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異世界人観察日記  作者: ミチコ
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夏祭り


賑やかな音楽があちらこちらで流れている。

陽気な呼び込みの声、華やかな民族衣装、圧倒的な、人の数。

初めて電車に乗った時だってこんなに人はいなかった。

屋台なんて花見の時に見た数なんて比じゃないくらいに両側に途切れずに並んでいる。

写真映りを気にした商品たちは、日が暮れてからは一層明るく照らされて目を引いた。

これはなんて読むの。これは美味しいの。

本当はひとつひとつ足を止めて聞きたいのだが、何せ前も後ろも人に挟まれて、時には向かいから歩いてくる人なんかもいて、リョーイチについて歩くのがやっとだった。

途中なんとか焼きそばを買ってもらえたのを最後に、人の流れに飲み込まれるようにして進むしかなくなってしまった。

リョーイチは俺の方を振り返って何度もついてきているか確認してくれていた。

だから俺が少し余所見をしたところで気付いてくれると油断してしまったのだ。

珍しい屋台に気をとられている瞬間に、見失ってしまった。

「ま、待って」

ポロシャツを着た背中を見つける度に必死に追い掛けて回り込んでがっかりする。

なんで男は同じような服を着ているの!

そんなことに腹を立てながら、自分も今日はポロシャツを着ていることに気付いて黙る。

(...でも色は違うし)

自分のシャツを握り締めながらちょっぴり不貞腐れた。


ドン、と、肺の中の空気まで揺るがすような大きな音がした。

驚きの余り持っていた焼きそばのパックを落としてしまった。

余りの衝撃に心臓が変に早く動きだす。

(だって、あれ、雨なんて降ってないのに?)

焼きそばを拾わなくちゃ、と思うのに、しゃがむ間もなく人並みが逆方向へと流れ出す。

ドン、とまた音がした。

俺は、雷の音が嫌いだ。

あの、容赦なく責め立てるような低い音が、圧倒的な脅威と言わんばかりの轟音が、苦手だ。

雷は雨とセットだと思ったのだけど、今日は違うのかな。

これから雨が降るのかな。

人並みから逆行して進むには俺には機敏さが足りなかった。

やっとの思いで道から外れた小道へと入り込むことが出来た。

民家の軒先だけど雨が降り出したら雨宿りさせてもらおうとそこに座り込む。

ドン、ドン、ドン、パン、パン

立て続けに轟音が響き渡る。低音に混じって弾けるような軽い音も聞こえる。

もしかしたら雷よりもっとタチの悪い何かなんじゃないのか。

(最近はイジョーキショーだってニュースでも言ってるし)

何か悪いことが起こる予兆なんじゃないのか。

もしからしたらもう起こっている最中じゃないのか。

耳を塞いでも伝わってくる振動に、不安が滲みだす。

リョーイチに電話したいのに、轟音が途切れなく鳴っているせいで怖くて耳から両手が離せない。

早く止めばいいのに!

そんなことを念じながら、通り雨のように轟音が通り過ぎるのを待った。



人生でこんなにも動体視力が問われるような状況があっただろうかと言うくらい俺は周囲の人間へと視線を巡らせていた。

迷子対策にとレイジにはちょっと明るめの色のシャツを着せたが、甘かった。

お祭りに浮かれた人々の着ている服は女性の浴衣の色も含めて華美なものが多い。

(くそっ!こんなことなら周囲の目なんて気にせずに手を握っておけばよかった!)

人並みな羞恥心なんてこんな焦燥感に比べればちっぽけなものだった。

人の流れは始まった花火に向かって動く。

本来乗るはずだった人の流れに逆らうように進んだ。

どこだ、どの店の前ではぐれた?

くそ、似たような屋台が多すぎる!

内心悪態を吐きながら、もう一方でレイジが今どういう状況にいるか気が気でない。

最悪な想像は変な奴に絡まれていることだが、一番現実的な予想としては、花火の音を怖がっているんじゃないかということだ。

レイジは自覚があるのかないのか分からないが、突然鳴り出す大きな音に敏感だ。

誰でも驚く音ではあるものの、レイジはその音と恐怖を結びつけやすい。

それは過去に怒鳴られ続けた経験に基づくものなのだろうと勝手に想像している。


幸いなことに、皆花火に向かって歩くのである程度まで離れると人は疎らになった。

(きっと人目につかないところ)

(うずくまって)

(座れるような)

傍目からみたらきっと迷子になったペットを探している飼い主だっただろう。

屋台の並ぶ大通りを歩きながらそこから伸びる小道を虱潰しに覗いていく。

何本目かの通りを覗き込んだところで、蹲る赤茶色の頭を見つけた。

ほっとしたのも束の間で、すぐに後悔が押し寄せてくる。

俺が、こんなところに連れ出さなければ、手を繋いでいれば、こんなに小さく蹲って怖がらせることもなかっただろうに。

(自分の不甲斐無さを嫌悪するのはあと!)

今は目の前のレイジを落ち着かせることが優先だろう。

自分に言い聞かせて、レイジの前に膝をつく。

両耳をきつく押さえつけている手は震えている。

膝の間に顔を押し付けて、多分目も瞑っているのだろう。

こちらの気配に気付くこともない。

「...レイジ」

呼びかけにも気付かない。

「レイジ、迎えにきたよ」

多分気付かないから言えた。

(遅くなってごめんな。怖い思いさせてごめんな。不甲斐無いやつでごめんな...)

「...でも好きなんだ。ごめんな」

ふと、レイジがこちらを向いた。

「あ、リョーイチ、来てくれた」

さっきまでの怯えた様子など露程も感じさせないように無防備に笑ってくれた。


それから少し離れたところで花火を見て、音の発生源を知ったレイジはほっとしたような顔をしていた。

「とても綺麗!綺麗、だけど、音がなければなあ」

音に驚かされたことを根に持っているのか、素直に賞賛できないらしい。

「来年も、来る?」

「うん」

でも、来年も見たいと思ってくれたようだった。


帰りはちゃんと手を繋いで帰った。




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