部屋に戻る理由3
レイジが部屋を出て行った。
追い掛けなければ、と咄嗟に立ち上がったのに、玄関まで来てから一向に足が動かない。
お返しを求めていたわけじゃない。
俺の自己満足だったことを深く反省した。
レイジはただ構われる為だけの人形じゃない。
ちゃんと一人の意志を持った人間なのだ。
見返りを求めて何かをしたことなんて一度も無い。
俺が好きでやったことだから。
それでもお前が何か返したいというなら、俺はそれを全力で受け取らなければならなかったのだ。
俺の我侭で、一方的に与えているだけで、それを受け取ってもらえるだけで、俺は充分満足していた。
それが受け取る側にとって釣り合わない過剰な厚意だと感じた時点で、相手にとっては俺の一方的な思いが負荷になる。相手が、それに釣り合ったと感じたものを返せてこそ平等と言える状態になるのだろう。
(ではレイジはいくら俺に返したら、満足するんだろう...)
例えばレイジがアルバイトを始めて、得た給料を全額俺に受け渡すとしよう。
そうしたら、今度は俺は過剰に受け取り過ぎていると感じることだろう。
こんなの堂々巡りだ。
そもそも人の厚意に価値を付けてはいけないんだ。
レイジは無償で与えられることに慣れていないから、どうしても対価を払わなければという考えが根底にあるのだろう。
こういうのは気持ちの問題なんだと、教えなくてはならなかったんだ
お互いに負担にならないようにお互いの気持ちを確認しなければならなかったんだ。
その気持ちの名前を、俺は認めなければならない。
そしてレイジに伝えなければならない。
*
日付を跨いで終電が無くなったことをレイジに告げると、レイジは申し訳なさそうに朝になるまでここに居させてくれるように頼んだ。
願っても無い機会だ。
「いいよ、俺の身長に合わせてベッドでかいから、二人で寝れるよ」
ちょっと露骨かな、と思いながら笑顔で誘ってみると、レイジはふるふると頭を振って、
「ダイジョブ、ここにいる」
と床に置いたクッションの上で体育座りをして動かない姿勢を見せた。
「俺が床で寝るから、レイジはベッド使って?」
ふるふる
「なら二人で床でごろ寝する?」
ふるふる
「眠くない?」
ふるふる
きっと眠いだろうに、先程から瞼が重そうに下がってきている。
「眠くなったらいつでも隣入っておいでね」
そう言ってとりあえずベッドの端に寝転んで待ってはみたが、レイジは動く気配はない。
電気を消して卓上ランプだけが点いている部屋で、レイジの眠たそうな横顔が浮かび上がる。
ポケットから取り出した携帯電話を大事そうに握り締めて、ぼんやりと見つめている。
誰に連絡しようか迷っているのか。
誰からの連絡を待っているのか。
(結局レイジの相手は揺ぎ無くりょういちさんしかいないのか)
傷心を慰めるかのように静かに瞼を閉じた。
深夜ふと目を覚ましてベッド横の気配を伺う。
舟を漕ぎながらも懸命に起きている、ようで半分は確実に寝ている様子のレイジが、寝る前に見た時と変わらないそのままの位置で座っていた。
現状、レイジとりょういちさんの間に入り込めそうな隙間はなさそうで、俺の淡い期待は打ち砕かれた訳だけど、思ったほど落ち込み沈むことはなさそうだった。
そこまで本気ではなかったからなのかもしれないし、まだ可能性はあると思っているからかもしれない。
でもはやり少しは胸が痛む訳で。
しかし自身の傷心に浸る間もなく、次第に腹立たしい気持ちが湧いてくる。
りょういちさんは、一体何をしているんだ。
保護下に置きたいのなら迷わずに迎えにこればいいものを。
どっぷり密に漬けるように甘やかして囲い込めばいいものを。
(くそったれ)
レイジが大事そうに握っていた携帯電話をそっと抜き取り、りょういちさん宛てにメッセージを送った。
りょういちさんが迎えに来る頃にはレイジはすっかり崩れ落ちてクッションの上で丸まって寝入ってしまっていた。
「遅く、ないですか?」
少し棘のある言い方をしてしまったが、本人にも思うところがあるのだろう。
「...ご迷惑をお掛けしました。ちゃんと、話し合います」
と、いつもより歯切れ悪く言葉を返された。
「レイジ、レイジ、ほら、帰ろう」
レイジはりょういちさんの呼び掛けに、のそりと起き上がった。
意識も覚醒し切らないような状態だからだろうか、レイジは二人の間の蟠りなんてまるでないかのように、自然に手を取り凭れ掛かるようにして立ち上がった。
その姿を見て胸が痛まないと言えば嘘になる。
玄関口で見送る際、腹いせのつもりで少し意地悪を言っておく。
「のんびりしてると、横から掻っ攫っていきますからね」
(せいぜい焦りやがれ)
普段はおっとりした善人として通っているこの俺にとっては勇気のいる八つ当たりだったわけだが。
(りょういちさんの顔、こっっっっわ!!!!)
扉が閉まったあとぶるぶる震える肩を抱いて座り込んでしまったことは墓場まで持っていく所存である。




