部屋に戻る理由4
目が覚めたら、部屋に戻っていた。
いつものベッドに、いつもの壁紙に、いつもより近い温もり。
ぼんやりと思い出せるのは、しんと静まった深夜の住宅街をとろとろと二人で歩いて戻ったこと。
眠気も限界で、ベッドに倒れこむようにしてそのまま寝入ってしまったのだった。
いつもは床に敷いた布団で寝ているリョーイチが、ベッドの上で隣に寝てくれているのが、昨日のことを謝っているみたいで少しくすぐったい気持ちにさせた。
改めて、出て行きたくないなぁ、と思う。
金銭でお返しはしたいけれど、リョーイチから離れるなんて想定していなかった。
自立した生活が出来るかという不安もあるけれど、それ以前に、この世界に、俺の日常にリョーイチがいない生活があるということが信じられなかった。
俺にとって、この世界とリョーイチは切り離せないものになってしまっていた。
それはこちらに来てからずっとリョーイチを介してこの世界のことを学んでいったということが大きいだろう。
依存に近いのかもしれない。
だが元々あちらでだって俺はずっと買主に従属していた訳だから、俺が誰かに依存することはしょうがないことなのだと開き直った。
この上なく素晴らしい買主に出会ったのだと、俺に対価を求めてこない稀有な変わり者ではあるけれど、そんな人に出会ったのだと、そう思おう。
いつもだったらリョーイチは昼前まで寝ている日だったけれど、リョーイチは俺が起きたことに気付くと、もそもそと起き上がって洗面所に顔を洗いに行った。
向かい合って座って、さぁ先日の話し合いを再開しようという体勢になったはいいけれど。
その頃には、リョーイチから離れたくないという気持ちの方が勝って、働きたいという気持ちはすっかり萎んでしまっていた。
「昨日は突然部屋を飛び出してごめんなさい...」
昨日までは自分が言っていることは筋の通っていることだと信じて疑わなかったけれど、今それを貫き通せる自信はない。
「いや、俺のほうこそ...」
リョーイチは何度か言い淀んで、昨日俺が出て行ってから考えたことを話してくれた。
レイジに部屋を出て行って欲しくないということ。
対価が払えなくたって、働かなくたって、傍にいて欲しいということ。
好きという気持ちは、それだけ価値のあるものだと。
「だから、お金で返すより、同じ気持ちで返してくれた方が、俺は嬉しい」
「好きという気持ち?」
「そう」
「レイジはリョーイチのこと好きだよ!」
即答すると、リョーイチは困ったような照れたような顔をして笑った。
俺はまだ気持ちをしっかりと言葉で表現することが出来ていないらしい。或いは好きという言葉の意味を履き違えているのかもしれない。
後で辞書を引いて調べ直してみる必要がありそうだ。
でも、今言葉でしか気持ちを表現出来ないのだとしたら、俺は何度繰り返してでもリョーイチに伝えなければならない。
「好ましい。好き。大好き。愛してる!」
その後すぐリョーイチはバイトの時間が迫っているといって慌しく部屋を出て行ったが、バイトから帰ってきた時には美味しそうなケーキを(しかもコンビニで売っていないような!)を買って帰ってきたし、料理も心なしが豪華だった。
リョーイチが喜んでくれているんだと思うと、俺も嬉しくなった。
今までずっとリョーイチが与えてくれる環境に甘えてきたが、より甘えることが増えた。
それは甘んじるというよりも、積極的にお願いする、という意味でだ。
ちょっとした我侭を口に出して言うことが出来る。
何もなくても笑顔を向けたくなるし、笑顔を返してくれることを嬉しく思う。
相手に喜んで欲しいと思う。
好きって多分、こういうことだ。
同じベッドで寝ることも増えた。
こんな幸せなことってあってもいいんだろうか。
ちょっと前だったら、俺は何を返せるだろうか、この日常はいつ崩れるのだろうか、と不安になっていたかもしれない。
でも今なら、いつか失うその時に後悔しないように、この幸せを余すことなく満喫してやろうなんて傲慢に考えられる。
いつかその日が来るまで、俺はこの日常を謳歌しようと思う。




