部屋に戻る理由2
暇ならスマホを触ってしまう。それはもう今の若者が多く患っている現代病にも近い症状だろう。
画面上部にメッセージの通知アイコンがないことに少し肩を落とす。
レイジは時々突拍子も無い文章を送りつけてくる。
りょういちさんの校正がなくなった途端に難読なものが増えたような気がする。
その画面の先にあるであろう無垢な表情を想像すると、文面とのギャップに、可愛らしく感じられるのだが。
さて、今度はいつ会おうかな。スケジュールソフトを眺めながら、予定を組み立てていく。
すると、着信を知らせる画面に切り替わった。
珍しいことにレイジからの電話だ。
今までメッセージのやりとりをしたことはあれど、通話は初めてではないだろうか。
驚きながらも、電話に応じる。
「もしもし?レイジ?」
『......も、しもし、レイジです』
言葉端が掠れてしまっているのは電波状況のせいではないようだ。
具合が悪いのだろうか、弱々しい声だ。
『相談したいこと、を話したい。木下は時間ある?』
「いいけど....あれ?もしかしてレイジ今外に居る?もう遅い時間だけど、りょういちさんに怒られない?」
外の雑音から予想して尋ねてみれば、歯切れ悪く肯定の返事が返ってきた。
『...うん...リョーイチは、大丈夫』
(これは二人の間に何かあったな)
少しばかりの野心が顔を覗かせる。
「いいよ。でも、夜に外で立ち話させるのもなんだから、よかったら家においでよ」
『....うん』
レイジは心細そうな声で返事を返してくれた。
緑色の瞳は、いつになく潤んでいるように見えた。
泣くかなと心配してみたが、その瞳から涙が零れる様子はない。
表情も固く、口も重い。言葉を慎重に選んで会話しているようだった。
「なるほど。りょういちさんがレイジが働くことを許してくれないことが、レイジは悲しいんだね?」
こくり、とレイジは頷いた。
レイジの説明から、現在はりょういちさんに経済的に依存していることが分かった。そして、それをレイジが良しとしていないことも。
てっきり二人は、留学生のホストファミリー的な、或いはルームシェア的な関係なのかと思い込んでいたが、もっと複雑な関係なのかもしれない。
「俺だったら、レイジを応援するよ」
打算だった。
もし俺がりょういちさんの立場だったら正直反対したかもしれない。
けれどここではレイジの理解者でありたかった。あるように見せたかった。
「ほんと?」
レイジは驚いた風に顔を上げた。
喜色を滲ませたかと思いきや、すぐにまた悲壮感を漂わせる。
「なら、どうしてリョーイチは、駄目だと言うのかな...」
「りょういちさんは心配性なんだよ」
「うん」
「過保護すぎると、俺は思うけどね」
「うん」
「レイジが自分でお金を稼いで生活出来るようになったら、りょういちさんの部屋に住む必要はなくなるって、りょういちさんは言ったんだよね?」
「...うん」
「レイジはそれが寂しいんだね」
レイジは無言で俯いた。
「だったらさ、俺と一緒に暮らさない?」
「俺なら、レイジが働くことも応援するし、今の部屋に居ることに拘らないなら、別に俺とルームシェアしたっていいよね?」
レイジはその提案に驚いたようだった。
少し考える様子を見せて、
「でも、それは違う、と思う」
と、きっぱりと言った。
「俺は、リョーイチにゴ迷惑を掛けるから、お金を払いたい。木下と住んでも、今度は、木下にお金を払いたくなると思う」
「レイジが働くなら家賃は折半、半分ずつ出し合うからいいんじゃない?」
「...レイジは、家賃を払う、だけだと、足りないと思ってしまうと思う」
「きっといくら払っても足りない...」
そう言って俯いてしまった。
*
俺の対価とは。
俺自身の対価は山羊数頭だった。
労働の対価は家畜と同じような寝床と一日一食の飯だった。
ではこちらのお金に換算したら、俺はどれ程の価値があるのだろう。
リョーイチが毎食作ってくれるご飯の価値は。
リョーイチが買い与えてくれる勉強道具や携帯電話の価値は。
寝心地のいいベッドの価値は、空調の効いた居心地のいい部屋の価値は。
リョーイチが俺の為に割いてくれる時間の価値は。
それに報いるだけの金額は一体いくらになるのだろう。
皆目検討もつかなかった。




