部だとあの高校が有名だ。どこぞの特進科は夏休みほぼ毎日補習だとか。あそこの工業高校はむさ苦しいかもしれないが、近くの女子高と付き合っている奴が意外と多い。あとあの商業高校の近くのラーメン屋は安くて旨い。
瑣末な情報まで上げ連ね始めた俺に、遮るようにして透が尋ねた。
『兄ちゃんが通っていた高校は?』
「あー別に悪かないけど、ちょっと通うには遠いかもしれないぞ。同じような偏差値のとこなら近くにもあるだろう?」
『.....兄ちゃんと同じところ行きたいって言ったら止める?』
「...んー」
まさかここまで慕ってくれているとは想定外だ。
駄目ではないけど、と言って、そのあとの言葉が続かない。
俺が特に何の将来的な展望も無く選んだ道を、透に同じように辿らせているようで、純粋に勧めるには躊躇われた。
「あのな」
『うん』
「兄ちゃんが通っていた高校は良いとこだったけどな。それは俺が行きたいと思って選んだから、結果満足して通えたんだと思う」
『...それ遠回しに止めとけって言ってんの?』
少し不貞腐れたような声に苦笑が漏れる。
「まぁ聞けって」
俺が言えた筋合いじゃないかもしれない。けど、透が後になって後悔することが無いように言っておきたかった。
「家から遠いと、帰るのが遅くなるだろ?そうすると家族と顔合わせる時間が減る。美月と和希が寂しい思いをするかなって。もちろん母さんも父さんも帰りが遅くなれば心配するだろうし」
『っでも兄ちゃんは、』
「ん。だから今になって少し後悔してる」
この言葉を断言することが出来た自分の心持ちの変化に、お盆に帰省したことで自分の中で燻っていた蟠りを清算出来たのだという確信が持てた。
「気の良い友達と過ごした学校生活に後悔はないけど...でも、そちらに重心を置き過ぎたな」
「お前らのこと、放っておいてごめんな」
電話越しに息を詰めたような気配が伝わってきた。
『........別に...そんなこと、思ったこと、なかったし』
美月と和希は別にしても、透はもう大きかったし、当時気にしていなかったかもしれない。
寂しがらせていたというのは俺の驕りかと苦笑した。
努めて明るく語調を変えて続けた。
「ま、理由は何でもいい。自分で選んだってことが肝心だろ。そしたら少しの不満も、選んだ自分の責任だって飲み込むことが出来るしな」
「部活が強いところに入りたいからとか、学校行事が派手で楽しそうだからとか、学食が美味いからとか、制服が気に入ったからとか」
「透は学ランよりブレザーの方が似合いそうだな」
『...何それ、そんな理由ありなんだ?』
「ありだろ」
笑いながら、気付いたら最近の部活の試合のことだったり同級生との間で流行っている音楽の話だったりと逸れていった。
しばらくも経たない内に、それりょーちゃんと話してるんだ!ずるい!と、遠くで美月の声が聴こえた。
『やべ、うるさいのに見つかった。.......っまた、電話する、かも』
「いつでもどうぞ」
『またね』
「ん。仲良くしろな」
電話越しの騒がしさに懐かしさを感じ、電話を切り難いと思えるのが、少し嬉しい。
それ以降、夜になると時折透から電話がかかってくるようになった。
最初の方こそ進路相談の体をとっていたが、最近では近況報告やとりとめのない話題の方が主だった。
きっともう透の中で進路は粗方決まったのだろう。
透の機嫌のいい時には美月と和希が代わる代わる話すこともあった。
いつだったか、俺が風呂に入っている時にかかってきた電話にレイジが出たことがあった。
相手が透だと分かって代わりに出てくれたのだが、最終的に、
「トールは意地悪!リョーイチと似ていないね!」
と電話に向かって憤慨していた。
後で聞けば、最近俺が透と話してばかりで面白くないので、少しばかりの意地悪をするつもりで電話に出たはいいが、口の立つ透に言い負かされてしまったのだという。
しかし今では俺よりレイジと透の方が長く話していることの方が多いくらいになった。
だいたい透がレイジをからかって遊んでいるのだが、レイジも負けじと言い返すようになって、ボキャブラリーが増えて良いことなのか悪いことなのかと頭を捻るところではある。
(厚顔無恥、傍若無人、無礼千万...)
レイジの口から出そうも無い言葉たちが漢字練習用のノートに書き連ねられていくのを、ただただ見守った。
その言葉たちが俺に向けられる日がこないことを祈りながら。




