友人2
彼は木下と名乗った。
木下から自分が持っている写真を見せたいから食事でも行きませんか、というお誘いが来たのは週の半ば頃だった。
土日の予定も一緒に尋ねられた。
俺はすぐにリョーイチに行ってもいいかを確認した。
リョーイチは「レイジが行きたいなら行ってもいいけど、会う場所はこの近くにして貰え」と言って許可を出してくれた。
その旨をすぐに木下に伝えると、とんとん拍子に日曜の昼に会うことが決まった。
場所は最寄駅の近くの複合施設近くのお店を提案してくれた。
電車好き同士なのに、一緒に電車に乗れないのは何だか申し訳ない気持ちだったが、向こうは事情を理解してくれているのか、大丈夫だと優しく了承してくれた。
リョーイチが同伴しない外食なんて初めてではないだろうか。
俺の行き慣れている道沿いにあるモニュメントを集合場所として、そこから木下はひっそりとした路地にある喫茶店へ案内してくれた。
お昼時にしては人は疎らで、ゆったり写真を見せて貰ったりして長居するには丁度いいお店のようだった。
「これが、長野に行った時に乗った電車で、これが...」
木下は本当に楽しそうに電車の話をしてくれる。
話しているうちに打ち解けて、明らかに歳上の木下は敬語を外すようになった。
そして俺の敬語が不自然だったからだろうか、無理して敬語を使わなくていいとも言ってくれた。
「この赤、暗い赤い色の電車、かっこいい!」
俺の拙い表現にも、木下は「そうでしょう!」と言って楽しそうに同意してくれる。
木下の見せてくれる写真は、写真の良し悪しなんて分からない俺でも見入ってしまう雰囲気があって、被写体の魅力も相まって食い入るように見てしまう。
「この海沿いを走る電車も...」
「海!」
「海は好き?」
「...しょっぱいのは、苦手だけど、いっぱいある水を見るのは好き。この電車乗るは楽しそう」
「レイジは面白い表現の仕方をするね」
「日本語は、難しいので、聞きにくいところあったらごめんなさい」
「いえいえ、大丈夫、ちゃんと伝わってるよ」
穏やかに応えてくれる様子に、安心して色々なことを話せたと思う。
好きな電車の話をしている時は思っていることを伝えるのに夢中で楽しめたが、時折自分自身のことについて話題を振られると困ってしまった。
「レイジの出身はどこになるのかな?英語圏ではないようだったけど...」
「...あの、ずっと、...遠い所...皆が知らない所」
「ネットで調べてみるよ?」
「...見つからないような、遠い、所」
俺の口が重くなると気を遣って話題を変えてくれる。
「そうなんだね、そういえば前迎えに来てくれた男の人はお友達?」
「リョーイチって言う。レイジと暮らしてる。優しい。」
「へえ(ホストファミリーとかかな)、レイジは学生?何処に通っているのかな」
「ううん、勉強は家でやる」
木下は首を傾げながら、そっか、と言いながらも腑に落ちないような不思議な表情をしていた。
*
こっそりとついて行こうかと何度思ったことか。
シフトを入れ替えてもらうよう頼もうか当日まで悩んだが、何とか踏みとどまって出勤した自分を褒め称えたい。
しかし客足が疎らになってふと暇な時間ができると、途端に抜け出したい衝動が湧き上がってくる。
何か粗相をしていないだろうか。迷惑を掛けていないだろうか。頓珍漢なことを言って相手を困らせてはいないだろうか。
相手に嫌なことを言われていないだろうか。変なことされてないだろうか。変な場所に連れ込まれてないだろうか。怖い思いをしていないだろうか。
やっぱりついていくべきだったんじゃないだろうか。
むくむくと不安は膨れ上がってくる。
時計を見ると午後1時を過ぎたところだ。
約束は11時からだったはず。もう解散した頃だろうか。もしかしたらもう部屋に戻っているかもしれない。
休憩になったら一度電話してみよう。そう心に決めて目の前の仕事に集中することにした。
そんな日に限って妙に客足が途切れず、またバックヤードでの仕事も溜まっていくという地味な忙しさで、結局休憩を取れずに退勤予定時間の午後4時を迎えようとしていた。
残業を期待している店長の目を極力見ないようにして俺はそそくさと裏口から出て行った。
帰り道、家まで知れている距離を走りながらスマホを操作する。
履歴の一番上をコールすれば、呼び出し音が3回も鳴らないうちに繋がった。
『もしもし』
普段と変わらない調子の声に、急いていた気持ちが少し和らぐ。
「もう帰ってるか?」
『うん。さっき帰ったきたよ』
「...ん?もう4時だぞ。何時間話し込んでいたんだ」
『うーん、と、4時間と5時間の真ん中?』
「...そうか。楽しめたか?」
『たくさん楽しいかった!写真撮ったからあとでリョーイチにも見せる!』
電話越しに聴こえるレイジの嬉しそうな声が、凪いだはずの急いた気持ちを呼び起こす。
「コンビニ、寄るけど、何か甘いもの買ってこうか」
『ううん、だいじょぶ。さっき木下と甘いの食べた!』
「...そうか」
早く部屋に帰ってレイジの顔を見て安心したい気持ちが確かにあったはずなのに、裏腹に重くなる足に気付く。
(きっと子供の成長を見守る親は何度もこんな気持ちを乗り越えてきているんだろうな)
何度も、何度も、こういったことを繰り返して、自分の気持ちを慣らして。
いつかはそれがレイジの成長の証だと喜べるようになるのだろうか。
全く想像つかない未来に、重い溜息が漏れた。




