部屋に戻る理由
こちらに来て二年が経とうとしていた。
言葉も随分達者になったと言われたし、読める漢字も増えた。家事もある程度は出来るようになったし、リョーイチの負担は軽くなったと思う。
まだまだこれからも俺が出来ることは増えていくだろうという自信もついてきていた。
だからこう考える余裕が出てきた。
リョーイチに対価が払いたい、と。
もっと単純に言えば、働いてお金を稼ぎたくなったのだ。
「リョーイチ、レイジは外で働きたい、です」
自分の意見を言うには未だ勇気が必要だったけれど、リョーイチは頭ごなしに否定したりしないことを知っている。だから面と向かって申し出ることが出来た。
きっとリョーイチは、快諾はしないまでもレイジの出来る範囲のことを考えて許してくれる、そう思っていたのだ。
「レイジにはまだ早いだろ」
けれどリョーイチから返ってきた言葉は有無を言わせない語気があった。
俺は怯んだ。何だかんだ言って最終的には妥協してくれていたリョーイチが、ここまで強く否定することなんて今までなかったからだ。
それでもここで諦めてはいけないと思った。
俺が突発的な思い付きで言っているわけではないことを分かって貰わなければ。
俺は言葉を尽くして説明した。
今までよくしてもらった分を返したいと思ったこと。迷惑を掛けた分を返したいと思ったこと。この部屋の中で自分で出来ることは限られているから、外に出て働いて、稼いで、金銭でリョーイチにお返ししたいと思ったこと。
言葉はちゃんと伝わっているはずだ。
正しい単語と文法で、伝えたい意図を丁寧に文章に組み立てた。
俺の日本語は間違っていない、はずなのに。
言葉を重ねれば重ねるほど、リョーイチは傷付いたように顔を歪めた。
「...お金を稼いで俺に返したい、のは分かった」
リョーイチは自分自身を落ち着かせるかのように深く息を吐いた。
「レイジが、レイジの気の済む額を返したとして、返し終えたその後は...どうするんだ?」
俺は言葉に詰まった。
恩を返したい一心で働きたいと思っておきながら、どれだけの金額が相応なのか、またその金額が俺に稼げる額なのか、ましてや返し終わるだなんて想像もしていなかったからだ。
返し終える気がないくせに、返したいだなんて、矛盾してる。
「返し終わったら......、ここを、出て行くのか...?」
リョーイチの言葉がすとんと胸に落ちる。
もし、リョーイチの言う通りに返し終わったら、俺は出て行った方がいいんじゃないのか。
自分で稼ぐようになって、一人で生活出来るようになったのなら、わざわざ一緒に住んでリョーイチに負担を掛ける必要なんてないだろう。
けれど、うん、とは言えなかった。
自発的に「出て行く」なんて言う勇気はなかった。
俺の沈黙をどう受け取ったのか、リョーイチは、
「そうか」
とぽつりと呟いた。
「お前の重荷になっていたなんて、思いもしなかった」
俯いたリョーイチの表情は見えない。
違うんだ、違う、そうじゃない。
いいよ頑張って働きな、って背中を押して貰えると思っていたんだ。
返し終えたら?そんなこと考えもしなかった。
今俺に出来る精一杯のことをやりたかっただけなんだ。
それも俺の我侭なのか?
でも与えられたものに対して対価を支払うのはこの世界にだって通じる道理のはずだ。
俺は何も間違っていないはずなんだ。なのに、何でこんなにも上手く伝えられないんだろう。伝わらないんだろう。分かってくれないんだろう。
さっきまで流暢に紡げていた言葉たちは、感情が絡むと途端に喉に閊えて使い物にならない。
怒りが先か悲しみが先か、湧き出た感情を抑えようと思うと今度は身体が勝手に動き出していた。
俺が外に出て行く背中を、リョーイチがどんな顔で見ていたかなんて、振り返りもしなかった俺は知る由もない。




